たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

藤沢周平著 「隠し剣狐影抄」

2018年08月31日 14時12分25秒 | 読書記

図書館から借りていた、藤沢周平著「隠し剣狐影抄」(上)(下)を読み終えた。本書は、大活字本で、藤沢周平描く、東北の架空の小藩、海坂藩を舞台にした短編時代小説8編が収録されている。

                

各編共、「隠し剣」と呼ばれる、秘伝の絶技を身に付けた下級藩士等の武芸者が、周囲の状況に巻き込まれ、ついには、その秘剣を使うに至るまでを描いている作品。
剣の遣い手の心の機微、武家社会や家族関係等の悲哀、海坂藩の風景描写、そして、悲劇的な結末 等々、
藤沢周平独特の世界に引きこまれる書だ。
秘剣とは 外に語らずということだけに 生死の狭間に遣われることが多く 物語のクライマックス等に披露されている。

「邪険竜尾返し」
檜山絃之助、赤沢弥伝次、
馬廻組に属し 雲弘流剣術の指南もする絃之助、赤倉不動での夜籠で美貌の人妻から誘惑されるところから物語が始まる。人妻の夫、赤沢弥伝次と 真剣で立ち合うに至り 中風で倒れて言葉が出ない父親から 言葉を判読出来る姉を通して 雲弘流の秘剣 竜尾返しを究め ついに その秘剣を使ってしまうのだった。

「臆病風松風」
瓜生新兵衛、満江、
普請組、百石の瓜生新兵衛は 臆病者であり 日に焼けて、一見見栄えがせず 妻満江には不満だった。そんな新兵衛が 藩命で 若殿の警護が 命じられた。実は 秘剣 松風の遣い手、鑑極流の達人であることを 買われてのことだ。見事に役目を果たしても 妻には 一言も話さなかったが 妻は 人伝にその働き、加増を知り 律儀に城勤めに励んでいる 臆病な夫を愛し 満足するところで物語は終わっている。

「暗殺剣虎ノ眼」
清宮太四郎、牧与市右ェ門、牧達之助、志野、兼光周助、
海坂藩の組頭 牧与市ェ右門は 藩主右京太夫に疎んじられている。2派に分れて論争していた藩の執政会議で 藩主を批判してしまったからだ。お咎めが有るに違いないと思っていたところ 秘剣虎ノ眼の遣い手と思われる者に刺殺されてしまう。息子 達之助は その刺客は 清宮太市郎だと 推察する。

「必死剣鳥刺し」
兼見三左ェ門、里美、津田民部、藩主右太夫、帯屋隼人正、牧藤兵衛、
天心独名流の達人 近習頭取 兼見三左ェ門は 中老津田民部から 有る人物に藩主が襲われるかも知れない、警護するように命じられた。
三左ェ門は 物頭だった三年前 藩主右京太夫の愛称を刺殺していたにもかかわらず 処分は意外と寛大だったが 藩主の態度は底冷たく どこか腑に落ちない気分で 役職をこなしていた。

「隠し剣鬼ノ爪」
片桐宗蔵、きえ、狭間弥市郎、
狭間弥市郎が脱獄し 片桐宗蔵との立ち会いを求めてきた。藩命で討手となった宗蔵の元へ 立ち合いの前日 弥市郎の妻女が訪ねてきて、見逃して欲しい懇願されたが、藩命で有る以上、無理な相談と断る。妻女は 宗蔵の上司 堀にも 体を張って嘆願、それをもて遊んだことを 宗蔵は 弥市郎を討ってから知り、上司 堀を許せず 秘剣を遣い 刺殺した。

「女人剣さざ波」
浅見俊之助、邦江、
勘定組の浅見俊之助は 剣の方はまるでダメな侍。見込み違いで結婚した醜婦邦江から逃がれるように 茶屋遊びしていたが、同僚の不審死の内偵を命じられ 仕事は成功した。しかし その恨みから 果し合いに応じなければならなくなる。猪谷流の名手である妻邦江が 夫に内緒で 代わりに立ち会い、重傷を負いながら生き残った。俊之助は改心、「これまでのことは許せ。おれの間違いだった」「仲よくせんとな」

「悲運剣芦刈り」
曾根炫次郎、卯女、石丸兵馬、
曾根炫次郎は義姉の卯女とただならぬ関係になってしまった。そのことが原因で 炫次郎は人を斬ることになってしまい 討手には 石丸兵馬が選ばれた。

