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たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

お写ん歩(おしゃんぽ)もブログが無けりゃ続くまい

2025年04月30日 15時02分18秒 | 散歩・ウオーキング

当地、今日の日の出時刻は、4時52分頃、
天気予報は、「晴」、最高気温=24℃、
ひんやり、すっきり、爽やかな早朝、
  君の名は?花に訊ねつ爺散歩
  お写ん歩(おしゃんぽ)もブログが無けりゃ続くまい
ちょこっと近くを歩いてきた。
スマホの歩数計で、約8,000歩。

     コバンソウ            ハハコグサ

 

       ツツジ             マツバウンラン

 

チョウジソウ?

 
ヒルザキツキミソウ

         シラン            キバナオドリコソウ

 

        モチノキ                 ?

 

ズミ?・・・・かな

 

スズラン

 

長持ちしたヤエザクラも、散り始め・・・、
花道?

泳ぐ鯉

君の名は?

 


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古い写真から蘇る思い出の山旅・その89(1)

2025年04月29日 21時03分42秒 | 山歩記

古い写真から蘇る思い出の山旅・その89(1)
「初めての甲斐駒ヶ岳・仙丈岳・残念登山」(再)


もう34年前にもなる、1991年8月17日~18日に、妻と次男と3人で、(長男は受検勉強中で不参加)、初めて、「甲斐駒ヶ岳・仙丈岳」を訪れたことが有った。
当時はまだ、時間的、経済的、精神的余裕等、さらさら無い自営業をしていた頃で、家族で旅行等、ほとんど出来なかった頃だったが、海派?、山派?、と問われれば、山派ではあったことから、せめて年1回位は、なんとか都合をつけて、家族で思い出になる山に登ろう・・、等と決めて続けていた頃だった。
その年は、無謀にも、思い切って、「甲斐駒ヶ岳・仙丈岳」にしたのだったが、結果は、2座共、登頂出来ずの残念な登山となってしまい、後年になってリベンジし、思いを叶えたという、記憶に残る山歩きの一つになっている。
当時はまだ、バカチョンカメラ(ポケット型小型フィルムカメラ)しか持っていなかった頃だったが、プリントした拙劣写真がアルバムに貼ってあり、「OCNブログ人」で、初めてブログを開設したばかりの頃に1度、スキャナーで取り込んで、ブログに書き込んだことが有る。
昔のことを懐かしがるのは老人の最も老人たるところと、自嘲しながらも、コピペ、リメイクして、改めて、「古い写真から蘇る思い出の山旅」に、付け加えることにした。


山行コース(予定)・歩程等

1日目・北沢峠→仙水峠→駒津峰→魔利支天→甲斐駒ヶ岳山頂→駒津峰→双児山→
    北沢峠・北沢長兵衛小屋(泊)
    (標準歩行所要時間=約7時間30分)、
2日目・北沢峠・北沢長兵衛小屋→大滝ノ頭→小仙丈岳山頂→仙丈岳山頂→
    馬ノ背ヒュッテ→北沢峠、
    (標準歩行所要時間=約8時間30分)、

(昭文社の「山と高原地図」から拝借)

1日目
毎度のこと、深夜に自宅を出発、渋滞無しの中央自動車道を走り、
甲府昭和ICからは、芦安村、南アルプス林道、夜叉神トンネル経由で、
広河原の駐車場には、午前8時頃到着したようだ。
当時は、広河原まで、マイカーで乗り入れることが出来た時代で、
無料の広い駐車場は、ほぼ満車状態だった気がする。
広河原発北沢峠行き、リムジンバス(芦安村営バス)の始発は、午前9時、
待機中に、軽い朝食をとり、長蛇の列に並んだような気がする。
増車された数台の超満員の村営バスに揺られ、
南アルプス林道をぐんぐん高度を上げて行き 
標高2,032mの北沢峠には、9時30分頃到着したようだ。

北沢峠、9時30分頃出発は、夏山登山としては、遅過ぎ、
甲斐駒ヶ岳ピストンは、登山初級者にとって、体力的、時間的に
ちょっと厳し過ぎること、自明の理だったが、
中途で無理な場合は、引き返すこと覚悟して出発、
仙水峠へ向かったのだった。

