たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

久し振りの山歩き

2019年11月07日 19時00分58秒 | 山歩記

当地 今日も 絶好の行楽日和だった。
義姉と一緒に 1泊で浜松に出掛ける妻を 朝 最寄りの駅に送った後、さて どうしようか。
家に閉じ籠っているには 勿体無い?ような天気、
しばらく 山歩きしていないし、
気力体力減退爺さん、
果たして歩けるのかどうか、足試し、足慣らしのつもりで
高尾山周辺でも歩いてみるか・・・、
とりあえず電車に乗ってJR高尾駅へ、
さあ、どこにしようか?
まだ 決めかねていたが、
やっぱり 小仏行きバスに乗り込んでしまい、
バスの中で決めて 日影バス停で下車した。
ところが 日影沢林道入口には 「人車通行止」の看板が立てられており、
エッ!「日影沢林道」も、「北東尾根コース」も、「いろはの森コース」も 通行止?
先日の台風19号で いたるところ 林道損壊、土砂崩れ、倒木等の被害が有り、
復旧の見通しが立っていない様子だ。
いったい、どんな状態なのだろうか。
先行する男性が有り、後を追うように 辿ってみることにした。

酷い、無残、

  

とても 一般のハイカー、観光客は 通行は出来ない。危険だ。

  

「北東尾根コース」への入口付近の日影沢は 深く抉られていて沢を渡れない状態になっている。
「いろはの森コース」方面には 工事車両が入っていて やはり通行出来ないようだ。
そのまま 「日影沢林道」を 進んでみることにした。
林道が寸断され 山側を迂回する箇所も有る。
倒木、流木が 林道を塞いでいる箇所も有る。
土砂崩れで 道路が埋まっている箇所も有る。
道路が陥没し とても林道に見えない箇所も有る。
復旧には かなり時間が掛かりそうだ。

最大限の注意を払いながら 1時間30分かけてゆっくり進み 小仏城山山頂に至ったが 
小仏城山山頂の下にも やはり 「通行止」のロープが張られていた。

★「日影沢林道は 11月7日現在 通行止めです (多分 当分の間)」★

小仏城山山頂(標高 670m)、

紅葉には まだ少し早い時期だ、
茶店は 営業しておらず 閑散としていた。

一丁平

もみじ台
営業していた茶店 細田屋で 休憩、

名物 なめこ汁

わずかな時間に 富士山山頂付近は 雲に覆われて・・・。

高尾山山頂(標高 599m)
毎度のこと 高尾山山頂は ハイカー、観光客(特に外国人)がいっぱいだ。
そそくさと 通過したくなる。 

高尾山は まだまだ 紅葉最盛期ではないが 色付いていた山頂付近のモミジ。

  

高尾山山頂からは もっとも静かなコース、稲荷山コースを下ることにした。

途中 左側6号路に下る登山道が有るが 「通行止」となっていた。
6号路は沢沿いのコース、やはり 台風19号による被害大だったのではないかと思われる。


稲荷山

東京都心、スカイツリー 遠望

高尾山ケーブルカー清滝駅前

日影バス停→(日影沢林道)→小仏城山山頂→一丁平→もみじ台→高尾山山頂→(稲荷山コース)→京王高尾山口駅
歩行時間=約4時間、歩数=約24,000歩、
下山路稲荷山コース最後の階段では 膝が笑い出し、腿も攣る寸前な感じだったが 
なんとか歩けて
一人 ご満悦、一杯のビール(格安缶ビールだが)で いい気分になっているところだ。


古い写真から蘇る山の思い出 その53 「奥多摩・高水三山」

2019年10月19日 09時35分24秒 | 山歩記

かれこれ31年前、1988年(昭和63年)6月に 家族4人で 奥多摩の高水三山ハイキングに出掛けた。
ほとんど記憶曖昧になっているが バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)で撮った数枚の写真が残っており、写真を見ると 当時のことが思い出される。