「宿命剣鬼走り」
小関十太夫、鶴之丞。美根、千満太、伊部帯刀、伝七郎、香信尼、
かっては岸本道場で同門だった 小関十太夫と伊部帯刀は 十太夫が大目付だった頃は 死力を尽くし抗争した政敵だった。
長年のうらみつらみが有ったが 双方の子供が 次々と死ぬ事件発生で、抜き差しならぬものとなり ついに 小関十太夫と伊部帯刀の因縁の対決をする。十太夫は 秘剣鬼走りで 帯刀を倒し 自害する。

 


佐藤愛子著 「今は昔のこんなこと」

2018年08月30日 12時30分47秒 | 読書記

図書館から借りていた 佐藤愛子著 「今は昔のこんなこと」(文藝春秋)を 読み終えた。

かっては 日本人皆が共有していた 日常の物や言葉、あるいは風景、時代の進化と共に 急激に退場してしまったものが多い。
ほとんど死語になってしまった言葉、言葉が有っても実体が無くなってしまっている物、今の子供に説明しても分ってもらえないような情景 等々、日頃感じているものだけ上げても 数多有る。
それらが どういう物だったのか、どういう言葉だったのか、どういう風景だったのか 著者 佐藤愛子氏が エピソードを交えながら説明し 現在の世相を嘆きつつ、独特の痛快な語りでバッサリ斬っている書である。
時代の違いで さすがに 知らない物、言葉、風景も 若干有るが ほとんどが 子供の頃 見聞きしていた 懐かしい物、言葉、風景。
郷愁と笑いが 誘われる、
後期高齢者好みの書、一種の絶滅風俗事典のようである。

「腰巻」
 昭和20年代後半頃まで 北陸の山村の女性は(母親も) 腰巻を身につけていた。

「蚊帳」
 扇風機も普及していなかった時代、夏場は 全ての戸を開け放しで就床、蚊帳無しでは 眠れなかった、簾、

「アッパッパ」
 簡単服

「押売り」
「五右エ衛門風呂」
「居候」
「火鉢」
 冬季 暖房は 炬燵しか無かった時代。火鉢で手を温めたり 餅を焼いたり、
 ヤカンでお湯を沸かしたり、長火鉢、

「あーらいやだ オホホホホ」
「ステテコ」
「乳当」
「褌」
「釣瓶井戸」
「鍛冶屋」
「つけ文」
「後家」
「おぼこ」
「蠅いらず」
「円タク」
「出合茶屋」
「縁側」
「カンカン帽」
「モダンガール」
「人絹」
「腎虚」
「花柳病」
「煙管」
 雁首、紙巻煙草、刻み煙草、吸い口、羅宇、厠、

「親孝行」
「オドシ教育」
 米は一粒たりとも粗末にすると目がつぶれる、

「どら息子」
「巡査」・・おいこら
「幣衣破帽」
 旧制高校学生風俗、質実剛健男臭さ→ヤボ、ダサい、

「夜這い」
「盥」
 産湯、スイカ冷やし、魚を泳がす水槽、行水、洗濯・・・、

「良妻賢母」
 料裁健母、凌妻嶮母、男損女肥、

「焚火」
 ダイオキシン発生、焚火禁止、

「恥と恥ずかしがり」
 男の恥意識も、女の恥ずかしがりも消滅してしまった、、

「わっかるかなあー?、わっから無いだろうなあー?」
分る言葉、物、情景の数で 戦前生まれか 戦後生まれか・・・、
はたまた 平成生まれか 見当がつきそう・・・だ。

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秋の味覚と言えば・・・、

2018年08月29日 12時31分32秒 | 暮らしの記録

妻が 健康体操サークル仲間から 栗を手に入れてきました。
もう 栗が採れたの?、
農家の奥さんとのことで 栗生産も手掛けているお宅なのでしょう。

一足早く 秋の味覚を味わうことが出来そうです。

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改めて読む 「人生百年私の工夫」

2018年08月29日 08時20分12秒 | 読書記

昨年2017年7月18日に 惜しまれながら105歳で亡くなれれた日野原重明氏の記憶はまだ新しい。
聖路加国際病院の理事長・名誉院長を務めておられ、晩年 100歳を超えても尚 2~3年先までスケジュールが一杯という多忙な日々を送られていた。
生涯現役を標榜し 生前 「少なくとも 110歳までは 現役を続けることを目標にしている」と 語っておられたことが 特に印象に残っている。
故日野原重明氏が まだ現役医師として 日々の睡眠時間が4時間半、週に1度は徹夜するといった活躍をされていた頃(90歳の頃)、 2002年に 幻冬舎から発行された書、「人生百年私の工夫」が 本棚に有ることに気付き 改めて読んでみた。
多分 発行された当時 話題になり 興味関心持って買ったのだと思われるが もう15年~16年間前のこと、まるで記憶に残っておらず 初めて読むような感有りだ
当時は まだ仕事もしており多忙、年齢的にも ある種 他人事の如く、斜め読みをしていたのかも知れない。
後期高齢者になっている今、書の真髄が 読め込めるような気がする。

