雨をかわす踊り

雨をかわして踊るなんて無理。でも言葉でなら描けます。矛盾や衝突を解消するイメージ・・・そんな「発見」がテーマです。

酒と言葉と音楽の渾然 3(補筆)

2006-08-31 19:48:10 | 文学

砂肝ジャーキー(「酒と言葉と音楽の渾然2」参照)を携えて愛犬リュウと一杯やりにいった。

リュウにはじめて Bawlingual を付けたときは面白かった。

リュウを取り囲み、みなで早く何か喋らないかと待っていたが、なかなか喋らない。みんなで思い思いに何か喋らせようといろいろなことをした(僕は大地を蹴った)。

しかし状況がのみこめないリュウは、いぶかしんで何もいわない。リュウが口を開いたのは、各自それぞれの試みが終わった(諦めたころ)あとだった。

ポツリと何かつぶやいた瞬間、みなで、Bawlingual の画面をのぞきこんだ。すると、「ナニガナンダカ・・・」と表示されていた。

また、こんなこともあった。

僕は、リュウを喜ばせることがふたつできた。なでてやることと、ボール遊びである。リュウは僕をみると、そのふたつをせがむが、性質上そのふたつが同時にできないためどちらを先にやるかリュウが迷い、挙句決めかねてパニくる。そんなときBawlingualの画面をみると果たして「あれもしたいこれもしたい」と出ている。

つまりリュウとは、対話ができるのだといいたい。

さて酒盛り。お酒は、下の「かもみどり」(岡山)。

 
(左は、両脇に生酒の大吟醸、右はお猪口)

猪口の方は、その日、クレマチスの丘にある、水木しげるの妖怪道井上靖文学館を訪れたのでそのときの戦利品。また、水木しげる展ということで、オーガニック・ビュッフェでは、目玉おやじのデザートもあった。

  

さてリュウに話したのはこんなこと。

最近あるひとに出会って、面白いことに気づいた。

きっかけは、自分の好きな小説を訊かれたことだった(逆に紹介もして頂いた)。

『山の音』(川端康成)と答えたが、『午後の曳航』、『仮面の告白』(共に三島)のラインが念頭にあった。だが白状すると、この川端・三島ラインに美を感じてきた理由が自分でわかってなかった。

ただ「オブラートに包んだ日本の美=汚れをそぎおとしたもの」が描かれていると解題して済ませてきた(またそれ以上のことを要求されることもなかった)。

しかしそのひとが紹介してくれた『疾走』(重松清)を読むうち、その理由がみえてきた。

『疾走』は、これでもかこれでもかと社会で暮らすしがらみを主人公から剥ぎ取って、ひとりの愛する女性だけを残し、そのひとのために死なせる。

もともと人生は夢うつつだから、その夢うつつにこだわれるたったひとつの対象を見出せるのは幸せなことだ。そして更にそのために死ねるということは、ひとつの人生を完結させた美しい物語であり、少なくとも僕にはうらやましかった。

その観点でみると『山の音』は、夢うつつの人生のなかで賭けられるものがないまま社会のしがらみにまとわりつかれたまま生きてきて愕然とし(なかば後悔し)、そんななかで舅と嫁の間にプラトニックな純な関係が仄見えてくるもの。

更に、『山の音』の延長線上に無意識に置いていた『午後の曳航』や『仮面の告白』は、人生に賭けられるものをみつけたのに失った、あるいはその後をやるせないままに生きざるをえない、人生を完結させることのできない絶望の物語だったということになる。

