昔、ウクライナの平原を駆けたコサックは独立不羈(ふき)を重んじた武装集団。現ウクライナ国歌は「われらはコサックの一族」とうたい、自由を愛した先人たちがルーツと誇る▼17世紀、ウクライナを支配したポーランドの圧政に蜂起したのがコサック指導者フメリニツキー。敵軍を倒し実質的な独立を獲得した英雄は現ウクライナの紙幣の肖像にもなった▼ただ当時、自治維持のためモスクワの君主の保護下に入る協定を締結。ロシアによる後の併合の契機をつくったとして「裏切り者」と評す人もいた(黒川祐次著『物語 ウクライナの歴史』)▼ロシアに侵攻されたウクライナが、因縁浅からぬポーランドともめている。戦乱でウクライナ産穀物の中東などへの輸出が滞り、流入を恐れるポーランドなどが自国農家を保護すべく輸入を規制しているため▼ウクライナのゼレンスキー大統領は「モスクワを手助けしている」と国連演説で批判し、ポーランドのモラウィエツキ首相はウクライナへの武器供与停止に言及したという。反ロシアで緊密だった2国間に生じた亀裂。修復せねば敵が喜ぶだけであろう▼協定を結んだフメリニツキーは、高圧的なモスクワに幻滅しスウェーデンに接近してモスクワから離れようとしたが、果たせなかったという。昔から維持が容易でない独立不羈。現代のコサックの末裔(まつえい)はどんな手を打つだろう。