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「未央子と陸院と南一族の村」9

2020年06月23日 | T.B.2017年
未央子がまだ、幼い頃、
母の泣き声で目が覚めた事がある。

昼寝をしていたのか、
記憶の中の部屋は明るい。

隣の部屋から声が聞こえて、
昼間はあまり家に居ないはずの父親が
深刻な顔をして、母と話していた。

幼いながらも
自分が起きて話しを聞いて居ることを
知られてはいけない。

そう思って、静かに扉から離れて
寝床へと踵を返した時。

「カイイン」

そう、母親が声を詰まらせながら
言った名前を今でも覚えている。

カイイン―――戒院、は
父親の弟。
未央子にとっては叔父になる。

未央子が生まれるよりもっと前、
流行病で死んでしまったと聞いている。

元々医師を目指していたのは
弟の戒院の方だったという。

次期戦術大師という声もあった父だったが
その志を継いで
医師になった………らしい。

もう、居ない、会ったことも無い人。

「その名前が出るとき
 母さんはいつも、泣いてる気がする」

未央子は目を伏せる。

「と、父さんの浮気疑惑の時、とか」
「え!?」

陸院は、はぁ?と声を上げる。

「お前の家、そんな騒ぎあったの!?」
「疑惑よ、疑惑!!
 ほら、武樹って居るでしょう」
「……むつき。
 ああ、あの父無しの」

東一族で片親。
母親は父親が誰か、頑なに答えない。

そういうことは希にある。
砂一族に攫われて、その時に、とか。

だが、

「父さんの小さい頃にそっくりだって」

「………」
「………」

ああ、と陸院は遠くを見つめる。

「医者ぁ」
「だから、違うって。
 違うのよ、絶対、違うもん!!」
「分かった、分かったから
 落ち着けよ」

「武樹の母親が誤解だって、話しに来て、
 その時に、誰かが言ってたのよ」

「成院、父さんは大丈夫だって、
 戒院ならともかく、って」

「………戒院、そういう人なの!?」

「知らないわよ。もう。
 それで母さん更に泣いちゃうし、大変だったんだから!!」

うーん、と陸院は腕を組む。

「問題がない家なんて
 無いんだな、きっと」
「そういう締めくくりは要らないから」

だから、と未央子が言う。

カイイン、の言葉が出るとき
いつも何か良くない事が起きている。

「父さんにそっくりなその人は」

はあ、と消え入るように言う。

「私に、カイインの娘って言ったのよ」

「みお」

何で陸院に
こんな話をしているのだろう、と
未央子は思う。

もっと距離を置かないといけない相手なのに。

「一体何がどうなっているの。
 昔、私の知らない所で、何があったの?」

陸院が答えをくれる訳では無い。
でも、言葉が止まらない。

「私、は」

「未央子」

「おとうさんの、娘じゃないの?」

「未央子!!」

ぐっと、陸院が未央子の腕を握る。

「だい、じょうぶ、大丈夫だから」

そう言い聞かせるように言う
陸院の声も震えている。

「………」
「………」

暫く、沈黙の後、
陸院は言う。

「未央子が誰の娘であっても、
 未央子であることには変わりない」

「陸……院」

「血の繋がりだけが、親子じゃない」

「………」

「今まで、ずっと
 一緒に暮らして来たんだから」

「うん、あの」

「それで、出て行けと言われたのか
 そうじゃないだろう」

「ええ、っと、陸院」

私は落ち着いたから、と
未央子はすう、と息を吐く。

「まだ、そんな急展開じゃないよ」

あ、と陸院は手を離し
自分の頭をかく。

「そうだよな、
 何言ってるんだろ、僕」

「でも、ありがとう」

未央子の言葉に
うへへ、と陸院は答える。

「まあね」


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