たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

古い記事へのアクセス

2017年07月31日 09時09分07秒 | ブログ考

このブログは 6年程前に 突然思い立って始めたもので 当時は 「ブログって なんのこっちゃ?」レベルの爺さん、なにも分っていないまま 「OCNブログ人」で 開設したのですが その後 OCNが ブログサービスを停止してしまい その時点で 「gooブログ」に 引っ越してきたブログなんです。

最近 そんな「OCNブログ人」時代に 書き込んだような 古い記事にも 時々 アクセスが有り びっくりすることが有ります。
昨日も 5年も6年も前の記事にアクセスが有ったこと 「リアルタイム解析」で 知りました。
そんな前の記事、覚えているはずも無い爺さん、自分でクリックしてみて 「そう言えば そんなこと書き込んだこと有ったっけな?」等と 記憶を蘇らせているところです。

その記事は こちら → 2011年11月30日 「私にとってのブログ

ちなみに 「ブログ内検索」で 検索してみたら 全く同じようなことを 今年の3月にも書き込んでおり 何回も同じような話をしたり書いたりする・・これ 認知症の前兆か?等と 自嘲しながらも また 書き込んでしまいました。

2017年3月3日の記事→ こちら

斯斯然然 ブログは 今や 記憶力減退爺さんの脳になり代わる 「記憶補助ツール」にもなってくれているというわけです。

畑の周りの叢の ショウリョウバッタ

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古い写真から蘇る山の思い出 その14 鳳凰三山

2017年07月30日 13時40分35秒 | 山歩記

バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)しか持っていなかった時代、当時は 撮った写真を その都度プリントして アルバムに貼っていたものでした。

かれこれ21年前の 1996年8月に 妻、次男と三人で 鳳凰三山(薬師岳、観音岳、地蔵岳)に登った時の写真が貼ってあるアルバムも有り 久し振りに引っ張り出してみました。

昔のことを懐かしがるのは 老人の最も老人たるところだと 自嘲しながら あの日あの頃を思い出しております。
ほとんど記憶曖昧になっていますが 写真やメモを見ると 当時のことが蘇ってきます。
ピンボケ、拙劣写真ばかりですが 何枚かを スキャナーで取り込んでみました。

第1日目、真夜中に 車で自宅を出発し 午前5時30分頃 夜叉神峠登山口駐車場に到着、6時頃に出発しました。
南アルプス林道走行中 道路の真ん中に 野猿の大群が 座り込んでいて 徐行運転したことが思い出されます。

冷気漂う樹林帯の急登を、ウグイス、ホトトギスの鳴き声を聞きながら 約1時間、夜叉神峠(標高 1,770m)に 到着です。
ガスが消え 白峰三山(北岳、間ノ岳、農鳥山)が 姿を見せてくれました。

ヤナギランが群生しており 以後 ヤナギランを見ると 夜叉神峠を思い浮かべるようになっています。

   

クガイソウ  ミネウスユキソウ  シナノオトギリ  オヤマリンドウ  

辻山と砂払岳の鞍部、南御室小屋で 大休憩

砂払岳から 薬師岳を望みます。
白砂青松の風景。

お目当ての タカネビランジが 岩陰で出迎えてくれました。

15時30分頃 薬師岳小屋に到着。
夏山最盛期とあって 満員状態。なかなか熟睡出来ず 深夜 外に出て 満天の星空を しばらく眺めたりしたような気がします。

第2日目 早朝 4時30分頃 薬師岳小屋を出発しました。

ご来光、敬虔な気分になります。

雲海の彼方 富士山、

海に浮かぶ島の如くの 八ヶ岳連峰

薬師岳山頂(標高 2,780m)

6時頃 観音岳山頂(標高 2,840.4m)に 到着。
快晴、紺碧の空、朝の挨拶交わすハイカー 皆 笑顔です。
朝食タイム、

地蔵岳(標高 2,784m)、オベリスク

地蔵岳からは アップダウン厳しい 細い尾根を 高嶺へ。
360度大展望が続きます。

指呼の距離に感じられる 北岳の雄姿、
北岳バットレス、八本歯のコル・・・、

眺望を堪能した尾根歩きが終わり 高嶺(標高 2,778.8m)からは 白鳳峠を経て 広河原へ下るのみです。
後方には 沸き立つ雲の上に 甲斐駒ヶ岳の雄姿です。

14時頃 かなりへたばって広河原に到着、
定期バスで 車を置いて有る夜叉神峠登山口まで戻る予定でしたが 時間が節約出来、料金大差無しのタクシーを利用し、夜叉神峠登山口から 車で帰途についたという山旅でした。