この線がみえたことが僕にとっては大きな衝撃だった。

と同時に、自分も、自分が想定する足がかりはずっと過去に固定したままで、それからずっとそれを基盤に突っ走らせてきたことにも気づいた。

そうだ、自分には完成させたい自分の人生がある。

僕はリュウに砂肝ジャーキーをあげて訊いた、「うまい?」

リュウはBawlingual を通して答えた、「涙がちょちょぎれるぜ~」と。

「よかった、じゃあここからが本当に問いかけたいことなんだけどさ」と前置きして、訊いた、「僕は今それにまっしぐらに進んでいるだろうか?」と。

この問いかけはなんだかずっと自分にしたくてしてこなかったような気がする。またこう問いかける、きっかけも探していたような気がする。。。

しばらく待ったが、リュウの答えはなかった。

僕はリュウが好きなこと、なでてあげることにした。

リュウはこうされるとウトウトするのだが、僕がリュウの目をみつめて問いかけるので今日は眠らなかった。

しかもいつも無理に目を合わせようとすると、目を合わせないように伏せるのだが、そのときは違った。

リュウを見つめる目に力をいれると、リュウの目もそれに応えて、僕の目を見返してきた。

「どうかな?」

僕はもう一度訊いた。

するとリュウがBawlingual を通じて答えた、

「スキ」

リュウ、なんか解釈間違ってるぞっ
(そういう意味でみつめてるわけじゃないから)

追伸:以前も書いたが現代小説は個人が満足しているかどうかをアッパーカットのように問い詰めてくるということに納得して、いろいろ読んでみることにした。

そこで先日も書いたように安岡章太郎に行ってみた。だが、上記のような発見はない。ストーリーは相変わらず僕と同じようなヘンチクリンな人間が主人公で面白いのだが。

おそらく視点がどうしても僕の範囲を出ないからだと思う(どうも文学作品を読むときは作品の主題と文体にばかり注意がいってしまう、やっぱり他人の声に耳を傾けるのはいいことだ)。

しかし我が趣味にのるしかなく好きな文章を書く『氷壁』(井上靖)へ。やっぱりよい(よいので、上記井上靖文学館に行った)。

もちろん司馬さんのは更にいいのだが(初期長編には繕うべき箇所あり)、そこには行かず読んだのが江藤淳の『南州残影』。

この作品はリュウも関係してないわけじゃない。

リュウの名は正しくは「リュウセイ」で、漢字表記では「隆盛」である(名づけ親は僕ではない)。

『南州残影』では、江藤さん(一応僕の師の師なので「さん」づけ)らしいやり方で、なぜ西郷隆盛が西南戦争という無謀な(予算、兵力、作戦の点で)ことをしたのかを追求している。

その回答は、『平家物語』、三島の自決と連なって「全的滅亡」の悲劇を構築することにあり、その標的は、天皇だった。もちろんこの見解は、司馬さんのそれとは全く異なる。

さて今日のタイトルに「音楽」が入っているが、ここで音楽に触れることになる。『南州残影』のはじめの方に、勝海舟の『城山』を普門義則氏が薩摩琵琶でライブで演奏したシーンが出てくる。詩だけでもいいのにさぞよかったろうと推測させる江藤さんの描写がいい。

う~ん、ここまで読んでみると、ホント渾然としてる。

だがあともう少し辛抱してほしい。

江藤さんの導き出した西郷の動機は怒りの共有だった。一様に民衆が感じていたに違いない怒りを共有して、全的滅亡を選んだ(こういう説明をするときも江藤さんは音楽の話を混ぜる)。そのときの西郷に現実的なものを見る目はない。

勝海舟は最初そういう西郷の非現実的な対応に眉をしかめたかもしれないが、江藤さんは勝の心の変化を追うようにその偉大な失敗に向かう西郷の心境を三島と重ねて、また江藤さんらしい、勝の書いた詩句と競い合うような文章で説明していく。

そういえば、三島から川端への手紙にも確かに似た調べがあった。

「すべてが徒労に終わり、あらゆる汗の努力は泡沫に帰し、けだるい倦怠のうちにすべてが納まってしまふということも十分考えられ、常識的判断では、その可能性のはうがずっと多い(もしかすると90%!)のに、小生はどうしてもその事実に目を向けるのがイヤなのです。ですからワガママから来た現実逃避だといわれても仕方のない面もありますが、現実化のメガネをかけた肥った顔というのは私のこの世でいちばんきらひな顔です。」

もちろん江藤さんは西郷の西南の役を第2次世界大戦の日本に重ねている。

昨年高橋哲哉氏が『靖国問題』を書いて、そのなかで江藤の靖国問題を日本文化として扱うその仕方の矛盾を曝した。

僕も、江藤の憲法解釈についてと文化論の説明の仕方には不備があったと思う。そして文化論に持っていくことがある種の議論のすり抜けにも使えると認識している。

しかしだからといって江藤さんの熱さはわからないでもない。だから何か違う形で継承してみたいと思ったから、靖国3を書いたのかもしれない。西洋的二元論を一元論(多元論?)にもっていくことによって。


