吾輩もついにクレーマーとなり下がったと思いつつも引っかかる睡眠薬代わりに読んでいた句集の二句、それは、
鶯や餅に糞する掾のさき 芭蕉
鶯の身をさかさまに初音かな 其角
で、鶯だったのかどうか気になるのである。鶯が掾のさきの見通しの良い場所まで出てくるのだろうかと言う素朴な疑問だ。其角の描写も「見えるところで逆さで鳴くか?」。芭蕉の句はメジロではないだろうかと思ってしまう。
いちゃもん付ける気など毛頭ないけれど、フイールドで感じる鶯の行動とはあまりにもかけ離れておりしっくりこないのだ。まあ。余計な事を考えずに鑑賞すれば良いものをと思う一方で干渉する様なむら雲が現れる。
鶯や餅に糞する掾のさき 芭蕉
鶯の身をさかさまに初音かな 其角
で、鶯だったのかどうか気になるのである。鶯が掾のさきの見通しの良い場所まで出てくるのだろうかと言う素朴な疑問だ。其角の描写も「見えるところで逆さで鳴くか?」。芭蕉の句はメジロではないだろうかと思ってしまう。
いちゃもん付ける気など毛頭ないけれど、フイールドで感じる鶯の行動とはあまりにもかけ離れておりしっくりこないのだ。まあ。余計な事を考えずに鑑賞すれば良いものをと思う一方で干渉する様なむら雲が現れる。