その頃までも 長男、次男が 保育園児、小学生になった頃から、時々は 家族で高尾山周辺をハイキングする等はしていたが 
あくまでも 休日行楽の延長程度、「山歩き」、「登山」等とは 無縁の暮らしだった。
ところが その頃になって急に 「山歩き」、「登山」等に 興味関心を持ち始めて、山情報雑誌等も見るようになったような気がする。
高水三山ハイキングも 多分 何らかの情報に目が留まって 出掛けたのだと思う。
しかし 写真を見る限り、まだまだ 山用の靴やザック、雨具等の装備を揃える余裕等無い暮らしだったことが分かる。

高水三山とは 高水山(たかみずやま)、岩茸石山(いわたけいしやま)、惣岳山(そうがくやま)の総称。
いずれも 標高1,000mにも満たない低山ながら、一山一山を越えていく小さな周回縦走が出来ることから人気が高い。
高水山には常福院、惣岳山には青渭神社があり 古くから信仰の山としても親しまれている。

JR青梅線、軍畑(いくさばた)駅を起点に、軍畑駅に戻るコースを歩いたようだ。


重要文化財指定の常福院本堂、


 
高水山山頂(標高 759m)

岩茸石山山頂 (標高 793.3m)

惣岳山山頂 (標高 756m)

惣岳山山頂からは JR青梅線御嶽駅方面へのコースが一般的だが
どういう訳か ヤナクボ沢コース?を辿り 軍畑駅方面へのコースを辿ったようだ。

その年の8月には やはり家族4人で 初めて木曽駒ヶ岳に登り、翌年には 白馬岳に登っている。
以後 毎年夏休みには 家族で北アルプス等に出掛けるという暮らしが 何年か続いたが、
息子達が巣立ってからは 夫婦だけで ボチボチ、山を楽しんできたような気がする。


7年前の乗鞍岳

2019年08月14日 14時05分10秒 | 山歩記

数多の山好きブログフォロワー様の記事から 
夏山!ヤッホー!が 聞えてくるようです。
体力、気力、減退し 最早 遠い思い出の山になっている幾多の名峰の
写真や高山植物の写真を見せていただきながら、
懐かしがっているところです。

7年前の2012年7月に 
旧い先輩友人I氏と二人で 乗鞍岳を訪れたことが有りました。
共に 健康不安を抱え、体力にも問題有りの高齢者とて、
乗鞍高原の宿で1泊した、ゆっくりのんびりのおいらく山行でしたが、
天候に恵まれ 沢山の高山植物にも出会え、 
大満足の山旅でした。
毎度のことながら、コンデジでやたら撮った写真は 自分用のアルバムのつもりで
数年後に、デジブックしています。
せっかく作って有るデジブック、
たまには 開いてみないと意味無いんじゃない・・・、
クリック、クリック・・、
改めて 懐かしがって見たところです。

お時間お有りの方には ご笑覧下さい。

デジブック 「追想山旅 花の乗鞍岳」 → こちら

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木曽の御嶽山

2019年08月12日 17時07分08秒 | 山歩記

先日 相互ブログフォロワー登録している延岡の山歩きKさんのブログ拝見していて
御嶽山山行記事が 目が止まりました。
2014年9月27日に突然噴火を起こし、火口付近に居合わせた多くの登山者が死傷し、
戦後最悪の噴火災害になってしまったこと、
まだまだ記憶に新しいですが 
5年後のこんにち、山頂まで行けるようになっているんですね。
実は 噴火発生の1年前の2013年7月に 初めて御嶽山を訪れていたこともあり 
噴火発生時は 他人事ならず 戦慄と驚愕を覚えたものでした。
しばらくは 写真を整理したり、楽しむ気にもなれませんでしたが 
やっと 今日 自分用のアルバムのつもりで デジブックにしてみました。
コンデジでやたら撮った拙劣写真ばかりですが お時間お有りの方にはご笑覧下さい。

デジブック 「追想山旅 木曽の御嶽山」 → こちら

 

