たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

穏やかに・・・・行く年来る年

2017年12月31日 16時23分09秒 | 懐かしいあの曲

2017年も あと数時間となってしまいました。
光陰矢の如し、加齢とともに 時が過ぎ行く速さが どんどん加速しているような錯覚さえ覚えてしまう後期高齢者ですが、また1年、なんとか乗り切れたこと、感慨無量です。
ブログ更新、いつまで持続出来るのか、先のことは分りませんが 多分 来年も 気まぐれで、ごちゃ混ぜな 記事を書き込んでいくと思います。
記憶力減退爺さんの 自分のための備忘録、懐古録のような類で お恥ずかしい限りですが もし お目にとまったら ご笑覧下さい。
今年1年間、本当に沢山の方にアクセスしていただいたり コメントいただいたり しました。
爺さん本人が 一番 びっくりポンです。
有難うございました。

静かな音楽を聴きながら 来る年 2018年が 穏やかで 皆様夫々に良き年となりますよう 祈念したいと思います。

ちあきなおみ の 「黄昏のビギン」

 

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正月と百人一首

2017年12月31日 13時27分27秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

昭和20年代から30年代、M男は 北陸の山村で 小学生、中学生だった。
戦後10年近くが経ち 表日本(と 呼ばれていた)では大都市部を中心に 目覚しい発展を遂げていたが 当時 裏日本(と 呼ばれていた)の 特に山間農村部では まだまだ 貧しく粗末な暮らしが続いていたように思う。

11月下旬頃から日本海を渡ってくる冷たい季節風が 容赦なく日本列島の背骨にぶち当たり 大雪をもたらす北陸地方、冬季は ほとんど快晴の日が続くこと等なく 専ら 雪との格闘で 明け暮れたものだったが、その冬季の気候は 経済格差、生活格差をもたらしていた要因でもあったと思う。

車社会以前の話である。
暮していた集落は 交通の便悪く 雪の上をかんじきで踏み固めた1本の道を頼って登校、通勤するような地域、正月を迎えても 初詣はおろか 家族でどこかへ出掛けよう等ということは 皆無だった。M男達にとって 正月三ヶ日は もっぱら おとなしく 家の中で過すものだと思っていたものだ。
それでも 子供たちにとっては 正月は特別、待ち遠しいものだった。

年末には 家族総出で 餅つき、そしてまゆ玉の飾り付け、ただ 雪国ゆえ、年末に大掃除・・は 無かったような気がする。
神棚に上げる榊の小枝を裏山から取ってくる仕事は いつからかM男の役割になっていた。
すっかり正月の準備整えた大晦日、家族揃って炬燵に入り 農協に注文し届けられた木の箱を開け、小さくてすっぱいミカンを喜んで食べたものだ。集落には 青果店も無ければ 雑貨店も無く ミカンは 特別注文の、正月用だったのである。
茶箪笥の上に鎮座?していた中古の真空管ラジオからは 雑音混じりで 年末年始特別番組が聴えていた。 
元日の朝、父親が 普段見せない真剣な顔つきで 神棚に向かって 柏手を打ち、拝礼する姿を見て 身が引き締った気がしたものだ。
三ヶ日、父親は 親戚縁者に新年の挨拶回りに出掛けたりしたが M男等には 三ヶ日だけは 近所の子供の家にも遊びに行くことを禁じられたような気がする。
父親が挨拶回りから帰ってくると 待ってましたとばかり 始めたのは 家族全員でする 百人一首カルタ取りだった。
母親が好きだったことから M男達子供もやるようになったのだろうと思う。
1対1ではなく ランダムにばら撒いた「取り札」を 囲んで取り合う遊びである。



必ず 父親が読み手となることになっていたのだ。百人一首 独特の詠み方は 父親にしか出来なかったからかも知れない。
M男と弟が連合軍で 母親と競ったが 負けず嫌いの母親は 子供にまったく手加減せず バシバシ取って 得意顔していたような気がする。
当時 8畳の茶の間には囲炉裏が有って 冬季間、その囲炉裏は 炭火堀り炬燵になっていたが カルタ取り等やる時は 全員炬燵から出て 寒々しい畳の上でやることになっていた。
茶の間の隅には ヤカンをのせた 炭火の火鉢もひとつ置かれていたが 部屋全体が暖まるというものではなく 冷たくなる手先に息を吹き掛けながら 皆 夢中になっていた。

外は雪、閉ざされた正月、子供達の遊びといったら 百人一首 カルタ取り坊主めくりいろはカルタ取り双六家族合わせ福笑いトランプババ抜き・・位しか 無かったような気がする。

小倉百人一首が、江戸時代初期から カルタとして正月等の遊びになった等 当時は 知る由も無く ただただ 子供の遊びとしか思っていなかったが 毎年繰り返している内に 小学生、中学生のM男でも少しずつ覚えて 得意な歌がいくつか出来ていたように思う。

「いにしえの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂いぬるかな」
「淡路島 かよふ千鳥の鳴く聲に いく夜ねざめぬ すまの関守」
「田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」
「天津風 雲の通路ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ」
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし 月かも」
等々。

M男が 小学生、中学生の頃、もう 60数年前の話である。

 

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2017年 何処に行ったっけ?その2

2017年12月30日 12時14分33秒 | 暮らしの記録

2017年、何処に行ったっけ?その1 の つづきです。

2017年後半(7月~12月)、何処に行ったっけ?

