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うたのすけの日常

日々の単なる日記等

あすか共和国の興亡 八

2014-10-24 04:13:44 | あすか共和国の興亡

 

防衛長官 なにかい、それじゃ防衛庁は何も考えてねえとでも言うのかい。その頭(おつむ)もねえっていうのかい。

文相  (薄笑い浮かべて)そこまでは言ってねえよ。

防衛長官 なんでいその態度(てえど)は。

官房長官 まあまあお二人さん、仲間内の言い合いは謹んでくれ。

総理  そうよ、二人とも黙んねえかい。 テレビが聞こえねえじゃねえか(二人とも睨み    合いながら神妙に頭を下げる。総理貫禄十分といったところ)

  

テレビ中継は続く「あっ、ご覧下さい。二階の一部屋のカーテンが開きました。ガラス戸が開きました。ご婦人方がベランダに出てまいります。総勢…七名人質の女性全員であります。表情をご覧ください、皆さんにこやかに笑みさえ浮かべておられます。恐怖の面影は全く御座いません。あっ、中央の背の高いご婦人がどうやらこの屋敷の秋田外務省事務次官の夫人のようであります。その隣の白いサロン前掛けをしてるのはお手伝いさんでしょう。皆さん一斉に手を振っておられます。精一杯元気でいるということを、ご家族の方々に知っていただきたいという思いなのでしょうか。私の思い過ごしでしょうか、そんな健気さがじいーんと伝わって参るようです。背後に犯人の気配はありません。あっ、運動中の子供たちもお母さんたちと一緒に手を振っております。カメラが全景を写しだしております。全国の皆様、涙なくしてみられない光景であります。一日も早い救出が待たれます」

 

総理  (見終り)官房長官よ、テレビ見てて、ひょこって思いついたんだが…

官房長官 何でしょう?

総理  ペルーの日本大使館占拠事件よ、確かフジモリ大統領は…

官房長官 前大統領ですよ。

総理  そうよ、そのフジモリの旦那だが、競艇の賭場を一手に牛耳ってる…なんてったかな、気の強(つ)ええ女の貸し元がいたな、そこに確か草鞋を脱いでる筈だが、

官房長官 へえ、客人になってやすが…確かでえぶ前に草鞋を履きやしたが…

総理  遅かったか、その客人に、ゲリラを血祭りに上げたトンネル作戦の一部始終を訊けたらとよ、(一同注目する)使いをたてたらどうでい。

官房長官 (冷ややかに)ダメですよ総理、炭鉱が廃止されて半世紀立つんですぜ、日本にゃ穴掘り職人なんて残っちゃいません。居たって年いってて使えやしませんよ。

総理  なるほど。そんなもんか。(がっくりと肩を落とす)いい考えだと思ったんだがな。

 

秘書官が入ってくる。

 

秘書官 官房長官、表に秋田外務省事務次官が入室の許可を願って折りますが、(官房長官、総理を見る。総理鷹揚に頷く)

官房長官 入室させな。

次官  (憔悴した面持ち、それでも姿勢は崩さずに入って来る)総理、かような重要な会議の席にご無礼とは思いましたが、思い余りまして…

総理  いいってことよ。いまテレビで見たぜ、かみさんなかなかの別嬪じゃねえの、しんぺいすんのは無理もねえ、察しるぜ。

次官  総理、(目頭を押さえ)前の家内に早くに死なれ子供にも恵まれず、後添いの家内がやつと出来た息子共々人質になつて……

総理  そうかいそうかい、年いってからのガキの可愛さは一入って言うからな。まあしんぺいだろうが、ここは一つ踏ん張って貰いてえ。悪いようにはしねえよ。

次官  ありがとう御座います。総理、お願いです。どうぞ強攻策だけは取らないでください。どうか犯人の説得を。

防衛庁官 ちょっくら待ちなよ。次官さんよ、ちと女々しいくねえかい。それによ、この事に関しちゃ方針が立っているんでい。自衛隊の後ろ盾も万全だ。(声を荒げ)いくら人質の身内だからって出過ぎてんじゃねえのかい。

外相  防衛庁の、その言い方は酷じゃねえのかい。てめえの舎弟を庇うわけじゃねえが、奴さんの身にもなってやってくんなせえよ。

警察長官 そうよな。それより防衛庁、防衛庁の後ろ盾だなんて、まさか抜け駆けしようなんて腹積もりじやあるめいな。統率を乱しちゃいけねえよ。

防衛長官 おれはそんな積もりじやぁ。

警察長官 そんなら結構。

総理  うるせえんだよおめえたちは。俺が次官と話してんだ、周りでがたがた喚くんじゃ    ねえ。次官よ、この会議じゃ人質の安全確保が大前提ってことが決まってるんだ。    しんぺいはいらねえよ。

次官  ありがとうございます。

外相  そうと決まったら引き上げたほうがいいな。

総理  おっ、ちょっと待ちねえ。おめえさんの家屋敷えらく豪華じゃねえの、まさか外交機密費流用しておっ建てたんじゃあるめいな。

次官  とんでもございません。あそこの場所一帯は父祖伝来の土地でありまして、開発に伴い…

総理  はははっ、冗談よ。なにかと今マスコミが喧しいからな、悲劇の主人公が一転汚職の主人公じゃ様になんねえからよ、ちとな。はははっ、事が無事収まったら上納金を弾んでもらわなきゃなるめいよ。なっ、

次官  分かっております。(ほうほうのていで飛び出して行く)

官房長官 総理、抜け目ありませんな(総理、知らんぷり)  

総理  これでお開きとするか。とにかくじたばたしたってはじまらねえ、要は警察庁に総監よ、いろいろ策は練ってんだろう。いつまで奴らのごたく聞いてるわけにはいかねえ、ぴしっとするときにゃしねえとな。

総監  へいっ、現場にはゲリラ対策のベテランを向けてありやす。飴玉をしゃぶらせておきやすいまんところは……、

総理  よしお開きだ。

 

舞台暗転 舞台下手溶明、前線対策本部が浮き上がる。あすか署長息せききって駆け込んでくる。特殊部隊の隊長と日本橋署長が立ち上がって出迎える。

 

日本橋 どうてしたか署長、会議の模様は。

署長  人質の安全と犯人への説得懐柔、これしか危機管理だかなんだか知らんが打つ手はいまんところないでしょう。とにかく前線対策本部の頭越しの交渉だけは止めてくれるよう、釘を刺してきましたよ。

日本橋 それは上出来でした。

署長  こちらに進展は、

日本橋 一味の身元を完全に洗いだしましたよ。五人の居住地勤務先全て家宅捜索を完了、尤もすべて藻抜けの殻、ですが指紋の採取に成功、勤務先から採取した指紋と合致    しましたよ。

隊長  これで奴らの身元は全て割り出したわけです。考えられる限りの範囲の通信傍受も完了。奴らの電話での会話は人質を含めて完璧に掌握できます。

署長  それはそれは。

日本橋 奴らの肉親総勢十名、大豆島から自衛隊の協力で間もなく到着の予定になってますよ。今夜から犯人への呼びかけを開始します。

隊長  それより先程「あぶない銀行」の春島一徹会長が記者会見をしましてね。ちょっと署長に記者会見のビデオをお見せしろ。

 

幹部がテレビを操作する。春島会長の声が流れる。

 

「先程犯人から電話連絡がありまして、その事実、その結果を全て明らかにいたします。犯人は強奪した金を返還するということで、私はそれを承諾受け取りは完了しました。犯人はその条件として銀行側は罪は問わない、銀行としてなんの被害もなかった。被害届の撤回です。「あぶない銀行」と犯人側との間にはもともと、なんの利害関係もなかった。それを公に声明する事。ここへ来る前に私は警視庁に以上の事実を話し、一刻も早く人質全員の解放に全力を尽くしてくれるよう、懇願してまいりました。恥ずかしながら私は、いまは一介のただの老人です、いろいろ非難はございましょうがお察し下さい。伜の嫁と目に入れても痛くない孫娘が恐怖に晒されているのです。以上でございます。なお、付け加えさせて頂ききますが、彼等はこのやり取りの間、脅迫的な言辞は一切弄しておりません。むしろ至って紳士的でした。私は今後出来得るかぎり彼等の申し出には、人質解放を念頭に柔軟に接する所存でおります、どうかみなさまのご理解を伏してお願いする次第であります」

 

幹部、ビデオを止める。

 

署長  もともと銀行側と犯人と間にはなんの利害関係もなかった。よくものたまわったもんだな。

隊長  完全に無視。

日本橋 勿論ですとも。


あすか共和国の興亡 七

2014-10-23 03:56:27 | あすか共和国の興亡

 

官房長官 いえ、それがですね、一味の武器が防衛庁から流れてるもんで、ひょっとしたら内乱にでもなりかねえんじゃねえかと、防衛庁警察庁警視庁とも相談しやしてね。

総理  それよそれよ、内乱はちと大袈裟だが、防衛庁の、(怒りも露に)おめえんところは一体(いってい)どうなってんでい!

