たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

読めない書けない難漢字 No.19

2020年02月23日 09時47分01秒 | うんちく・小ネタ

時代小説等を読んでいると 現在ほとんどお目にかかることのない難しい漢字が頻繁に登場する。とても読めないし、書けない漢字、なんとか読めるけど、書けそうもない漢字、等々。
ひらがなや現代風な表現にしてしまっては、時代小説本来の味が薄らいでしまうことになり、語彙力豊富な作家には 極く当然のことである。
とても 読めそうにない漢字には たいがい ふりがながふられており 不勉強な爺さんでも、すーっと読み進められるが とっさに その漢字を書いてみろ、読んでみろ と言われると ???となってしまうような漢字も多々有り、上げたら切りがない。
先日読んでいた時代小説の中で 子供の頃 農作業の手伝いや 魚捕り、山菜採り等で よく使っていた物の名前が 漢字で登場していて 懐かしくなってしまった。

読み

「びく」

釣り等でとった魚を入れておく器。

子供の頃 使っていた魚籠は 
腰紐で腰に装着し 
野菜の種蒔きの時等にも使ったりしたような気がする。
「ビク」「ビク」と呼んでいたが
漢字までは 知らなかった・

ネットから拝借

 

 

 

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三連休???、えっ!、あっ!、そうか。

2020年02月22日 21時53分02秒 | スイミング

カレンダーや手帳を真剣に見ることが無くなって久しく、曜日の感覚も無くなりつつある後期高齢者、特に「国民の祝日」。これまでも祝日法の改定とやらでコロコロ変わり、未だに一瞬、???になってしまうことが多かったが、昨年5月に令和天皇が即位、「天皇誕生日」が 12月23日から 2月23日に変わったことを、すっかり忘れていたようだ。
2月23日が日曜日のため、2月24日(月)が 振替休日。それで 三連休・・・、
納得である。
もっとも、世の中、三連休でも ほとんど「そんなの関係無ーい」の類ではあるのだが。

当地 今日は 昨日の好天とは打って変わって 
未明から雨が降ったようで地面が濡れていた。
日中は なんとか雨は上がって曇天だったが、 
夕方から 再び雨となり 
明日にかけてかなりまとまった雨になりそうだ。
今日は1日中家から出ず、
スマホの歩数計も 600歩止まり、
イカン!、イカン!
やおら 重い腰を上げ、
19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスンに出席し
先程 帰宅したところだ。
今日は O指導員による平泳ぎ中心レッスン
毎度、基本、基本の繰り返しだが、
特に ストローク、手の掻き方、手の位置、
スカーリングの練習を繰り返し、チェックされた。
例によって、レッスン終了後も 居残り
疲れを知らないベテラン女性陣の後ろにくっついて 
クロール 50m×10本、
なんとか泳ぎ切って、引き上げてきた。
泳いで帰った後の遅い夕食、
程良い疲労感とそれなりのすっきり感、
1杯のビールで いい気分になっているところだ。

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下河原緑道と郷土の森公園 その3

2020年02月22日 10時16分51秒 | ぶらり街巡り・爺散歩

約13万㎡の広大な敷地の郷土の森公園は、自然、歴史、文化、プラネタリウム、江戸後期~昭和初期の復元建物、4つを集約した総合博物館として、全体が「府中市郷土の森博物館」と称され、芝生や 滝、池、小川等の水辺も有り、四季を通じて絶好の憩いの場にもなっているようだ。懐かしい風景が随所に見られ、その風情から郷愁に駆られる。

春の小川

水車小屋、
かって武蔵野で多く見られたという腰掛け式水車。

竹藪、
孟宗竹(もうそうたけ)

蝋梅(ろうばい)
クスノキ目、ロウバイ科、ロウバイ属、

ハケの農家、旧越智家住宅

旧三岡家長屋門と紅千鳥(べにちどり)

