終戦直後のお正月の料理について俳優の森繁久弥さんが書いていた。ミカン箱の膳の上には酒が一本、モチ、厚焼き卵、ミカンの入ったカンテン。そしてエビのフライ。食糧難の時代にも、夫人が用意した▼今のエビフライとは違う。材料は「裏の川で取ってきたザリガニ」。その時代は貴重なタンパク源としてアメリカザリガニをよく食べていたそうだ▼そのニュースを聞けば真っ赤なハサミを振り上げるか。環境省の専門家会議は生態系への影響が深刻としてアメリカザリガニを外来生物法に基づく特定外来生物に指定する方向で検討しているそうだ。正式に決まれば野外で繁殖させないよう規制も加えられる▼食用ガエルのエサとして米国のニューオーリンズからやって来たのは一九二七年。最初に放流されたのは二十匹程度だったそうだが、全国に急速に広がった。人が運び、放流した結果である▼在来種を脅かし、イネを傷つけるなど農作物にも被害を与えている。やっかいもの扱いされる理由はあるが、人に連れてこられ、物のない時代には食料となり、長く子どもの遊び相手にもなってきた日本のアメリカザリガニの歴史を思えば、少々気の毒なところもある▼<ザリガニの音のバケツの通りけり>山尾玉藻。外来種といえどこれだけ長く日本にいるとその赤いハサミも故郷の懐かしい風景の一部のように思えてならぬ。