小野君とは、中国近代史研究の大家である小野信爾教授のことである。朝鮮戦争に対し、「反戦ビラ」を配布し、米軍占領当局の主権下、投獄されたその獄中日記である。京都大学学術出版会から公刊された立派な戦後思想史の史料であり、歴史の証言である。京都大学が立派なのは、学生の運動も有り、当局が小野さんの学籍を守ったことである。当局は、自主退学を強くもとめたが、運動により、刑期満了後、復学され、著名な歴史研究者となられた。いまや、朝鮮戦争は、北朝鮮からの策動であると歴史学は証明している。ただ、朝鮮戦争はいまなお北東アジアにおける未解決問題の基礎にあり、アジア連帯の面から小野君の戦いは、畏敬するべき先駆者であったことも確かである。
僕は京大との関係では、小野信爾派ではなく、どちらかといえば、堀川哲男派である。しかし、小野さんは折に触れ、厳しい助言と深い慈愛で接して下さり、このたびも献本を戴いた。小野さんは、徹底した反米帝国主義の視点と親中国主義を貫かれたが、その信念と体験とは本物である。中国共産党には、絶大な信頼を寄せられている。これは、終生貫かれると思われる。小野さんの学風は、厳しく、徹底した文献史料を丁寧に史料批判を重ねて組み立てるもので、そこから思想性の発露を禁欲しながら、重厚な論を構築される方である。
小野さんの気持ち、<歴史家が後輩の歴史家に歴史研究の対象にされる>のは、実は居心地の悪い話である。獄中日記は、これからゆっくりと拝読することにする。戦後史の掘り起こしにおいて、宇野田尚哉教授(大阪大学)が中心となり、獄中日記を一次史料として、戦後日本人のアジア連帯の思想史が、アカデミズムのなかで市民権を得ることは、日本の将来にも有意義である。日本の有名大学は、大学史料館を充実させており、その成果も本書の背後にある好ましい傾向を後押ししている。この点につき、付記しておく。