日野原重明 著 「人生百年私の工夫」

(目次)
「はじめに」
第1章 長く、豊かな「人生の午後の時間」が始まる、
第2章 年とともに 自分の人生を自由にデザインできる人、
第3章 生きるということはアートである、
第4章 ライフワークを持つことが若さの秘訣、
第5章 ストレスを楽しみ、活かすことで脳も若返る、
第6章 人生後半の健康づくりは「怠けず」「慌てず」「油断せず」

主として 60歳以上の読者を想定して書かれているが それより若くても老け込んでいる世代にも なんらかの人生の指針を与えてくれる書だと思う。

(抜粋)

「つねに上り坂をのぼっている気持ちで」、
人間の体力や頭脳は 使わないと どんどん退化します。とくに老人の場合には 「使わない症候群」とでもいうべき一種の病気にもなりかねません。

「いつかはああなりたいと憧れる「生きた教科書=モデル」を探そう」
「ああいう人になりたいな」と 漠然と思っただけで努力をしなければ 月を仰ぎ見て吼えるだけのオオカミと同じです。

「現代は 先を急がず 「八十歳にして天命を知る」時代」
孔子は 論語の中で 「四十にして惑わず」と言いました。しかし 今の人たちは 六十歳になってもまだまだ惑っているようです。(中略)、
私は この論語でいう年齢を現代社会では 三十歳ずらして考えてもいいのではないかと思っています。

「新しい習慣づくりが 「新しい発想」「新しい緊張」を生み出す」、
何年かに1回は 習慣を大きく変えてみるのです。(中略)、いつまでも 古い軌道の惰性で生きていてはいけません。そしてつねにある程度の緊張感を持っていれば 老いるスピードは鈍るのです

人生百年時代、60歳は折り返し地点、20年、30年、40年・・・、たっぷり有る 「人生の午後の時間」、
かってのような「余生」等と 言っておれなくなり、人生の大先輩の生き方、考え方の随所に ハッとするヒントが見出せるような気がしてくる。


 

 

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かくれんぼする 秋を探しに 爺散歩

2018年08月28日 15時14分49秒 | 散歩・ウオーキング

当地 35℃超の猛暑日が続いていましたが 大気は不安定で 昨日夕方には 一時的に 激しい雷雨が有りました。
今日は 薄曇、最高気温も 30℃止まり、体感的には かなりしのぎやすい1日になっています。
1時間程 周辺を歩いてきました。
でも やっぱり 汗ダク、
まだまだ 暑い!

土手で 彼岸花(曼珠沙華)を 見ーつけ・・、
秋を感じます。

ハギ(萩)、
秋の七草のひとつ、
ハギ、キキョウ、クズ、フジバカマ、オミナエシ、オバナ、ナデシコ アキノナナクサ、

ススキ、

ボタンヅル?

マルバルコウソウ、

おまけに、
見ーつけ、

 

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早朝草取り

2018年08月27日 09時47分43秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

日の出直後の気温が すでに 28℃を示していました。
今日も 暑くなりそうです。



関東西部内陸に位置する当地、天気予報では 予想最高気温は 37℃~38℃。
熱中症厳厳重警戒が 呼び掛けられています。
台風の通過有り、その後の酷暑等々で 畑には もう4日間行っておらず 今日はどうしても行かないと・・・、
ということで 早朝(多少は涼しい内?に) やおら出動しました。

(1)大根、白菜 植え付け場所の草取り作業、
  先日 かなり綺麗にしたはずの畑も 元の木阿弥、雑草の原と化しており とりあえず必要な1画だけ 草取り。
  とても 一挙には出来ません。
  耕しは 次回にすることにし 今日はここまで。

(2)サトイモの畝、イチゴの畝の 草取り作業、

(3)収穫、
  5日振りのため シロナス、ナガナス ごっそり。
  さてさて どうする、
  エダマメ、2回目収穫、今日の夕食のビールのつまみになりそう。

ニラ(韮)の花に群がる チャバネセセリ(茶羽挵)、

畑の周りに蔓延るコスモス、
通路を塞いでしまっており 分け入りました。

7時頃には 引き上げてきましたが 全身汗ダク、
シャワーを浴び すっきりしてから 遅い朝食と相成りました。
昼過ぎには 今日も ウツラ、ウツラしそうです。

 


夕焼けと満月?