猛烈な暑さでバテバテ、

11時頃、仙水峠(標高2,264m)に到着、
眼前にそそり立つ魔利支天、甲斐駒ヶ岳、

仙水峠から駒津峰への急登、
ジリジリ太陽に照り付けられて大汗、体力消耗、

右方に、甲斐駒ヶ岳山頂、摩利支天を眺めながら、
気ははやるものの、頻繁休憩、ペースダウン、

13時30分頃、駒津峰(標高2,752m)に到着。


大休憩後、いったん、甲斐駒ヶ岳山頂目指して出発したが、
途中で、体力的、時間的に、山頂往復は、無理と判断・・、
翌日の仙丈岳のことも考慮し、登頂を断念、
指呼の間の甲斐駒ヶ岳の雄姿を目に焼き付け、
いつかまた、リベンジすることを誓い、
無理をせず・・・、引き返すことにしたのだった。

14時30分頃、駒津峰に戻り、双児山方面へ下山開始、

15時40分頃、双児山(標高2,649m)

南方には、翌日に登る予定の仙丈岳が・・・・、

16時頃、北沢峠に戻り着き、
16時30分頃、宿泊先の北沢長衛小屋に入ったようだ。

北沢長衛小屋前には、キャンプ指定地が有り、
19時消灯・・ではあったが、深夜まで騒がしく、
なかなか寝付かれず・・・、だった気がする。

(つづく)


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絶好の行楽日和・・・、ではあるが、

2025年04月29日 14時50分21秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

4月29日(火)、
世の中、国民の祝日「昭和の日」、ゴールデンウイーク中、
当地の天気予報は、「終日、晴」、
最低気温=9℃、最高気温=24℃、
やや、雲が多いものの、爽やか、薫風、
絶好の行楽日和・・・・、
・・・・ではあるが、
前日に「雨」が降った「晴」の日は、
絶好の畑仕事日和・・・、でもあり、
今日、やるっきゃないか・・・、
午前中、Go To 畑! と 相成った。

(1)サトイモ植え付け下準備
   草取り(草抜き)、耕し、たまご石灰散布、牛糞混入、整畝

(2)ネギの畝、草取り(草抜き)、
   蔓延った雑草に埋もれてしまっていたネギ、
   救出しないと・・・、
   取り掛かったものの、体力限界、時間切れ、
   一部残ってしまったが、次回することにし・・・、

一寸動くと、汗ばむような陽気だったが、
周辺から響き渡る、コジュケイ、ガビチョウ、ウグイス等の鳴き声を聞きながら、
気分は、良好。
3時間余り掛かってしまい、
足、腰、痛!、痛!、
まだまだやること有りだが、今日はここまでとして、
引き上げてきた。

やれ、やれ、

今頃になって、元気が出てきた、サニーレタス


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葉室麟著 「この君なくば」

2025年04月28日 16時29分03秒 | 読書記

正直な話、つい数年前までは、まるで「読書」の習慣等は無く、まさか、図書館通いする暮らしになるなんて、全く想像もしていなかった爺さんである。
それが、数年前のこと、相互フォロワー登録しているある方から、コメントで、藤沢周平の時代小説ををすすめられ、その気になり、それこそ生まれて初めて、最寄りの図書館に出掛けたのだったが、それがきっかけになり、少-しずつ「読書」の習慣が身に付き始めて、今に至っている。
「読書」の習慣も、やはり、ブログをやっていたからこそ起こった「自分の大きな変化」の一つだと思っている。
ただ、何分、「読書」初心者、作家や作品の情報にも疎く、視力、記憶力、減退、根気力無し、気まぐれな爺さんのこと、これまでのところは、主に、読破し易い、肩が凝らない、「時代小説」に手を伸ばし、読んできたような気がしている。
さらに、読んでも読んでも、そのそばから、表題名も、作者名も、内容も忘れてしまう老脳、読んだことの有る本を、うっかりまた図書館から借りてくるような失態を繰り返さないためにも(最初の内、そんなことが数回有った)、その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー「読書記」に、書き留め置くことにしている次第だ。


図書館から借りていた、葉室麟著、「この君なくば」(朝日新聞出版 )を読み終えた。
本書は、著者が描く、激動の幕末維新を背景に、懸命に生きる男女の清冽な想いを描いた感動長篇時代小説だった。

▢目次
 (一)~(十七)