臥龍梅(がりゅうばい)
豊臣秀吉の朝鮮出兵に従った伊達政宗が、
朝鮮から持ち帰ってこよなく愛したと言われている梅。

白加賀(しろかが)、一重、野梅系、

白加賀枝垂(しろかがしだれ)、一重、野梅系、

明治21年完成の蔵造り商家、旧島田家住宅、

花香実(はなかみ)、八重、淡紅、野梅系、


最後に「博物館本館」の展示室を見学し 往路下河原緑道を歩き、分倍河原駅へ。
馴れておらず、鬱陶しいこと限りなしのマスクを掛けて・・・、
スマホの歩数計で 約15,000歩。

(おわり)

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下河原緑道と郷土の森公園 その2

2020年02月22日 09時17分54秒 | ぶらり街巡り・爺散歩

梅まつり開催中の「府中市郷土の森博物館」出入口
一般入場料 大人 300円、子供 150円

大宰府天満宮から贈られた紅白の梅をはじめ、約60種、1,100本の梅が、広い園内の随所で咲き誇っており、陽光の下、そぞろ歩きが心地よかった。
コンデジで やたらカシャカシャ撮った写真、まだまだ有り・・・・。

(つづく)

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デジブックを見る その26 「ネモフィラの丘」

2020年02月21日 19時38分16秒 | 旅行記

数年前に初めて知り利用してきた「みんなのデジブック広場」は まもなく全サービスを終了するという。見様見真似でせっかく作ったデジブックではあるが、改めて見る、なんてこともほとんど無いまま、消えて無くなってしまうことになりそうだ。消えて無くなる前に、見納めのつもりで、ボチボチ見ておこう等と思っているところだ。

「その内いつか・・・」等と言ってられない歳になってしまい、思い切って旅行会社の格安ツアー等に申し込んで、ささやかな旅をし始めたのは いつ頃からだったか 記憶曖昧になっているが、今からもう7年前、2013年4月30日に やはり 旅行会社の格安日帰りバスツアーで 「国営ひたち海浜公園」を 訪れたことが有った。
自宅を早朝出発、深夜帰宅、訪れた先々の滞在時間も短く、慌ただしく観光地を駆け回り、草臥れ果てた旅だったことが思い出される。
「国営ひたち海浜公園」のお目当ては ネモフィラだったが、生憎の曇天、コンデジでやたら撮った、冴えない写真ばかりだったが デジブックにしてある。

デジブック「ネモフィラの丘」 → こちら

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下河原緑道と郷土の森公園 その1

2020年02月21日 16時04分36秒 | ぶらり街巡り・爺散歩

なんだかんだ言ってる内に もう2月下旬。
時の過行く速さには 愕然としてしまう。
当地 今日は すっかり春うららの陽気となっている。
このところ あまり出歩いていなかったこともあり、
久し振りに ちょこっと出掛けてみたい気分になり、
さーて どこへ行こ?
ウオーキングを兼ねて 梅まつり見物をしてこようということで、
東京都府中市の「郷土の森公園」まで行ってきた。

JR南武線と京王線の接続駅「分倍河原駅」で下車、 
気持ち良い「下河原緑道」を歩き 「郷土の森公園」へ。

駅前ロータリーに立つ新田義貞公像、
鎌倉幕府打倒へ兵を挙げ 多摩川を挟んで この地、分倍河原で幕府軍と幾度か戦闘を交えた新田義貞、遂に幕府軍を敗走に追い込んだという。分倍河原の戦い。

「郷土の森公園」まで まっすく伸びる自転車と歩行者専用道路「下河原緑道」

「府中市郷土の森公園」に到着。分倍河原駅から徒歩約20分(往復約40分)

(つづく)

 

 

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「レッツ・ゲット・トゥギャザー(Let's Get Together)」

2020年02月20日 14時03分15秒 | 懐かしいあの曲

つい数年前まで自営業を続けていた爺さんである。長年、ビジネスもプライベートも混ぜこぜ、時間的余裕も精神的余裕も無かった等とは 言い訳けになるが、とにかくしっかり小説等を読破する習慣等まるで無いまま、年をとってしまったように思っている。
自ら小説等書籍を買い求めることもちろん無かったし、図書館等に足を向けること等皆無だった。
仕事を完全にやめてからのことであるが、ある時、相互ブログ読者登録しているある方から ブログのコメントで、ある小説を薦められたことがあった。それまで他人様から小説等を薦められたことも無かったように思う。その気になり 早速読書に掛かったが やはり最初の頃は難行苦行、1冊読み終えるのに 大変なエネルギーを費やした気がした。
ただ それをきっかけにして、次第に次々と読みたくなる本が見え出してきて 図書館にも通うようになり 自分のペースも分かり出したような気がしている。
時間だけはたっぷり有り、限り無く出費を抑えなければならない国民年金頼りの後期高齢者にとっては 図書館の本をちょこちょこ借りて読む暮らしは 最適かも知れない等と最近は思うようになっている。今のところ、とりあえず、肩の凝らない時代小説等に 凝っているのだが・・・。

