ルイ・アームストロングの一九五二年のヒット曲に「二人のタンゴ」というのがある。原題は「Takes Two to Tango」。そのまま訳せば、「タンゴを踊るには二人いる」というところか▼<船も一人で漕(こ)ぎだせる 昼寝も一人でできる でもタンゴを踊るには二人いる>。そんな歌である。ヒットによって、曲名は以降、ことわざのように広く使われるようになったそうだ。意味は曲の内容とはやや異なり、「お互いに責任がある」「一人だけのせいじゃない」。たとえは悪いが、結婚生活が失敗したときの言い訳めいた表現といえば、分かりやすいか▼タンゴと同じでこれも一人ではできぬものなのにとうめく。参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件の顛末(てんまつ)である。河井克行元法相からカネを受け取った地元議員は全員不起訴だそうである▼元法相が一人で不正なタンゴをくるくると踊っている様子が浮かんでくるが、そんなはずはなかろう。カネを渡す側と受け取る側の双方がいて選挙買収が起きる。一緒に踊った人間がおとがめなしとは解せぬ▼地元議員は元法相から現金の受領を迫られ、「受動的な立場だった」と検察側は説明する。それでも、誰よりも買収を毅然(きぜん)と拒否すべきだった政治家がカネを受け取った事実に変わりはない▼不起訴に地元政治家が一人で踊っているのが見える。小躍りという。