日和見に生きて眩しき踏絵かな
(ひよりみにいきてまぶしきふみえかな)
「踏絵」は春の季語なんですね。
写真は、去年、オルゴール展で撮ったものです。
幾たびの踏絵越えきて六十路かな
(いくたびのふみえこえきてむそじかな)
齢を重ねると、踏絵を踏む思いで切り抜けてきたことも多い。
山深き隠れの里の踏絵かな
(やまふかきかくれのさとのふみえかな)
当市の山中に、隠れキリシタンの里があります。
日和見に生きて眩しき踏絵かな
(ひよりみにいきてまぶしきふみえかな)
「踏絵」は春の季語なんですね。
写真は、去年、オルゴール展で撮ったものです。
幾たびの踏絵越えきて六十路かな
(いくたびのふみえこえきてむそじかな)
齢を重ねると、踏絵を踏む思いで切り抜けてきたことも多い。
山深き隠れの里の踏絵かな
(やまふかきかくれのさとのふみえかな)
当市の山中に、隠れキリシタンの里があります。
「日和見」ってそういう意味だったのですね。
昔はお天気のことを「いい日和」なんて言っていたのでてっきりお天気に関する言葉だと思ってました。
まあ、お天気から転じて出来た言葉なのでしょうが勉強になりました。
>幾たびの踏絵越えきて六十路かな
歴史だけで習った「踏絵」、このように句に詠まれるととても意味深いものを感じます。
口惜しい思い、人には言えない苦しい思いなどたくさん経験されたことでしょう。
それもこれも若さで乗り越えられたのですね。
>山深き隠れの里の踏絵かな
隠れキリシタンの里ですか・・・
なるほど、「踏絵」の句も納得です♪
小さな子を育てる時の母親の無私の愛情って、すごいですね。
それがあるからこそ、子どもはどんな事があっても生きていけるのだと思います。
>幾たびの踏絵越えきて六十路かな
>山深き隠れの里の踏絵かな
踏絵は天草へ行った時に見た記憶がありますが・・
実際に踏んだことはありません。
とはいえ、「幾たびの踏絵超えきて・・」には共感します。
確かにそんな人生だったような気がしますね。
日和見に生きて眩しき踏絵かな
幾たびの踏絵越えきて六十路かな
山深き隠れの里の踏絵かな 鎌ちゃんさん
隠れキリシタンの里に飾ってあったものですね。
「踏絵」は春の季語とは知りませんでした。
今の世をイエス様はどう思っているのでしょう・・・。
道徳を教えるのは宗教だと思っていましたが。
この頃は過激な宗教?があり困りますね。
「幾たびの踏絵越えきて六十路かな」
「山深き隠れの里の踏絵かな」
いつの世も世界の端々で弾圧やら紛争やらがあるものなのですね。
平和を願うからこそなのか? それとも欲望からなのか?
どうにもならない性を背負っている人間たちですね。
< 幾たびの踏絵越えきて六十路かな
< 山深き隠れの里の踏絵かな
「踏絵」と言うと、花魁が踏絵をさせられている
日本画が目に浮かびます!
鎌ちゃんのお句も、色々考えさせられますが!
江戸時代のキリシタンは・・・
現代っ子の考え方で、踏絵をしてもしなくても
迫害に耐えて、心の内で、宗旨を変えなけりゃ
良いじゃん!(汗
とは、思えなかったんでしょうね!
>幾たびの踏み絵越え来て…
共に人生の重みや向き合い様を感じるお言葉です。
お住まいの市内に隠れキリシタンの里があるのですね。
高山右近からの繋がりでしょうか?
踏絵、悲しくむごい歴史を思い出します。
キリシタン大名の高山右近は、領地没収の後加賀藩に預けられました。
客人のように迎えられ 26年間、加賀藩のために働いたようです。
福井市と能登の志賀町、大分とご子孫がいられるとか、ちょうど 今年は400回忌で金沢でも記念展が開かれています。
幾たびの踏絵越えきて六十路かな
山深き隠れの里の踏絵かな
隠れキリシタンの里があるのですね。
信じる心は尊く深く胸を打ちますね。
今は自由に信仰を選べますが
当時はひっそりと胸の奥に畳んでいたのでしょう。
句もとても伝わります。