「木曽の御嶽山は 夏でも寒い・・・」と 民謡「木曽節」でも歌われている 御嶽山、
北アルプスや中央アルプス等の集団から やや離れた位置で 
悠然と孤立、重量感有る 堂々たる山容は 
遠く 富士山や南アルプス、白山等からも 「あれは 御嶽・・」と 一目で分る存在です。
山頂部には 最高峰の剣ケ峰をはじめ、継母岳、摩利支天、継子岳等のピークが有り 
その間には 一ノ池から五ノ池まで 火口湖も有って 変化に富み 
かつ広大で、遠方からは それらが一つの大きな山頂となって見えるため 
堂々たる山容になっています。
長年 1度は訪ねたいと思いながら実現しませんでしたが 
今から6年前に 思い切って訪ねたのでした。
体力気力減退、もう二度と訪れること叶わない山となり
「あの時行っててよかった」とつくづく思っているところです。

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山の日に 山の思い出 次々と

2019年08月11日 20時42分49秒 | 山歩記

先日 相互ブログフォロワー登録しているsobanohana2000様の
餓鬼岳山行の記事が目に止まり、思わず懐かしくなり コメントさせていただきましたが
「餓鬼岳」
実は 今から19年前の2000年8月に 
やはり 妻と次男と三人で 合戦尾根から燕岳、そして餓鬼岳を歩いていました。
当時は バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)しか持っておらず、
撮った写真はプリントしてアルバムに貼ってありましたが、
つい最近になって スキャナーで取り込み 
自分用のアルバムのつもりで デジブックにしてあるんです。
今日は 「山の日」です。
昔のことを懐かしがるのは 老人の最も老人たるところだと自嘲しながら
せっかく作って有るデジブック、
クリック、クリック、
改めてまた 見たところです。
お時間お有りの方には ご笑覧下さい。

デジブック 「追想山旅 燕岳・餓鬼岳」 → こちら

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ご来光

2019年08月11日 15時15分22秒 | 山歩記

当地 今日も 最高気温 34度~35度位だったようですが、 
やや風が有り 家の中にいる限り、
窓を開け放ち 扇風機で空気を流通させるだけで
体感的には なんとか凌げる暑さでした。
午前中は 野暮用で出掛けていましたが、
午後は ゆっくりしています。
8月11日(日)
お盆休みで帰省、海へ、山へ 交通渋滞?、
猛暑酷暑の中、皆さん大変なことだと思われますが、
特に出掛ける予定も無しの老夫婦、
静かなものです。
国民の祝日「山の日」、「夏山が呼んでいる」等と言われても
気力体力減退では 重い腰も上がりません。
古い山情報雑誌を眺めてみたり 古い写真を眺めたりし 
懐かしがる位しか出来ませんが、
先程 あるテレビの番組で 「ご来光」の映像を見て、
急に 7年前 2012年8月に訪れた白山のご来光の写真が思い浮かび
せっかく作って有るデジブック、
クリック、クリック、
改めて 見ていたところです。
平地で見る日の出と 日の出には変わらないはずですが 
「ご来光」には 思わず拝んでしまうような敬虔な気持ちにさせられ、 
その瞬間を忘れることは無いのだと思います。
お時間お有りの方には ご笑覧下さい。
デジブック 「追想山旅 霊峰白山」 → こちら


古い写真から蘇る山の思い出 その52 「初めての甲斐駒・仙丈」

2019年07月22日 15時01分50秒 | 山歩記

7月も下旬、例年ならば 海や山が賑わっている時期のはずですが 
今年は まだまだ 梅雨真っ盛り、
九州地方等では 記録的大雨が続いており
盛夏は お預け状態。
週間天気予報では、今週中頃から、全国的に晴マークが多くなっており 
そろそろ 梅雨明け近しなんでしょうか。

夏が来れば思い出す・・・♪、
海派? 山派? と問われれば わが家は 山派。
40代~50代の頃 時間的経済的余裕等さらさら無い自営業をするかたわら、
せめて 毎年1回、夏には 家族でどこかの山に登ろう・・・、等と決め
出来る限り都合を付けて、続けていたことが有りました。