当時は まだ 「また来る時にも 笑っておくれ♪」的な気分でしたが 鳳凰三山もまた 今となっては もう訪れること叶わない 遠い思い出の山となってしまいました。 

 

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スイミングとハワイアン

2017年07月29日 18時07分16秒 | 懐かしいあの曲

ほとんど まとまった雨が降らなかった関東甲信地方の梅雨、「空梅雨」でしたが 気象庁からは 確か7月19日に 「梅雨明け」したと発表がありました。その後 不安定な天候が続き ここ数日は 曇天が多く 今日は 午後から かなりまとまった雨が降り続いています。
「戻り梅雨」と 言うんでしょうか。
7月最後の土曜日、各地で花火大会、盆踊り大会が予定されていたはずで 主催者、関係者を慌てさせたのではないかと思います。
畑の作物には 恵みの雨、水やりの心配も無しで おかげさまで 今日1日 ゆったり 休養日となりました

夕方になって やや運動不足感有り やっぱり 19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスン土曜日に出席し 先程 戻ってきたところです。
今日から これまでの バタフライの基本中心のコースから クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ 1種目毎レベルアップするコースに鞍替えし やっていくことになりました。
今日は クロール
アップ 100mからスタートです。
1種目1時間(実質50分位)で より内容が濃くなりますので 多少は レベルが上がるかな?(疑問)
ついていくのがやっとの 高気(後期)高齢者、無理せず、マイペースで・・。

プールから帰った後の遅い夕食、扇風機も要らない 涼しさで ビールも ややほろ苦い感じ、
まだ 雨が降り続いており まったく真夏の夜らしくないですが ほど良い疲労感とほろ酔いで ハワイアンを 聴いているところです。

 CD 魅惑のハワイアン Wawaiian 141

バッキー白方とアロハハワイアンズ&エセル中田 「ALOHA NUI LOA IA OE(アロハ ヌイ ロア イア オエ)」

ALOHA NUI LOA IA OE/エセル中田&バッキー白片とアロハハワイアンズ


ああ 「糠味噌漬け」

2017年07月28日 17時44分14秒 | 健康・病気

確か2年位前だったと思いますが、何かの折に 近所のかかりつけ医で 年寄り二人、血圧測定をしてもらったことが有りました。
それまでの健康診断等では 二人共 血圧は ほぼ正常、全く気にしていなかったのですが 結果は 思いも寄らず 二人共 「やや高め」。
加齢?、食生活?、運動不足?・・・分りません。

血圧治療薬(降下剤)服用は 当分 経過をみてからということで 見合わせ。
とりあえず 食生活について 教育的指導?を受け、塩分控え目食生活の徹底をすすめられたのでした。
出来る限り 薬類を飲みたくない主義の二人、早速 食生活の見直しでした。
医師が 真っ先に 控えるように指摘した食物、それは 大好物の 梅干や 漬物類です。
それらには 大量の塩分が含まれているというわけです。

それまでは お茶漬けやおにぎりは 必ず 自家製梅干。畑でとれた キュウリ、ナス等は 毎年 「糠味噌漬け」にして たっぷり食していました。大根も 自家製の「タクワン漬け」にして ポリポリ。良く地方から買ってきたような 大根やゴボウの「味噌漬け」、「野沢菜漬け」も 大好物でした。

料理の味付けも 「減塩醤油」を使用するべし ということで 当座は なんとも味気無い感じの食事、ショックもありましたが 徹底した塩分控え目食生活を続ける内 それが当たり前の味になってくるから不思議です。血圧も 次第に 低めになってきます。

