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S園で体得した事と、元患者の伊藤まつさんや、精神障碍を持つX君への関わり

2018-05-14 15:22:27 | 日記
  S園の身障室には僕は1977年6月から行ったが、それとほぼ同時に「他人にしっかり関わること」を言葉抜きで体得したらしい。それで77年7月に出会い、「来てね」と言われた伊藤まつさんに相手が昇天するまで行ったり、78年春に話を聞いて、器質性精神障碍と重いテンカンを持つX君と関わり合った事も十分説明が付くし、事実として間違いないからだ。僕は医学生でもなかったから、本来は伊藤まつさんとかX君に問題意識を持つ事はあり得ないわけであるし、自らも重い脳性まひ障碍を持っている以上は両者に同情する事もあり得ないからだ。


   S園に行かない自分を想像して、人生経路を検証してみた。伊藤まつさんは福祉会のVYS関係、X君とは別の福祉会で知り合ったが、それらに入る前の74年に入っていた親睦会では、僕も「他人に余り関わっても甘やかすだけで、仕方ない」みたいな事も言っていた記憶がある。VYSに入っても最初は同じだった。でも、自分でも気が付かない内に「他人に積極的に関わる。非常に障碍が重い人たちとも共に生きる」という価値観に変わっていた。何故、変わったのか、今までは判らなかった。何も園生や職員たちに言葉で教えられたわけではないが、行って、寝たきりの野口栄一君たちとも簡単な挨拶をしている内に、そのような価値観を伝授されたとしか考えられないわけだ。もっとも、自分の価値観が一変して、職員の虐待などの事に積極的に関わろうとして、78年に大ゲンカして退かざるを得なかった。これも皮肉に感じる。因みに、1978年の5月14日が衝突のピークだった。丁度、40年目の今日にこのような事を書いているわけである。

   S園に行かなければ、74年の価値観のままで、伊藤まつさんやX君とも関わり合わなかったし、今のネット関係でも他人とほとんど関わり合えなかったと思われる。物事は何でも複雑に絡み合っているわけである。

(因みに、単なる仲良し関係と、積極的な関わり合いは違う。前者には積極性はない。だからムードだけに終わり、早く縁も切れがちである。74年にいた会はその典型だった)

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