2006-08-28 08:29:38 | 雑談(ジョーク)

先日も書いたが、今年の京都夏旅行のテーマは「自由」だった。

木田さんのハイデガーの話に戻るが、「自由」を考えたとき、生命体が生まれ出で来たこと自体大きな自由のように感じた。人間その他の万物が存在を選んで自発的に発現してくることに大きな選択の自由が与えられていると感じたのだ。

こうした生成の不思議は、日本人なら「水から藻や苔」なんかが原風景として共有されないだろうか。高御産霊神(たかみむすびのかみ)の「産む」は、「ムス)」とも読むが、「苔ムス」や「草ムス」などという言葉がある。

また、万葉集に「葦牙の萌え騰るが如くなる」と描かれているが、その「もえあがる」の「あがる」が「騰る」という字をあてられているのもイメージしやすいのではなかろうか。

そんなわけで水と苔のコントラストがみたくなった。


この南禅院の池は、そうしたイメージにぴったりだった。水と苔というか藻の関係が幽玄に表されていた気がした。ちょっと違うが、「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」である。

それからこの庭園の奥に、滝があって(つくられたものだろうが)、この滝からはすごく「気」が出ていた。


もう気のことは書くまい、と思っていたが(「気の持ちよう」「気の持ちよう2」)、全身に放射されている感じで、暑さでへばっていた身体が鋭気を取り戻した。体調の悪い方は是非1度行ってみたらいかがでしょうか。

更に南禅寺の本坊の裏の山に滝があると聞いて行く気になった。南禅院の滝から力を得たからだと思う。

もともとお寺が山のなかにあるから本坊の裏手をしばらくいくと完全に山のなかだった。そしてふと立て札をみつけた。そこには「イノシシに注意」と書いてあった。

というか、注意なら注意するでもっと早めにいってもらえないものかと思った。こんなに山の中に入ってから注意されても、クタクタだし、注意しようがないじゃないかと辺りをキョロキョロ見渡した。とにかくもっと早く知っていたらここには入らなかったろうと思った。。。

さて、イノシシが突っ込んできたら跳び箱の要領でかわすことにして一路登っていき、一番奥まで行った。一応滝らしきものがあったが、それも人の手によるもので更に山のなかに続いている。上がれるところまで上がった。


すると上のようなところに出た。へぇと感心して手でも合わせようかと思ったら、足元にマムシがいた。心の中で涙がでた。マムシがいるなら「マムシ注意」くらい山に入る前に思い出させて欲しかった(もちろん夏の山のなかはいるに決まってるが)。

しかも逃げようにも足場には岩がごつごつして速く動けない。ここで噛まれたら救急車も入って来れないからダメだろう、そんなことを思いながら亡き父に夏の山のなかは入っちゃダメだと子供の頃からいわれてきたのを走馬灯のように思い出した。

もちろん僕の連れは、安全だとわかるところまでしか来ないので、20メートルほど下の身動きのとりやすい場所にいて、偵察隊である僕の「マムシだ」との報告に僕のことは置いて一目散に下っていってしまった。。。

しかし幸運なことに、マムシもなぜか僕をみてそそくさと逃げ始めた。上の写真の右下をアップにするとその後姿が映っているのだが、僕もそれを悠々と眺めている余裕もなく、こうなると滝の源泉などどうでもよく、岩場に気をつけながら急ぎ下って行った。

ただ急いでいるのに一向に進まないことに焦りを感じながら思い出したのは、愛犬が昨年マムシにかまれたあとの顔だった。犬は、マムシの毒をなんとかする力が備わっているらしく、小型犬なのに顔だけ大きなヤギのように腫れたが、命に別状はなかった。

うちの犬は好奇心が旺盛で、ヘビがいるとちょっかいを出す。草むらのなかに顔を突っ込んではよく痛い目に遭うのだが、そのときも顔のど真ん中を噛まれて(ほとんどよけた形跡がない)、痛そうなのには同情したが、そのドジさ加減に大笑いした。