2018年08月26日 19時55分26秒 | 暮らしの記録

当地 今日も 最高気温 37℃前後の 猛暑日でした。
要熱中症注意、後期高齢者とて、不要不急の出歩きはしない方が良さそう・・
ということで 1日中 グテグテ、
エアコン、扇風機を 点けたり、消したり、
それでも ちょこっと動くと汗が・・・、
夕方になっても いっこうに 涼しくなりません。

夕日に染まる積乱雲

満月?

 

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杉本苑子著 「冬の蝉」

2018年08月26日 14時22分01秒 | 読書記

図書館から借りていた、杉本苑子著、「冬の蝉」(上)(下)(大活字本)を、読み終えた。短編時代小説8篇が収められている書だ。いずれも、史実の裏付けがされ、時代背景や風俗、登場人物の暮らしぶり等が目に浮かぶように描かれた作品ばかりだ。

               

「墓石を打つ女」
直参旗本内藤新五左衛門と隣りに引っ越してきた公儀お匙医棚橋祐庵、その内儀百瀬との異常な葛藤から始まるが 実は 新五左衛門の無類の弟 大八と 大八の恋仲志津の実家 新設されて内藤新宿の旅館野沢屋と 百瀬の実家である信濃屋の争いが絡み合う。強引に宿場を我が物にしてしまった信濃屋を許すことが出来ない新五左衛門は 弟の首を刎ね、直参を返上、公儀に訴え 内藤新宿廃駅を実現させた。76歳まで公儀が約定を違えぬよう生きて見張ったが 死後 内藤新宿は復活した。その墓の前に一人の老女が立ち、憎々しげに 墓を杖で打ち続けた。かっての棚橋家の内儀 百瀬の変わり果てた姿だった。

「菜摘ます児」
葛西のお狩り場に近い通り筋でささやかな茶店を営む「お花」のもとに 突然 鷹狩途中の将軍家治が厠を借りに立ち寄ったことから 「お花」の運命が 幸運から悲運へ、大きく変わってしまう。

「礼に来た幽霊」
芝神明前の地本問屋泉屋市兵衛が 妻が難産で取り込み中、金を無心する脅迫状が届いた。金を受け取りにきた犯人は簡単に捕えられるが 背後関係を追及中 牢死。市兵衛が妻の身を気遣う様子、牢死した犯人の老母を想う心境、最後に 悲惨な場面を垣間見ることになるが 幽霊らしき老母は出現、金の礼にきたんだ・・と 安堵する人情物になっている。

「冬の蝉」
小姓組組頭山田十太夫と同役の井上正在を対比させ、上司の番頭高木信房に対する 両者の奉公ぶりをテーマにしている。箪笥に入れておくと着物が増えるといわれる蝉の抜け殻を見つけに行った十太夫の娘佐喜が 野良犬に襲われたところを 通りすがりの侍に助けられ 恋こがれていたが 井上正在が自分の息子正賢の嫁に佐喜を・・と 縁談を持ち掛けたところから 正賢こそが 佐喜が恋こがれていた侍だったことが分り ハッピーエンドの物語。

「ゆずり葉の井戸」
上野広小路の老舗菓子司 金沢丹後は 小豆の精製に上質な水が欠かせないが 斜め向いの本阿弥家の「ゆずり葉の井戸」から水を得ていた。物語は 正月 本阿弥家」に歌ガルタ遊びに招かれていた 金沢丹後の主人 お志摩の妹、お美濃が 本阿弥家の一人息子に手ごめにされかかったところから始まる。両家の関係が悪化、殺傷事件まで発展、店は窮地に陥る。自前の井戸を掘る決意に及ぶものの難航。最終的には 良水が噴き出し成功。枯渇してしまった本阿弥家とも和解し 分け与えることになる。

