日々是好日・スローライフ(寅さんの柴又から発信)

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・家庭菜園 ・ めばえ・成長・収獲

NHKラジオ深夜便をなぞる

2024年08月31日 | 総  こだわりウオツチング

”山口発” 深夜便をなぞりながら、
「山口県(萩市)での旅行」を振り返る

 

 

8月31日(金)のNHKラジオ深夜便 を深夜、一晩中聞いてしまった。

ローカル色豊かな内容で、して私の過去の旅行したコースをなぞるような番組でした
ので、尚一層興味を惹いた。

それは詩人・金子みすゞから始まり、山口の観光名所を振り返るような番組でした。

とても懐かしく、ほとんど忘れかけていた、萩観光を思い出の中に振り返った。

 


山口県仙崎と青海島

 

1、金子みすゞっ記念館と青海島

 

金子みすゞ記念館 | 山口県長門市観光サイト ななび

金子 みすゞ(本名:金子 テル〈かねこ テル〉
1903年~1930年の若き27歳の生涯)は、
大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本童謡詩人。約500編の詩を遺した

没後半世紀はほぼ忘却されていたが、1980年代以降に脚光を浴び、再評価が進んだ。
西城八十に激賞された幻の童謡詩人とされている。遺稿集が発掘され、出版(1984年)、深
く優しい世界観が広く知られた。代表作に「私と小鳥と鈴と」「大漁」など。

金子みすゞ記念館 | 山口県長門市観光サイト ななび
 金子みすゞ記念館・より出典

 

すべての写真
仙崎➡青海島の橋

 


   青海島観光案内より出典

 

 

 

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町会盆踊り

2024年08月28日 |  紀  イベント・催行

地区盆踊り最終回
(22日・23日)

 

 

細田町界隈の盆踊り
 我が5丁目町会が最後にて終了した。

夏休も終わりに近づき、子供達も法被姿にねじり鉢巻きの
元気な姿で頑張っていました。

子供たちは早い時間帯(7時まで)には、櫓の上で一生懸命太鼓をたたいていました。

役員さんも暑い中、準備から実行にと大変でしたが、無地終了しました
お疲れさんでした。

地域の繋がりを作るのには、祭りが一番と新聞記事で読んだことが有ります。

 

 

「東北大震災&村祭りの復活・威力」
記事を思い出しながら綴る

 

人物の輪-絆】の画像素材(40521189) | イラスト素材ならイメージナビの画像 協力イラスト|無料イラスト・フリー素材なら「イラストAC」

3・11東北大震災の数年後、住民の人たちは気持ちは沈んでいた。

津波で被災し、家は流される、家族には犠牲者が出る、隣近所の人たちとは疎遠になっていた。
此れからの復興に最も大切な、協働、協力、住民の絆が途切れてしまった。
震災で打ちのめされた住民の気持ちをもう一度”取り戻したい~盛り上げたい”
と村の中堅幹部は何度か集まりにて合議した。

その中での結論は、昔から綿々と伝わってきた「村祭りの復活」を取り上げて
実施にすることに決定した。これが大成功!!

震災によってバラバラになった心、住民達の意識が復興に向かって
大きな一歩になったことは確かと、役員の方々は自信を深めた。

新聞記事は、住民の心の復活、絆、結び付けに多大の効果があったと結んでいた。

 

 

翌朝の盆踊り会場の様子

 


細田界隈最後の盆織り。

 

 

盆踊り子供の時間7時まで (縄)

        お付き合い祝い袋や盆踊り (縄)

 



 

 台風10号 

台風や 日本列島 恋焦がれ
          惚れて居座る かぜ雨暴れ(縄)

 

 

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青龍神社

2024年08月28日 | 総  神事、仏教に関すること

池とは名ばかり緑一面の草
(かつしか・たかさご)

 

池」とは、名ばかりの緑一面に草が生えていました。

水辺や湿地に生息する植物の「水生植物」が存在しているのでしょう。

これらの植物は、花を水中で咲かせるものから、水上に花を咲かせて観葉植物として
利用されるものまでさまざまです。

ため池や河川などの水域に生育する水草なのであろう。

また、水田には厄介な雑草としてオモダカが知られています
(池の水生植物より転載)

