水汲みが終わると、
彼は身体に付いた雪を払い、中に入る。
思ったよりも、雪が降っている。
今日はもう、外へと出られない。
昨日のうちに、畑に行っておいてよかった。
彼は、暖炉の前に坐る。
寒い。
ない腕が、うずく。
ある腕が、痛む。
人の気配。
彼は顔を上げる。
東一族の彼女が、部屋の隅に腰掛けている。
その顔は戸惑っている。
まあ、居辛いだろう。
彼は、再度暖炉を見て、そして、台所を見る。
どうしようか考える。
「そこに、」
指を差す。
少ない食器が並んでいる。
それと、丸い容器。湯沸かし。
茶葉。
彼女はそれを見る。
立ち上がる。
「触っても、平気?」
云いながら、彼女は食器を触る。
水を入れ、暖炉に運んでくる。
湯を沸かす。
彼は暖炉の方を向いたまま、目を閉じる。
もの判りがよくて、助かる、と思う。
彼女はお湯を注ぐ。
食器を取り出し、お茶を淹れる。
彼に差し出す。
彼は目を開き、それを見る。
彼女は横にお茶を置く。
そして、先ほどの位置に戻る。
彼は置かれたお茶を見る。
湯気が上っている。
「ここには、」
彼女が口を開く。
「あなたひとり?」
「そう」
彼は云う。
「誰も来ないと思う」
「…………」
「あんたは、別のところにいたんだろう」
「え? ええ」
「そこに、戻らないのか」
「そこにはもう、誰もいないの」
そこにいた男は、村を出て行ったのだ。
東一族の彼女は、西一族の村で生活がままならなくなった。
「食事はどうしていた?」
「野菜を運んできてくれて、それを料理していたわ」
東一族は、狩りをする西一族と違って、肉を食べない。
その話は、本当なのだ。
なら、野菜があれば、何とかなる。
彼は立ち上がる。
彼女を見る。
「そっちで作業するから、こっちに」
彼女を暖炉の前に移動させる。
彼は湯飲みを持ち、いつもと違う場所に坐る。
道具を取り出し、作業をはじめる。
新しい、畑の道具を作る。
片腕でも、ずいぶんと慣れた。
「私も何か云ってもらえれば、仕事をするわ」
その言葉に、彼は彼女を見る。
「何かって?」
「針仕事とか、」
「ふーん」
東一族のことは、彼には判らない。
どう云う生活をしていたのかも。
でも、確かにそれぐらいなら、負担にならないのだろう。
「自分は出来ることが少ないから」
彼が云う。
「適当にやってもらえると」
「水汲みとか?」
「それは必要ない」
雪道の水汲みは、負担だ。
そもそも、水を運ぶのは重たい。
……危険だろう?
巧は考える。
訊く。
「子どもがいるのか」
「……ええ」
彼女は自身のお腹を触る。
「知っていたのね」
「そのときの子か」
「……ええ」
「大変な境遇だな」
これで東一族の彼女は、
本当に、自分の村へ戻ることが出来なくなったと云うこと。
「うちにいても、不便ばかりだろうけど」
彼女は首を振る。
「いえ。お世話になります」
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