防衛長官 なにかい、それじゃ防衛庁は何も考えてねえとでも言うのかい。その頭(おつむ)もねえっていうのかい。
文相 (薄笑い浮かべて)そこまでは言ってねえよ。
防衛長官 なんでいその態度(てえど)は。
官房長官 まあまあお二人さん、仲間内の言い合いは謹んでくれ。
総理 そうよ、二人とも黙んねえかい。 テレビが聞こえねえじゃねえか(二人とも睨み 合いながら神妙に頭を下げる。総理貫禄十分といったところ)
テレビ中継は続く「あっ、ご覧下さい。二階の一部屋のカーテンが開きました。ガラス戸が開きました。ご婦人方がベランダに出てまいります。総勢…七名人質の女性全員であります。表情をご覧ください、皆さんにこやかに笑みさえ浮かべておられます。恐怖の面影は全く御座いません。あっ、中央の背の高いご婦人がどうやらこの屋敷の秋田外務省事務次官の夫人のようであります。その隣の白いサロン前掛けをしてるのはお手伝いさんでしょう。皆さん一斉に手を振っておられます。精一杯元気でいるということを、ご家族の方々に知っていただきたいという思いなのでしょうか。私の思い過ごしでしょうか、そんな健気さがじいーんと伝わって参るようです。背後に犯人の気配はありません。あっ、運動中の子供たちもお母さんたちと一緒に手を振っております。カメラが全景を写しだしております。全国の皆様、涙なくしてみられない光景であります。一日も早い救出が待たれます」
総理 (見終り)官房長官よ、テレビ見てて、ひょこって思いついたんだが…
官房長官 何でしょう?
総理 ペルーの日本大使館占拠事件よ、確かフジモリ大統領は…
官房長官 前大統領ですよ。
総理 そうよ、そのフジモリの旦那だが、競艇の賭場を一手に牛耳ってる…なんてったかな、気の強(つ)ええ女の貸し元がいたな、そこに確か草鞋を脱いでる筈だが、
官房長官 へえ、客人になってやすが…確かでえぶ前に草鞋を履きやしたが…
総理 遅かったか、その客人に、ゲリラを血祭りに上げたトンネル作戦の一部始終を訊けたらとよ、(一同注目する)使いをたてたらどうでい。
官房長官 (冷ややかに)ダメですよ総理、炭鉱が廃止されて半世紀立つんですぜ、日本にゃ穴掘り職人なんて残っちゃいません。居たって年いってて使えやしませんよ。
総理 なるほど。そんなもんか。(がっくりと肩を落とす)いい考えだと思ったんだがな。
秘書官が入ってくる。
秘書官 官房長官、表に秋田外務省事務次官が入室の許可を願って折りますが、(官房長官、総理を見る。総理鷹揚に頷く)
官房長官 入室させな。
次官 (憔悴した面持ち、それでも姿勢は崩さずに入って来る)総理、かような重要な会議の席にご無礼とは思いましたが、思い余りまして…
総理 いいってことよ。いまテレビで見たぜ、かみさんなかなかの別嬪じゃねえの、しんぺいすんのは無理もねえ、察しるぜ。
次官 総理、(目頭を押さえ)前の家内に早くに死なれ子供にも恵まれず、後添いの家内がやつと出来た息子共々人質になつて……
総理 そうかいそうかい、年いってからのガキの可愛さは一入って言うからな。まあしんぺいだろうが、ここは一つ踏ん張って貰いてえ。悪いようにはしねえよ。
次官 ありがとう御座います。総理、お願いです。どうぞ強攻策だけは取らないでください。どうか犯人の説得を。
防衛庁官 ちょっくら待ちなよ。次官さんよ、ちと女々しいくねえかい。それによ、この事に関しちゃ方針が立っているんでい。自衛隊の後ろ盾も万全だ。(声を荒げ)いくら人質の身内だからって出過ぎてんじゃねえのかい。
外相 防衛庁の、その言い方は酷じゃねえのかい。てめえの舎弟を庇うわけじゃねえが、奴さんの身にもなってやってくんなせえよ。
警察長官 そうよな。それより防衛庁、防衛庁の後ろ盾だなんて、まさか抜け駆けしようなんて腹積もりじやあるめいな。統率を乱しちゃいけねえよ。
