夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

明確な意思表示

2009-11-10 15:43:47 | つれづれなるままに
 わたしの
 むすめたちは
 ことばを
 手にすることが
 できなかった
 しかし
 長女も
 次女も
 明確な意思表示で
 私に
 家族に
 周辺に
 示すことができる

 長女は
 歩けないが
 自らの意思で
 腹ばいになって
 上腕だけの力で
 キーボードの部屋に
 たどり着くことができる
 お腹がすけば
 居間にやってくる
 何よりも
 食事も
 そのリズムを
 選んでいるのは
 本人なのだ
 そして飲食の
 手順も
 飲むも飲まないも
 食うも食わないも
 本人の強い意志が
 そこにある
 昨夜も
 隣に熟睡していたはずの
 彼女が私に手を伸ばして
 布団を引いている
 最近の彼女は
 こうして
 排泄を教えている
 早く変えてほしい
 そういう言葉の代わりに
 彼女の強い上腕が
 私の寝具を
 引っ張って
 知らせているのだ
 
 次女は次女で
 声の抑揚や
 彼の表情
 体の動作で
 機嫌のよしあしがわかる
 求めのおおよそ見当がつく 
 たとえばこうだ
 排泄誘導をするために
 トイレに向かっても
 今はないというときには
 彼女の身体は
 トイレと反対側に
 重心が移ってくる
 なんという明確な
 意思表示だろう
 遠慮もなく
 恥ずかしさもなく
 自分の気持ちを
 包み隠さず
 表現するのだ
 言葉というものに
 頼るばかりに
 うそをついたり
 つかれたり
 隠していたり
 ごまかしたり
 そういう
 社会の常識を
 こっけいなことのように
 彼女たちは表現している
 素的な娘たちよ
 ありのままとは
 こういうことなのだ
 しあわせというのは
 こういうことなのだ
 そうわからす屋の
 常識で暮らす
 この父は
 納得している

(写真はターサイ)
  

開眼?

2009-11-10 13:58:12 | つれづれなるままに
 私は自分でメカに弱いと思い込んでいる節があります。今年の九月に町会でタイムカプセルを埋めました。その中に入れた写真には、家族の写真と今年の7月に訪問し交流した韓国の宋さんたちも映っています。でもそこに私がいないのです。新潟の家族たちと一緒に行った支笏湖も、先日家内と出かけた津軽峠の写真も、沖縄でも、わたしはカメラマンに徹していました。
 それは私がカメラに詳しくないために、普通はセルフタイマーがついていてみんなが写せるはずなのです。しかし私はこのカメラにはその機能がついていないものと諦めていました。ところが、です。きょうふと思い立ってカメラをいじっている内に、これがセルフタイマーの機能だとわかったのです。アーやっぱり私はドジでした。12秒間のセットで、私も一緒に写れるではありませんか。なんという失態、なんという勘違い。要は説明書をちゃんと読めばいい話なのでしょうが、今までまじめに読んだことがありません。先日も、内観療法ワークショップで、手振れ機能を押さなかったばかりに、結局かなりボケ写真が混じりました。このオリンパスカメラは安い割に、機能がたくさんついているのです。でも結局その機能を使いこなせていません。携帯電話しかり、パソコンしかり・・・。
 でも時々こういうハッとして、できなかったことができるときが自然にやってくるんだから、まんざら捨てたものでもないかと今は開き直るばかりです。
 今度から一緒に写真が取れますよー!と、少し嬉しいのです。