7月17日には 小山田緑地とハス田を 訪ねていました。

8月31日には 富士山南麓の友人の別荘に1泊、周辺を歩いていました。

9月27日、28日には 奥日光湯元温泉に宿泊、戦場ヶ原や切込湖刈込湖を歩いたり、華厳の滝を訪ねたりしていました。

10月27日には ぶらーり高尾山を歩いていました。

11月29日には 小田急世田谷線沿線途中下車、街歩きをしていました。

12月11日には 国分寺はけの道を 歩きました。

いずれも ブログに投稿した写真ですが 今や ブログと写真は 記憶力減退爺さんの脳になり代わって 記憶を蘇らせてくれる 有難い存在になっています。

(おわり)

 

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2017年、何処に行ったっけ?その1

2017年12月30日 11時03分42秒 | 暮らしの記録

いよいよ 年の瀬押し迫り、
新聞、テレビ、その他、あっちこっちで 2017年総集編とか、振り返りとか どんな年でしたかアンケート、インタビューとか・・・。
気力体力減退爺さん、やっぱり あんまり行動しておらず 思い出すのに一苦労です。
記憶力も落ち 半年前、1年前のことも 曖昧になってしまいますが 保存してある写真を眺めると 記憶が蘇ってきます。

2017年前半(1月~6月)、何処に行ったっけ?

新年早々、1月3日には 荏原七福神巡り(初詣を兼ねたウオーキング)をしていました。

1月16日には、高尾山から小仏城山を歩き 霜の花を たくさん見ていました。

2月17日には 格安日帰りバスツアーで 国立西洋美術館、湯島天神、迎賓館赤坂離宮、目黒雅叙園等を 訪ねていました。

3月16日には 山梨県の小倉山に出掛け ザゼンソウの群生を見ていました。

3月28日には 三毳山万葉自然公園かたくりの里を 訪ねていました。

4月29日には 宝生寺の火祭り見物に 出掛けていました。

5月17日、18日は 北陸の実家跡地の管理作業に行く途中 安曇野で道祖神巡りや 鬼無里の奥裾花自然園で 水芭蕉見物をしていました。

6月16日、17日には 赤城山鍋割山等を訪れ 白樺牧場、大沼、赤城神社、覚満淵等を 巡っていました。

いずれも ブログに投稿した写真ですが 写真は 今や 記憶力減退爺さんの脳になり代わって 記憶を蘇らせてくれる 有難い存在になっています。

(つづく)

 

 

 

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東雲(しののめ)に 今日の安寧 願う爺

2017年12月30日 09時09分08秒 | 暮らしの記録

当地 今日の日の出時刻は 6時51分頃でした。
日の出前の東南の空、雲一つ無く 茜色に染まり 凛としていました。
2017年も大詰め、穏やかな年末年始でありますように。

故郷に帰る、海外に出掛ける・・・人達、空の上から どんな思いで 日の出を眺めているんでしょうか。

枯れ木立のシルエット


振り返り記事 「最後の会話」

2017年12月29日 21時16分43秒 | 懐かしいあの曲

gooブログから 丁度1年前に書き込んでいた記事が 届きました。
記憶力減退の爺さん、
「そう言えば・・・・」
記憶が蘇ってきます。
1年前のことだったか・・・・。
すっかり忘れていましたが Youtubeから共有した、フジ子・ヘミング ショパンの「別れの曲」を 聴いたりしたんだっけ・・・。

            2016年12月29日の記事
                    ▼

 
「これから タクシーで 帰ります」「わかりました」

それが 彼が自宅に電話して 彼の奥さんと交わした 最後の会話だったそうです。かれこれ30年来、夫婦でお世話になったり お付き合いいただいている Iさん宅のご主人が 先日 急逝さ......
 

 

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年の暮 メジロは 我が家の 風物詩

2017年12月29日 18時11分37秒 | 鳥・昆虫

毎年 この時期になると やってくるメジロの番、今年も 先日 やってきました。
いつごろから 来始めたのか 記憶定かでありません。
そこで ブログを始める前、10年位前まで 書き込んでいた PC日誌のようなものが 外付けHDに残っており、「メジロ」で検索して見ました。
何件かが ヒットしてきましたが 2005年の1月15日に 書き込んでいたものが 一番古そうなので 引っ張り出してみました。