1冊読んでは 一息入れて・・・、
ふっと思い出した曲、「レッツ・ゲット・トゥギャザー」
若い頃 やはりラジオ等からよく流れてきていたような気がする。
今更になって ネット等で調べてみると、
「レッツ・ゲット・トゥギャザー(Let's Get Together)」は 
元々は エーリッヒ・ケストナーの児童文学「ふたりのロッテ」を原作とした 1961年(昭和36年)公開のアメリカ映画「罠にかかったパパとママ」の挿入歌だった。映画を観た記憶は無い。歌っているのは 出演者の一人(二役)、ヘイリー・ミルズ(Hayley Mills)。
日本では 伊藤照子、伊藤ゆかり等が カバーしている。

ヘイリー・ミルズの「レッツ・ゲット・トゥギャザー」(YouTubeから共有)

伊藤照子の「レッツ・ゲット・トゲザー」(YouTubeから共有)

あの頃 君は若かった ♪
覚えているかい!、懐かしのオールデーズ、
あの日あの頃耳傾けたポップスサウンドを!

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平岩弓枝著 御宿かわせみ14 「神かくし」

2020年02月20日 08時30分58秒 | 読書記

図書館から借りていた 平岩弓枝著 長編時代小説 「御宿かわせみシリーズ」第14弾目の作品「神かくし」(文春文庫)を 読み終えた。
本書には 表題の「神かくし」の他、「梅若塚に雨が降る」、「みずすまし」「天下祭の夜」、「目黒川の蛍」、「六阿弥陀道しるべ」、「時雨降る夜」、「麻生家の正月」の 連作短編8篇が収録されている。
「御宿かわせみシリーズ」は 全34巻に及び、その後に「新・御宿かわせみシリーズ」へと連なる超長編小説であるが ほぼ1話完結連作短編構成になっているので、記憶力の無い爺さんでも はい、次・・、はい、次・・と、比較的読み進め易い小説だと思っている。
にも拘わらず 読んでも読んでも そのそばから直ぐ忘れてしまい 読んだことのある本を うっかりまた借りてきてしまう等の失敗をする爺さん。そんな失敗を繰り返したくなくて、記憶出来ない老脳の記憶補助のため 忘れない内にブログに書き留めることにしているのである。

平岩弓枝著 御宿かわせみ14 「神かくし」

「梅若塚に雨が降る」
江戸で大火が続いた年、大川端の小さな旅籠の女主人るいは女頭のお吉を共にして 向島へ出掛ける。火事で焼け出された知人が避難している隅田村の隠居所へ見舞うためだった。その帰り道、木母寺で梅若塚を詣でる。「尋ねきて問わば答えよ都鳥、隅田川原の露ときえぬと」の一首を残して世を去った梅若丸の塚だった。そこでるいとお吉は若い夫婦と赤ん坊に出会うのだが・・、富沢町の近江屋では焼け残った商売倉が有り、売り出し大盛況、4~5千両?が倉に。火事場泥棒、盗賊の狙い目。手代清二郎は?、女房おふねは?

