新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

ジンバブエの政変から

2017年11月23日 | 日記

 ジンバブエの大統領が軍に軟禁され、ついに辞任に追い込まれた、というニュースが朝日新聞の一面に取りあげられている。ジンバブエは日本とそれほど深い関係がある国なのか。ジンバブエという国自体に関心がある人が日本にどれほどいるだろうか。
 日本の外務省のホームページでODAを調べてみると、日本政府は2015年度に無償資金協力としてジンバブエに約25億円を拠出している。この辺のことが今回の政変を大きく取りあげる理由かとも思われるが、憶測の域を出ないかもしれない。アフリカの国々へ資金協力をしても、その半分ぐらいが大統領とその側近の間で消えてしまうという噂がある。ムガベ大統領夫人が浪費しているという資金の源はどこにあるのか、気になるところだ。
 さて、アフリカの地名、人名には「ん」で始まるものがおおい。いま読んでいる南アフリカ共和国建設までの歴史小説に登場する人名を拾い出してみる。英語表記ではMzlikazi, Mhlakaza, Mbengu, Mhlangana, Nzobo, Mpepha, Mgalane,Nxumalo,NdelaなどきりがないほどMかNで始まるものがある。あえて日本語表記にすればンズリカジ、ンラカザ、ンベング、ンランガナ、ンボゾ、ンペナ、ンガラネ、ンクサマロ、ンデラとなる。ところが日本語では「ん」で始まることは本来は御法度なので、ムズリカジ、ヌボゾのように「ム」か「ヌ」に置き換えるほうがすわりがよいようだ。
 日本人なら「どん・どん・どん」と聞きとる太鼓の音を、アフリカの多くの人たちは「んど・んど・んど」と表す、とむかし文化人類学を専攻している人から聞いたことがある。
 ジンバブエの元副大統領はMnangagua氏で、この人が大統領になるらしいが、ムナンガグアと読むのだろうか。ンナンガグアのほうがよくはないか。辞任したムガベはMgabeではないかと思うのだが、ネット上のどの記事を見てもMugabeという表記になっている。ほんとうはMgabeではないのか。これは私の思い過ごしだろうか。




還暦をすぎて起業する人たち

2017年11月12日 | 日記

 甲府の武田神社は七五三のお参りで賑わっていました。紅葉真っ盛り。お濠端もきれいに色づいていましたが、コンパクトカメラと私の撮影技術ではこれが限界です。

 学生時代からの友人たちの話です。
 Uくん。大手商社の営業部長、関連会社の監査役、いまは大手コンビニチェーンで働く。ベトナム、ホーチミンに駐在して3年目。仕事は順調にこなしているようだが、来年1月で退職し、そのコンビニチェーンを相手にしてコンサルタント業務を続けるために、すでに起業している。彼はむかしから自分で商売しようという意欲が旺盛な人だった。商社勤務の時代に培った財務のスキルは他の人に容易には継承しにくいもので、それを活かせる仕事を続けていきたいといっていた。パナマ、中国など海外生活の経験が豊富な国際人でもある。
 Yくん。大手商社から薬店の店長に転身して退職。いまはゴルフ場整備の仕事をしながらも、奥さんが数年前に開業したカフェ・スナックを手伝っている。名義上は奥さんが起業したようだが、実質的には共同経営者といってよさそうだ。千葉県柏にあるその店で、いちど同期会をさせてもらったことがある。閑静な住宅街にひっそりと営業している風情だった。ところがことし7月にバス停前という交通至便な位置に場所を移して新装開店し、客の入りは上々で、毎日忙しくしているという。彼もやはり商売にむいてる人柄だ。人づきあいがよく、けっして疲れを見せない。
 いずれも年に1回か2回しか顔を合わすことがない人たちだが、それでもこの人たちの生き方には啓発されてしまう。60代の半ばを過ぎてなお意気軒昂なところはおおいに見習いたい。
  






日本人のお名前っ!

