すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

記憶―かぐや姫の物語(6)

2019-01-31 14:24:43 | 音楽の楽しみー楽器を弾く
 彼女は、雲の上から振り返る。彼方に青く美しい地球が浮かんでいる。
 その情景が、彼女の心になぜだか引っかかる。何かそこに大切なものがあったように思う。そこに何か残して来たものがあるように思う。それが何なのかは、今の彼女にはわからないが、思い出さなくてはいけない何かだったように思う。
 これは驚くべきことだ。
 地上での記憶を忘れてしまうという天の羽衣を着せられたにもかかわらず、彼女は記憶の全てを失くしてしまったわけではない!
 このことは、彼女がかつて月の世界にいたときに会った天人のことを考えれば、いっそう明らかだ。その天人は、かつて過ごしたことのある地上の世界のわらべ歌を覚えている(いつの時点かで、思い出した)。そしてそれを口ずさみながら、涙を流す。
 その天人が、自分を育ててくれた人、心を通わせた人、地球の四季の美しさ、などを具体的に思い出しているわけではないかもしれない。しかし、空にかかる青く美しい地球を見上げながら、天人の心は悲しみにあふれている。そこに何か、自分の心をひどく悲しくさせるもの、ひどく懐かしいもの、があったことを思い出しているのだ。そして、その地に帰りたいと思っている。  
 帰りたいと心から思っているからには、わらべ歌を歌っているうちに、その歌のうたわれたシチュエーションの一部ぐらいは思い出しているのかもしれない。養い親のことぐらいは思い出しているかもしれない。
 …そうすると、かぐや姫も、記憶が完全に失われたのでない以上、青い地球という手掛かりがある以上、これから少しずつ思い出すことになるだろう。そして、そこが、ありありと見えているのにもかかわらず、決して再び行くことができない場所であることに、胸塞がれるに違いない。
 彼女は、月の世界でやがて結婚するだろう。自分も子供を育てる人になるだろう。それでも、地球の美しい夜には空を見上げて泣くだろう、幾夜も幾夜も。
 彼女が月の世界で送らなければならないのは、そういう生活だ。

 最後に、アニメ版で迎えに来た天人の“王”に彼女が叫ぶ言葉を記しておこう。「かぐや姫の物語」の全体は、この言葉のためにこそある、と言ってもいい。
 「喜びも悲しみも、この地に生きるものはみな彩りに満ちて(いるのです)」(終)
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