AKB48 チームBのファンより

鈴木紫帆里さんを中心にAKB48 チームB について語るサイトです。

「AKB」観て勉強せぇ! (ピーナッツ)

2011-04-13 18:30:00 | AKB48
小さい頃、応接間のソファーに寝っ転がって、「落語」のテレビを観るのが好きだった。別に、誰が好き!って事じゃなく、そういう時間が好きだった。
大人になって、「落語」好きの友人に、"米朝を聴け! 枝雀を観ろ!"って言われ続けて、集中的にそうしたけど、

"そぉ~かぁ~?"

って思った。僕は、小米朝(現:米團治)が好きだった。

「落語」に関する評論雑誌も読んだなぁ~。
なんか、音楽評論(オーケストラ批評,指揮者批評)と似てるなぁ~・・・なんて思いながら。

元々、「評論」ってのは、その当事者からしたら、ビクビクすること、嫌なこと。
しかし、それを、世間に広めたい!と願うココロによって、待ってるハートは超お得サービスを受けることになる。

「評論」→「クチコミ」→「文化」…。
今や、「クチコミ」は、ネットやブログの役割の方が、すんごく大きくなってしまったけど、この作業自体の必要なこと、でっかいこと。
そして、それを喚起&後押しするために「評論」があるのだと思う。
だから、それって、ある程度、"好き嫌い"が寄ってたりしても、全然OK!…"そうきたか~"ってな具合。
「評論」なくして、「文化」なしだよ。
また、そういう流れのあるところに、「文化」は、時間をかけて育っていくのだと信じる。

ところで、「枕→本ネタ→サゲ」…。
客が、昨日聴いた話を今日もして、面白い!ってのが、「落語」のスゴイところであり、醍醐味だと思う…んだけど、最近は、少しカタチを変えて広がっている気もする。
「古典」はもちろん、「私(わたくし)落語」という分野も持っている笑福亭鶴瓶。
「すべらない話」の松本人志,千原ジュニア。弟子っ子時代から、その環境にあった明石家さんま,島田紳助。
実は、みんな、(ある意味)「落語」の人。
そして、その話芸は、そこから、学んだものだ。

さらに、解説者に転身する時に、やしきたかじんから、"「落語」聴いて、間を勉強せぇ!"と言われ(怒鳴られ?)、今も実践し続けているらしい片岡篤史(現:阪神バッティングコーチ)。
この広がり…これが、「文化」だよ。

そして、AKB48…"「落語」から、ひそかに学んでました!"って子が、のちに1人ぐらい出てきても面白いかな!?とか思ったりしてる。
でも、その前に、たかじんさんじゃないけど、10年後、"「AKB」観て勉強せぇ!"
もし、こんな時代が来たら、AKBは、日本の「文化」になる。

基本的に、「落語」も「アイドル」も、『文化』という点から見ると、共通していることばかりだと思う。

しかし、その2つは、ある側面から見ると全く違う。
つまり、マスメディアによってもたらされるものだ。
それは、また、別の機会に。
コメント
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