昨年の暮れに 一時的に やや高くなったことがあって 医師から 冬季 特に高齢者の血圧高めは危険、冬季だけでも 血圧治療薬(降下剤)を服用した方が良い 等とすすめられ 生まれて初めて 約4ヶ月間でしたが 服用しました。
弱い血圧治療薬(降下剤)だったこともあってか 服用してもしなくても さほど変化無く ほぼ正常値に近く 春先になって 医師と相談の上 血圧手帳のチェックシートに 毎日2回(起床時と就寝前)家庭用測定器で測定し記録、経過を見ることを条件にして 服用を中断しているところです。
多分 塩分控え目食生活の効果が 次第に出てきているのではないかと考えられますが このまま 冬を迎えられれば 血圧治療薬(降下剤)服用から逃れられるんじゃないかと 淡い期待を抱いているところです。

   

この時期 「糠味噌漬け」の話が出たり 「糠味噌漬け」の写真を見たりしますが、我が家の「糠床」は 封印中、
今はただ ああ 「糠味噌漬け」、・・・なんです。

「糠味噌漬け」については まだ 「OCNブログ人」時代に 書き込んでいたことが 「ブログ内検索」で分り 記憶が蘇ってきました。

2011年7月4日の記事 → こちら

2012年6月28日の記事 → こちら

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ヒグラシ

2017年07月27日 22時19分44秒 | 暮らしの記録

昨日 久し振りに1日中 小雨が降ったり止んだりした当地、今日は 曇天でしたが 比較的 凌ぎ易い1日でした。
夕方 近くの山林から ヒグラシの鳴き声が聞えてきました。
今夏 初めてです。
ヒグラシの鳴き声を聞くと 子供の頃の夏休み、故郷北陸の山村で過ごしていた頃の情景が 思い浮かんできます。

昨年の7月17日にも ヒグラシのことを 書き込んでいました。
(gooブログは モジュール 「検索」で 「ブログ内検索」をすると 過去の該当記事が 検索されますので 記憶力減退の爺さんの 自分のための記憶補助装置(ツール)として 有難い存在になっています)

2016年7月17日の記事 → こちら

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畑日誌 2017.07.27 今日こそは 草取り

2017年07月27日 18時17分02秒 | 野菜作り・畑日誌

昨日は 当地 本当に久し振りに 1日中 小雨が降ったり止んだりの天気でした。
カリカリに乾いて 熱っせられた大地は しっとり潤され 冷却されたことで 今朝の気温は 22度前後、今日も 曇天で 日中の最高気温も 27度前後に止まり 体感的には 涼しくも感じられました。

前日に雨が降った日は 畑の土もやわらかくなっていて 雑草を抜き易いこと、しかも やや涼しい日は、草取りには もってこいの日であり、今日こそは 宿題?の草取りをするべしと決め 8時には 出動、戦闘開始です。

先日来 雑草の原と化していた畑、猛暑続き、体調不良、雑用等を言い訳けにして 見て見ぬ振りをしてパスしてきましたが 隣りの畑の方等の顰蹙を買っているのではないかと 気になっていました。

雑草の原

やや涼しいとは言え しゃがんで 悪戦苦闘、汗ダクです。
取った雑草の山が 一つ二つ出来ますが 1~2ヶ月も積んでおくと 枯れて腐り 土に戻ります。

近所の畑師匠Oさんから 奥様の出身地新潟県の実家から取り寄せたというシロナスの苗が余っているがどうか と声掛けされ いただいて 植えていましたが 今日見ると 早くも生っていました。(シロナスと言っても 真っ白な種類では 有りませんが)
シロナス初収穫です。まだ 背が低いため ナスが地面に着いていました。

4時間以上掛かって 昼過ぎ 草取り終了。
疲れ果ててしまいましたが とりあえずは 安堵。
ただ 10日、2週間もすれば また 元の木阿弥、雑草の原と化すこと 必至。
野菜作りは 春先から初冬まで続く 雑草との戦争とも言えます。

隣りの畑のオクラの花を カシャ、

畑の周りの梅林の隅に群生して咲いていた花
「君の名は?」

ヤブミョウガ(藪茗荷) と 申します」・・・(ブログ友のmimoza様から 教えていただきました)