オモダカ
オモダカ草 (ネットより)

 

 

 

帰宅後に調べてみると、この池には「雨乞いの神様」と言われている
白蛇様が住んでいるとか。
そして池の隣に建立されていた「青龍神社」では白蛇様が崇められ、
雨乞いの神事も行われていたそうです。
その神事の内容とは、群馬の榛名神社から御神水を頂き、青龍神社の池「怪無池」に
注ぐんだそうです。すると天から雨が降ってくる・・・とか。

「雨乞神事」は、どこでも行われていたのですね、

わが田舎(秩父)に於いても、同じような行事が行われていた。

 


新金線貨物踏切を渡ろと神社です

 


大きな柳の木


奥まって鳥居がありその奥に祠が見えます。


記念碑と手水処



雨乞いの神事が行われる怪無池、水生植物

 

    

冬の池の様子

 

 

 

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朝 顔

2024年08月27日 | 自然  植物(木、花、苔を含む)

朝顔の拾い撮り
朝顔の思い出のあれこれ

 

夏を代表する花といえば、朝顔を思い浮かべる方が多いのではないでしょ
うか。
小学生のころに朝顔の栽培を経験されました・・・・との合言葉。

これが昨今のアサガオの栽培に対するイメージです。

しかし、私の通った当時は戦後、小学校にはそんな余裕があるはずはなかった。

校庭を掘り起こした跡、大豆や小豆の栽培の残骸が散見された。(食糧増産)

現在は良き時代、小学1年生と言えば「朝顔栽培」が定番です。

 

朝顔は、「顔」という言葉から人間の顔を連想しやすく、
「朝の顔」を思い浮かべますが、花が朝開いて夕方にはしぼむことから、
はかなさや無常の象徴とも言われます~~~。

朝顔の花言葉は「結束」「明日もさわやかに」「あなたに絡みつく」
などが挙げられます。 ツルが固く巻きつく様子や、早朝に花が咲くことから
連想された言葉なのでしょう。

 


我が家のアサガオ



街路のアサガオ


二階まで伸び巻き付いた他家の朝顔

 

 

散歩の俳句帳

  朝顔の7つ咲いたと妻の声 (縄)

  夜来雨草の輝き球の露 (縄)

  暁の校舎の窓や鏡かな (縄)

  西の空虹の帯をや消え失せて (縄)

  黒い雲ポツリポツリと身に掛かり (縄)

 

 

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季節は秋、暑さに降参!!

2024年08月26日 | 文学  コラム・エッセイ

早朝散歩から(エッセイ)

 

 

1週間のはじまり月曜日の朝です。

何時もの通り新鮮な空気を吸い、爽やかな新鮮な空気に浸かりたく、早朝散歩に出かけた。

朝の太陽が高層住宅の建物を照り付けて、直射日光が壁面に輝いていた。

街路樹の脇を抜け行くと、茶色の種を一杯付けた向日葵の果が重そうに
「俺の季節は終わり」と言わんばかりに頭をたれていた。

その横に二株のコスモスがピンクと黄色の花を着けそよいでいた。

暑い暑いと言っていた今年の夏も、季節は進み暦の上では確実に秋が訪れていた。

大型台風が、九州の南に居座り日本列島を伺っている。朝だと言うのに南の空
彼方に入道雲に朝の太陽が照り付けていた。

最近は、熱帯性気候のスコール風の雨、1日に150mmほどのドカ雨が一気に
降り注ぎ当然大きな被害、地域に暮らす人々は堪ったものではない!!

