極私的デンデケデケデケ

音楽との出会いからバンド活動を辞め、社会人になるまでをつづっております

東京2020オリンピックの闇 2

2020-03-24 19:05:58 | Weblog
2019年7月にに東京2020オリンピックの闇 を書いた。

結果として、予想されたことではあるが、私は聖火リレーのランナーには選ばれず、
その後応募したパラリンピックの聖火リレーランナーにも選ばれなかった。

このブログでは、あまり時事ネタを書くことはないのだが、これを書いている2020年3月24日現在
東京オリンピックが延期されることは、ほぼ決定と言っていい。

世界中の誰もが知っていることだが、これは「新型コロナウイルス」の蔓延によるものである。

私は以前からオリンピックの東京開催については反対だった。その理由の第一は
「福島が全然復興していないのにオリンピックじゃないだろう」 である。
「オリンピックに回す金があるんなら、福島をなんとかしろ」と思ったからである。

だが、首相は「アンダーコントロール」と言い、知事は「お金をかけません」と言い、
「復興五輪」だ、なんて言って、おそらくは決定の権限がある重要人物に多額の金銭までを
渡してまで東京開催を獲得した。嘘をつき、してはならないことをして獲得した。

私は子供の頃を思い出す。

嘘をつくとバチが当たるよ と。









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ラジオの時間

2020-03-13 09:54:59 | Weblog
ラジオが好きである。

現在の仕事になって、前職の頃よりも、より聴くようになった。

ラジコ(radico)でオンデマンドで聴くこともできるし(金を払えば全国聴ける)、
地域FMもパソコンやアプリで聴くことができる。いい時代になりました。
また、AM放送もワイドFMでいい音で聴くことができる。これもうれしい。

東京の大手3社(TBS、ニッポン放送、文化放送)はワイドFM化して数年経つが、
やっとラジオ日本でもワイドFMが始まる。(2020年3月16日から)

実は私の知っている方が(毎度おなじみのA美ではない)ラジオ日本で
番組を持っていて、なるべく聴こうと思っている。ラジオ日本のAM波は弱いので
特に入りが悪く、大体ラジコで聴いていた。ラジコもいいのだが、ラジオ好きと
しては、やはりラジオで聴きたい。

すでに試験放送が始まっていて、その周波数に合わせるのだが、入らない。
試験放送は限られた時間なのかな?と調べたら、なんと、

ラジオ日本のFM放送のエリアは「神奈川県東部、および周辺地域」で
東京はエリア外なのだった。残念。都内にスタジオがあり、東京のラジオ局ように
思っていたが、そういえばラジオ日本は神奈川県のラジオ局なのである。
(本社も横浜市中区にある)

ちなみにA美のHOTなラジオ局のhotな番組はこちら。
聴いてくださいね。

hot NIGHT selection|FM HOT 839 (エフエムさがみ)

犬と酒とハードボイルド小説をこよなく愛するJ×Jがお送りする、ジャズと洋楽。テーマリクエスト募集しています。March ...

FM HOT 839 (エフエムさがみ)

 

コメント (2)
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西武ライオンズと松島茂 5

2020-03-02 09:27:20 | Weblog
私は家庭造りに失敗した人間である。

家族からは毒虫のように嫌われている。
だが、2006年当時はまだ子供たちも小さく良好な関係を築けていた。

11,12歳だった長女はすでに関係が崩壊しつつあったが、次女と長男はまだ
父親にやさしかった。二人をつれて西武ドームに観戦に行った。

2007年が開幕した頃だったと思う。大人のファンクラブ会員にも1回の入場券が
もらえ、子供は全試合無料だったので、チケットも買わずに現地に到着すると
なんと満員、チケット完売だった。満員の時はファンクラブチケットでは入場できない。

はるばる所沢まで来たのに、入れないのか、、と途方に暮れていると、偶然にも
顔見知りの球団職員と遭遇した。ご挨拶をして、どうしたのかと聞かれたので、
満員で入れないのです、と答えると、ちょっと待っててと言われ、スタッフパスを
もらえた。

西武ライオンズとの仕事は残念なことばかりだったが、この時は担当して
よかったと思った。Mさんその節はありがとうございました。

初めてプロ野球を体験した子供たちは大喜びで、その後長男は熱狂的な
ライオンズファンに育っていく。ファンクラブ会員も中学3年まで続けた。

2008年は久々のペナントレース優勝、日本一となりとてもよいシーズンだった。

奇しくもこの年は80年代、90年代の黄金期の立役者、清原和博が引退した年で
(所属チームはオリックス)息子に

「この偉大な選手を現役で見られたということは、幸せなことだぞ」と、
言ってやったが、8歳の子供が覚えているだろうか。

現在、女房と娘たちとは「ほぼ会話ゼロ」の状態が続いているが、
息子とのライオンズ及び野球の会話はかろうじて成立している。
また、毎年何試合かは西武ドームで観戦もしている。
かすかに親子の絆を保てている、ような気がする。

これも西武ライオンズのおかけである。

おわり

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西武ライオンズと松島茂 4

2020-03-01 16:11:35 | Weblog
プロ野球のオーナー企業というのはその時の勝ち組企業がなる。

現在のソフトバンクホークスが強いのはソフトバンクが圧倒的な勝ち組だからだ。

1980年代の西武グループも勝ち組だった。金と勢いがあるチームに金も選手も
集まるのである。

ベイスターズが身売りされた時、住生活グループ(LIXIL)が買収か、という話があった。
その時LIXILが「球団運営のコストは宣伝費と捉えれば、なんでもない」と言っていたのを
よく思い出す。でかい企業は違う。

DeNA、楽天、ソフトバンク、が近年球団を買収した企業だが、現代的なIT関連の
勝ち組企業である。プロ野球が発足した時から、その時代時代で勢いのある企業が
プロ野球チームのオーナー企業となるのである。

2006年に西武ライオンズの担当となったが、ファンクラブ入会記念品の受注もなく、
会社が製作したライオンズオリジナル文具もパッとしたものがなかった。

また、タイミングも悪かった。それまで球団はレプリカユニホームをはじめとしてグッズ製作を
メーカーと直接やりとりをしていたのだが、そのようなグッズ製作はもとより、すべての
プロデュースを大手広告代理店に任せる方針に変えた。

大手代理店が入ることによって、グッズラインナップも大幅に見直すこととなり、取引条件も
厳しくなっていった。文具について言えば、小規模で小回りの利くメーカーでなければ
対応ができないような状況になっていった。

と、書くと言い訳のように聞こえるが、代理店介入によってそれまで取引のあった
大手スポーツメーカーも同じように撤退したので、私の営業能力不足ばかりが原因でもない。
(と、しておく)

2006年に比べ、現在のパリーグは入場者数、全体の売り上げについても盛り上がっている、
と言える。代理店に任せる判断は正解だった。

西武ライオンズ担当となり、私がした仕事は、これまで作成したオリジナル文具の処分や
取引を終息させる手続きや作業が多くなった。そのような、「後ろ向きの仕事」が多かったが
仕事をする中で球団職員の方から貴重な話を聞けたり、酒席を共にすることは楽しかった。

つづく




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