「嫦娥」
直参の武士でありながら三弦弾奏の名手の原武太夫が 中秋の名月の夜、嫦娥(じょうが)のような絶世の美女 千瀬に魅せられるところから物語が始まる。将軍吉宗の嫡男長福丸家重が住んでいる小菅の御殿から呼び出しが掛かり 三味線「置く露」で まんまる月夜を弾き終わり 上段の御簾が捲き上がると そこに なんと家重の側室となった 千瀬が座っていた。
それを機に 三弦と縁を切ったこと等は 原武太夫自筆「断弦余論」に記されているようだ。お千瀬ノ方については 「徳川幕府家譜」に ご三郷の一人 清水中納言重好を生み、晩年は 安祥院殿と号した等と 書かれているようだ。

「仇討ち心中」
吉原の遊女 小牡丹は 婚約者だった谷村慎吾に兄を討たれた水無瀬静江、たまたま娼楼から路上にたたずむ兄の仇 谷村慎吾を見つけ 古参武士にいじめられていた彼を 顔を立てる手助けしながら 一方で その礼に 彼の命を求め 無理心中するという痛ましい顛末の物語。仇討ちが美徳とされていた時代、愛しながらも 死によって決着をつけなければならなかったということだ。

「仲蔵とその母」
高名な長唄うたいの中山小十郎とその妻お俊の家にもらわれた万蔵、紆余曲折の半生を送った後、本来名門の出でなければ出世が望めない歌舞伎界で 名優中村仲蔵になっていく一代記。義母 お俊の目を通して描かれている。

 

 

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バタフライ キック

2018年08月25日 21時20分51秒 | スイミング

ぶり返した暑さは ことのほか 身にこたえます。
当地 今日も 猛暑日でした。
出歩く気力も無く 1日中 グテグテしてしまいましたが・・・・、
いかん、いかん・・、
夕方になっても 尚 ムカーッとしている中、
気合を入れ、 
19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスン土曜日に出席し、
先程戻ったところです。
明日から8日間、毎年恒例の夏季休館となるため、
今日休んでしまうと 2週間以上のブランクになってしまうこともあり、
今日はどうしても・・・、
という分けです。

今日は O指導員によるバタフライ中心のレッスン、
毎度のこと 基本、基本の繰り返しですが、
特に キックと 姿勢、バランス、リズムについて チェックされました。

イメージだけは
池江璃花子選手のバタフライ・・・、?
なんですが、
いかんせん 老体は 
言うことを聞いてくれません。


佐藤愛子著 「老い力」

2018年08月25日 12時22分49秒 | 読書記

当地 今日は 朝の内から29℃もあり 最高気温 35℃超の猛暑日になりそうです。
湿度も高く じっとしていても 汗が噴き出してきます。
要熱中症注意。不要不急の出歩きは しない方が良さそう。
扇風機の風に 当たりながら 本でも読むしかないか・・・、

先日 図書館から借りてきた本の内の一冊です。
佐藤愛子著 「老い力(おいぢから)」、

この本も、何の気無しに目に止まった本ですが、かれこれ11年前の2007年10月に、海竜社から発行された、佐藤愛子のエッセイ集、作者が、50代、60代、70代、80代に書いてきた、老いや死についてのエッセイを、年代順に纏めた書です。
幅広い交遊関係や身辺での出来事、失敗談を織り交ぜたエッセイですが、作者独特の歯に衣着せぬ 痛快な物言いや笑える話に、思わず、吹き出してしまったり、頷いてしまいます。
年をとってもいつまでも元気で若々しく生きることが望ましいという考え方に対しても、老い、病気、死は 確実にやってくるもの、現実を静かに受け入れて生きる方が良いと考える作者、前書き「備えあれば憂いなし」で、「出来るだけジタバタせずに、つつがなく人生を全うしたい」と、記しています。
各章の各エッセイから、一貫した作者の生き方、考え方が感じられます。

(目次)

前書き 「備えあれば憂いなし」
50代 「本当の年寄り」になる前に覚悟を決める、
    1章 毅然と生きたい、2章 伝えたい暮らしへの愛情、
    3章 美しい中年はあるか、
60代 孤独に耐えて立つ老人になりたい、
    4章 老年は人生最後の修行の時、5章 女はバカで結構、
    6章 ボケるものは怖れずボケる、
70代 それでも仕事をするのは一番楽しい、
    7章 老女の底力、8章 強気老人の気概、
    9章 こんなふうに死にたい、
80代 自然に逆らわず時の流れに沿って、
    10章 時は音もなく過ぎていく、