防衛長官 面目ありません。

官房長官 面目ねえんじゃすまねえんじゃありませんか、兄弟(きょうでぃ)。

総理  俺はな、おめえさんのたっての頼みで、防衛庁のシマをおめえさんに預けたんだぜ。    大臣任命権のしくじりとやらでまたマスコミに叩かれる。俺の立場はいま、断崖絶    壁に爪先で辛うじて立っているんだ。どうしてくれるんだい、指詰めるぐらいじゃすまねえぜ、ええっ!

防衛長官 腹は出来ておりやす。ですが総理、このまま指詰めておめおめ草鞋はくわけにはいきやせん。あっしにも意地がありやす。どうかあっしを男にしてやっておくなせい。防衛庁一家を挙げて奴らを叩っ切りやす。けじめはその後でつけさせて下せい。

官房長官 防衛庁の、それは穏やかじゃねえ。法務省の、自衛隊が強盗野郎に殴り込みかけるなんて出来んですかい。

法務相 防衛庁の、頭を冷やしなせいよ。自衛隊が盗っ人相手にドンパチやらかすなんてとんでもねえ、現行の法律では許されちゃいませんぜ。

総理  周辺有事ってのには当たらねえのかい外務省の?

外相  (そっけなく)ぜんぜん。総理、それよりあっしのしんぺいしてんのは、ヨルカ駐屯地の武器庫から掠められたのが防衛庁の言う通りのものだけか、ということですよ。

防衛長官 外務省の、なにかい、俺が嘘ついてるとでも言いなさんのかい。聞き捨てならねえ。確かに若けえんもんのしめしがついてなかったって事には潔く頭を下げるが、この期に及んでまやかしは言ってねえ。情報公開はちゃんとしてるぜ。

総理  まさか機関銃やバズーカ砲なんてえのは持ち出されてねえだろうな。

防衛長官(情けなさそうに)総理い…

総理  冗談々々、冗談よ。それより警察庁の、今後の対策はどうなってんのよ。

警察長官 総理、まだ事件が起きてから半日立ってねえんですよ。対策がどうのこうのって段階じゃねえんです。警視庁、現場の警察とも、まだまともに会合持ってねえんです。いまんところは奴らの要求が、度外れたもんでねえんで鵜呑みにはしてやすがね、そうそういつまで言いなりにはなりやしません。とにかく人質が、それが問題で。なにしろ外務省事務次官や「あぶない銀行」会長の家族が人質になってるもんで。総監とも万全の策を練ってるとこで。

防衛長官 なにを言ってるでえ、人質に差別をつけるようなことは言っちゃいけねえよ。

警察長官 なにもあっしはそんなつもりで。

総理  二人ともいい加減にしねえかい。話を戻そう。とにかくこの事件(でいり)で大事(でえじ)のは、押し込みに防衛庁の武器が使用されてるって事だ。いいなみんな、これがいかに旦那衆を不安にしてるかってことよ、国際的にも俺の他愛のねえ失言よりもえれい信用問でいだ。そこでだ、いいか、腹を据えて聞いてくれ。人質の無事救出。犯人の国外脱出は絶対阻止、犯人の全員逮捕。これが俺の掲げる目標よ。これが全部叶えられりゃあ多少の要求は呑む。大事の前の小事と考えて、メンツの潰れるのはこの際(せい)だ、お互え我慢しようじゃねえの。どうでい。超法規なんて策はしちゃならねえ、いい恥じっつぁらしになる。

官房長官 さすが総理、腹を固めましたね。これで決まり。ところで当面の事態、状況だが総理、ここに現場のあすか署長がせっかく出張ってきてんですから、奴さんの意見聞こうじゃありませんか。

総理  おう、遠慮はいらねえ、あすかの、言いてい事があったらなんでも言ってみな。

署長  かたじけねえでござんす。いけねえうつっちやった。いえ、ありがとうございます。早速でありますがお言葉に甘えさせて頂きますす。今後の事であります。今後犯人一味からの要求は一切現場の前線対策本部にするようにと、撥ね付けて欲しいのであります。現場で処理出来ない場合上部にお伺いを立てるという図式を、明確に確立して頂きたいのであります。でありませんと現場は右往左往するばかりで、迅速な対応に欠ける恐れがありますのでして、その点をどうかお察し願いたいのであります。

総理  じゃあなにかい、奴らがうだうだ言ってきても取り合わねえで、おめえさんたちに直接言えって言ってやりゃいいんだな、そういうことかい。

署長  ご賢察の通りでございます。

総理  それは構わねえよ、それが筋ってもんだろうな、なあ官房長官よ。

官房長官 その通りで、警察庁、異存はあるめえ。

警察長官 それはあっしからも言いたかったことでして。

総理  聞きいた通りだ、あすかの。今後はおめえさんたち現場の顔を立てるから安心しねえ。決して顔潰すようなことはしねえから、まあ骨折ってくれい。

署長  はい、身命を賭けて事件解決に邁進いたします。

総理  おっう、その意気だ。防衛庁の、聞いたかい。

防衛長官 (膨れっ面して)へえ。

署長  それではこの件を至急現場に伝えねばなりませんので、退出をご許可願いたいのですが。ほかにご指示がありませんでしたら、

官房長官 ああ構わねえよ。(署長、そそくさと退出する。入れ違いに秘書官が入ってきて官房長官になに事か耳打ちする)おおそうかい。総理、現場のテレビ中継がはじまったそうで。

総理  そうかいそうかい、見ようじゃねえの。(秘書官テレビをつける)

 

興奮したアナウンサーの声が響く。「こちら旭日テレビの人質事件の現場からの中継であります。旭日テレビでは犯人一味たちと紳士協定を結び、なんら危険を冒す事なく独占テレビ放映に漕ぎ着けました。この放送は旭日テレビを通じ各民放テレビ、ラヂオ、また公営テレビ、ラヂオにより全国放送されております。また一部世界各国にも生々しい映像が送られます。只今時間は午後二時、警戒の警官機動隊の動きは全くなく現場は静まりかえっております。門扉から玄関に通じる石畳を引き積めた道のほぼ中間に、真新しい白線が引かれております。最前物資の受け渡しの行われた時点であります。今後この場所で犯人一味との折衝が行われるのではないでしょうか。庭園の芝生、樹木は青々と、そして芝生を囲んで色とりどりの草花が咲き競っております。そしてご覧のように奥に控える白亜の殿堂と申しても過言ではございません二階建の邸宅が、春の日差しを浴びて輝いております」

 

総理  世界に放映か、また世界中から総すかんをくうな。なんたって防衛庁のハジキやマシンガン持っていかれちまってんだからな。

防衛長官 (がっくりと)総理、もうそれはおっしゃらねえで。

総理  ははははっ、気にすんな。こうなったら何処まで支持率が下がるか見てやろうじゃ    ねえの。

官房長官 ですが総理、ものは考えようで。この事件見事解決すりゃあ一挙支持率倍増ってことになるかも知れませんぜ。

総理  (嬉しそうに)倍増は無理だが10パーセントぐらいにゃなるかな。史上最低の支持率でシマを投げ出すわけにゃいかねえ。

官房長官 全くで。

 

テレビ中継が続く「あっ、只今動きが、ご覧ください、玄関の扉が左右に開かれ前を塞いだ車の両側から人影が見えます。あっ、子供のようです。あっ、先導しているのは迷彩服に黒の目出し帽を被った男です。次々と子供たちが出て来ます。最後に又一人同じ扮装の男が一人、先導の男と同様ライフルを手にしております。子供は一、二、三、男の子が三人女の子が三人、人質になったお子さん全員です。犯人に前後を守られるようにして建物左のテニスコートのあるグランドの方に歩いて行きます。カメラを寄せます、はっきり表情が伺えます。ご家族の方々お子さんを確認頂けたかとおもいます。あっ、こちらに手を振っているお子さんもいます。みんな手に手にラケット、バット、グローブを持ち、サッカーボールを抱えているお子さんもいます。みんな喜々として、なにかこうキャンプ地での出来事を見るような気がしてまいります。犯人二人は子供たちに背を向け、ライフルは肩に掛けたままです。こちら警備陣の方を見ております。子供たちはそれぞれ相手を作り運動を始めております。笑い声さえ聞こえるようです」