防衛長官 おれはそんな積もりじやぁ。
警察長官 そんなら結構。
総理 うるせえんだよおめえたちは。俺が次官と話してんだ、周りでがたがた喚くんじゃ ねえ。次官よ、この会議じゃ人質の安全確保が大前提ってことが決まってるんだ。 しんぺいはいらねえよ。
次官 ありがとうございます。
外相 そうと決まったら引き上げたほうがいいな。
総理 おっ、ちょっと待ちねえ。おめえさんの家屋敷えらく豪華じゃねえの、まさか外交機密費流用しておっ建てたんじゃあるめいな。
次官 とんでもございません。あそこの場所一帯は父祖伝来の土地でありまして、開発に伴い…
総理 はははっ、冗談よ。なにかと今マスコミが喧しいからな、悲劇の主人公が一転汚職の主人公じゃ様になんねえからよ、ちとな。はははっ、事が無事収まったら上納金を弾んでもらわなきゃなるめいよ。なっ、
次官 分かっております。(ほうほうのていで飛び出して行く)
官房長官 総理、抜け目ありませんな(総理、知らんぷり)
総理 これでお開きとするか。とにかくじたばたしたってはじまらねえ、要は警察庁に総監よ、いろいろ策は練ってんだろう。いつまで奴らのごたく聞いてるわけにはいかねえ、ぴしっとするときにゃしねえとな。
総監 へいっ、現場にはゲリラ対策のベテランを向けてありやす。飴玉をしゃぶらせておきやすいまんところは……、
総理 よしお開きだ。
舞台暗転 舞台下手溶明、前線対策本部が浮き上がる。あすか署長息せききって駆け込んでくる。特殊部隊の隊長と日本橋署長が立ち上がって出迎える。
日本橋 どうてしたか署長、会議の模様は。
署長 人質の安全と犯人への説得懐柔、これしか危機管理だかなんだか知らんが打つ手はいまんところないでしょう。とにかく前線対策本部の頭越しの交渉だけは止めてくれるよう、釘を刺してきましたよ。
日本橋 それは上出来でした。
署長 こちらに進展は、
日本橋 一味の身元を完全に洗いだしましたよ。五人の居住地勤務先全て家宅捜索を完了、尤もすべて藻抜けの殻、ですが指紋の採取に成功、勤務先から採取した指紋と合致 しましたよ。
隊長 これで奴らの身元は全て割り出したわけです。考えられる限りの範囲の通信傍受も完了。奴らの電話での会話は人質を含めて完璧に掌握できます。
署長 それはそれは。
日本橋 奴らの肉親総勢十名、大豆島から自衛隊の協力で間もなく到着の予定になってますよ。今夜から犯人への呼びかけを開始します。
隊長 それより先程「あぶない銀行」の春島一徹会長が記者会見をしましてね。ちょっと署長に記者会見のビデオをお見せしろ。
幹部がテレビを操作する。春島会長の声が流れる。
「先程犯人から電話連絡がありまして、その事実、その結果を全て明らかにいたします。犯人は強奪した金を返還するということで、私はそれを承諾受け取りは完了しました。犯人はその条件として銀行側は罪は問わない、銀行としてなんの被害もなかった。被害届の撤回です。「あぶない銀行」と犯人側との間にはもともと、なんの利害関係もなかった。それを公に声明する事。ここへ来る前に私は警視庁に以上の事実を話し、一刻も早く人質全員の解放に全力を尽くしてくれるよう、懇願してまいりました。恥ずかしながら私は、いまは一介のただの老人です、いろいろ非難はございましょうがお察し下さい。伜の嫁と目に入れても痛くない孫娘が恐怖に晒されているのです。以上でございます。なお、付け加えさせて頂ききますが、彼等はこのやり取りの間、脅迫的な言辞は一切弄しておりません。むしろ至って紳士的でした。私は今後出来得るかぎり彼等の申し出には、人質解放を念頭に柔軟に接する所存でおります、どうかみなさまのご理解を伏してお願いする次第であります」
幹部、ビデオを止める。
署長 もともと銀行側と犯人と間にはなんの利害関係もなかった。よくものたまわったもんだな。
隊長 完全に無視。
日本橋 勿論ですとも。