▢主な登場人物
楠瀬譲(くすせゆずる、幼名=武蔵)・栞(しおり、檜垣鉄斎の娘)・志穂(譲の先妻由里の娘)・鉄太郎・弥生(譲の母親)
檜垣鉄斎(ひがきてっさい、此君堂)・房(栞の母親)、豊後屋嘉右衛門(栞の母方の叔父)
伍代忠継(伍代藩藩主)・五十鈴(杉浦英之進の娘、由里の妹)
佐竹甚内・いち子、
羽賀道世、真木和泉、今井栄、水野正名、
佐倉健吾、高田源兵衛(河上彦斎(げんさい)、人斬彦斎)、大楽源太郎、榎本武揚、大島圭介、
西郷隆盛、大久保一蔵(利通)、木戸孝允、

▢あらすじ等
幕末から明治維新に掛けて、尊王攘夷、佐幕で揺れ動き、国中が混乱する中、著者仮想の九州日向の小藩伍代藩が舞台。
主人公は、軽格の家に生まれた楠瀬譲と、譲の恩師檜垣鉄斎の娘栞。互いに惹かれあう仲であり、蘭学に秀でた譲は、藩主忠継に重用され、密命を受け藩政に携わるが・・、
賢明な藩主忠継を助けるために手となり足となり情報入手に駆け回る譲の活躍する姿が描かれている。実在人物の久留米藩の今井栄との交流の話も大変興味深い。
一方で、栞の前に、譲に想いを寄せる気丈な娘(先妻由里の妹五十鈴)が現れるが・・・。
檜垣鉄斎の私塾「此君堂(しくんどう)」の名は、、「晋書(しんじょ)」王義之伝にある、竹を愛でた言葉の「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」からとったもので、「此君」とは竹の異称。
譲が、「先生は、誠に竹がお好きでしたな」とつぶやくと、栞はうなずいて、
「この君なくば、一日もあらじが口癖でしたから」と・・・・。
栞と五十鈴、賢明で美しい二人の女性の生きざまが見事に描かれている。
   やがて、竹林を抜けて譲が近づいてくるのが見えた。
   引き締まった体に洋服がよく似合っていた。
   栞は微笑み、胸の中でつぶやいた。
   ・・・・この君なくば一日もあらじ。


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文句無しの爽快な朝

2025年04月27日 11時01分09秒 | 散歩・ウオーキング

当地、今日の日の出時刻は、4時54分頃、
天気予報は、「晴のち曇」になっているが、
雲ひとつ見えない文句無しの爽快な朝。
妻が散歩・ウオーキングに出掛ける音で目覚め
 「何時?・・・」、
 「5時30分か・・・」、
脚、腰、痛!、痛!、体調イマイチだったが、
猫体操、10分~15分、なんとか大丈夫そう?
6時過ぎてから、やおら、重い腰を上げ、
ちょこっと近くを歩いてきた。
足、腰、の痛みを庇ってしまい、
どうしても、腰が曲がり、前屈みになってしまう八十路過ぎの爺さん、
途中、何度も立ち止まり、背伸ばし、伸脚、屈伸、しながら、
  胸を張れ腹へっこめろ腰伸ばせ
  君の名は?花に尋ねつ爺散歩
スマホの歩数計で、約3,800歩。

君の名は?
見たことがあるような?、無いような?

帰ってきてから、ブログで確認、
どうも、「カラタネオガタマ」?・・・・のようだ。


爺さんの備忘録的花図鑑・「カラタネオガタマ」
👇
こちら


君の名は?

「ムベ」?・・・・、かな?


爺さんの備忘録的花図鑑・「ムベ」
👇
こちら


コデマリ

 

ヤマボウシ

シャクナゲ

 

      シロバナタツナミソウ?        モッコウバラ

 