かなり体力的にも時間的にも余裕の無いハードな計画を立てては 無茶な登山をしていたものだと
思っていますが、
今となっては 二度と 訪れること叶わない山々、
やっぱり そのときどき 思い切って行ってて良かった・・
と つくづく思う今日この頃になっています。

今から28年前、1991年8月17日(土)、18日(日)に 妻と次男と 3人で (長男は受検勉強中で不参加) 
初めて 甲斐駒ケ岳・仙丈岳に トライした時の写真も アルバムに残っています。
バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)で撮った拙劣紙焼き写真ばかりですが スキャナーで取り込んでみました。
昔のことを懐かしがるのは老人の最も老人たるところと 自嘲しながらも 久し振りに 写真とメモから記憶を辿ってみます。

8月17日(土)、
夜明け前に自宅を出発、中央自動車道利用し、芦安村から南アルプス林道、夜叉神トンネル経由で 広河原の駐車場に到着したのは 午前8時頃だったようです。
現在 南アルプス林道は 通年マイカー規制ですが 当時は 広河原まで 乗り入れ出来た時代で、無料駐車場は 満車状態でした。
広河原発、北沢峠行き リムジンバス(芦安村営バス)の始発は 午前9時、
待機中に 軽い朝食をとり 長蛇の列に並んだような気がします。

超満員の村営バスは 南アルプス林道を ぐんぐん高度を上げて行き 標高 2,032mの北沢峠には 9時30分頃到着したようです。

おりしも 猛暑酷暑の日でした。
北沢峠 9時30分頃出発で 甲斐駒ヶ岳ピストンは 体力的、時間的にちょっと厳しいことは分っていましたが、
中途で無理な場合は 引き返すことにし 仙水峠へ向かったのでした。

猛烈な暑さでバテバテ、

仙水峠

仙水峠から駒津峰へは急登、ジリジリ太陽に照り付けられて 大汗、体力消耗、

右方に 甲斐駒ヶ岳山頂、摩利支天を眺めながら、気ははやるものの ペースダウン、

13時30分頃 やっとの思いで 駒津峰(標高 2,752m)に到着。

眼前に甲斐駒ヶ岳の雄姿、
無理すれば・・・・・、

大休憩後 いったん甲斐駒に向かいましたが・・・、途中で、
下山と 翌日の仙丈のことを考えて 登頂を断念、
無理をせず・・・、引き返しました。

14時30分頃 駒津峰に戻り 双児山方面へ下山開始です。
双児山(標高 2,649m)

南方に 翌日登る予定の仙丈岳(標高 3,032.7m)

宿泊先の 北沢長衛小屋に入ったのは 16時30分頃だったようです。

北沢長衛小屋前には キャンプ指定地が有り、深夜まで騒がしく 睡眠の妨げになり 睡眠不足、
翌日の体調不良、仙丈岳登頂断念に繋がってしまいました。

8月18日(日)、
この日も猛暑酷暑だったようです。
午前6時30分頃 北沢長衛小屋を出発、仙丈岳へ向いました。

藪沢分岐

10時頃 小仙丈岳(標高 2,855m)に到着。

北岳、間ノ岳、農鳥岳の峰々

360度 大展望を満喫、

「南アルプスの女王」等と呼ばれる仙丈岳の山頂方面・小仙丈岳カールを望む

大休憩後、
睡眠不足、疲労、体調不良も有り 予定した仙丈岳山頂ピストンを断念し 北沢峠に引き返すことにしました。
当時 北沢峠発 広河原行き 村営バスの最終発車時刻は 15時だったのです。
それに間に合わせるためには 時間的にも 仕方無かったのでした。

無事 広河原に戻りましたが、
中途半端だった 甲斐駒ケ岳、仙丈岳、
必ず また来るぞ と 誓って 帰路についたのでした。

広河原

そして それから8年後の1999年に 再び三人でトライして 
甲斐駒ヶ岳山頂、仙丈岳山頂に立つことが出来 夢が叶ったのでした。
→ 古い写真から蘇る山の思い出 その12 甲斐駒ケ岳・仙丈岳

 

 

 

 

 

