夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

内観療法ワークショップin津軽 その3

2009-11-02 14:36:43 | 私と福祉とであいの旅
 私が最も感銘を受けたのは「子どもの心に耳をすます」というテーマでの、奈良女子大学 真栄城輝明教授(臨床心理士)の講演であった。
 私はカメラを構えていたために、メモを取ることはできなかった。しかし、教授のユーモアを交えながらも、内容の濃い語り口は心の中に様々な問題を提起してきた。
 13世紀の王様が子どもの養育の実験をしていた。子どものない親に捨て子を育てさせた。ただし条件があった。食べ物はあげても、決して言葉をかけてはならないという条件である。そしてその子どもはその後どのようになったのかという問いが会場に向けられた。様々な回答の中に、「死んだ」というものがあった。教授は「そう!死んだが正解」と答えた。結論は死んだというのであった。愛情を子どもは感じられないと、食べ物だけでは生きてはいけないというのがその回答である。
 私は自分の子育てや職業的なアプローチ環境で、重いハンディキャップを背負って生きるいのちと向き合ってきた。その人たちは自らの言葉をコミュニケーションとして行うことは難しい。しかし、私たち介護者がその人々にアプローチするときに、無言でケアすることはないし、またあってはならないと常々意識して言って来たし、行ってきたと思う。何も言ってもわからないと思ってケアするのではなく、わかってくれるはずという思いで、行為を共有していくことの重要さを私たち支援者は肌で感じてきた。言葉そのものの意味も大切であるが、その言葉に添えられる気持ちが穏やかなものであるか、不機嫌なものであるかでまた受け取る側の気持ちも変わってくるのではないだろうか。そんなことを教授の話を聞きながら、重度しょうがい者に重ねて思っていたことである。
 教授はこのほか谷川俊太郎の詩や、子どもたちが心の中の悩みを託した詩を紹介した。子どもたちは大人たちの様々な身勝手な言動の中で、その影響を受けて揺らいでいるし揺らぎやすい存在だということがわかった。私たち大人がその声なき声に耳を傾けることが如何に大切かを、あらためて思うことであった。
 
 
 
 

 

内観療法ワークショップin津軽 その2

2009-11-02 08:07:58 | 私と福祉とであいの旅
 「内観療法」の「ひろさき親子内観研修所」所長の竹中哲子先生とは、「ハンサムウーマン」での出会いが印象深い。ただ「内観」そのものについては、弘前温清園長の熊谷さんが老人福祉施設の仲間としてお付き合いをさせていただいているころ紹介を受けたことがあった。20年以上前になる。そして5年ほど前に竹中先生のNHK弘前センターでの「内観教室」に一度だけ体験をさせていただいていた。
 10年前に弘前での内観ワークショップに参加しませんか?という竹中先生の誘いを受けたことがあったが、当時は現在のあうんの開設準備で結局参加しなかった。
 今回の内観ワークショップでは、竹中先生が大会資料などの印刷と名入りのりんごの相談などであうんへおいでになったことから、私たちにできることがあればという思いで実行委員会に参加させていただいたのである。
 私は法人の幹部職員たちにこのワークショップに参加を依頼して、お互いの信頼関係と協力意識の高揚を期待していた。そして地域を耕すための原動力をこのワークショップの中に見出してほしいと考えていた。
 これから法人では新規事業として「相談支援事業」「居宅介護事業」「共同生活介護事業」などが新たにスタートする。そういう時期だからこそ、この内観の精神を学ぶ機会としたかったのである。事務長は録音担当、次長はビデオ担当、係長以下主任は受付や書籍販売などを担当してもらった。私は写真担当と会場案内の看板設置、研修の名入りりんご29個りんご農家に依頼した。講師のリボンの変代りに、りんごの花びらを使った作品コサージュを押し花の石田講師に作成依頼をした。
 こうして私たちの2日間が始まったのである。私たちはこれまで地域活動を様々行ってきた。福祉演劇、ソーシャルワークセミナーの開催などで、これらの体験が
こういうときに実によく生きるのである。