 

文相  (感じ入って)運動時間ってやつだな。野郎たち考えやがったな。マスコミ狙いだ。

防衛長官 なんでい、文部省の、出張ってなすってたのかい。又なんで文部省が危機管理会議に。

文相  又なんでもねえもんだな。ガキが人質になってるですぜ、そうなりゃこちとらとしたって、指をくわえてるわけにはいかねえでしょうよ。ドンパチやらかすだけが危機管理じゃねえ、ガキの健康、精神管理も危機管理のうちですぜ防衛庁の。

防衛長官 違えねえ、だけどその、なんとか管理もいいがなにをやらかんすで、(皮肉っぽく)あそこに学校や病院でもおっ建てるおつもりで。

文相  気に入らねえなその言い方は、真面目に考えてくれ。児童心理学や精神医療の学者先生の派遣を考えてんのよ。てめえの足元からハジキを掻っ攫われるようなドジは踏みたくねえからね。

防衛長官 (怒りあらわに)なにい!

文相  先々と考えてるでい。物事進めるにゃこれが肝心よ。


あすか共和国の興亡 六

2014-10-22 02:50:35 | あすか共和国の興亡

 

幹部  長期戦の構えではありませんか。人質の精神的ホローを図っているのです。

署長  そんなこと君に言われんでもわかっている。おめおめ奴らの要求を呑まなきゃならんのが腹立たしいんだ、おのれえ!今に見てろ。それより時間内に、要求してきている物資は揃うのか。

幹部  人質のご主人、学校関係、それに進学塾の「請負塾」薬局にと迅速な協力を要請しております。

署長  そんなことはわかってる。時間に間に合うのかと訊いてるんだ。

幹部  間に合います。

署長  それでいいんだ。それよりこの費用誰が持つんだ。

幹部  それは、署としはこんな事件初めてのケースでありまして、この件につきましては種々検討してみない事には、現時点では結論は出し兼ねるわけでありまして。

署長  いまは緊急事態だぞ、持って回ったような言い方は止めたまえ。なに考えたんだ。幹部  ですからこういう時に、費用がどこからどうのとおっしゃってる場合ではないと、    恐れながら考える次第でありまして……

署長  何だよその言い方は、分かった分かった。

幹部  (にやにやしながら)署長、こんな時に外務省のように使い道、勝手自在の機密費なんかあるとよろしいですな。

署長  あのな、今この場合にだ、よくまあそんな脳天気なセリフが言えるよなあ。なにか、君が要人外国訪問支援室長ってわけか。

幹部  いえ、そんなつもりでは、(膨れっ面、小声で)こっちにだって内部工作費って奥の手があるんだ。

署長  なんか言ったか。

幹部  いえ、別に。

 

署員が一人慌ただしく飛び込んできて一枚の紙片を幹部に手渡す。

 

幹部  (紙片を一読し咳払いして)署長新しい情報です。

署長  読み上げたまえ。

幹部  犯人一味が強奪した金を返すと「あぶない銀行」春島支店長に夫人に携帯で言わせてきました。本庁から連絡が、

署長  何だと!

幹部  金は要求した物品と引き換えに渡す。その際支店長を同行させるようにとのことであります。また物品の代金は別途請求書を提出しろと…

  

また署員駆け込んでくる。

 

署長  今度は何事だ。君、かまわんから報告したまえ。

署員  はい、犯人からの新しい要求が警視庁にありました。

署長  それを早く言わんか。

署員  はい。

署長  返事はよろしい。

署員  はい。

署長  まだ言っとる。

署員  申し訳ありません。(気を取り直して、胸を張り)旭日テレビ一社に限り門扉より十メートル以内に取材基地を設置させ、順次邸内の撮影を許可する、人質とのインタビューも考慮している。この処置は人質と我々、我々とは犯人一味でありますが、友好関係にあり人質の無事であることを日本国民に知って貰いたいからである。以上であります。既に旭日テレビが頑強に取材基地の設置許可を、警視庁に直接に要請してきております。

署長  奴ら対策本部の頭越しに話を進めやがって、もう頭にきた。いいじゃない、この件についちゃ警視庁に下駄を預けよう。警視庁からお出での警視殿のご意見をお聞きしよう。

警視  総監がどう対処するか、それに従うしかありませんね。それが得策でしょう。

署長  日本橋署長はいかようにお考えで。

日本橋 日本橋署としては、一味が奪った金を返すというなら、総監がどのような裁断を下すかはいまのところ判断出来ませんが、受け取ってもいいのではないかと。幸い現金輸送車のガードマンには危害が及ばなかったことですし、これで金が戻れば日本橋署としては、現金強奪事件は一応の解決を迎えるわけでして、残るは人質事件の早期解決があるのみで、これは現場があすか署の管轄であるわけでして、我が署としては人質事件はあすか署主導で解決するのが筋かと。勿論全力を挙げて協力することにやぶさかではないことを表明いたします。

署長  随分とまた回りくどい言い方でありませんか。要は日本橋署はこの件から手を引くということですか。

日本橋 そんなことは一言も申し上げておりませんよ。協力するとたったの今明言いたしております。ただここではっきりと申し上げたいのは人質事件の現場があすか署の管轄内と言う事実です。事件解決の手段、責任はそちらにあるということです。

署長  待って下さいよ、金を返したからって強奪事件が解決したとはとても思えませんがね。

日本橋 ですから一応の解決を見たと申しているのです。    

署長  それは詭弁というもんだ、大体事件を発生現場で解決出来ず、あまつさえ犯人一味をあすか署管内に追い込んだのは日本橋署の不手際です。そればかりか、せっかく挟み撃ちしたのに邸内への侵入を許したのは、あなたの、日本橋署のパトカーですよ。自動小銃を発射されたぐらいで追跡を諦めてしまうなんて。応戦し車を体当たりさせてでも侵入を阻止すべきだったんです。敢闘精神に欠けていたんだ。そのそしりは免れませんよ。そうすれば人質事件なんか起きなかったんだ。

日本橋 (いきり立つ)私の部下が臆病だったと言うんですか、聞き捨てならぬ発言です。    撤回して頂きましょう。そんな事言われたんでは部下に顔向けが出来ん。

警視  まあまあお二人とも冷静になって下さい、指揮官がいがみ合っていたんでは一味に付け込まれる。警視庁、あすか署日本橋署と合同捜査本部をもったのです。どこが主でどこが副でもありません。みちのりは茨であります。いまの話はなかったことにして、とにかく協力態勢万全といきましょう。それに日本橋署長の発言は戦線離脱とも取れます。こんなこと外部に漏れたらいい恥さらしだ。

日本橋 ごもっとも、発言は撤回しましょう。

署長  (仏頂面で)同様に。

 

伝令の署員がまた入って来る。

 

署員  犯人の要求した品物が到着しました。それと春島支店長が本庁の職員が同行して強奪金の受け取りのため待機しております。それに旭日テレビが本庁の許可証を提示し、犯人指定の位置にテレビカメラを設置するため櫓を組始めております。

警視  総監は犯人の要求を全てお呑みになったわけですな、お二人さん。

署長  なんてこった。せんかたない、門前に出向きましょう。

 

そこへ又伝令が飛び込んでくる。

 

署員  緊急指令であります。只今内閣に危機管理センターが設置され担当大臣が総理官邸に招集されました。あすか署長は至急出頭せよとのことであります。

日本橋 いくら合同捜査本部といっても、やはり、あすか署に陣頭指揮を取って貰わねばならん。本庁でもそう考えているからこそ署長を呼んだのです。こちらの実情をじんわりご説明してきて頂きたい。とにかく前線本部の頭越しに話を進めて下さらんようにと。なんなら総監にこちらに出向かれ直々に指揮を取って貰いたいと。ただ今の勢いで弁じてきて下さい。

署長  ふん。(一同立ち上がる)

 

                                     (5)

 