オオデマリ


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脳トレのつもりで捻る五七五 2025年4月

2025年04月26日 11時30分16秒 | 川柳・俳句・五七五

「OCNブログ人」で初めてブログを始めた2011年頃までは、「川柳」にも、まるで興味も関心も知識も無かった気がする。どちらかというと、ユーモアセンスゼロ、頭カチカチ、まるで面白みの無い人間、それまでイメージしていた「川柳」とは、程遠い存在だと思っていた。それが、ブログを開設して数年後のある時、新聞を読んでいて、「川柳人気急上昇」「初めての川柳」等という記事が、何故かふと目に止まり、「なんだか、簡単そう?、面白そう?・・・・」、「もしかしたら、頭の体操に、いいかも?」等と思い込んでしまい、「川柳とは?」も分からないまま、とりあえず、「五七五言葉並べ遊び」を始めたのだった。当然、「川柳」等と言えるものでなく、自己満足だけのものだったが、数年前のこと、相互ブログフォロワー登録している方から、お声掛け、お誘いを受けて、恥も外聞もなく、そんな拙句、駄句を、投句してしまうことにもなってしまった。結果、何も分からなかった「川柳」の世界をちょこっとでも覗かせていただき、多くのことを教わってきたような気がしている。ただ、所詮、「川柳」の才能等、まるで無しの爺さん。スタンスは、出題されるお題に対して、締め切り日までに、錆びついた老脳をギシギシ動かし、言葉を捻り出し、五七五に紡ぐという過程が、ある種、脳トレになっているに違いない、ボケ防止に多少は役立つかも知れない等と、勝手に思い込んで続けていることだと思っている。その出来不出来に関わらず、四苦八苦して?生んだ「川柳」(川柳もどき)、忘れてしまわない内に、ブログ・カテゴリー「川柳・俳句・五七五」に、書き留め置くことにしている。

 


脳トレのつもりで捻る五七五 2025年4月


団栗

お題「迎える」
  古希迎え得手(えて)を見出し帆を上げる
  無人駅桜が迎え人の波
  ニューフェース迎え若やぐ村役場

お題「便り」
  隠滅を互いに図るラブレター 
  花便り届いた朝に春の雪          (大西泰世選・NHK関西発ラジオ深夜便・ぼやき川柳「入選」)
  親と子の絆今じゃメールライン

お題「りんご」
  郷愁を纏い届いたリンゴ箱
  不揃いのリンゴ我が家じゃデカイ顔

お題「青春」
  青春は古い日記に生きていた
  オールディーズ聴いて青春炙り出し (ちかよし選・FMさつませんだい・ここせん「入選」)

老楽川柳「花粉症」
  お呼びでない花粉出しゃばる春爛漫

老楽川柳「スイミング」
  腹決めてそろり始める新習慣

折句「わ・か・い」
  悪い癖勝ち負け問わず一気飲み
  分かるかい鹿児島産の芋焼酎

折句「き・ぼ・う」
  きばっても凡人組で浮き沈み
  君想い僕が作った歌なんだ


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我が家の猫額庭も、主役、脇役、入れ替わり

2025年04月26日 09時22分27秒 | 暮らしの記録

寒過ぎ、暑過ぎ・・、
不順な天候が多かった今年の春先だったが、
気が付けば、4月も下旬、
世の中、大型連休の初日?になってしまった。
春爛漫の候ではあるが、花の命は短くて・・・・、
次々、開花する花達、
主役、脇役が 入れ替わっていく。
放ったらかしの我が家の猫額庭でも、
見て!、見て!、とばかり、
雑草の間から顔を出して咲く花が有り、
「花の写真を撮るだけ係」の爺さん、
うっかりしていると、見落としてしまいそうだ。

キエビネ、ジエビネも、咲き出して・・・・

 

ジュウニヒトエも、勝手に、あっちこっちで咲いている。

 

手の掛からない多年草は、
季節が来れば、健気に、ちゃんと咲いて、
毎年、爺さんのブログネタにもなってくれる。


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振り返り記事

2025年04月25日 16時47分50秒 | ブログ考

「gooブログ」「記憶力減退の自分のための日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録」、「生きている間の自分の引き出し」と決め込んできた、不常識(ふじょうしき)な爺さん、

10年前の今日、2015年4月15日、何してた?

