新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

同じ本を3度読む

2021年08月15日 | 日記

 かつて岩波書店の月刊広報誌「図書」に「2度読んだ本を3度読む」と題した連載があった。執筆者がだれだったか憶えていないが、同じようなことをわずか1か月の間に自分がすることになった。
 対象になった本は小説「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」いわゆる「もしドラ」だ。今月はじめに大まかなことを書いた。はじめに読んだとき、「マネジメント」からの抜粋部分がウルサくて、飛ばして読んでいた。いちいち小難しい理屈を読まされては話の筋を追うのに差し支える。読み終えて話の筋をつかんだとき、もっともたいせつな箇所はこの「マネジメント」抜粋部分ではないか、と気になり始めた。そこで2度目は、抜粋部分だけをその前後とともに拾い読みしていった。するとドラッカーがいおうとしていることを作者、岩崎夏海がどのように小説に取り込んだかが理解できた。
 さて、この小説にはあちこちに伏線がちりばめられていることにうすうす気づいていた。それをきちんとつかんでおきたいと思うにいたった。そこで3度読みを始めた。幼なじみである柏木次郎と川島みなみがいっしょに宮田夕紀を見舞いに行ったとき、病室に来ていたのはだれだったか。なんとなくばつが悪そうにしてそそくさと出ていったのは桜井祐之介だったことを3度目の読みで知った。彼はここで川島みなみが小学校時代、大会の決勝戦に選手として出場し、はじめわざと大きく空振りし、打てない打者だと相手方に思わせておいて油断させ、次の打球に狙いを定めて大ヒットを打ったことを宮田夕紀から聞いた。宮田夕紀はそれに感動して野球部マネージャーになったのだった。甲子園を目指す予選の決勝戦で、川島みなみのやりかたをまねた祐之介のその策が大成功し、みごとな勝利へとつながる。緊張するとついミスをする桜井祐之介を使い続けた監督、加地もその祐之介を信頼していた。柏木次郎はそれをすべて瞬間的に理解して、祐之介が決勝安打を放ったとき、いち早く祐之介のもとへ祝福にかけつけた。3度読んだからこそ分かる人と人とのつながり、信頼感、行動理由がある。
 宮田夕紀が決勝戦を目前にして命尽きたとき、川島みなみが自暴自棄になり逃げ出してしまう。それをどこまでも追いかけていく北条文乃がついに川島みなみを捕まえていったことば「逃げないでください、逃げないでください」はどこから来たことばだったか。4度目の通読が必要だ。
 ドラッカーが主張する2点も記憶に深く刻まれた。一般にマネジャーに必要な資質はなにか。それは「真摯さ」だ。またマネジャーは組織経営でなにをするべきか。「ワクワクドキドキするものだけをせよ」とドラッカーはいう。金儲けをするだけの会社なら、利益をあげてもそのうちに廃れていく。人を活かす会社は利益追求でなく、「ワクワクドキドキ」を追求する。
 さて、1度書いた紹介文を2度書いた。この試みは効果があっただろうか。



香港のチョンキン・マンション

2021年08月03日 | 日記

 香港には世界各地から人が集まってくる。アフリカ、中東、アジア、中南米などから商売目当てで、出稼ぎのつもりで、あるいは中国へ入国する第一歩としてまず香港に到着する。香港当局が入国に際してひじょうにゆるやかな規制しかしていないから、深圳、広州など近くの大都市へ入って商売するための足がかりとしてまずは香港へというわけだ。中国本土への国境は穴だらけで、商品の密貿易も容易だ。香港警察も外国からの入国者や密貿易人たちに対して寛容だ。地下銀行、インフォーマルな両替商を黙認し、金融取引がしやすい環境をつくっている。諸外国から来る零細商人たちは香港市内で商品を買いつけ、母国へ輸出したり、母国から取り寄せた商品を香港市内で売りさばいたりして商売する。また母国から逃れてきた政治亡命者や出稼ぎ労働者がいる。その人たちを目当てしたセックスワーカーがいて、薬の密売人が暗躍する。物見遊山のバックパッカーが加わり、えもいわれぬ街に発展したのが香港だ。
 そのような新参者がまず身を寄せる安宿がチョンキン・マンションだ。香港島を目の前にした繁華街の一角にそびえる。1、2階は携帯ショップや両替商などが並び、3階以上が宿泊施設になっている。室内は意外に清潔に保たれている。さすがに世界有数の大都市だ。
 このようすを生き生きと描き出してくれたのが文化人類学者、小川さやか氏だった。小川氏はタンザニアの零細商人たちの生きざまに視点をあて、彼らの商売の流儀をみごとに曝いて見せてくれた。ただそれは、2019年時点でとどまっており、中国本土からの政治的締め付けが強まってからの民衆たちの動きがいまひとつ分かっていない。うえに述べたような人たちの暮らしはいまどうなっているのか。以前と変わりなく商売、生活ができているのか。それとも香港当局や警察の取り締まりが強まり、新自由主義とも呼ばれる緩い商売慣習は廃れてしまったか。情報が入ってこないのが残念だ。