2017年11月05日 | 日記

 Hilary Clintonはビル・クリントン元大統領夫人であり、みずからも大統領候補になった人だった。このHilaryはてっきり女性名だと思っていたら、いま読んでいる本にはイギリス人男性の名前として登場する。リーダーズ英和辞典を引くと、「男性名、女性名」と書いてある。つまり男女の区別なく使える名前だった。英語の名前で男女両用に使える名前はほとんど例がない。
 アメリカで1970年代生まれの女の子の名前にSamanthaというのが流行ったことがある。長々しいのでSamと縮めて読んでいた。するとSamuelという男の子の愛称Samと変わりがなくなってしまった。私が知っている唯一の男女共用名がこのSamだった。リーダーズ英和第2版にSamはなぜか「男性名」としか書いていない。
 ひるがえって日本でも、男性名と女性名ははっきりと区別されてきた。名前を聞けば男性か女性かが分かった。ところが今の子どもたちの名前は男女の区別がつかないものが多くなってる。
 長年、学校で授業をしていて生徒たちの名前に接している。「優、脩、佑・・」はいずれも「ゆう」と読む。「遙、悠」は「はるか」と読む。読めるけれど男女の別がいっこうに分からない。「はるか、春香、陽香」と書けばさすがに女性名になるようだ。男女の差が名前のうえでも減少しつつある。くわえて学校では、男女混合名簿が主流になっている。男子だけを苗字のアイウエオ順に並べて、その下へ女子をアイウエオ順に並べるというやり方は今は昔のやり方だ。男女別の名簿なら、名前を見てこの子は男子、この子は女子とはっきり分かる。ところが男女混合で並んでいると「男男女女男女女女・・」とようにまったく規則なく男女が入れ代わる。名前が男女を見分けるさいの唯一の手がかりになるが、名前自体に男女差がなくなってくると、それも難しくなる。
 大久保彦左衛門、石川五右衛門は男、つる、かめは女とはっきり分かった時代が懐かしい。
 名前についてもうひとこと。ラテン系言語の国では「男性名はoで終わり、女性名はaで終わる」ことをご存知だろうか。Paulo, Mario, Franciscoは男、Pola, Maria, Francescaは女という具合に、名前のうえで男女の別が決まっている。ゲルマン系、スラブ系言語もこの原則にならっているようなので、地球上の3分の1ぐらいで通用するルールだといえる。産まれてきた男の赤ちゃんを将来、世界に羽ばたかせようと思うなら、「けんた、ゆうた」より「けんと、ゆうと」とするべきだと思うがどうだろう。





猫塚

2017年11月04日 | 日記
  
 写真は猫塚です。日本でいちばん有名なネコ、つまり漱石の「吾輩は猫である」のモデルになったネコを供養するために作った墓です。正確にはその墓が昭和20年の空襲で損壊したために、建て直したものだそうです。その辺の事情が横に立ててある説明板に書いてあります。
 奥の建物は漱石山房記念館で、漱石が晩年を過ごした書斎が復元されています。どのような書籍が書棚に収まり、また机上に積んであるのかを知りたかったのですが、本物は東北大学の図書館に所蔵され、これはその複製であること、また一つひとつ背表紙が読みとれるほどの位置に近づけないために、全体の雰囲気だけを味わうことしかできませんでした。
 作家の書棚にはとても興味があります。かつて小倉の松本清張記念館に行ったことがありました。清張の書斎が再現され、本がそのまま所蔵されているのですが、不思議なことに私の書棚にある本が何冊も目立つ位置においてあったのです。生きていた時代が重なるせいもあるし、社会派作家でしたから時代を象徴するような本を読んでいたせいかもしれません。
 大阪の司馬遼太郎記念館を訪れたときには、膨大な蔵書の数にまずは驚かされ、これだけの本をどうやって読んできたのかといぶかったほどでした。司馬の場合、自分にとって必要なことはきちんと頭に入れてあったのですから、その読書法は超人技だったというほかありません。

 さてトランプ大統領が来日します。トランプ氏のツイッターを開くと、一日に10回ぐらい投稿していることが分かります。人を褒めたりけなしたりで喜怒哀楽の激しい人であることが見てとれます。イバンカさんも同様にツイッターで発信していますが、こちらのほうがおとなしい書きっぷりです。親子でも性格が異なるのでしょう。明日から何が起こるやら・・。何も起こらないでほしいですね。