新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

バリャドリッド

2016年06月29日 | 日記

    
 バリャドリッドを訪れた。マドリッドから北西へ高速列車で1時間、商業の中心地であり、バリャドリッド大学があるので学生も多い。私が行きたかった理由はこの街がむかしの首都であり、イサベル女王がアラゴンのフェンルディナンド王と結婚式をあげた場所だったからだ。フランスのルイ14世の母がこの街で生まれているし、コロンブスはこの街で亡くなっている。そうした雰囲気に浸れるだけの風情がある街だ。日本ではあまり知られていない。
 私が訪れた日はたまたま月曜日だった。セルバンテスが晩年に住んでいた家がふだんは公開されているのだが、月曜日で休館だった。サンパブロ教会裏の彫刻美術館も閉まっていた。ファビオ・ネリの館も休館。それでも街を歩くといにしえのしっとりした栄光が感じられた。街の西側を流れる川を見たかったが帰りの列車の時間が迫っていて果たせなかった。
 今回、行きたくて行けなかったのがマドリガル・デ・ラス・アルタス・トレスという小さな町だ。イサベル女王はこの町の貧しい王宮で生まれている。増田義郎氏は岩波新書「コロンブス」にこう書いている。
「イサベルの生まれた宮殿は今でも残っていますが、行ってみますとおどろくほど粗末な建物です。フェリペ二世の作りました、マドリッド郊外のエル・エスコリアルの宮殿などと比べますと、スペインがわずか一世紀ぐらいのあいだに、どんな大国にのしあがったかということが、実感的によくわかる。それほど貧しいところです。」
 私もそれを肌で感じてみたかったが、かなわなかった。理由はこの町が観光地ではないこと、それゆえにそこへ行くための交通手段がきわめて乏しいことだ。案内してくれる友人、知人がいない。レンタカーを借りて運転する自信がない。一介の観光客としては行動範囲に限界がある。
 右側通行の道路で車を運転することができればどれほど便利か、とよく思う。若いころに運転して慣れておくべきだった。