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今日の筆洗

2021年07月08日 | Weblog
 ルイ・アームストロングの一九五二年のヒット曲に「二人のタンゴ」というのがある。原題は「Takes Two to Tango」。そのまま訳せば、「タンゴを踊るには二人いる」というところか▼<船も一人で漕(こ)ぎだせる 昼寝も一人でできる でもタンゴを踊るには二人いる>。そんな歌である。ヒットによって、曲名は以降、ことわざのように広く使われるようになったそうだ。意味は曲の内容とはやや異なり、「お互いに責任がある」「一人だけのせいじゃない」。たとえは悪いが、結婚生活が失敗したときの言い訳めいた表現といえば、分かりやすいか▼タンゴと同じでこれも一人ではできぬものなのにとうめく。参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件の顛末(てんまつ)である。河井克行元法相からカネを受け取った地元議員は全員不起訴だそうである▼元法相が一人で不正なタンゴをくるくると踊っている様子が浮かんでくるが、そんなはずはなかろう。カネを渡す側と受け取る側の双方がいて選挙買収が起きる。一緒に踊った人間がおとがめなしとは解せぬ▼地元議員は元法相から現金の受領を迫られ、「受動的な立場だった」と検察側は説明する。それでも、誰よりも買収を毅然(きぜん)と拒否すべきだった政治家がカネを受け取った事実に変わりはない▼不起訴に地元政治家が一人で踊っているのが見える。小躍りという。

 


今日の筆洗

2021年07月07日 | Weblog
 一九六〇年、最後の四割打者テッド・ウィリアムズ(レッドソックス)の引退試合での話である。八回裏、ウィリアムズが本塁打をかっ飛ばす。ファンは大喜びだが、ウィリアムズはうつむいたままホームイン。観客の声援や拍手を無視した▼この出来事についてウィリアムズのファンだった作家ジョン・アップダイクはこう書いた。「神とはファンからの手紙に返事など書かないものだ」。それでいいのだと▼その選手を子どものころから見てきた。やはり観客の声援に愛想良く手を振るタイプではなかったが、それを補って余りある魅力的な打撃と、勝利への熱があった。中日ドラゴンズのかつての強打者、大島康徳さんが亡くなった。七十歳▼豪快なスイングに加え、追い込まれれば右へおっつける打撃もできた。ただのがむしゃらな選手ではない。だからわれわれは期待した。モッカ、谷沢が倒れても大島がいる。一九八二年シーズンの最終盤、巨人との首位決戦で角投手から放った渋いサヨナラ打が忘れられない▼家がたまたま近くで犬の話をよくさせていただいた。野球の話は遠慮した。アップダイクと同じでその会話は畏れ多かった▼がんで余命一年と宣告されながら五年。一発逆転をあきらめない打席と納得できぬ判定に対し審判にしつこく食い下がる姿が浮かぶ。外野スタンドから大声を上げる。ナイスファイト。

 


今日の筆洗

2021年07月05日 | Weblog
 <金魚売買へずに囲む子に優し>。作家、吉屋信子の句。夏の下町あたりの路地裏の穏やかな光景が見えてくるようだ。キンギョーエー、キンギョー。子どもたちは売り声につい誘われ、おあしもないのに集まってきたか。それでもいやな顔をしない金魚売りのオジサンがありがたい▼路地から物売りの声が絶えて久しい。がんばっていた、竿竹(さおだけ)や冬の焼きいもの物売り声も最近は聞こえない。豆腐売りのラッパも消えた▼漫談家の宮田章司さんが亡くなった。八十八歳。金魚、朝顔、トウガラシ、飴(あめ)、納豆…。江戸から伝わる物売り声を芸として聞かせていらっしゃった▼レパートリーは二百を超えていたという。陽気で威勢の良い物売り声の中にも一種の哀愁のようなものまで響かせていた。聴けば、目の前に江戸の街並みばかりではなく、当時の人々の泣き笑いまでよみがえらせる。その芸はタイムマシンのようであった▼物売り声が既に衰えていた戦前、物理学者で随筆家の寺田寅彦がこうした声を録音し、後世に残すための「アルキーヴス」(アーカイブス・書庫)を作るべきだと書いていたが、われわれは宮田さんという大切な生きたアーカイブスをなくしてしまった▼声を出さぬ物売りがある。風鈴売り。商売物の音色を聞かせるため、声は出さない。こんなこともその話芸に教わった。宮田さんが風鈴を売っている。

