千葉県市川市、第10回・荷風忌
講演会&ひとり語り

市川名誉市民を見て、その広がりと根の深さ、只ただ頷くだけでした。
5月3日、荷風忌が行われたので覗いてみました。代変好評でほぼ満席でした。
本を読む母子像
市川図書館前のモニメント
案内パンフレット
≪市川に住む≫
荷風は、市川にに住み始めたのは1946(昭和21年)が最初で、国府台女学園の創立者である・平田華蔵の計らいで、京成菅野駅前の職員住宅が提供された。あちこちにに移り住むが、昭和三四年亡くなるまで暮らした。
≪断腸亭日乗≫を書き続ける
その間「断腸亭日乗」は、荷風の日記、として、一九一七年(大正六年)から亡くなるまで、欠かさず書き綴られていた。日記の多くは、手帳に書き記した。『日乗』とは日記の別名である。
≪断腸亭日乗≫を見ると戦後が分かる
・・・資源不足から、電気が安定的に供給されず停電が頻発し、治安も悪化した。衛生環境の悪さ、赤痢・疫痢・発疹チフス・などの伝染病が流行した。
≪荷風ブーム≫
作品が舞台・映画化されるなど、「荷風ブーム」と言われる現象が起きる。1952年(昭和27年)文化勲章受章、その2年後、日本芸術院会員にえらばれる。
≪映画化された永井荷風の作品≫
「渡り鳥いつ帰る」「つゆのあとさき」「踊り子」「墨東綺譚」「裸体」「4畳半物語」「夢の女」
開園1時間前整理券を待つ人たち、定員220名
此の待ち人を見たときは、驚くやら、文化の深さ、荷風に対する市民の根強い関心を見た。
整理券をゲットしました。
整理券を持って集まった人たち。
永井荷風忌にはこれほどまでに・・・、多くのフアンが集まった。
開園前の会場の様子、開演中は、撮影禁止。
◎ 講師・鹿児島大学・准教授 多田 蔵人 氏
「言葉を選び続ける、市川時代の荷風文学」
◎ 俳優座女優・長浜 奈津子 氏
ひとり語り 「墨東綺譚」
墨東綺譚は、永井荷風の長編小説。
1936年完成,37年発表。中年の作家と私娼との交情を中心に, 四季の風物詩や時代の風俗なども織り交ぜて,随筆的構成した後期の代表作である。
「墨東綺譚の故郷・向島・玉ノ井」 永井荷風がこよなく愛した街
開けています。
しばらく扉を閉じていましたので…。