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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

2009-12-08 16:12:23 | Weblog
6日早朝、小田急線に乗りました。新宿から渋沢に向ったのですが、昨夜来の雨が洗い落とした空は快晴、秩父の山並みから相州大山までくっきりと見渡せます。もちろん富士山も皚皚。
 ハイカーやら朝帰りの若者やらに混じって大きなバッグを前に置いた若い女性に目が止まりました。彼女の持ち物が気になったのです。丁度竹刀が入りそうな布の袋に銀糸で「韴」と刺繍がしてありました。
 さてなんと読もうか。たぶん「そう」と読むのだろう、数日前のブログに漢王を囲むこと三帀(さんそう)と書いたばかりだったから。では意味は?音をとりまく?変だ、声をつつむ?判らん、わからん。
 ちらちら見ていたので、変なおじさん、と思われていたんだと思う。

ところでその日の用事は7月に急逝した義弟の納骨に立ち会ったのでした。善い人は若死にすると言いますが、まことに好漢でありました。
 30年も前によく通った丹沢への登山口、蓑毛のバス停のすぐそば、秦野市街、相模湾が見渡せるその墓地に骨を納めました合掌。 

十八史略 是口尚乳臭

2009-12-08 15:54:53 | 十八史略
蕭何は、関中を守り、漢の宗廟を立て、社稷を祀り、県邑を整備して何事も適宜に施し、関中の戸数、人口を調べ、陸と舟から兵糧を運び、兵を調達して、未だかつて不足する事が無かった。
魏王豹がそむいた。王は韓信を派遣して撃たせた。魏王豹も柏直を大将に任命した。漢王が言うには「やつは、まだ乳臭い子供だ、なんで韓信に対抗出来ようか」と。韓信は兵を伏せ、夏陽より甕(かめ)を木に縛りつけて仮橋にし、安邑を急襲して豹を虜にした。韓信は間もなく魏を平定した。そして漢王に三万の兵を請うて「北は燕と趙とを攻め取り、東は齊を撃ち、南のかた楚の糧道を絶ち、西のかた大王と滎陽(けいよう)にお会いしたい」と申し出た。漢王は張耳を遣わして韓信とともに行かせた。

宗廟 先祖のみたまや  社稷 土地の神(社)と五穀の神(稷) 
転漕 転は車で運ぶこと、漕はふねで漕いで運ぶこと
木罌 罌は甕、多くの甕を木に括りつけて橋の代用にした。

十八史略 是れ口尚乳臭なり

2009-12-03 16:58:10 | 十八史略
蕭何守關中、立宗廟・社稷・縣邑、事便宜施行、計關中戸口、轉漕調兵、未嘗乏絶。
魏王豹叛。漢王遣韓信撃之。豹以柏直爲大將。王曰、是口尚乳臭。安能當韓信。信伏兵、從夏陽以木罌渡軍、襲安邑虜豹。信既定魏、請兵三萬人、願以北擧燕・趙、東撃齊、南絶楚糧道、西與大王會滎陽。王遣張耳與倶。

蕭何、関中を守り、宗廟・社稷・県邑を立て、事、便宜に施行して、関中の戸口を計り、転漕、兵を調し、未だ嘗て亡絶せず。
魏王豹叛す。漢王、韓信を遣わして之を撃たしむ。豹、柏直を以って大将と為す。王曰く、是れ口尚乳臭なり。安くんぞ能く韓信に当たらん、と。信、兵を伏せ、夏陽より木罌(ぼくおう)を以て軍を渡し、安邑を襲って豹を虜にす。信、既に魏を定め、兵三万人を請い、願わくは、以って北のかた、燕・趙を挙げ、東のかた、齊を撃ち、南のかた楚の糧道を絶ち、西のかた大王と滎陽に会せんという。王、張耳を遣わして與に倶にせしむ。

十八史略 死者二十万人水之が為に流れず

2009-12-01 08:57:02 | Weblog
漢王は、五諸侯の兵五十六萬を率いて楚をうって彭城に攻め入り、宝貨、美人を奪って酒宴を開いた。項羽はちょうど斉を攻めていた時で、急を聞きすぐさま自身で三万の選りすぐった兵を率いて戻り、漢軍を睢水のほとりに大敗させた。死者二十万人、その死体で睢水の流れも止まるほどであった。項羽は彭城の漢王を三重に取り囲んだ。おりしも大風が西北より吹き起こり、木を折り屋根を剥いで砂石を飛ばして昼にもかかわらず、あたりは暗くなった。天の助けとばかり漢王は数十騎の部下と逃げおおせた。審食其という者が漢王の父と夫人の呂氏の共をして、間道を抜けて逃げようとしたが、楚軍に遭って捕らえられてしまった。項羽は二人を常に陣中に置き人質とした。漢王が滎陽まで来たとき、ちりぢりになっていた部下達も集まった。そのうえ蕭何もまた関中の老人から年少者までも徴用して滎陽にかけつけた。漢軍は再び勢力を盛り返した。

五諸侯 常山王張耳・河南王申陽・韓王鄭昌・魏王豹・殷王邛(きょう)の五侯
置酒高会 置酒は酒宴さかもり、高会は盛大に会合する。
三匝 匝は取り巻く、三めぐり