「みずすまし」
るいの亡父庄司源左衛門と同じ定廻り同心だった柴田左門の娘お与里が毎日のようにかわせみにやってくるという。嫁ぎ先佐伯家から 子供が出来なかったこと、他の女に男子が誕生したことで 離縁されたという。目黒不動尊の門前町、代官所の支配地目黒村、市兵衛の離れに住んでいるおたま、間男の正体は?、離縁の原因となった女を陥れようとしたかりそめの色事が・・・、

「天下祭の夜」
かわせみに上州桐生の絹商丸屋の主人清左衛門他3人が到着、その一人政吉が上がり框で顔色を変えるところから物語が始まっている。江戸の二大祭、山王祭、神田祭、大店から招待、接待を受ける田舎者で 旅籠はどこも満室。喧嘩、掏摸、迷子、怪我、落とし物・・・、源三郎、長助等、町方は警備で大忙し。無宿人金助を見かけるが・・・。麻生家から祭り見物招待券をもらった東吾るいは かわせみの宿泊客羽鳥屋の夫婦弥三郎およねと同じ桟敷で接待を受けたが、およねが行方不明に。
東吾「かわせみをやめるとしたら、えらいことなんだろうな」、兄通之進の心積もりでは 
「来年早々に祝言を挙げ、兄と共に奉行所に見習いとして出仕、兄が隠居、東吾が家督を継ぎ与力となる」・・いよいよ現実味が増してきて るいは幸せ感と寂寥感を抱く。

「目黒川の蛍」
7月18日 東吾の幼馴染で定廻り同心畝源三郎の長男源太郎の初誕生日に、東吾、るい、宗太郎、七重夫婦、長助が祝いに集った。嘉助が眼が悪くなっている話から 越後直江津、春日山の近くの五智如来願掛けの話に展開する。嘉助は 品川の眼医者養眼堂で眼鏡を作ることになるが。東吾は 狸穴の方月館の松浦方斎の共で蛍見物と句会のため名主庄左衛門の屋敷を訪ねるが 目黒川の岸辺で蛍狩り中 愚痴っぽい二人の女の話声を聞く。眼が悪いおとしおたね母娘だった。信濃屋のおすえ、品川の木綿問屋で働いているという芳之助が 線上に浮かび上がってくる。

「六阿弥陀道しるべ」
八八幡詣(ややはたもうで)・・深川の富岡八幡、市ヶ谷の八幡、高田村の穴八幡、青梅街道の大宮八幡、千駄ヶ谷八幡、渋谷八幡、稗田八幡、西の窪八幡(十里)
六阿弥陀詣(ろくあみだもうで)、亀戸村の常光寺、西新井村の延命寺、西福寺、西ヶ原の無量寺、田端村の与楽寺、下谷の長福寺、(日本橋から往復7里33丁)
「・・・、昨今は 六阿弥陀詣でのほうが 人気のようで・・・」、深川の蕎麦屋長寿庵の長助は ぼんの窪に手をやる
母親と弟富次郎、妹おたかを養っていた白木屋の大番頭今村治兵衛は退勤し、300両もの大金を持って行方不明に・・。源三郎に協力し、東吾も 真相究明、探索に乗り出すが、

「時雨降る夜」
茶の湯宗匠寂々斎月楓の古稀を祝う茶会の裏方(水屋)に指名されたるいは 師匠の期待に応えて生き生きと立ち働いた。高弟の京菓子屋鯉屋織部の内儀お由良と若夫婦織部おきみも務めていたが 若い嫁おきみは無様な失態を繰り返すばかり。おきみは 追い出され、「かわせみ」に滞在。四谷の縁切り榎。東吾。源三郎、四谷の岡っ引き辰吉が 探索。
東吾「源さんがいっていたよ。女には二つの顔がある。母親の顔と般若の顔と・・・」

「神かくし」(表題の作品)
神田界隈でも 4~5人が神かくしに遭っているという。岡っ引きの佐七長助を伴って、源三郎が「かわせみ」にやってきた。水油問屋大阪屋小兵衛の娘おまき、煙草問屋山田屋孫右衛門の女房お勝、盛林堂福井兵治の娘お美也。
東吾達は 真相究明、探索に乗り出すが・・・。