「もしドラ」を読んだ

2021年08月01日 | 日記

岩崎夏海「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」
 この本を読み終えて、「いいなあ」と思った。まさに青春小説。青春小説でありながら経営学者ドラッカーの理論を踏まえている。ドラッカーをまったく知らなくても楽しめた。
 主人公みなみは多摩地区でも有数の進学校、都立程久保高校の2年生。入院中の友人、夕紀を助けるために野球部のマネージャーになったみなみは、漠然と「この野球部を甲子園へ出場させる」と心に決める。そのためにはどうすればよいか。マネージャーとは何をする人のことか、マネジメントとはなにか、を調べ、ドラッカーの「マネジメント」を入手する。
 程高野球部は、部員こそ20人いるが、ふだんの練習への出席率は悪く、監督も部員も1年生マネージャー文乃も互いに気兼ねしながらだらだらと日々を過ごしている。試合ではかならず投げるピッチャー慶一郎は、ピッチャーとしての能力はあるが練習をサボりがちで、練習に出てきても少数の仲間とおしゃべりしてばかりだった。監督、加地は経験豊富で野球に詳しいが、慶一郎や他の部員に気兼ねしてあまりきついことをいわない。1年生マネージャー文乃はなにを訊いても「あ、はい」としかいわない。みなみは「みんなを甲子園に出場させる」と希望を伝えるが、反応は鈍かった。
 ドラッカーの「マネジメント」を読み、マーケティングの大切さを知ったみなみは、まず部員の意見を聞くことからはじめる。それには入院中の夕紀を部員たちに見舞わせ、病室で夕紀から意見を聞きとる方法をとる。「マネジメント」をなんども読んだみなみは、人をじょうずに動かす必要性を理解する。みなみのやる気を感じた部員が次々に提案してくれた。走塁の技術を高めるために陸上部の指導を得よう、体力をつけるために家庭科部に頼んで食事メニューを作ってもらおう。家庭科部とはやがて週1回の試食会へと発展する。野球部の本気度を知った他の部も黙ってはいなかった。吹奏楽部は応援歌を作詞作曲してくれたし、チアリーディング部は練習試合に応援に来てくれた。さらに学校の外へも働きかけを強め、近所の強豪、私立大学野球部に練習風景を見学させてもらい、練習試合までしてもらう。毎週土曜には近所の子どもたちを相手に野球教室を開く。すると対外試合に子どもたちが応援に来て盛んに声援を送ってくれるようになった。
 みなみは行き詰まったとき、「マネジメント」にはどう書いてあるかを思い浮かべるのだった。監督、加地は野球の原点に立ち戻り、「ピッチャーにはボール球を投げさせない」「バッターにバントをさせない」をモットーにした。するとムダな労力を使わずに試合に勝てるようになってくる。1年後の夏、夏の高校野球大会予選がおこなわれ、万年ヘボチームだった程高野球部はみごとに勝ち進んだ。入院中の夕紀は1年経っても退院できない。その後のクライマックスは実際に読む人のために控えておこう。
「他人を動かす」「やる気にさせる」「社会へ働きかける」などは、野球部だけでなくいろいろな場面で応用できる基本原理でもある。示唆に富む小説だった。

 7月27日夜、月下美人が開いた。例年、10月に咲くが、ことしは早かった。