が、でこぼこの山道を下りながら、あいつ(愛犬)は飼い主に似ただけだったかと合点した。もし生きて帰れたらこれからはもっと用心深くなろう、そう思った。

無事下山することができた僕に、連れは、「ヘビは幸運の印だし、山の主に会えてよかったじゃん」といったが、ああいうときに人間は本性が出るものだとつくづく思った。そしてこういう人間とは間違っても結婚するのはやめようと思った。

一応思い返してみると、気の量は、南禅院の方が出ていたように思うが、取り敢えず行けるとこまで行って帰って来れたことに満足した(よくわからないが)。

下は、瓢亭の入り口。瓢亭は、相変わらず何もかも落ち度がなく美しかった。


アメリカ保守11

2006-08-27 18:53:30 | 時事
Townhall では、最近日本への言及が多い。

要点は、

1)アメリカにとって東アジアでの唯一のパートナーは日本しかない(中国は反米である)。

2)憲法9条はアメリカからの足枷でいろいろやりくりしてきたが、ついに改正する世論の準備もまだ情勢もできあがってる(安倍晋三はやる)。

のふたつ。

スッポンが時をつくる

2006-08-26 23:59:19 | 雑談(ジョーク)

今年も夏の京都に行ってきた(さっき帰ってきた!)。今回のテーマは「自由」で、思いつく限りの「自由」を体感し、考えてみたかった。その一例が武蔵の一乗寺下がり松での頓悟であったり、魯山人の陶芸であったり、香月泰男の「瀬」だったり、南禅院の庭園だったり、曼殊院の媚竃だったり、したわけだが、それらは措いておいて、今晩は「鼈(スッポン)が時をつくる」と題する話を書いて眠りたい。


(武蔵の銅像と一乗寺下がり松の実物 in 八大神社)

金曜(昨日)の夜、大市にいった。いわずとしれたスッポン世界一(日本以外にいたっけ?)を謳う名店である。昔、金八先生が「自由とは自分で理由を決めることだ」といっていたが、ここを選んだ理由はひとつには決めかねる。今まで食べたことがないスッポンを食べるのも「自由」の一環だな、と思ったり、文学作品によく登場するし、同僚が、ここは1回行けばそれだけで鼻高々ですよ、などといっていたためである。

さて、大市での話。

予約は、18:00だったので、17:50くらいには着くようにでかけた。予定通りバス停を降り、店にいたる間、あれ、と思った。なんだか町内一帯がざわついている。まず警官が多く、ひとだかりがこの暑いのにそこら中にある。最近物騒だから、何かあったんだろう、と思いながら、大市に急いだ。そのざわつきは、これから大市に行く僕には関係がないはずだったからだ。むしろスッポン食べた勢いでスッポンポンにならないように気をつけるほうが賢明である(なんのこっちゃ)。

が、大市に近づくにつれ、ひとの群れが多くなってきた。大市の前の通りには、わんさかひとがいる。テレビカメラも数台みえる。なんかあったな、とは思ったが、オレには関係ないはずだから、はじめてのスッポンちゃんとの出逢いに集中しようと店に入った。

「おこしやす」

「よろしくお願いします、Stoneです」といったあと、取り敢えず訊いてみた、「ところで何かあったんですか?すごいひとだかりですけど」

「あ、はい、今日は政治家の方がいらっしゃるのですみません。できるだけご迷惑がかからないように勤めますよって」と低姿勢である。

関係ない、そう思った。国会議員なんぞ500名もいる。でもオレという自由な人間はひとりだ。どうみても関係ない、それよりとにかく殺人事件みたいのじゃなくてよかったやないか、おおきに、そう思いながら個室まで導かれ、食事が始まった。


上がスッポンの鍋、通称、まる鍋である。この店の献立は、スッポンの肉のしぐれ煮をスタートに、ホントにスッポンしか出ない(スッポン専門店だから当たり前だが)。まるなべをひたすら頂き、最後は雑炊で締めるのである。


ひたすらまるなべを食べるということは上のすっぽんの肉などとスープを頂くということだが、特にスープが美味いっ!!美味すぎる!! スッポン鍋の美味い食べ方(内緒)をいくつか女中さんに伺いながらあっという間にナベの中身を平らげたっ!