シャワーを浴び 午後は ゴロリ横になって ウトウトしてしまいましたが 明日、明後日当たり 腰痛、手足の筋肉痛が出てきそうです。

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庭のサルスベリ

2017年07月25日 17時19分07秒 | 庭の花・野の花

先日まで 「今年は ちっとも咲く気配無いなぁー、どうしたんだろう?」と 首をかしげていた 庭のサルスベリ(百日紅)、
ほったらかしのせいで 余りにも大きくなってしまったサルスベリ、枝の先端まで よく確認出来なかったようです。

今朝 ガビチョウ(画眉鳥)が やってきて サルスベリの枝に止まって 1ステージ けたたましく独唱し始めたので 急いでカメラを持ち出して 狙いましたが 撮影は失敗。ところが その時 サルスベリの花が 咲いているのに気がついたのです
猫の額の狭い庭ですので 高いところで咲いてくれても 住人には良く見えず 野鳥達のサルスベリとなってしまっているようです。
せっかく 咲いているので 今年は 離れたところからでも眺めて 初冬には 大胆に剪定し 窓からでも ちょこっと眺められるように 工夫したいものだと思っているところです。
庭木も 小さい内から 上手く剪定していれば ちゃんと恰好がつくんでしょうが 野放しにした結果 どれもこれも 大木となってしまい 今となっては 伐採をしなければならないものも出てきているという始末なんです。

当地 午後3時頃から ほんの短時間ですが 雨が降ったり止んだり、天気予報通り 少雨でした。
畑の土深くまで 浸透する雨ではなさそうですが 恵みの雨には 間違い有りません。
水やりを どうしようか迷いましたが 今日のところは 恵みの雨でOKとして パス。
ジメジメ 蒸し暑い 1日でした。

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ハワイアン 別れの磯千鳥

2017年07月24日 18時59分31秒 | 懐かしいあの曲

当地 今日は 1日中 雲が掛かっていて 強烈な日射は有りませんでしたが それでも ちょっと動くと 汗ダクになります。
午前中 またまた やおら重い腰を上げ 中断、中断している 庭の梅の木伐採作業に取り掛かりました。
地上から2m位まで 少しずつ切断してきているのですが いよいよ 幹周りが80cm~90cmの部位になってきますので 重労働です。
太い幹を 直接 切り落としてしまうと 道路やフェンスを痛めてしまう恐れがあるため いままで 1度も使用することがなかった登山用のロープを活用して 軟着陸させます。
後期高齢者、無理せず ゆっくり 休み休み 1日、1ヶ所切断でお終いです。
あと 2ヶ所切断すれば 根本まで無くなるのですが・・・。
気長に・・・。
シャワーを浴び 午後は休養。
ハワイアンを聴きながら 船を漕いでしまいました。

別れの磯千鳥

今夜は(も) ビールが 美味しそう。

昔昔、デパートの屋上等に設けられた ハワイアンが流れるビヤガーデンで 会社帰りに 「カンパーイ!」、やってた時代 有りましたが 今は どうなんでしょう。。 

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魅惑の宵

2017年07月23日 23時16分58秒 | 懐かしいあの曲

映画「南太平洋」・・
いつごろ観たのかも忘れてしまいましたが 主題曲 「魅惑の宵」は 忘れることなく 未だに 時々聴いています。



当地 今日は 一時小雨がパラパラと来ましたが直ぐ止んでしまい ムシムシする1日でした。
夜になっても なかなか涼しい風が吹き込んできません。
そんな夜、南国の海を想い浮かべながら・・・。

マントヴァーニ・オーケストラ演奏の「魅惑の宵」を Youtubeから共有させていただきました。

Mantovani 映画「南太平洋」 Some Enchanted Evening


古い写真から蘇る山の思い出 その13 蝶ヶ岳・常念岳

2017年07月23日 10時05分06秒 | 山歩記

バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)しか持っていなかった時代、当時は 撮った写真をその都度プリントして アルバムに貼っていたものでした。
かれこれ22年前の1995年8月に 妻と二人で (長男、次男は 入試勉強のため不参加)、蝶ヶ岳・常念岳に登った時の写真が貼ってあるアルバムも有り 久し振りに引っ張り出してみました。