「麻生家の正月」
大晦日、すっかり初春を迎える準備が出来て、まったりしていた東吾は、兄通之進から 兄嫁香苗の共をして麻生家に急げと指示される。七重の出産である。難産の末生まれたのは女の子花世。大晦日だというのに、長助がかわせみに連れてきたのは 長助の下で働いている本所の蕎麦屋本村屋に伊助。夫婦喧嘩で気の強い女房お静から出て行けと言われたという。
正月三ガ日、八丁堀組屋敷の神林家は 毎年年始廻りが忙しいが、奉行所に見習いで出仕が決まっている東吾は 兄通之進と共に格別念入りな挨拶をして回る。4日には 狸穴の方月館にも赴き そこで通之進が隠居後の終の棲家を手配していたことが分かり 東吾は何も言えなくなる。かわせみに滞在していた伊助が本村庵に戻って井戸端で洗い物をしている。
一方で 将軍家の典医天野宗伯の長男、宗太郎は 麻生家で襁褓を取り替えたり、襁褓を洗濯をしたり、赤ん坊を風呂に入れたり、乳の出がよくなるよう七重の乳もみまでしている。
「知らんぞ、俺は・・・」、縁側に腰を下ろした東吾が空を眺めると 奴凧が風に乗っている。この篇では 殺しや探索、捕り物等は無く もっぱらいろいろな夫婦の形がほのぼのと描かれている。東吾とるいの暮らし等 物語の展開が大きく変わる年の幕開けのような気がする篇である。

(つづく)

 

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庭の梅は やっと2分咲き3分咲き

2020年02月19日 21時31分59秒 | スイミング

猫の額の我が家の庭の 陽の当らない北西の隅のフェンスギリギリに
大きくなり過ぎて、毎年ばっさばっさ剪定され、
ほとんど丸坊主の梅の木が 1本有る(残っている)。
関東西部山沿いの当地、冬季の気温は街中より平均して2~3度は低く、
梅の開花も 平地より若干遅くなることが多い。
それでも 枝を伸ばし、よく見ると2分咲き3分咲きになっている。
健気なものだ。
当地に引っ越してきて以来、狭い庭にも拘わらず、
やたら植樹し、30年以上の歳月が流れ、それぞれが大木と化し、
道路や隣家の敷地に枝葉が張り出す羽目になり 
数年前から 松、梅、花水木、百日紅、花桃、柘植、琵琶、無花果、等々、
次々と伐採をしてきたのだが、
北西の隅の梅の木だけ、未練がましく残してあるという次第。
が・・・、
2階の高さまで伸びた梅の木の剪定作業、老体に危険、限界にきている。
近々には やっぱり伐採しなければ・・と思っているのだが。
これまでずっと春先眺めていた梅の花が無くなるとさびしいような・・。

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当地 今日は 結構 温かい1日だったが 
なんとなくグテグテ、炬燵に入ったり出たり、
スマホの歩数計は 500歩弱、
イカン!イカン!、
やおら重い腰を上げ、
19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスンに出席、
先程 帰ってきたところだ。
今日は N指導員による平泳ぎ中心レッスン
毎度のこと、基本、基本の繰り返しだが、
主に ストローク、手の位置、方向をチェックされた。

平泳ぎ(YouTubeから共有)

レッスン終盤には
クロール 100m×2本、200m×1本 が有り、
多分 トータル 1000m以上は 泳いだと思う。
十分、十分、
例によって レッスン終了後 居残ったが
4種目 25m×4本で
引き上げてきた。

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どっこい、こんなところで花咲かせ

2020年02月19日 13時39分51秒 | うんちく・小ネタ

プランタの底から流れ出したわずかな土と養分、
こんなところに生まれ、こんなところで花咲かせ・・・、

「将東遊題壁」 釋月性

男児立志出郷関
学若無成死不還
埋骨豈惟墳墓地
人間到処有青山

「まさに とうゆうせんとして へきにだいす」 しゃく げっしょう

だんじ こころざしをたてて きょうかんをいず
がく もしなるなくんば しすともかえらず
ほねをうずむるあにに ただふんぼのちのみならんや
じんかん いたるところ せいざんあり

江戸時代末期の僧、釋月性の詩、「将東遊題壁」の 一節。
「人間到る処青山有り」(にんげん いたるところ せいざんあり)
卒業、入学、入社、転勤・・、歓送迎会等で励ましの言葉としてよく使われる慣用句である。
意訳
「その気になれば、世の中どこでも 骨を埋める場所は有る。故郷だけが墳墓の地ではない。大望を達するためには 郷里を出て大いに活躍すべきである」

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