 


今日の筆洗

2021年07月03日 | Weblog
 多くの批判を浴びた政治家であっても、訃報となれば、筆の先が幾分かは優しくなるのが普通である。反対に鋭さを増したような記事に、はっとさせられた。「国防長官の死を悼むな。その犠牲者を悼め」▼ドナルド・ラムズフェルド米元国防長官の死に際し、米ニュースサイト「デーリービースト」が掲載している。中東のテレビ局アルジャジーラの電子版などは「戦争犯罪人」と呼んだ中東の活動家の声を紹介しながら、死去を報じた▼「ネオコン」と呼ばれた新保守主義者からの支持を受け、イラク戦争を推し進めた。強硬路線の米国を象徴する人物であろう。開戦の理由にした大量破壊兵器は結局、見つからず、その後の泥沼化、刑務所での捕虜の虐待問題などでも、責任を問う声が向けられた▼知性的で実直な人であったようだ。もっとおとなしい筆致で、人がらや功績にふれている記事もたしかにある。半面、国防長官の職を退いてから、約十五年にもなる人物に対して、「許せない」という思いが米国にも中東にも衰えずに存在していることも、いくつかの報道は気付かせる▼米国はその後、「世界の警察」の座からは降りたようである。トランプ政権の一国主義の時代を経ると、強硬路線の時代は、少し遠い過去にも思えてこようか▼米国が行ってきたことと、大きな揺れをあらためて考えさせるタカ派の死である。

 


今日の筆洗

2021年07月02日 | Weblog
 日本は世界に冠たる長寿の国であるだけでなく、長寿企業の国でもある。二〇〇九年に発行された帝国データバンクの『百年続く企業の条件』という本によると、創業、設立から百年をこえる長寿企業は二万社近くあり、三百年超も四百社以上ある。世界一の多さであるそうだ▼戦争、恐慌、不況を乗り越えて存続する長寿企業に、大切なことを表す漢字一文字は何かと同書で尋ねている。「信」が最多、続いて「誠」だった。会社の命脈を左右するのは信用と誠実さということだろう。維持が難しい二文字かもしれない▼創立から百年をこえたところで「信」と「誠」に傷が入った企業もある。今年、百年企業に仲間入りした三菱電機が、鉄道車両向けの空調機器をめぐり、データの偽装など不正な検査をしていたことが明らかになった▼百年の歴史のうちで、不正は三十五年以上続いていたとみられる。改める機会はいくらでもあったはずだ。もっともらしいデータを作るプログラムまで使っていたそうである▼社内調査で不正が分かっても株主総会で言及することなく、取引先には「安全性に問題はない」と説明したという。信用に加えて、誠実さを疑わざるを得ない▼他の不祥事もあった。社風は堅実さであると聞いたことがあるが、長い年月で信や誠とともに劣化してしまったのか。日本の百年企業の看板も泣いていよう。

 


今日の筆洗

2021年07月01日 | Weblog
 バブルの崩壊を知る人には、共通する思いかもしれない。見聞きするたびに、ちょっとした胸騒ぎを感じる言葉に「バブル方式」がある。東京五輪で新型コロナウイルス感染を抑えるため、バブル(泡)で覆うように選手らと外部との接触を絶つやり方である▼「泡」ははかない物事のたとえでもあり、枕詞(まくらことば)の「泡沫(うたかた)の」は「消ゆ」や「憂き」にかかる。崩壊しそうな趣が付きまとうが、英語のバブルには、「防衛、監視区域」の意味がある。由来はこちらだろう。米国で昨年、バスケットボールなどのプロスポーツが効果を上げた方式という▼バブルのはかなさや憂いの方を思わせて、東京五輪の不安のひとつを大きくするような事態が、ブラジルで起きている。サッカー南米選手権だ。泡に穴があったらしい。選手、スタッフら内側の感染が百件をこえ、ゴールより多いと報じられる▼ブラジルの感染の状況や主催者のやり方の問題もあろうが、参加国の多さや変異株の存在という先例になかった事情も見逃せない。観客を入れて開催している欧州選手権では、観客に感染例が出ているらしい▼気になる事態である。サッカーの国際大会をこえる規模の東京五輪は、観客ありの開催に向かう。ウガンダ選手団の来日では、いきなり水際対策の甘さが明らかになったが▼このままなら、「不安を感じる」が枕詞の五輪にならないか。