新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

御着城は姫路城より大きかった

2014年03月28日 | 日記

 桜はまだつぼみ、姫路城は改修工事中でまともに見れないにもかかわらず賑わっているようだ。
 NHK「軍師官兵衛」の舞台になっている。ドラマでは御着城が出てくる。片岡鶴太郎が演じる優柔不断な殿様が存在感をもっている。御着城は実在したのか、というのが私の疑問だった。
 姫路から東へJRの駅名をならべると、御着(ごちゃく)、曽根とつづく。私は曽根に住んでいたことがあるが、御着とはヘンな名前だし、何もないところだと思いこんでいた。曽根から姫路まで国道2号線を自転車をこいで買いものに行ったものだ。その沿線に御着城址があることを「軍師官兵衛」のパンフレットを見て知った。姫路城は官兵衛の祖父が築いたもので、官兵衛の家は御着の殿様の配下にあった。御着の殿様は西播磨一帯を治める大豪族だったらしい。つまり姫路城より御着城のほうがはるかに大きかったということだ。
 ところがいまの御着城は見る影もなく、いまの姫路城は池田輝政の改築により、白鷺が羽を広げた姿の名城とされている。歴史のアイロニーというべきか。
 ドラマには英賀城も出てくる。JR山陽本線の姫路の西の駅が英賀保(あがほ)であり、そこから徒歩15分のところに城跡があるらしい。これもパンフで知った。


クランプをはずす

2014年03月21日 | 日記


 炭遊舎わきにある紅梅が咲き始めました。
 暖かい日が続いたせいか炭遊舎うえの林道の雪がすっかり解け、車が入れるようになりました。作業場はまだ雪が解けきらず、入るには長靴が必要です。
 あすから単管パイプのクランプをはずします。ご協力をお願いします。

 これらの屋根は2000年から2001年にかけて飯能のKさんの指揮のもと、みんなで築き上げたものでした。15年間テント地が破れることも単管が折れることもなく薪置き場の雨をよけ、囲炉裏場の日をよけてきました。材料はみなKさんがどこからか集めてくださったものでした。Kさんは本業は塗装業だと聞いていましたが、大工の棟梁としての技術と知識をおもちでした。炭保管庫もKさんのご指導のもとでみんなで建てたものです。屋根の下部分にはりつけるサイディングが足りず、未完のままで使用しています。

 

STAP細胞は存在するのか

2014年03月15日 | 日記

 福寿草のなかにクロッカスがまじって咲き、アクセントになっている。台地北側のり面の福寿草がこれから大量に咲いていく。植えたときに比べて株が5倍ぐらいに増えている。
 農園の雪がほぼ消えた。TNさんがようすを見に来ていたが、3週間あまり雪の下になっていたキャベツ、白菜などがまだ生きているようだとのこと。
 炭遊舎の作業場はまだまだ手がつけられない。雪に埋もれていた椅子の背もたれが見えているところから現在の雪の深さを60センチと推定した。

 小保方博士らの論文が物議を醸しているが、私が知りたいのは論文のできの善し悪しよりSTAP細胞がほんとうに発見されたのかどうかという点だ。まさか発見できていないものを論文に書いて権威ある科学雑誌に載せることはないだろうと思っている。実験段階での記録上の何らかの不足で、その後、再現できていないだけなのではないか、とも思う。記録を丹念に細かくとるのは科学実験上の鉄則のはずで、それを怠ったのかもしれない。つまりSTAP細胞を発見、生成はしたが、1回きりのものになってしまった。2回目に同じものをつくろうとしても、どうもうまくいかない、ということではないか。
 論文の体裁を整えるために、コピペをするのは問題があるにしても、私たちは日々そのように体裁をつくろっただけの文章を読まされて迷惑している。単行本にして出版するために本論以外のことを追加著述している出版物がいかに多いことか。体裁を整えるため、権威づけのため、書店の売り場で一定の面積を占領するためなど目的はさまざまにあるだろう。私たちの側にもリテラシーが必要だ。

