goo blog サービス終了のお知らせ 

寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

十八史略 陳平

2009-11-19 09:02:55 | 十八史略
陳平
周勃言於王曰、平雖美如冠玉、其中未必有也。臣聞、平居家盗其嫂、事魏不容、亡歸楚、又不容、亡歸漢。今大王令護軍、受諸將金。願王察之。王讓魏無知。無知曰、臣所言者能也。大王所問者行也。今有尾生・孝己之行、而無成敗之數、大王何暇用之乎。王拝平護軍中尉、盡護諸將。諸將乃不敢復言。

周勃、王に言いて曰く、平は美なること冠玉の如しと雖も、其の中、未だ必ずしも有らざるなり。臣聞く、平、家に居っては其の嫂(あによめ)を盗み、魏に事(つか)えては容れられず、亡(に)げて楚に帰し、又容れられず、亡げて漢に帰すと。今、大王、軍を護(ご)せしめしに、諸将の金を受けたり。願わくは王之を察せよ、と。王、魏無知を讓(せ)む。無知の曰く、臣の言う所の者は能なり。大王の問う所の者は行いなり。今尾生(びせい)・孝己(こうき)の行い有りとも、成敗の数に益無くんば、大王何の暇(いとま)あってか之を用いんや、と。
王、平を護軍中尉に拝し、尽く諸将を護せしむ。諸将乃ち敢えて復言わず。

十八史略 嗟乎、使平得宰天下

2009-11-17 09:09:50 | Weblog
漢二年、項籍弑義帝於江中。
初陽武人陳平、家貧、好讀書。里中の社、平爲宰、分肉甚均。父老曰、善、陳孺子之爲宰。平曰、嗟乎、使平得宰天下、亦如此肉矣。初事魏王咎、不用。去事項羽、得罪亡。因魏無知求見漢王。拝爲都尉參乘典護軍。

漢の二年、項籍、義帝を江中に弑す。
初め陽武の人陳平、家貧にして、書を読むことを好む。里中の社に、平、宰(さい)と為り、肉を分つこと甚だ均し。父老の曰く、善し、陳孺子の宰たること、と。平曰く、嗟乎(ああ)、平をして天下に宰たるを得しめば、亦此の肉の如くならん、と。
初め魏王咎(きゅう)に事(つか)えて、用いられず。去って項羽に事え、罪を得て亡(に)ぐ。魏無知に因(よ)って漢王に見(まみ)えんことを求む。拝して都尉参乗典護軍と為す。

漢の二年、項籍が義帝を揚子江で殺す。
さかのぼって、陽武の人で陳平というものが居た。家は貧しかったが書を読むのが好きだった。村の社の祭日に陳平が差配して、祭りの後の肉の分配に大変公平だったので、村の老人たちは「まことに善かった。陳君のきりもりは」と言うと、陳平が言うには「ああ、もし私に天下の切り盛りをさせてくれたなら、この肉のように公平に裁いてみせるのに」と。
初め陳平は魏王の咎につかえたが、用いられなかった。去って項羽につかえたが罪を犯して逃げ出した。魏無知の紹介によって漢王に謁見を求めた。漢王は都尉参乗典護軍に任じた。

十八史略 韓信三王を滅ぼす

2009-11-12 13:31:04 | Weblog
中野の杉山公園は只今改修中です。残念なのはフェンスにつるを張っていた、テイカカズラと真っ赤な実をつけるヒヨドリジョウゴが抜かれてしまった事です。

王遂用信計、部署諸將、留蕭何、収巴・蜀租、給軍粮食。信引兵從故道出、襲雍王章邯。邯敗死。塞王司馬欣・翟王菫翳皆降。

王遂に信の計を用いて、諸将を部署し、蕭何を留めて巴・蜀の租(そ)を収め、軍の粮食(りょうしょく)を給せしむ。信、兵を引いて故道より出で、雍王章邯(ようおうしょうかん)を襲う。邯敗死す。塞王司馬欣(さいおうしばきん)・翟王菫翳(てきおうとうえい)皆降る

漢王は遂に韓信の計を用い、諸将をそれぞれ配置した。蕭何は関中に留めて、巴・蜀の租税を取り立て、軍の糧食の手当とした。韓信は兵を率いて故道県から打って出て雍王章邯を敗死させた。塞王司馬欣と翟王菫翳はともに降伏した。