「毎年 冬になると 我が家の庭に メジロの番がやってくる。11月下旬のこともあるし 12月中旬、下旬のこともある。特に 雪が降ったような朝には 必ず現れる。周辺の山々や雑木林に餌が無くなることで やってくるに違いない。決まって 番でやってくるが 毎年 同じ番なのかどうかは分らない。
「今年も 来たか」と ミカンを半分に割って 木の枝先に設えた餌台に置いてやると 辺りを必要以上に警戒しながら 1羽づつ 交互に 啄ばむ。
啄ばんでいる最中にも 憎たらしいヒヨドリも やってくる。すると メジロは すかさず すぐ傍らのベニカナメのしげみの中に 一時退避し ヒヨドリが飛び去るのを待つのだ。我が物顔に 餌台を占拠し ひとしきり食べたヒヨドリが 物音等で飛び去ると 様子をみながら また 餌台に 近寄ってくる。
そんな情景は 猫の額の我が家の庭の 年の暮の風物詩となっている。
関東地方西部の当地も 一冬に 1回または数回 雪が降ることがあるが 雪景色の中のメジロの姿は また一段と可愛らしく見える。
冬中 癒してくれるメジロであるが 春 3月、4月になると いつのまにか 来なくなる。どこか 他の地に移動してしまうのだろうか。周辺の山々や雑木林に ミカン等より美味しい食べ物が増えるからなのだろうか。もう 10年位前から繰り返されている 我が家の風物詩である」 (2005年1月15日 記)

と 言うことは 20年以上前から やって来ていることになります。

2006年12月3日撮影
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2007年1月20日撮影
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2012年12月2日撮影
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2013年1月13日撮影
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2013年1月26日撮影
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2013年2月13日撮影
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2017年1月27日撮影
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2017年12月26日撮影
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「年の暮 メジロは 我が家の 風物詩」

 


オールディーズ ラテン ナンバー 「テキーラ」

2017年12月28日 20時27分34秒 | 懐かしいあの曲

アメリカのロックンロール・バンドの The Champs(ザ・チャンプス)が 1958年にリリースした ラテン・ナンバー、「Tequila(テキーラ)」
昭和40年代、まだ 独身の頃 日本のラテン系のフルバンドの地方公演も良くあって 足繁く観に行っていましたが ノリの良い「テキーラ」、
良く演奏されていたように思います。
吹奏楽の曲としてもお馴染みの曲。Youtubeから 共有させていただきました。 

The Champs(ザ・チャンプス)の「テキーラ」

Ventures(ベンチャーズ)の「テキーラ」

柏高校吹奏楽部の「テキーラ」

 


穏やかな 年の暮 陽だまり 爺散歩

2017年12月28日 15時36分47秒 | ぶらり街巡り・爺散歩

当地 今日は 寒風吹き荒び 震え上がっていた昨日と比べると  やや穏やかな日となりました。
快晴です。

年の暮、なにかと慌しくは有りますが とりあえずすることも無くなり 午後になってから 少し身体を動かしたく 周辺をぶらーり歩いてきました。

ゆっくり歩いて 1時間半、スマホの歩数計では 約9,000歩でした。
毎日 この程度を歩くことが目標なのですが 気まぐれ、いい加減な爺さん、お題目のまま 今年も終わりそうです。

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泣いても笑っても あと3日、ならば 皆で笑いましょ。

2017年12月28日 11時58分17秒 | 川柳・俳句・短歌・詩

公益社団法人「全国有料老人ホーム協会」が 2001年に 設立20周年を記念してスタートした 「シルバー川柳」の募集と入選作品発表、毎年楽しみにしている一人なんです。
今年も9月に 第17回目の入選作品が発表され 当ブログでもご紹介させていただきましたが 過去の入選作品も 順次ご紹介しているところです。
今回は 2007年9月に発表された 「第7回シルバー川柳」入選作品(全20作品)の中から 抜粋してご紹介させていただきます。
いずれも傑作揃い、作者夫々の閃き、ユーモアセンスが溢れており 吹き出してしまったり 思わず 膝を打って納得してしまいます。

今年も1年間、あれやこれやいろいろ有りましたが 泣いても笑っても あと3日となりました。
一笑いして 心穏やかに 新年を迎えたいものです。

尚 「シルバー川柳」入選作品を 当ブログ上でご紹介することにつきましては 公益社団法人「全国有料老人ホーム協会」様のご承認を得ております。

過去のシルバー川柳入選作品 その7

「その昔 惚れた顔かと? 目をこすり」
(お互いに・・・・・)

「転んでは 泣いてた子が言う 転ぶなよ」
(足元覚束なくなり 子供に 子供扱い?され・・・・)

「一日が 長くて 一年 矢の如し」
(時間がたっぷり有りそうで あっと言う間に 一年が過ぎ去ってしまいます)

「無病では 話題に困る 老人会」
(寄ると触ると 病気、病院の話・・・・、分ります)

「優先席 座って 行き先 山歩き」
(最近は 元気な登山姿の高齢者も多し、でも 優先席に?)

「万歩計 歩数のびるが 距離のびず」
(歩幅が小さくなって、しかも 直ぐ疲れる?)

「驚いた (惚)ホれる と (惚)ボけるは 同じ文字」
(エッ! あ! 本当だ。目から鱗です)

「いたわりも 耳が遠くて どなり声」
(よそ様には 喧嘩しているように見えますけど 本当は 労わっているのでございます。はい。・・・)

 

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