 

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相模湖嵐山とさがみ湖温泉うるり

2019年04月07日 18時23分21秒 | 山歩記

10数年前まで水泳教室で一緒だったことから その後も付き合いが続いている友人S氏から 
お互い体調イマイチながら 足慣らしを兼ねて近くの低山を歩き 温泉で懇親しませんかとの誘いがありました。
そろそろ 春の山を歩きたくなる季節、渡りに船でもあり
今日、S氏とその友人等5人で 相模湖嵐山・さがみ湖温泉うるりに行ってきました。
午前8時30分 JR中央線相模湖駅に集合、
嵐山入口→嵐山山頂→さがみ湖温泉うるり(入浴・昼食)→渡し船乗り場→渡し船→県立相模湖公園船着場→JR中央線相模湖駅、
時間たっぷり、ゆっくり、のんびりの山歩きでした。

嵐山入口、
東海自然歩道を進みます。

  

嵐山山頂(標高 405.9m)、
相模湖と相模湖町が見渡せます。
神奈川景勝50選にも選定されているようです。



山頂には 戦国時代の烽火(のろし)台跡と 小さな神社・産霊宮水上神社が有ります。

  

 

  

さくら祭り開催中のさがみ湖リゾート・プレジャーフォレスト
駐車場は ほぼ満車状態のようでした。

さがみ湖プレジャーフォレスト内にある日帰り温泉施設
さがみ湖うるりに入館、
入浴後、昼食を兼ねた反省会?(飲み会)、

ゆっくり長居して 疲れをとり、ほろ酔い気分で さがみ湖温泉うるりを出て
相模湖畔の渡し船乗り場へ・・・・、

ドラム缶叩くと対岸にある「みの石キャンプ場」から船が来ます。

  

相模湖プレジャーフォレスト前のバス停から バスでJR中央線相模湖駅に戻ることも可能ですが
渡し船で 県立相模湖公園船着場まで戻ることになり・・・、
(8人乗り渡し舟、料金 一人 600円)
渡し船で 相模湖を渡る10数分も なかなか趣があるものです。
午前中歩いた嵐山を 湖上から眺めながら・・・、

県立相模湖公園船着場からJR中央線相模湖駅までは 湖畔から急な登り坂もありますが やはり10数分で辿り着きます。
お天気下り坂の予報が出ていましたが 幸い 終日 暑くも無し、寒くも無し、
久し振り、気持ちの良い山歩きが出来ました。

嵐山・東海自然歩道コース → こちら
さがみ湖温泉うるりホームページ → こちら

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古い写真から蘇る山の思い出 その51 「奥秩父金峰山」

2019年02月24日 16時36分32秒 | 山歩記

かれこれ15年前、2004年7月に 夫婦で訪ねた 奥秩父 金峰山・朝日岳・国師ケ岳・北奥千丈岳の写真が貼ってある古いアルバムが有ります。
昔のことを懐かしがるのは 老人の最も老人たるところと自嘲しながらも 久し振りにアルバムを引っ張り出して記憶を辿っているところです。
拙劣記録的写真ばかりですが この際 デジブックにしてみました。
お時間お有りの方には ご笑覧下さい。

デジブック → 「追想山旅奥秩父金峰山」

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古い写真から蘇る山の思い出 その50 「富士山」

2019年01月14日 11時07分24秒 | 山歩記

もう50年以上前になる 1968年(昭和43年)7月に 当時の勤務先の仲間と登った富士山の写真が 古いアルバムに貼って有ります。
昔のことを懐かしがるのは 老人の最も老人たるところと自嘲しながらも 写真を見ながら記憶を辿ってみました。 
しかし 記録的なもの(メモ等)が全く残っておらず、どこから登り、どこに下山したのかすら 思い出せません。
若き日の仲間達の顔、顔、顔、
結局 最初で最後の富士山登山となってしまいましたが 青春のひとこまだったような気がします。
すでに 色褪せ気味の写真を スキャナーで取り込み デジブックにしてみました。

デジブック 「懐かしき富士山登山」 → こちら