 

  

らくだの涙

2014年03月14日 | 日記

 めずらしい映画をみた。舞台はモンゴルのゴビ砂漠。冬は氷点下30度近くまで下がる厳しい自然に囲まれて暮らす遊牧民の生活をカメラは映し出す。BGMはない。バックに流れるのは風の音、砂嵐の音、家畜の鳴き声、そして人の声。羊やラクダとともに生きる4世代の大家族は、強固につくられたテント内で生活している。テントの周りには家畜の群れ。一家は家畜にも家族の一員のように愛情をかける。なかでもラクダはさまざまな方法で彼らの生活を支える。毛を刈って編むことによってロープや衣類をつくり、乳を搾って飲む。毛皮は鐙(あぶみ)になり、ラクダ自体は乗りものになる。
 ラクダの出産場面が映し出される。前肢と頭がのぞいていながら体がなかなか出てこない。茶色い母ラクダから難産のすえに産まれたのは、きれいな白い赤ちゃんラクダだった。ところが母ラクダが面倒をみようとしない。乳を飲ませない。赤ちゃんが近づくとそっぽを向いて砂漠へ行ってしまう。心配した家族は、その家族に古くから伝わる儀式を執りおこなうことにする。母ラクダに音楽を聴かせて病んだ心を癒そうというのだった。
 10代後半の男の子ドーデーが幼い弟ウグナとともに県庁がある町へ儀式をおこなえる音楽家を探しに行く。町はにぎやかだ。市場にはたくさんの商品が並んでいる。なかでもウグナはテレビに釘づけになる。遊牧民たちのテントでは電気さへ来ていないのだからテレビをみるなど夢の夢だ。
 やがて町から2弦のギター、馬頭琴を弾ける音楽家が到着し、母ラクダに儀式をおこなう。馬頭琴の静かな音色とともにドーデーの母がラクダの体をなでながら澄んだ声で歌を歌う。単調な歌でありながら、それまでBGMがいっさい入っていなかった映画にひとすじの光が射しこんだかのようになる。ふと見るとラクダの目から涙が・・。そしてラクダは自分の子どもを受け入れる。この家族の周辺にまた悠久の自然がもどった。
 
「らくだの涙」はドイツの美術系大学で学生の卒業制作として制作された。イタリア出身とモンゴル出身の学生の共同制作であり、とてもシンプルだが心を打つ作品に仕上がっている。ビデオレンタル店で入手できる。


ボールペンの修理

2014年03月10日 | 日記

 16年ほど愛用してきたボールペンのフックが折れてしまったので修理に出した。モンブランというドイツのメーカー製で、インクがぼったりと余分にでることなく使い心地はとてもよい。以前にはインクがキャップ内に漏れ出て分解、修理をしてもらったことがあるので、今回は2度目の修理になる。そのたびごとにけっして安くはない修理費をとられる。しかし私には必需品で、16年も使いつづけていることを考えると、買い換えるより修理して使えるだけ使いたい。
 モンブランの万年筆にあこがれたときもあったが、もはや万年筆で文章を書くこともない。はがきでさえパソコンで作成する。書類記入とメモに使うだけならボールペンに勝るものはない。
 ところでイタリアのアウロラという万年筆メーカーをご存じだろうか。アウロラ製のボールペンはモンブランの芯を使っている。裏事情は知らない。私は以前アウロラのボールペンを2本もっていたが、いつの間にかたてつづけに2本ともなくしてしまった。アウロラのボールペンはとても使い心地がよく見栄えもモンブランに劣らないうえに、値段はモンブランの同種の商品の4分の1ぐらいと安い。芯が同じならアウロラ製で十分に代用できる。今回修理を依頼した立川のデパートで確かめたところ、モンブランの修理代で、アウロラの新品が1本買えることが分かった。こんど買うときはアウロラ製にしよう。