「備えあれば憂いなし」台風10号は日本列島を縦断しようと九州沖に右往左往している。

街路樹数本が葉を染め「此の暑さに降参」と、言わんばかりに枯れていた。

人間をも此の暑さには参った、熱中症で不幸にも亡くなった方が250名余よおられるとか
この暑さ半端ではなかった。はやくす涼しくなってと祈るのみです。

幸いにも百日紅が元気な姿でピンクの花を咲き誇っていた。

 

 


枯れた街路樹

枯れた街路樹 - てこてこペンギン散歩
低木もご覧のあり様



ドウダンツツジも枯れて・・・・。

 

ひまわり | Mamichi's Room
役目を終えた向日葵


百日紅とモミジアオイが咲き誇っていた。
枯れた街路樹をそこはかと見た後の、誇る花は嬉しい限りです。

 

 

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ジャスミン

2024年08月25日 | 自然  植物(木、花、苔を含む)

玄関先に咲くジャスミン

 

 

ジャスミンはモクセイ科ソケイ属に属する常緑低木の植物です。

開花時期は7~9月で、3~6月に花を咲かせます。

 春から秋ぐちにかけて見頃を迎えますが、花持ちは3~5日と非常に短い、

咲いたと思ったら散っていました。

「世の中は三日見ぬ間の桜かな」

なる文言が有りますがこれよりも早く感じ、

「世の中は二日見ぬまのジャスミンか」

ハハハハハはハ~~~。

 

舞うアゲハ蝶|みほ
香りが強い、キアゲハが舞い降りてきました。


玄関のジャスミンが咲き散りました。

 

 

散歩の俳句

    驟雨来る早朝散歩軒の下 (縄)

 

 

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電話のない時代、電報

2024年08月23日 | 総  そ の 他

日経新聞「春秋➡コラム」から

1960年代を回想する

 

  向田邦子さんが新進の放送作家だったころの話である。急な仕事が入って恋人との約
束を果たせぬことになり、電報を打った。ただ要件のみ「コンヤユケヌ ク」。切ない7
文字だ。1964年のことらしい。妹の和子さんの著書「向田邦子の恋文」に明かされている。

ナゼ レンラクセヌカ」古本から出てきた電報 9文字のドラマに ...
懐かしき電報

▼ 電話のない家も多かったから、急ぎのときはみんなしばしば電報に頼っていた。
新聞業界でも、真夜中に大事件が起きると、デスクは容赦なくウナ電で記者に緊急の呼び
だしを掛けたらしい。

▼ この時代を我が身に当てはめてみたい。向田さんの記事は1964年とある。これは
10月10日、第18回オリンピック競技大会は東京で開幕しました。そして私が結婚した年
で記念する年でもあった。
 仕事は昼夜分かたず忙しい勤務に明け暮れていた。東京地方に、気象等の警報が出れば
自主的に参集し、勤務に就いた(自宅で休みでも駆り出された)

  結婚後2年ばかし経過し、京王線府中駅から20分ほどの府中刑務所付近の官舎にに
住んでいた。もちろん電話などあるはずが有りません。仕事が急遽忙しく、役所に泊ま
込みと言う事態が発生した。ハテさて、自宅に連絡する方法には困った。

向田邦子さんは「コンヤユケヌ ク」の電報を打った。筆者縄文人は「コンヤトマル、
カエラナイ」なる電文を打電した。今から思えば懐かしい思い出である。


電報配達人

▼ 1964年当時の電話の普及率は昭和40(1965)年度における電話加入総数は
約739万、人口100人当たり加入電話普及率は7.5%とあります。

電報が消える!!
63年度9400万通あった電報は、2022年度の利用は377万通に減っている。
そういえば紙の電話帳簿番号案内、そして便利した104も消えてゆく。


電話帳も消えて行く

 

散歩の句

 * テクテク行くよりモシモシ電話
      時代が変わりメール飛び交う (縄)

 

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スポーツセンター

2024年08月22日 | 総  そ の 他

 

葛飾奥戸スポーツセンターの歴史

 

総合スポーツセンター体育館は、1984(昭和59年)に開設し、
その後に陸上競技場は完成した。

私がこの地葛飾区に越してきた当時は、中川河川が湾曲した河川敷でした。

この回り込んでいた河川敷を現在の中川土手を移動縮小して、河川敷を整地して
屋内体育館、そして陸上競技場と立派な施設の完成を見た。
(下図参照)

