まろの陽だまりブログ

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陽だまりのような人間でありたいと思います。

宮本輝『錦繍』を読む。

2019年12月03日 | 日記

今年もまた読んでしまいました。
紅葉の時期が来ると決まって思い出して
本棚から懐かしい文庫本を手に取るのです。
ハイ、宮本輝の小説「錦繍」です。
錦繍とは色とりどりの美しい刺繍をほどこした織物のことで
よく鮮やかな紅葉ににたとえられます。



前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で
   まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。
   私は驚きのあまり、ドッコ沼の降り口に辿り着くまでの二十分間
   言葉を忘れてしまったような状態になったくらいでございます。

そんな書き出しで始まる「錦繍」は
かつて夫婦だった男女が交わす14通の手紙からなる
往復書簡形式の小説です。
離婚してから10年後・・
別れるきっかけとなったある「事件」について
そして、その後の10年間の二人の人生が
手紙という形で丹念に美しく語られていきます。
今やメール全盛の時代でめっきり手紙を書くこともなくなりました。
最近は友だちや家族どうしの会話もLINEになって
要件だけの短くて味気ない文章が際限なくドンドンと増えて来ました。
そういった意味ではこの小説は貴重かもしれません。

『錦繍』の後半にこんな一説があります。

       前略 いつもは達筆なあなたの字が、細かく震えて
      最後に行くに従って奇妙に崩れたり歪んだりしているのを見て
      私は長い間足を向けなかった駅裏の安酒場のカウンターに坐り
      閉店の時間までひとりで酒を飲みつづけました

私の好きな文章ですが・・
相手の微妙な「字」の変化を見て激しく心を揺さぶられるなんて
手紙ならではで、メールではこうは行きませんよね。
宮本輝がこの「錦繍」を書いたのは30年以上も前ですから
携帯電話の「け」の字もメールの「メ」の字もなかった時代ですねえ。
偉そうなことを言うつもりはありませんが
あの頃はまだ手紙でしか書けない「切実」なことがあったような
そんな気がしてなりません。

小説の冒頭に出て来る蔵王は
もう紅葉の頃は過ぎて早々と雪景色でしょうか。
一度、行ってみたいですねえ・・・