雍王章邯・塞王司馬欣・翟王菫翳は秦の降将で漢の地を扼するため項羽が王にした三人(巴・蜀も亦関中なり参照)

十八史略 韓信大将軍となる

2009-11-10 08:46:48 | Weblog
全国吟剣詩舞道大会が8日無事終了しました。今年は天気に恵まれ助かりました。
終了後広島の中村さんほかお客様をお迎えして懇親の席を設けました。とても楽しいひと時でしたが、少々しゃべり過ぎました、寡黙堂の看板を返上しなければと考えています。では十八史略のつづきです。

王曰、吾爲公以爲將。何曰、不留也。王曰、以爲大將。何曰、幸甚。王素慢無禮。拝大將如呼小児。此信所以去。乃設壇場、具禮。諸將皆喜、人人自以爲得大將。至拝乃韓信也。一軍皆驚。

王曰く、吾公の為に以て将と為さん、と。何曰く、留まらざるなり、と。以て大将と為さん、と。何曰く、幸甚なり。王素(もと)より慢(まん)にして礼無し。大将を拝すること小児を呼ぶが如し。此れ信の去る所以(ゆえん)なり、と。乃ち壇場を設け、礼を具(そな)う。諸将皆喜び、人々自から以為(おも)えらく、大将を得んと。拝するに至って乃ち韓信なり。一軍皆驚く。

漢王が言うに「貴公の顔を立てて韓信を将に取り立てよう」と。蕭何は「それでは留まらないでしょう」と答えた。王は「それでは大将にしよう」何は「それは幸いに存じます。ところで大王には平素から人を見下して、礼に欠けるところがございます。大将を任命されるにも子供を呼びつけるようですが、それこそ韓信が逃げ出す理由です」と。そこで王は大将軍任命の式場を設け、威儀を整えた。将軍達は皆喜び、各々自分こそ大将では、と内心思っていた。
いよいよ任命の段になって指名されたのは韓信だったので将軍達をはじめ一同大いに驚いた。

十八史略 国士無双2

2009-11-07 08:42:19 | Weblog
國士無雙2
何來謁。王罵曰、若亡何也。何曰、追韓信。王曰、諸將亡以十數。公無所追。追信詐也。何曰、諸將易得耳。信國士無雙。王必欲長王漢中、無所事信。必欲爭天下、非信無可與計事者。王曰、吾亦欲東耳。安能鬱鬱久居此乎。何曰、計必東、能用信。信即留。不然信終亡耳。

何(か)来たり謁す。王罵(ののし)って曰く、若(なんじ)、亡(に)げしは何ぞや、と。何曰く、韓信を追う、と。王曰く、諸将の亡ぐるもの十を数う。公追う所無し。信を追うとは詐(いつわ)りならん、と。何曰く、諸将は得易きのみ。信は国士無双なり。王必ず長く漢中に王たらんと欲せば、信を事とする所無し。必ず天下を爭わんと欲せば、信に非ずんば与に事を計る可き者無し、と。王曰く、吾も亦東せんと欲するのみ。安(いづ)くんぞ能(よ)く鬱鬱として久しく此(ここ)に居らん乎(や)と。何曰く、必ず東せんと計らば、能く信を用いよ。信即ち留まらん。然(しか)らずんば信終(つい)に亡げんのみ、と。

蕭何が帰って王に謁見すると、王が罵って言うに「お前までにげるとは何事か」と。蕭何は答えて「韓信を追ったのです」と言った。王は「将のにげたものは、何十人と居るのに、今まで一人も追いかけたことがない、なのに韓信だけを追うとは合点がゆかぬ、嘘であろう」と。蕭何は「他の将はいくらでも補充出来ますが、韓信は二人と得られぬ国士です、漢王がいつまでも漢中の王でいたいと思われるならば、韓信を引き留めることに苦心することはありませんが、是非にも天下を争おうとお考えなら、韓信でなければともに大事を計る者は居りません」王は「わしも東に向って、天下を争う心算でいる。だれがこんな所で鬱うつとしておられようか」何は「是非とも東に出ようとのお考えならば、心して韓信を重用することです。そうすれば信はここに留まりましょう、でなければ結局信は逃げてしまいますよ」と言った。

以十數 十の単位で数えることが出来る。つまり ン十人の意。
無所事信 事はコトトスと読み、努め励むこと。全てにレ点がつく。
非信無可與計事者 非②信①無⑧可⑥與③計⑤事④者⑦の順に読む