これまでずっと、そんな風に振り返り、
「へー!、そうだったかなあ?・・・」
等と、懐かしがってきた。

10年前と言えば、今より確実に10歳若かったわけで、
それなりにまだ気力体力も有ったはず、
それが、つい先日のようでもあり、
遠い昔のような、微妙な感覚になる。
10年前の自分を振り返ることが出来るのも、ブログの良さ。
記憶力減退爺さんにとっては、まことに便利で、有難いツールだと思っている。
旧来の紙ペースの日記、日誌等では、もし付けていたとしても、
過去を振り返る等、なかなか難しいことだが、
ブログであれば、クリック、クリックで、
瞬時に見ることが出来る。
アーリガタヤ、アリガタヤ・・♬


振り返り記事
2015年4月25日・「サトイモ植え付け」
👇
こちら


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「不常識的ブログ?」、引っ越して、継承していく気になり・・、

2025年04月25日 09時21分33秒 | ブログ考

去る4月14日に、gooblogから、突然、「サービス終了のお知らせと、そのスケジュール、ブログ引っ越しの手順」等の発表が有り、長年慣れ親しんできた gooblogユーザーには、戸惑いを隠せないところだと思われる。
いち早く、他のブログサービスに引っ越しをされた方、
未だに、どうしようか、決めかねておられる方、
この際、ブログを止めてしまおうかと考える方、等々、
てんやわんや、が、伝わってきている。
いずれにしても、他のブログに引っ越ししない限りは、2025年11月18日に、これまでの「あしあと」が、一瞬にして、完全に消えて無くなってしまうわけで、数百年前に書かれた古文書等は半永久的であるのとは異なり、デジタルの弱み、怖さでもある。

そもそも「ブログ」とは、「不特定多数の他人様に、日々の暮らしや地域の情報を発信したり、写真や絵画、詩、俳句、小説等、日々の作品を発表したり、政治経済社会問題等についての考え等をつぶやいたり、その内容や形式は千差万別であっても、共感、同感を得て、コメント等で交流する場」ではないかと思っている類だが、どうなのだろうか。
そこには、「何らかの形で、人と繋がりたい・・」「出来るだけ多くの人に、読んでもらいたい、見てもらいたい」という思いが込められていたりし、中には、アクセス数を増やすことが、主目的になっているブログも有ったりするが、多分、それが本来のブログの姿、「常識的なブログ」「オーソドックスなブログ」なのだろうという気もしている。

一方で、対面することのない他人同士、何らかの意図を持って、誹謗中傷をしたりする類のブログであったり、他人のブログを無断転載利用したりする類のブログ等も有るようで、それらは、公序良俗からしても、法的な意味合いからしても排除されなければならないブログであり、「非常識的なブログ」と言える。

しかるに、弊ブログは・・・・?、
これまでも何度となく繰り返し、ブログ・カテゴリー「ブログ考」に書き込んできたことだが、開設当初から一貫して、「他人様に発信し、他人様と交流する」という本来のブログの機能、性質を差し置いて、
「ブログ」「記憶力減退爺さんの、自分のための記憶補助ツール」と、決め込んでいるブログであり、それを、独断と偏見、勝手な解釈、字面遊びで、「不常識的?ブログ」だと、呼んできた。
「昨日、今日のことを忘れない内に書き留めておこう」、「過去の記憶の欠片を炙り出して、これまで生きてきたあしあとを、出来る限り書き留めてみよう」等という思いが働いて開設したブログであり、とても「自分史」等という類のものを書く才等無しだが、ブログという媒体を利用させていただき、断片的に書き込んでいけば、「塵も積もれば山となる」で、なんとなく自分史的になるかも知れない・・・等と、勝手に思い込んだものだった。
ということで、弊ブログは、あくまでも、自分向けのものであって、とても他人様にお見せするような代物ではないと思っている。
ただ、公開されてしまうものである以上、それなりに緊張感を伴い、出来る限り誤字脱字に注意したり、体裁を考えたりしてはいる。
・・等と言いながらも、八十路過ぎの爺さんのこと、毎回、誤字脱字が多く、投稿後に気が付き、編集で、訂正、修正を繰り返しているが・・・。

