まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
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陽だまりのような人間でありたいと思います。

笑福亭松鶴生誕100年

2018年10月02日 | 日記

たまった新聞を読んでいたら
久しぶりに関西からのうれしい話題が目に入った。
笑福亭松鶴師匠の生誕100年祭が
一門の弟子たちが集って賑やかに開かれたという。

弟子たちは個性派ぞろいで「バラバラ」と言われるだけに
一門が結集するのは確かに前代未聞かも知れない。
場所は上方落語の定席となった「天満天神繁盛亭」である。
残念ながらまだ行ったことがない。
生前、六代目笑福亭松鶴は90人もの弟子取ったと言う。
後進の育成に熱心だったとも言えるが
ええ加減な性格ですべては気分次第だったらしい。
現在の弟子は18人〈故人は除く〉で
直弟子や孫弟子ひ孫弟子も含めて上方落語の一大勢力をなす。
当日は豪放磊落な師匠のエピソードを語り合い
それぞれの弟子が「高津の富」〈松枝〉、「天王寺詣り」〈呂鶴〉
「鴻池の犬」〈鶴瓶〉、「らくだ」〈枝鶴〉など
師匠の18番を個性豊かに演じたという。
ああ、行きたかったなあ・・・とシミジミ思う。

六代目・笑福亭松鶴師匠。
私がもっとも愛する落語家さんかも知れない。
とかく豪放磊落なエピソードに事欠かない芸風ではあるが
その落語は実に綿密な演出が施されていて
十八番の「らくだ」や「三十石」は聴き惚れるほどだった。
師匠が出演する「島之内寄席」にはよく出かけた。
晩年は少々ロレツが怪しくなったが
それもまた芸風に変えるおおらかさと味わいがあって
心から愛すべき噺家さんだった。
スマートで粋な江戸落語に比べて
一般的に「泥臭い」と言われる上方落語だが
その伝統を最後まで見事に体現した落語家ではなかったか。

一時は漫才ブームに押され
滅びたとまで言われた上方落語だけに
関西が盛り上がるのはやはりうれしいと思う。
それも松鶴師匠の功績だろうか。
当日は一門の筆頭弟子である仁鶴さんも出演されたらしい。
久しぶりに仁鶴さんの顔を見たかったと思う反面
そこに笑福亭松喬さんの姿がなかったのは残念でならない。
長年、ラジオの仕事をご一緒しながら
人柄といい芸風といい
笑福亭一門の正統な後継者はこの人以外にない!などと
勝手に決めていただけに惜しまれてならない。

 

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2 コメント

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行きたかったなあ (雫石鉄也)
2018-10-02 11:21:07
このイベント行けませんでした。ぜひとも行きたかったです。
米朝一門はよく一門会をやりますが、松鶴一門はめったに集合しませんね。
繁昌亭は何度も行きました。こんどできた神戸の喜楽館には2度行きました。上方落語ファンにとっては、阪神ファンの甲子園のようで、聖地ですね。
松鶴師匠、ご存命中は私も島之内寄席は何度か行きました。入り口で松鶴師匠がこわい顔で立ってはりましたね。
先代松喬師匠はほんとおしいですね。60代70代の松喬師匠を見たかったです。
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この記事を書きながら・・・ (まろ)
2018-10-03 03:31:37
きっと雫石さんも行っておられるだろうなあ・・・
と思っていましたが、そうですか残念でした。
繁盛亭だけでなく神戸にも寄席ができたとは羨ましい限りです。
そう言えば「島之内寄席」では松鶴師匠が怖い顔で入口に立ってはったなあ・・
なんて懐かしく思い出していました。
笑福亭一門は本当に個性派ぞろいですが、それだけに松喬さんのことが余計に惜しまれてなりません。
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