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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「東一族と巧」5

2020年06月26日 | T.B.2000年

 水汲みが終わると、

 彼は身体に付いた雪を払い、中に入る。
 思ったよりも、雪が降っている。
 今日はもう、外へと出られない。

 昨日のうちに、畑に行っておいてよかった。

 彼は、暖炉の前に坐る。

 寒い。

 ない腕が、うずく。
 ある腕が、痛む。

 人の気配。

 彼は顔を上げる。

 東一族の彼女が、部屋の隅に腰掛けている。
 その顔は戸惑っている。

 まあ、居辛いだろう。

 彼は、再度暖炉を見て、そして、台所を見る。
 どうしようか考える。

「そこに、」

 指を差す。

 少ない食器が並んでいる。
 それと、丸い容器。湯沸かし。
 茶葉。

 彼女はそれを見る。
 立ち上がる。

「触っても、平気?」

 云いながら、彼女は食器を触る。
 水を入れ、暖炉に運んでくる。
 湯を沸かす。

 彼は暖炉の方を向いたまま、目を閉じる。
 もの判りがよくて、助かる、と思う。

 彼女はお湯を注ぐ。
 食器を取り出し、お茶を淹れる。

 彼に差し出す。

 彼は目を開き、それを見る。
 彼女は横にお茶を置く。

 そして、先ほどの位置に戻る。

 彼は置かれたお茶を見る。
 湯気が上っている。

「ここには、」

 彼女が口を開く。

「あなたひとり?」
「そう」

 彼は云う。

「誰も来ないと思う」
「…………」

「あんたは、別のところにいたんだろう」

「え? ええ」

「そこに、戻らないのか」
「そこにはもう、誰もいないの」

 そこにいた男は、村を出て行ったのだ。
 東一族の彼女は、西一族の村で生活がままならなくなった。

「食事はどうしていた?」
「野菜を運んできてくれて、それを料理していたわ」

 東一族は、狩りをする西一族と違って、肉を食べない。
 その話は、本当なのだ。
 なら、野菜があれば、何とかなる。

 彼は立ち上がる。
 彼女を見る。

「そっちで作業するから、こっちに」

 彼女を暖炉の前に移動させる。

 彼は湯飲みを持ち、いつもと違う場所に坐る。
 道具を取り出し、作業をはじめる。
 新しい、畑の道具を作る。

 片腕でも、ずいぶんと慣れた。

「私も何か云ってもらえれば、仕事をするわ」

 その言葉に、彼は彼女を見る。

「何かって?」
「針仕事とか、」
「ふーん」

 東一族のことは、彼には判らない。
 どう云う生活をしていたのかも。
 でも、確かにそれぐらいなら、負担にならないのだろう。

「自分は出来ることが少ないから」
 彼が云う。
「適当にやってもらえると」
「水汲みとか?」
「それは必要ない」

 雪道の水汲みは、負担だ。
 そもそも、水を運ぶのは重たい。
 ……危険だろう?

 巧は考える。

 訊く。

「子どもがいるのか」
「……ええ」

 彼女は自身のお腹を触る。

「知っていたのね」
「そのときの子か」
「……ええ」
「大変な境遇だな」

 これで東一族の彼女は、
 本当に、自分の村へ戻ることが出来なくなったと云うこと。

「うちにいても、不便ばかりだろうけど」

 彼女は首を振る。

「いえ。お世話になります」




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