その日その日のことや過去のことを、日記、日誌、雑記録、備忘録、懐古録等として、もしその気になって、旧来のように紙面に書き留め、保管したとしたら、年々膨大な量になり、大変なことになることは目に見えており、それは、いずれゴミと化し、遺された者の手を煩わすことになる。
では、では・・・、ということで、なにもブログでなくても、「PC上で日記を・・・」、という手も有るが、自己管理出来ない人間、気まぐれ、いい加減な性分には、なおざり、おざなり、三日坊主?になることは必至。
その点、ブログは、瞬時に他人様に公開されてしまうものであり、緊張感が違い、ある意味、励みにもなる。気まぐれ、いい加減な性分でも、継続出来るのではないかと自分に言い聞かせたものだったが どうやら、その点は当たっていたようで、未だに続いている。
開設当初に、それ程深く考えたことではなかったが、いつからか、そんな日記、日誌、雑記録、備忘録、懐古録のような書き込み記事を、「ブログ・カテゴリー」に仕訳け、詰め込むようになってきた。そして「ブログ・カテゴリー」「自分が生きている間の引き出し」、「ほぼ無限に詰め込める引き出し」と考え始め、日々、その都度、書き込んだ記事を放り込んでいる。
「塵も積もれば山となる」で、各「引き出し」(ブログ・カテゴリー)に詰まっている記事数も増えてきたが、紙のようにあふれることは無く、邪魔にはならない。
その「引き出し」も、いずれ遺された者が、ブログ解約手続き等すれば、一瞬にして消去、片付いてしまう「引き出し」であり、今の時代、それでいいのではないか・・・等とも思っているところだ。
さらに、昨日のこと、1週間前のこと、1ケ月前のこと、1年前のこと・・・まったく記憶があてにならなくなっている老脳、「ブログ内検索」等で、過去の記事を、瞬時に引き出せるgooブログは、いろいろ確認する時に大いに役立っており、今や、爺さんの強い味方、「記憶補助ツール」として、有難い存在になっているのである。

斯々然々、ほとんど読者を意識していないような弊ブログが、相互フォロワー登録している方々等から、どのように見られているのか等、知る由もないが、自分自身では、「常識的なブログ」からはちょいと外れているが、「非常識的?なブログ」にはなっていないような気がしている。
多分、似たり寄ったりの考え方を持って、ブログを続けておられる方も多いと思っており、「これでいいのだ!・・」と、決め込んでいるところだ。
そんな「不常識的?ブログ」のスタンス、スタイル、姿勢を変えることは無く、続けていきたい一心で、このたび、他のブログへの引っ越しを決めた。
引っ越し先は、Hatena Blog  「たけじいの残日雑記懐古控」だ。
まだまだ、勝手が分からず、もたもたしているが、なんとか、「自分が生きている間の、自分のための引き出し」は、引っ越し出来たようで、少しづつ調整、仕立てていきたいと思っているところだ。

              あと幾年ブログ道連れ老いの坂
              ボケぬ内あしあと辿る爺ブログ
              記憶補助ツールになってる爺ブログ、
              過去現在ブログで辿る最終章、

(ネットから拝借イラスト)

「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」
(藤沢周平著「三屋清左衛門残日録」より)


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ツル有りインゲン、種蒔き、他

2025年04月24日 18時35分55秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

当地、今日は、天気予報通リ、「曇時々晴」だったが、
気温は、25℃超の、「夏日」となったようだ。
昨夜から未明にかけて、弱い雨が降ったようで、地面はしっとり、
畑仕事には最適なコンディション・・・・、
今日、やるっきゃないか・・・・・、
午後になって、やおら重い腰を上げ、
Go To 畑!、と相成った。

(1)ツル有りインゲンの種蒔き、
   先日、草取り(草抜き)した箇所を、耕し、たまご石灰散布、
   牛糞混入、元肥を施し・・・、


(2)ジャガイモの畝の草取り(草抜き)
   そろそろ、芽欠き、追肥、土寄せ、しなくてはならない・・・、
   が、今日は、体力限界、時間切れ、
   次回、することにし・・・、

ネギ・・・・、雑草に埋もれており、
草取り(草抜き)、救出しないといけないが・・・、
次回にすることにして・・・、

先日、種蒔きした、コマツナ、
発芽し始めた。

畑地の真ん中で、雑草と一緒になって蔓延っている、ヤグルマギク、
花が咲き終わるまでは、追放するわけにもいかず・・・。

畑地の隣りの栗林の脇に植樹されている、ブルーベリー、
満開の候

 

畑地の横のお宅の敷地から垂れ下がる、フジ

 

頻繁休憩、ブラブラ、水分補給、
3時間余り掛かってしまい、
足、腰、痛!、痛!
まだまだやること有りだが、今日はここまで・・・、
引き上げてきた。
やれ!、やれ!、


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(ネットから拝借フリーイラストGIF)