昔のことを懐かしがるのは 老人の最も老人たるところだと 自嘲しながらも あの日あの頃を思い出しているところです。
ほとんど 記憶曖昧になっていますが 写真やメモ等と見ると 当時のことが蘇ってきます。
ピンボケ、拙劣写真ばかりですが スキャナーで取り込んでみました。

北陸の実家に帰省する際 毎度 松本平や安曇野で ひときわ目立って聳える常念岳を 車窓から眺めていたものですが その年に 意を決して登ったものです。常念岳は 常念山脈の盟主、安曇野の風景には無くてはならない シンボル的存在の山。
「常念岳の優雅な三角形ほど 見る者に印象を与えるものはない」と かのウエストンが言っていたと 深田久弥も 著書「日本百名山」に 記述している山です。

また 蝶ヶ岳から常念岳への尾根縦走路は 穂高岳、槍ヶ岳等の絶好の展望台、大パノラマが堪能出来るとあって 三俣から蝶ヶ岳へ上がり、蝶ヶ岳から常念岳、常念岳から三俣に戻る 周回ルートとしたのでした。

第1日目 真夜中に自宅を出発し、午前5時30頃に 三俣に到着です。20台程の駐車スペースは ほぼ満車状態でしたが、なんとか駐車出来たような気がします。登山計画書を投函し 午前6時頃 三俣を出発です。
本沢に沿って進み 尾根に取り付き、樹林帯の中、急登を 暑さに喘ぎながら 一歩一歩登ったことが思い出されます。

樹林帯を登り詰めると 右方に 常念岳が見えてきます。

蝶ヶ岳ヒュッテに到着。

穂高岳、槍ヶ岳の稜線に沈む夕日

蝶ヶ岳ヒュッテと月、

第2日目、
隣りの男性の豪快な鼾に悩まされた妻から 睡眠不足の訴えあり 出発時間を遅らせ 体調調整。
山小屋泊のデメリット、それ以来 耳栓を持参するようになりました。
右往左往、朝日に映える風景写真を撮るタイミングも外してしまい 6時30分頃 蝶ヶ岳ヒュッテを出発です。

前穂、奥穂、北穂、大キレット、槍・・・、絶景大展望

横尾分岐(標高 2,625m)

蝶ヶ岳山頂(標高 2,664.3m)
奥穂、涸沢岳、北穂に 笠雲みたいな雲が・・・。
涸沢カールを ズームアップ。

途中 数箇所に お花畑、

    

ハクサンフウロ   イワギキョウ  キンポウゲ  テガタチドリ  

  

ニッコウキスゲ  チングルマ  ミヤマダイコンソウ

いよいよ 常念岳山頂を目指します。

歩いてきた稜線を振り返ります。

常念岳山頂(標高 2,857m)

常念岳山頂から 常念乗越、常念小屋に向けて 急下降します、
その先には 横道岳や東天井岳、大天井岳が連なっています。

第3日目
常念小屋では 横浜と埼玉からの夫婦組と同室の6人部屋でした。
妻も たっぷり睡眠出来て 体調回復。天気も良好。

ご来光

6時30分頃 常念小屋を出発です。

常念岳山頂に向かって直ぐ左に折れ 常念岳を巻いて 前常念岳に向かいます。

  

ハクサンシャクナゲ  グンナイフウロ  ダケカンバ

再び 常念岳の尾根筋の後方に 前穂、奥穂、北穂、涸沢が 目に飛び込んできます。

前常念岳山頂(標高 2,661.8m)

オットットー、

前常念岳山頂からは しばらく ゴロゴロした岩稜を下ります。

岩稜帯から樹林帯に入ると 一気に下界の暑さと疲労で バテ始め 膝が笑い出しました。
途中 ペースダウンした老夫婦を追い越しましたが 三俣で待機しているタクシー運転手に 予定到着時間に間に合いそうにないこと 伝言を託されました。(携帯電話も持っていなかった時代です)

13時頃 無事 三俣に帰還。
豊科町(現安曇野市)の蕎麦屋で遅い昼食をとり 中央高速道をのんびり走って帰ってきた山旅でした。

あの頃はまだ 「また来る時にも 笑っておくれ♪」的気分でしたが 後期高齢者、蝶ヶ岳も 常念も もう訪れること叶わない山、遠い思い出の山となってしまいました。

 

 

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