中川にかかる奥戸橋は、当時木製で橋の上から見た風景は一面が湾曲した河川敷
で草がぼうぼうと生い茂っていた。

中川は、葛飾区のほぼ中央部を北から南へ流れる河川である。

高砂橋下流からその流れを南西方向に変え、蛇行を繰り返し(七曲りし)ながら
上平井橋下流で綾瀬川に合流する。

かつしか郷土カルタ「中川は右に左に七曲」が、その歴史を示しています。


中川七曲

「な」の読み札画像  「な」の絵札画像

総合スポーツセンター体育館・陸上競技場(奥戸7丁目)
体育館は1984(昭和59)年に、陸上競技場は翌年に開設しました。葛飾区のスポーツの拠点1つとして、
さまざまな大会が行われています
(葛飾区史より)
 
 
 


朝陽が眩い陸上競技場入り口(am5,30分)


隣の丸小公園から見る


土手に上がりて観覧席を見る

葛飾区奥戸総合スポーツセンター陸上競技場 | 日本100スタジアム ...
上に同じ、土手の高台から

 


土手から競技場を挟んで東南方向を見る


屋内体育館入り口

 

 

 

散歩の短歌

 * 拝啓ねお元気ですか前を向き
       陽はまた昇る明日への一歩 (縄)

 * 元気よく回れ右してサア一歩
        朝露ひかり太陽浴びて (縄)
   
     

 

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天祖神社

2024年08月21日 | 総  そ の 他

奥戸・天祖神社

 

 

奥戸天祖神社は、葛飾区奥戸にある天祖神社です。

奥戸天祖神社は、当地が葛西御厨であった頃に、伊勢皇大神を勧請し、
奥戸村の鎮守としたと言います。

大しめ縄神事と奥戸連句碑が葛飾区指定文化財になっています。

天祖神社〆縄作り 

 


道路から階段を上がる


社殿を取り囲む、名前を書いた御影石


本 殿


手水処


昔の巨木保存


狛犬



オミクジ

 

 

散歩の俳句帳 
(散策8/21 出・5,30~帰り・6,20)

  百日紅草で覆わる空家かな(縄)

   踏切や線路の先は霞けり (縄)

    葦切りや川岸繁茂鳥の声 (縄)

 

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散歩・環状7号線奥戸陸橋

2024年08月20日 | 総  建物、公共施設

奥戸陸橋を考察す

交差点に非ず!「陸橋交差」と言うらしい・・・

 

 

散歩経路は宝蔵院の鐘楼を見ながら中川放水路の土手を通り、
奥戸新橋に出て奥戸街道を西に進んだ。

間もなく大きな立体交差、「環状七号奥戸陸橋」に到達します。

環状七号線は、東京都大田区平和島を基点に杉並区、練馬区、足立区、葛飾区などを
経由して江戸川区臨海町に至る都道です。

朝が早いので天空を見渡したら、鳩さんが電線に、一杯に群れをなして
止まっていた。

 


  環状7号線の奥戸陸橋

 


奥戸陸橋


  弧を描いた陸橋が見事


朝陽がまぶしいので陸橋下で一休み


 陸橋の近くの高圧線


近くの民家
ゴウヤを栽培、日除けのカーテンの家庭

 


  近くには
鳩さんが朝の陽を一杯受けて群れていた。

 

 

 



 

考  察(観察)

 

道路をば二つ合わさる交差点
          然にあらずかな陸橋交差 (縄)

 

 

よくよく見ましたら、交差点と言う字は有りません、



環状7号線「奥戸陸橋下」航空写真

 

   
交差と言う文字は見渡らず・・・。

 

 

 環状7号線は ➡ 奥戸陸橋と表示

 奥戸街道からは ➡ 奥戸陸橋下と表示

交差点と言う字は見渡らなかった。

交差点の3文字は、陸橋と言う言葉で包括しているのであろう。

「陸橋交差」と言うらしい。

 

 

 

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