舞台暗転 上手半分溶明 危機管理会議が始まった様子。あすか署長が汗を拭きふき末席に控えている。議長席は空席のまま、そこへ紋付袴姿の総理が足早に入って来て着席する。

 

官房長官 これは総理、お早いお着きで。

総理  当たりめえだ。

官房長官 ごもっともで。

総理  (一座に緊張が流れる)ところで現場はどうなってんだ。そこの端にいんの、あすかのシマのもんだな。

署長  はい。あすか署長であります。現場は本庁のお指図通り一味からの要求の物品の差し入れ、強奪金の受け取り、旭日テレビによる中継準備等、全て順調に進み、現在は小康状態にあるといったところであります。

総理  そうかい、それはまずまずといったところだな。ところで官房長官よ、この政局多難の時っていうか、なんだな、たかが銀行強盗ぐれいで危機管理会議の開催もねえ

 もんだろう。


あすか共和国の興亡 五

2014-10-21 03:27:08 | あすか共和国の興亡

 

そのとき階段から秋田夫人が現れる。

 

秋田  (揶揄するように)皆さんお邪魔じゃありませんかしら、大切なお話しがありますの。

昭島  いえ、そんなことはありません。(みな一斉に輪を崩して中央に夫人を迎える)ちょうど良かった、今お迎えに上がろうとしたところでした。元井、春島夫人をお呼びしてきてくれ。

秋田  春島さんになにか、

昭島  いえご心配はありません。お二人に是非お願い、というよりご協賛していただきたい事があるのです。どうしても。

秋田  私のほうこそお願いが。

 

元井、春島夫人を伴って戻る。

 

元井  お連れしました。

昭島  申し訳ありません、お呼出しして。奥さんご心配はご無用です。さあ、お二人ともおかけ下さい。お二人にぜひ聞いて頂きたいことがあります。

秋田  お待ちなさい。こちらの話を先に聞くのが順序でしょう、こちらが先です。

昭島  そうでしたね、ではなんなりとお話下さい。我々の話はあとでじっくり聞いて頂くことにします。さあ、なんなりとおっしゃって下さい。

秋田  (春島を労るように椅子にかけさせ、自分もおもむろにかける)単刀直入に申します。子供たちを今直ぐ解放して下さい。人質は私たち大人七人で十分ではありませんか。あなたたちにしても、幼い子供たちがいては何かと足手まといでしょう。どんな計画でいるか存じませんが邪魔にはなっても、益することはなにもないと思いますよ。それより子供たちは既に相当精神的に不安定な状態にあります。このことは、将来に亙って精神的肉体的に憂うべき障害を残します。

島元  まだいくらも時間たってないじゃありませんか。解放なんてとんでもないですよ。秋田  (島元を無視して)それに新学期を迎えているのです。子供たちは来年中学受験を控えており、お母さん方はそれを一番恐れています。あなたたちのT大を目指しておりますが、あなたたちと違って秀才ではありませんからね。塾での遅れも重大です。

代田  受験勉強なら心配ありませんよ。井沢に任せればバッチリですよ、なにしろあいつは家庭教師やってて、受け持った生徒100パーセント名門中学に合格させてますからね、それもクラスで成績が中以下の生徒をね。

春島  (目を輝かせる)本当ですかそれって!

代田  嘘いってもしょうがないでしょう。やつは気がやさしいし、受験のテクニックに長けてますからね、子供たちには抜群の人気で父兄から引っ張りだこでしたよ。

春島  奥様、子供たちを解放させて頂いて、その井沢さんという方に家庭教師をやってもらったらどうかしら。

秋田  春島さんなにをおっしゃるの、この人たちは銀行強盗の犯人なんですよ。

春島  あら、私としたことが。

昭島  結論から申します。子供たちの解放は検討はしますが、現時点では承諾は難しいです。

秋田  政治家のような発言ですわね。

昭島  (苦笑いしながら)ですが提案があります。その件についてですが。

秋田  どんな。

昭島  子供たちの健康、精神的な面を含めてホローし、また勉学を遅らせないよう手段を講じるために警察に要求を出します。代田、電話を取ってくれ。

秋田  (首を傾げ)どんな要求ですか?

昭島  まあ、聞いてて下さい。

 

(電話のやりとり) 

 

昭島  警察か?

署長  私はあすか警察署の署長だ。人質は無事か。

昭島  メモを取って下さい、勿論録音はしてるでしょうが。

署長  それより君達は完全に包囲され、逃亡は不可能だ。人質の無事救出のために我々は全力を尽くす、絶対に譲歩はしない。

昭島  今、その段階ではないでしょう。メモの用意は?これから述べるものを至急差し入れる事。一つ、子供たちの勉学用品に進学塾の教材。二つ、スポーツ用具。さしあたって野球、サッカー、テニス用具。三つ、テレビゲームのソフト。四つ、ご婦人方の生活必需品。五つ、救急薬品。六つ、婦人用子供用の下着類。それに寝袋七つ。

署長  なにを考えてるんだ!人質の状態は?

昭島  いまの要求が答えになっているでしょう。揃ったら台車に載せて門から玄関の中間まで運び待機して下さい。一時間の余裕を差し上げます。今十一時、十二時が時限です。返事は?

署長  即答は出来ない、検討の余地がある。

昭島  結構です。しかし検討の時間は制限時間にふくまれます。時間内に調達出来なければそちらの人質のご心配は見せかけだと、世論は見透かしますよ。この要求は旭日テレビ局に知らせます、以上、問答は時間の浪費です。承諾は白旗、拒否は赤旗を掲げて下さい。

署長  もしもし、

昭島  (電話を置く)お聞ききの通りです。お子さん達の生活はふだん通りになさって下さい。

春島  (不安げに)どういうことですか。 

昭島  勉強は学校以上のカリキュラムを組みます。教師は井沢に当たらせます。進学勉強には進学塾以上の成果をお約束します。また、外での運動遊びも自由ですし、それに伴うお母さん方の行動も制約しません。勿論護衛には最善を取らせて頂きますが。

秋田  (皮肉に)護衛ではなくて監視でしょう。それにその計らいは人質生活が長期に亙るってことになりますね。

昭島  それはこれからの秋田さんたちのご協力というか、我々の提案要望にどう答えて頂けるかにかかっております。

秋田  なにか意味深長ですわね。

昭島  きっとご賛同頂けるものと確信しております。その前に春島さん、あなたのご主人は「あぶない銀行」の日本橋支店長ですね。ご主人には大変ご迷惑をお掛けしました。

秋田  なにお今更。

春島  そうですが……(不安気に秋田を見る)

昭島  携帯でご主人に連絡をして頂きたいのです。強奪した金をそっくりお返ししますと。(男たち皆おもむろに頷く)返還の方法は後程連絡すると伝えて下さい。

秋田  今更お金を返したからって犯した罪は消えませんよ昭島さん。

昭島  いや、銀行に我々に対しての免罪の声明が欲しいのです。極端な話、銀行はなんの被害を蒙っていないと言明して貰いたいのですよ。春島会長のお力添えをお願いすることになります。沢田、以上のいきさつを旭日テレビに連絡してくれ。旭日テレビのみに伝えるんだとな。それから我々も要求するから局からもテレビ撮影を許可するよう警察に交渉しなさいと。勿論旭日テレビ局の独占だと強調してくれ。おいおい邸内の中継もして貰うと。

沢田  そういうことか。面白くなってきたな、まず春島さん連絡お願いします。

 

春島、秋田に肩を抱かれ、沢田の取り出す携帯を受け取る。沢田は電話に向かう。そのとき無線が鳴り島元が受ける。

 

島元  何、白旗が振られている(皆にVサインをする)

昭島  事態は我々の思う方向に向かっています。先程言いかけました皆さんに対する要望提案はまた改めてということにします。あなたがたの憂慮されていることを先行させた事を評価して下さい。

 

舞台暗転

 

                                     (4)

 

舞台半分に仕切られ下手にのみ照明。対策前線本部の全景、苦虫潰した制服私服の幹部警察官が居並ぶ。あすか署の署長、日本橋署長。警視庁の警視が上席に、警視庁の特殊急襲部隊の隊長が険しい顔付きで交じる。

 

署長  (あすか署長、怒りもあらわに)なんてこった、奴らに機先を制せられた。

幹部  しかしこの場合、人質の心の安定が第一ですから止もえんでしょう。一歩後退二歩前進の気構えで。

署長  きれい事を言うな、学習用品とか教材、運動用具とか、なに企んでやがんだ奴ら。


あすか共和国の興亡 四

2014-10-20 02:23:04 | あすか共和国の興亡

 

沢田  あとは犯人がなにを要求してくるか、まずは投降をあらゆる手段をこうじて勧めることだ。言うまでもないが人質の身の安全が優先だ、そして現場の警官たちから犠牲者を出さぬ事だ。これは人質の安全と共に徹底させるのだ。

 

無線の呼び出し音、沢田が取る。

 

沢田  どうした元井か、ヘリコプターが飛来して来る、テレビ局か、心配ないさ、単なる取材だ。やじ馬だ、ほっとけ。

島元  犯人の住所勤務先を洗いだし、直ちに家宅捜索に入るんだ。

沢田  親兄弟、近親者の確認を急げ。

島元  親兄弟による投降の説得ですか、それは今どき流行らないんじゃないか。なにしろ親子断絶家庭崩壊の時代だからな。

昭島  いや、たとえ浪花節でもお涙頂戴でもあらゆる手段を尽くしたほうがいい。

 

無線が入る、沢田とる。

 

沢田  ヘリは狙撃を恐れているらしく、高く飛んで建物の周りを旋回してるだけか、どうりでヘリの音が低いわけだ。だが姿は見せるなよ、当分隠密作戦だ。

井沢  只今、犯人が秋田邸に乱入した経緯の報告が、現場の責任者から報告が入りました。パトカーは犯人の車を秋田邸の門前で挟み打ちしたのでありますが、犯人の車はハンドルさばきも鮮やかに右に左に切り、(笑いが起きる、井沢得意顔)門扉を突き破り邸内に侵入……

島元  パトカーは?

井沢  すかさず邸内に追跡したのでありますが犯人は車を急停車し、犯人二人が両側の窓から身を乗り出し、自動小銃を連射したのであります。

島元  直接パトカー、警官を狙って撃ってきたのか?

井沢  いえ、地面に向かっての威嚇射撃であります。

沢田  犯人に攻撃的な殺意はなかったと言えるな。

井沢  やむなくパトカーは停車、犯人の車はそのまま邸内に侵入。玄関に達しました。

昭島  パトカーの警官は咎められんな。ピストルと自動小銃では話にならん。  

田代  新聞社、テレビ局が記者会見を要請してきておりますが。

沢田  断れ、記者会見なんかあとのあとのずっと先だ。直ちに対策本部を現場に設置する。近くの民家に折衝するんだ、懇切丁寧にな。受け入れられなければ道路にテントを設営する。敏速に全力を挙げて行動だ。

 

舞台溶暗 

 

テレビのニュースが流れている。「犯人の身元、人質になっている方々のお名前は以上であります。只今旭日テレビのヘリコプターが、現金輸送車襲撃犯が占拠した秋田邸の上空に到達した模様であります。現場の様子は現在どのようでしょうか」「ハイ、こちらヘリコプターより現場の様子をお知らせ致します。空は快晴眺望は絶好です。今見えてまいりました、ヘリコプターは秋田邸の上空を高度を高く取って旋回しております。白い宏壮な二階建ての邸宅が一望できます。屋上一杯に庭園になっているのがご覧いただけるとおもいます。かなり大きな樹木も多く、犯人が潜んでいても発見は不可能な状態です。一階も二階も窓は完全に厚いカーテンで覆われ犯人は勿論人質の様子を窺いしることは出来ません。あっ、玄関の前に大型の黒の四駆動が横付けになっております。玄関を完全に塞いでおります。その玄関から真っすぐに石畳で舗装された道路が門まで五十メートルぐらいありましょうか、続いております。その両脇と敷地を囲むように樹木が植えられております。そして各所に水銀灯のポールが立っております。門のそばには警察車両が建物に対峙した格好で停められております。それに身を隠すように多数の警官が警戒しております。門の前の道路は完全に封鎖され、報道陣はシャットアウトされております。ただ今道路が俄然慌ただしくなっております。警察車両が行き交っております。なにか進展があったのでしょうか。以上ヘリコプターよりお伝え致しました」

 

舞台溶明

 

沢田  なかなかいい場所に指揮所が確保できたな、秋田邸への電話は直通にしたな。

島元  それよりテレビ局のヘリの飛行禁止の措置はとったか。徹底させろ、沢田の腕なら一発で撃墜されるぞ。

昭島  狙撃班の出動を要請するか。

沢田  その必要は今のところないだろう。それより自衛隊からその後情報は入ってるか。井沢  えらい事です。沢田の奪ったライフルは五菱重機の開発した最新鋭の銃で、射程     距離殺傷力ともに抜群で、おまけに暗視スコープを装置した秀れもんのことです。

昭島  機動隊の盾は役に立つのかな。

田代  それは大丈夫です。浅間山荘の銃撃戦以来改良に改良を重ねて、バズーカでも跳ね返します。

島元  ほんとかよ、(みな真面目に不安げに顔を見合わせる)これで防衛庁長官は更迭だな。俺は知らないよ。(みんな大笑いする)

沢田  よし、奴らから今だなんの意思表示も出て来ない。もう待ちは限界だ、作戦開始だ。

井沢  皆さん、新しい情報が只今入りましたテレビからです。人質の中に襲われた「あぶない銀行」の支店長の家族がはいっています。おまけに支店長の父親はいまだ会長職で実権を掌握し、銀行界にドンとして君臨しております。

 

舞台溶暗 

 

テレビのアナウンス。「以上人質全員のお名前をお知らせ致しました。人質のご家族のご様子については判り次第お知らせいたします」

 

                                     (3)

 

舞台溶明

 

島元  「あぶない銀行」の支店長の家族がいたとはなあ。

昭島  (独り言のように)俺たちのロマンの方向に向かっていくようだ。春島支店長に、春島一徹会長か。

沢田  昭島、なんだにやにやして(昭島、笑みを返すだけ、電話が鳴る)いよいよしびれを切らしたな。ミーテイグ通りに行くぞ。

  

(電話のやりとり)

 

警察  わたしは対策本部の責任者だ。君は誰だ。我々は君たちの氏名前歴家族関係も全て掌握している。君たちは完全に包囲され、脱出の可能性は皆無だ。観念して人質を解放、速やかに投降したまえ。幸い君たちは現在のところ誰も傷つけていない。これ以上罪を重ねることは良策ではないだろう。最高学府を出ている君たちだ、事態は良く判っている筈だ。今からでも遅くない。人質を解放し、武器を捨てて出て来なさい。

沢田  お上にも情けがあるということですね。はっきりしましょう、よく聞いて下さい。    一つ、俺たちには投降の意志は全くない。二つ、人質は全員無事、両者は友好関係    にあってあなたがたはその点危惧する必要は全くない。三つ、電源は切らぬ事、ガ    ス水道は止めぬ事。それにこれは補足だが、俺たちには食料も武器も十二分にある。    事態を平穏に終わらせるための提案要求は随時連絡する。以上です。

警察  もしもし、もしもし、(沢田電話を切る)

島元  井沢、お前ベランダへ行って元井と代田と代わってくれ。屋上の見張りはいらんだろう。

 

(元井と代田が戻る)

 

代田  動き全くなし。

元井  ヘリは引き上げた。

昭島  (咳払いをして一同を見回して一瞬照れ臭そうにしたが)みんな、今更だが改めて言う。高校時代から描いてきた夢を今、ここに実現させる。俺たちはこの地を日本から分離させ独立する。(みな目を見開き昭島を凝視する)籠城を続け、あらゆる手段方法奇策を駆使して独立を勝ち取る。最悪戦いになってもそれは栄光ある独立戦争だ。そのために予定通り二階の皆さんにも建国に加わって貰う。難題だが、これは必須条件だ。俺が懇請する、夢に参加して貰う、是が非でも。

沢田  そうだ、夢に酔うんだ。俺たちは生まれてきたときから日本国民だが、好んでなったわけじゃないもんな。こんな絶望的な日本に未練があるわけじゃなし、行くぞ。

島元  俺は2尉殿に絶対服従であります。(皆笑う)

沢田  昭島、お前に全幅信頼だ。軍事面は俺と島元が当たる。独立建国の策は、なあみんな、昭島の腹案通りに任せよう。(みんな一斉に手を叩く)

 


あすか共和国の興亡 三

2014-10-19 07:32:30 | あすか共和国の興亡

                      (2)

 

舞台溶暗。テレビが事件の放送を始める。「ここで放送を中断してただ今入った強盗事件についてお知らせします。本日十時半ごろ東京国道一号線日本橋の路上で「あぶない銀行」の現金輸送車が数人の武器を持った男たちに襲われ現金を強奪されました。怪我人が出たかどうだか不明。また被害金額は判っておりません。通報を受けた所轄署はただちに緊急配備をし、隣接する警察と連携、非常線を張り犯人の車の行方を追っております。犯人の車は黒の大型の四輪駆動車の模様」

「新しいニュースが入りました。犯人の車は国道二号線あすか町の交差点の検問で発見され、逃走を続けましたが、都下新興都市のあすか市あすか町一丁目一番地の路上でパトカーに包囲されましたがそれを躱し、近くの民家の庭に進入、そのままその民家に逃げ込みました。警察は辺りの交通を遮断、その民家を完全に包囲。犯人逮捕に万全を期しております。

それではここで、警視庁記者クラブからのこれまでに警視庁に入ったニュースをお知らせ致します」

「こちら警視庁記者クラブです。こちら警視庁では現金輸送車襲撃事件が人質事件に発展しかねない状況が危惧されております。警視庁では警視庁、日本橋署、あすか署の合同捜査本部をあすか署に設置、事態の早期解決を期しております。以上警視庁からでした」

 

舞台溶明

 

昭島  お二階さんもこれで事態を呑み込んだろう。

沢田  パニックを起こさなければいいが、とにかく女と子供だけだからな。

島元  それは心配ないだろう、あの秋田夫人一寸苦手だが他(ほか)のもんを上手く統率していくよ。

沢田  はっきり言ってこっちも頼りにしたいぐらいだ。見通しは明るいぞ昭島。

昭島  よし、それを祈ろう。では反省と今後の対策だ。はっきり言って甘かった、あんなに早くパトカーが動員されるとは。銃の発射も頂けない。しかし,かろうじてシナリオ通り第一関門はクリアした。屋敷の様子も事前の調査以上に完璧だ。

沢田  昭島、反省はいいよ、今更どうしようもない。近所の下見も完璧だった。それよりはっきりしよう、俺は作戦遂行、後へは戻らん。

昭島  よし、長期戦だぞ、文字通り籠城だ。人質がその間耐えられるかだ問題は。彼女たちを苦しめるのはこっちもちと辛いな。

沢田  何を今更、リーダーらしくないぞ。

井沢  そうだよ、彼女たちにとっちゃ思いもしない災難だが…しかしこれも予測のうちだよ昭島。

昭島  元井と代田はどうだ。

島元  目的完遂を躊躇(ためら)っているのか昭島。お前はリーダーだ、しっかりしろよ。

元井  俺たちの決意は揺るがないぞ。

代田  俺もだよ。

昭島  すまない、弱気を覗かして、挫折したら単なる現金強奪犯で終りだ。

沢田  当たり前だよ。

 

皆、真剣な形相ながら安堵の息を吐く。

 

昭島  よし、今後は人質の協力、なかでも人質のリーダーの秋田夫人の資質に賭ける。四月一日作戦開始だ。

 

無線の呼び出しが鳴る。

 

島元  元井か、どうした、門扉のパトカーが下がった、なに、装甲車が三台横並びになっ    てその背後に警官が大勢、判った、顔は出すな。代田に伝えてくれ、予定通り四月    一日作戦を取ることを再確認した。決定だ。異存はないよな。なにを今更か、はは    はっ、よし、監視を続けてくれ。

昭島  さて今後の作戦だが、これは戦争だ。作戦の指揮は沢田お前が取ってくれ。なにしろ専門家だからな。サブは島元だ。俺は夢を練り上げる。

島元  よし、受けた。みんな沢田の指揮に従おう。

沢田  いいかい、警察はまだなんの打つ手もない状態だ、俺たちの出方を模索して動きを待っているんだ。だから俺たちは沈黙を続ける。警察は先ず俺たちの身元を懸命に探る。これは時間の問題だ、間もなく割れる。その出方をみて行動だ。行動というより要求を出す。

井沢  身元が直ぐ割れるって?

島元  沢田の線からだな。

沢田  そうだ。

 

                       舞台溶暗

 

テレビが始まる。「ここで現金輸送車襲撃事件の続報をお知らせいたします。事件は思わぬ方向に展開し始めました。本日防衛庁より警視庁に陸上自衛隊ヨルカ駐屯地の兵器庫から、自動小銃5丁、ライフル銃2丁にそれぞれの相当の弾薬、それに手榴弾1ケース12個が盗難に遭ったという事実が、自衛隊からの被害届で明らかになりました。これらの武器が襲撃に使用された疑いがいまのところ捜査本部では濃厚と見ております。なお犯人たちの立て籠もった屋敷はあすか市あすか町一丁目一番地、外務省事務次官秋田成人氏の邸宅であります。 現在人質の人数性別は不明です。また確定的な犯人の人数も判っておりません。邸宅は静まり返り、中の様子は全くうかがい知ることは出来ません。しかし犯人たちが強力な武器を携帯していることは、間違いありません。合同捜査本部では憂慮を隠しません。

 

                         舞台溶明

 

沢田  警察側にたってミーティングだ。まず俺たちの身元の捜査といこう、いいな俺が仕切る。ヨルカ自衛隊の報告では本日早暁武器庫からニュースにあったような武器が消えているのが発見された。同時に2等陸尉沢田一郎と彼の部下島元次郎陸曹長の姿が消えた。

島元  島元は沢田と同郷で四国瀬戸内海大豆島の壺井高校の同級生。高校卒業と同時に自衛隊に入隊。

沢田  一方沢田は高校卒業後防衛大学に入校、卒業後3等陸尉に任官。ヨルカ駐屯地に配属まもなく2等陸尉に昇級。

島元  島元は沢田がヨルカに配属される同時に、大豆島駐屯地よりヨルカに転属願いを出    し、沢田2等陸尉の直属部下となる。

昭島  沢田は防衛大学時代から射撃の才能に恵まれ、次期オリンピックのライフル射撃部門の有力優勝候補と目されている。これが問題だ。

沢田  沢田の交友関係を洗い出したか。

井沢  沢田の高校時代の仲間は総勢七名。揃って秀才で地元の新聞で小豆島の二十四の瞳をもじって十四の瞳と騒がれました。

田代  沢田と島元をのぞく五名は現役でT大に合格。留年することなく去年卒業、しかし就職することなく、現在の職業は不明。おそらくフリーターをしているのではないかと推測されます。

井沢  七名の顔写真は入手済みであります。

田代  T大組五名は去年の夏、沢田2等陸尉の斡旋でヨルカ駐屯地に体験入隊をしております。それも半年間にわたる長期合宿訓練を受けております。

昭島  なにいぃ、自衛隊なに考えてんだ。

島元  (薄笑いを浮かべて)恐らくT大出の自衛隊入隊を期待したんでありましょう。

昭島  まさか実弾射撃訓練まではさせていないだろうな。

沢田  (笑いながら)沢田のことです。やらしたものと考えるべきです。

昭島  あはははっ、そうだったな。

井沢  (姿勢を正し真面目な顔で)その事実関係は自衛隊に強硬に正すべきだと思います。部下の命にかかわる問題です。手榴弾の投擲訓練もしたかもしれません。(一同声を出して笑う)井沢という男が一人黙々と車輌の操縦に励んでおりました。自衛官が呆れるほどの腕前だそうです。(皆笑う)

昭島  パトカーがあっさりかわされたのも無理ないな(井沢、にんまり笑う)

沢田  これで犯人の人数、身元も確認、顔写真も入手、携帯武器も判明した。あとは人質の人数身元だが。

田代  それも逐次情報が入っております。占拠場所は外務省事務次官秋田成人邸。秋田邸では四月から六年に進級する小学生翔太君の誕生祝いのパーティが十時頃から、複数の友達とその母親が招かれて催されておりました。今確実な人質は母親の次官夫人と翔太君、それにお手伝い。招かれた母子の氏名住所人数は確認を急いでおります。なお現金輸送車身襲撃の際に、銀行員、警備員にはなんら被害はありません。

昭島  それはなによりだ。被害金額は判明したか。

井沢  一億一千万円です。

島元  人数の割りには少ないな。(一同苦笑いする)


あすか共和国の興亡 二

2014-10-18 03:07:45 | あすか共和国の興亡

 

秋田  子供たちにはとくに恐怖心を与えないように。

井沢  大丈夫ですよ。みんな怖がんなくたっていいんだよ。

翔太  僕、怖わくなんかないよ。面白いよ、テレビドラマみたいだもん。僕たち人質なんだろう。

井沢  そうだ、それでいいんだ。君、名前は?

翔太  翔太!

秋田  私の息子です。翔太、お友達とテレビでも見ていなさい。

沢田  (慌てて)一寸待って下さい。そのテレビは俺たちに使わして貰う。(無線機を取り出す)おい、元井か、どうだ様子は。そうか、完璧に出来上がったか。何、部屋は全部並列に並び、ベランダが各部屋通しであるんだな。うしろはどの部屋も壁か、廊下はそっち側だな。出入り口はそうか、建物の両端も壁か、そうだな。何、パソコンがある、ふーん、テレビもな。テレビはそのままで構わないよ。パソコンは下へ降ろしてくれ。電話は切ったな。

 

やがて二階から指示された品々を抱えて三人が降りて来る。

 

昭島  どうだった二階の様子は?

元井  びっくり仰天だよ。部屋数六つ、ゲストルームに子供部屋、バスにトイレ。豪邸そのものだ。連絡したとおり守るには絶好な建物だ。ガラス戸には分厚い鉄板の鎧戸付きだ。下と同じでバリケードの必要なしだ。

井沢  階段上がったところから、部屋を通らずにベランダに出られるんだ。ベランダの壁には飾り穴があって、見張るのにお誂えだ。銃眼にもなるしな。

沢田  ご苦労、代田とベランダに戻って見張っててくれ。田代、お前は屋上だ、そこに張り付いててくれ。何か事態が起きたら俺に無線をくれ。みんな忙しくなるぞ。

昭島  (安堵の面持ちで、改まって)奥さん、申し訳ありませんが、多少プライバシイを侵すことになりますがお許し下さい。しかし建物の中の移動はご自由です。皆さん何処でお休みになっても、またお好きな時お好き場所で食事をなさっても結構です。しかし絶対に窓のそばに寄らぬこと、外を覗かぬこと。決して建物の外へ出ようなんて思わないで下さい。

沢田  昭島、あとは俺が言う、もしそのような行動に出た場合拘束します。最悪の場合縛らなくてはならないかも知れません。子供でも例外ではありません。お母さんたち、きつくそれぞれのお子さんに言い含めて下さい。例え逃げ出せてもみんなが一緒に逃げ出すなんてことは不可能です。残された人たちに俺たちは苛酷な行動に出ざるを得ません。どうか俺たちにそんなことをさせないで下さい。

秋田  随分とまあ、お上手な脅迫ですこと。

沢田  お言葉を返すようですが、決して脅迫などではありません。お願いをしているのです、ご理解下さい。昭島、俺、厨房の方をみてくる。奴らもそろそろ行動に移るころだ、早いとこ厨房の窓や入り口、それにトイレの窓も完全にバリケードだ。井沢、一緒に来てくれ。

島元  (窓の外を警戒しながら)沢田、その前に皆さんの携帯電話を預からして頂こう、    子供たちのも一緒に。

沢田  おうっ、そうだった、よく気がついてくれた。奥さんたち、それから君たちも携帯電話を提出して下さい。今も言いましたが手荒な真似はしたくありませんから、身体検査まではしません。どうか素直にみんな残らず提出してください。じゃあ昭島、あと頼んだぞ。

昭島  (二人が上手に消えるのを見送って)手早くして下さい。奴らそろそろ行動を開始しますから。

秋田  (手元のバッグから携帯電話を取り出しながら)皆さん、この際逆らわずに言うとおりにしましょう。(子供たちに)君たちの中にも持っている人いるでしょう。(大人も子供も強ばった表情で携帯電話を出す)それより昭島さん、昭島さんですね、あなたがリーダーですか。

昭島  一応……奴らに言わせれば主犯です。

秋田  そうでしょうね、ところであなたがたはさっきから奴らと奴ら言ってますが、それは警察のことでしょう。奴らなんて言い方はお止めなさい。警察と呼びなさい。それから私たち、今は仕方なく指示通り従っておりますが、心のうちは煮えたぎっています。私を含めてここに居る皆さんは、いままで他人からこんな高圧的な無礼な言葉を浴びたり、脅迫を受けたことはありません。

昭島  おっしゃることいちいちご尤もです。仲間にも伝えておきます。そうでした、叱られついでといってはなんですが、これだけは前以てご理解を頂いておきたい。これから警察といろいろやり取りが行われますが、その際、俺たちの口から万が一過激な言葉が出ましても、これは決して本心からではないということを承知しておいて頂きたいのです。

秋田  俺たちの要求を呑まなければ人質を一人づつ殺す、ということですね。

昭島  言いにくいことを代わりに言って頂き感謝します。その通りです。しかし本心からでは決してないことをご理解頂きたいのです。それにそんな言葉は使いたくはありません。

翔太  わあぁ、テレビでよくあるよね。でも最後には勇敢な人質が強盗をやっつけちゃうんだ。ねえママ、そうだよね。

島元  (窓の外を見たまま)この親ありてこの子ありか。(笑いながら)坊主、映画のようにはいかないかもよ。

翔太  そんなことあるもんか。

秋田  翔太、黙ってなさい。(夫人たち翔太に駆け寄る)窓の人約束が違いますよ、余計な発言は謹みなさい。

島元  (前を見たまま)スイマセン

昭島  秋田さん、改めて全員を代表してこんな事態に皆さんを巻き込んでしまった事に深くお詫びします。我々としても計算外の事態に遭遇してしまったわけでして、こうしてあなたがたに、こんな形で相向かわなくてはならないということは、まったく不本意な出来事なんです。どうかご理解下さい、警官に追われ止むを得ずお宅に飛び込んでしまったのです。我々としては緊急避難そのものなのです。窮鳥懐に入れば猟師これを撃たずといいます。どうか秋田さん始め皆さんのご理解を頂きたいのです。決して皆さんを盾にして、どうこうする気など毛頭考えておりません。あくまで皆さんと友好的に事態の推移を見守り、分析し解決していきたいのです。

秋田  また随分と手前勝手な言い分ですこと。でもあなた方の立場は理解できます。窮鳥ですね、ほほほっ、そのようですね。私たちもあなた方が、紳士的に振る舞うなら敢えて騒ぎ立てはしません。何の利益も御座いませんからね。よろしいでしょう、ほかの方々や子供たちは私が極力宥め、無闇に脅えることのないよう計らいます。取り敢えず皆さんの出方を見守る事にしましょう。

昭島  (深々と頭を下げる)ありがとう御座います、感謝あるのみです。どうぞお好きな場所にお引き取りになって下さい。

 

みんな固まって二階へ。

 

原田  奥様、お飲み物を持って参ります。

秋田  そうだわね、私も手伝うわ。

 

他の夫人たち子供たちもぞろぞろと、厨房へ向かう二人を追う。どうやら秋田から離れるのがたまらなく不安らしい。そして各自めいめいにトレイに食べ物飲み物を載せ、一団となって階段を上がって行く。入れ違いに一団を見返りながら田代が駆け降りてくる。沢田、井沢が厨房から戻って来る。

 

昭島  どうだ厨房の様子は。

田代  その前に俺の報告から聞いてくれ、事前の調査通り一言で言って、この建物は守るに完璧だ。両端は窓無しの壁、背面は勿論壁だけ。おまけに造成されたコンクリートの分厚い崖が垂直に四階ぐらいの高さで迫っている。守るのは正面だけだ。屋上からは攻めて来れん。太い鋼鉄の鉄傘で覆われている。二階のベランダから交替で見張れば十分だ。勿論油断は許されないが。

島元  田代、ご夫人方はどうした。

田代  みんな上がったところの部屋に入った。先頭にいた奥さんきつい女だな、俺の顔睨んでったよ。

島元  名前は秋田だ、夫人には気を抜かないことだな。しかし気丈なご婦人だ、見習わなくちゃ。

沢田  ところで厨房だが、

昭島  おう、どうだった。

沢田  ホテル並の設備だ。大型の冷蔵庫に冷凍庫、中にゃ魚や肉の塊がぎっしり。その他もろもろだよ。おまけに非常用の食料飲料水がしこたま保管してある。井戸水もモーター付きで配管済み。それに自動発電機が備えられている。予想外の収穫だ。

井沢  それに玄米が山と積んで。精米機まで完備だ、どうなってんだこの家。

島元  おっ動き出したぞ、門扉の前にずらっと盾が並んだぞ。

昭島  よし、テレビをつけてくれ。二人はベランダだが、島元、お前もこっちへこいよミーティングだ。男たちテーブルを囲む。


ドラマ あすか共和国の興亡 1

2014-10-17 02:51:50 | あすか共和国の興亡

                   あすか共和国

 

時  現代

季節 春

場所 東京

人物 昭島   現金輸送車襲撃犯、     後のあすか共和国官房長官

      沢田    現金輸送車襲撃犯       後のあすか共和国国防長官

      島本    現金輸送車襲撃犯      後のあすか共和国国軍兵士

      井沢    現金輸送車襲撃犯      後のあすか共和国文部大臣補佐官国軍兵士       

      田代    現金輸送車襲撃犯      後のあすか共和国政務補佐官 国軍兵士

      代田    現金輸送車襲撃犯      後のあすか共和国政務補佐官 国軍兵士

      元井    現金輸送車襲撃犯      後のあすか共和国政務補佐官 国軍兵士

 

      秋田    外務省事務次官夫人     後のあすか共和国大統領

      春島    「あぶない銀行」支店長夫人 後のあすか共和国大蔵大臣

      山内    法務省高官夫人         後のあすか共和国法務大臣

      高梨    某大学助教授夫人       後のあすか共和国文部大臣

      原田    秋田邸のお手伝い       後のあすか共和国農林水産大臣

      神宮司  ゼネネコン開発部部長夫人  後のあすか共和国国土庁長官

      石神    外務省職員夫人         後のあすか共和国内閣広報官

      翔太他子供六名

 

      あすか署署長

      日本橋署署長

      あすか署幹部

      あすか署員

      警視庁警視

      警視庁特殊急襲部隊隊長

 

      総理            

   財相                   秘書官

      官房長官                      秋田外務省事務次官

      防衛庁長官                    アメリカ大統領

      法務相                        アメリカ大統領補佐官

      外相                          アメリカ大統領補佐官部下

      警察庁長官                    外人部隊扮装の男他数名

      警視総監                       自衛隊特殊部隊隊員12345他数名

   経済通産相               声のみ アナウンサー リポーター

   文部科学相               春島一徹 記者

 

舞台暗闇の中、大型スクリーンが降りて、日本のここ数年に起きたあるとあらゆる不祥事の新聞紙面の見出し記事が次々と映し出される。これでもか、これでもかと溜め息が矢継ぎ早に出るほど。それこそあるとあらゆる。例を上げれば、政党交付金流用事件、防衛庁背任事件、KSD疑惑、接待汚職、厚生省汚職、委託収賄、外務省機密費事件、ゼネコン談合、クレーム隠し、リコール隠し、雪印汚染、警察不祥事の多発、少年凶悪事件続発、歯科医師国家試験漏洩疑惑、汚職、歯科医師会汚職、政治家の年金不加入問題、自衛隊員、警官、教師のハレンチ行為の頻発と、なんでも有りの日本列島の不祥事オンパレード。時代は進行しても不祥の種には事欠かない。そして舞台溶明。 

 

                                     (1)

 

とにかくはかり知れぬ二階建の豪邸、舞台一杯に大広間が広がり天井は高く、豪華華麗なシャンデリヤが燦然と柔らかな輝きを広間一杯に飛散させている。下手端の重厚な扉の右手に螺旋階段が上階にしなやかに曲線を描いている。扉を開ければ車寄せ、広大な前庭中庭外庭と続き、おそらくテニスコート、プールを配しているに相違ない。そして外界とは、瀟洒な門扉、上に手入れの行き届いた花壇がしつらえられた土塁で遮られていると想像される。いましも大広間では大テーブルの上に、盛りだくさんな料理、季節のフルーツが山を成し、ワインが抜かれ色とりどりのジュースが林立している。今日はこの家の少年の誕生日パーティである。少年の友達男女三人ずつに、それぞれ母親が付き添い、パーティもいまがたけなわといったところだ。上手奥の厨房からお手伝いさん一人が小まめに行き来する。

突如パトカーのサイレンが遠く近くけたたましく聞こえてくる。広間は何事かと騒然、それもつかの間、短く自動小銃らしき銃声がして怒声が交わり、母子たちの悲鳴が増幅する。そして扉が激しく開き数名の迷彩服の男たちが乱入して来る。手に手に銃をかざして……舞台一瞬暗黒。その闇の中で男たちの怒声と母子たちの悲鳴が交差し、激しい物音が続く。

 

昭島  カーテンを引け、厚いやつだ、窓際にバリケードだ。

沢田  車を玄関に横付けし直せ、バリケード代わりだ。中のもの残らず降ろすの忘れるな。

島元  何でもかまわないから積み上げるんだ。

沢田  待て、予測通りだ、バリケードの必要はないぞ。窓は小さいし腰高だ、おまけにスライド式の鎧戸が付いてる。

島元  ほんとだ、それも分厚い鉄板だ。一応カーテン引くだけで十分だ。

元井  誰か子供たちを静かにさせろ、ご婦人たちを静かにさせるんだ。  

井沢  君たちにはなんにも乱暴しないからおとなしくしててくれ、頼むよ。(瞬間母子たちは静まる)

昭島  そうです、それでいいんです。何も心配ありません、協力感謝しますよ。

沢田  テレビは動かすな、そのままそのまま。電話の位置を確認しとくんだ。

田代  ドアは鋼鉄製ときてる、ロックすれば完全だ。

昭島  島本、お前はいいから早く窓から外の様子を見張るんだ。

島本  オーケー。

沢田  カーテンの透き間からだ。絶対中を探らせんじゃないぞ。双眼鏡はあるな。

島本  ある、任してくれ。  

昭島  よし、完璧だ。

沢田  気は抜くなよ、相手を嘗めるな。

昭島  そうだ、もう一度点検だ。テレビも電話もそのままにしてあるな。テーブルの上のもの厨房に片付けるんだ。

全員  ようし、これでようしだ。

 

舞台溶明。静けさが戻る。大広間は完全武装の男たちが仁王立ちに立ち、土塁に囲まれた戦場さながらの有り様。男たちはそれぞれの与えられた持ち場に立ち、母子たちはきれいに片付けられたテーブルの前に悄然と立っている。サイレンが高く低く聞こえてくる。

 

昭島  (声を張り上げる)皆さん、突然の訪問申し訳ありません。頭を下げて済むものではありませんが、これだけはお約束します。あなたがたに決して危害は加えません、全員で誓います。そうだなみんな。(妙に明るい)

一同  誓います。(静かに言って深々と頭を下げる)

井沢  さあ、適当に椅子にかけててください。気持ちを楽にして、そういっても無理でしょうが。

沢田  我々にはまだやることが残っておりますので、とにかく騒ぎ立てることだけはしないで下さい。これはお願いです。島本、外の様子はどうだ。

島本  パトカーが二台敷地内に半分突っ込んで停まってる。道路の方には警察車両ってやつか、それにデモのときよく見かける放水車も停まってるぞ。大型の救急車も来てる。

沢田  警官は。

島本  モチ、完全武装ってやつだ。盾構えてうじゃうじゃいる。

昭島  奴ら、いまのところ戸惑ってるんだ。とにかく先手必勝だ。先手々々で行く。元井と田代、代田、二階を調べろ。(三人身を翻して階段を駆け昇る)

沢田  (その後から)カーテンを引き窓はロックし完全にバリケードだ。ベッドでも何でも使うんだ、電話線は切れ。

昭島  ここの家の奥さんはどなたでしょうか。

 

しばし沈黙の続いた後、秋田夫人が一歩前へ出る。男たちにひけを取らぬ長身である。怒り心頭に達した面持ちで早口にまくし立てる。

 

秋田  私です。秋田といいます。何ですかこの無法振りは。いいですか、あたくしの言いたいことは、先ほどのあなたがたの誓いを完全に履行して頂くことです。それは私の責任でもあります、息子の誕生日会にお招きしたお子さんやお母様方たちに、それは恐ろしい目に遭わしてしまっているのですから。

昭島  わかりました。改めて誓いますよ。

井沢  わっ、凄い、尊敬しちゃうな。俺たちは暴力団じゃありませんから乱暴はしません。信じてください。