とそのときである。

店外で黄色い声援が巻き起こり、耳を凝らすとヘリが二台は飛んでいる。むむっ、政治家でここまで騒ぎを起こすとすれば、大臣クラスか、人気の若手か、と推理しつつ、女中さんに訊いた、「誰が来たんですかね?騒々しい。」と。

心の中では、「日本のたおやかな女性が黄色い声をこの暑いのに出すな!」とか「どうせ大臣だって20名くらいはいるんだから、いずれにしろひとりの自由なオレには関係ない」とおもっていたが、女中さんの回答を聞いて驚いた。小泉総理だという。

え!?

相手も一人だったかと自分の予想が外れた気恥ずかしさに戸惑いつつ、何にもとらわれない自由なはずの自分がやけに緊張して考え始めてしまった。

遭ったら何ていおう?

「外交問題その他でどういう提言をすべき」とかで悩むならまだしも、心の中の60%以上を占めていたのは、「サインもらえるかな?」とか「顔を合わしたら、なんていおう?」といった、かなりミーハーな、「黄色い声」と大差ないことである。

いかんいかん、と思った。今回の旅行のテーマは「自由」で、梶川芳友さんが館長の京都現代美術館にもいって、「ひとは定説にしばられ自由を失ってしまう。定説を<何ぞ必ずしも>と疑う自由な精神を持ち続けたい・・・」という文章を昼間読んだばかりだった。よし、と思い直して、再びスッポンに集中することにした。

やがて、まる雑炊(下)が現われた。


よし!と集中しようとしたのだが、女中さんが雑炊を持ってきてくれたとき開いた障子の隙間から外の様子が伺えてしまった。SPのひとが何人もみえた。そして店外はまだ興奮冷めやらぬ感じだったが、どうやら小泉さんは店内に入ったらしい。そんなことを考えている僕を察してか、女中さんが、上の雑炊を仕上げながら、次のようにいった、「今小泉総理がトイレに入ってるからここ通りはるかもしれません。(障子を)開けたままにしときまひょ」。

今まで小泉さんとツレションする自分を想像したことがなくて不覚だったが、僕はそのひとことですっかり舞い上がってしまった。これはますます言葉を交わす機会が目の前にぶらさがってしまったではないか。小泉総理は気さくに「よっ」と(いつもテレビでみるように)やってくる可能性があるが、そこでこっちも長嶋さんのように「どもー」と軽く返すべきなのか。それともやっぱり総理大臣なんだから敬意を表すのが本当なのじゃないかと、悩んだ。

しかししばらくそんなことを延々と考えていたが、小泉総理は通らなかった。本来なら女中さんに「来なかったやんけ」とドスを利かせた声で突っ込むべきだったが、上記のように悩んでいたので運命の選択をする必要がなくなった幸運を喜んだ。

女中さんも予想が外れて気恥ずかしかったのか、いろいろ知っていることを教えてくれた。次期総理候補の谷垣さんと池坊保子文部科学大臣政務官が同席していることや、所轄の警察は60名ほどを警備に出しているからほかに犯罪があったらどないしよ、といってると教えてくれた。

二階で小泉総理たちの宴席が盛り上がるのに耳をそばだてながら雑炊を食べた。美味さはきっと半減してしまったろう(それであのウマさだ!)。連れも同じらしくこんなに美味いものを食べてるのに、「小泉さん、今回で大市2回目だけど総理としてははじめてだって、すごい偶然だね!なんかいいことあるかもよ!」とさかんにいっていた。それを聞いて気分が滅入った、それじゃ全然自由じゃないじゃないか(僕も全く同じことを考えていたが)、と。

そして小泉総理との接触がないまま、食事を終え、個室を出た。SPたちのなかを歩いていったが、誰も僕らを大市のお客とは考えなかったらしい。ジーンズにTシャツにボサボサの髪じゃ、確かにビンボーな大学生か、NHKのテレビ小説『純情きらり』の冬吾さんぐらいにしかみえなかっただろう。しかし女中さんや主人(らしきひと)が丁重にお見送りしていただいたおかげで、SPたちの方々は、これまでのご無礼お許しくだされ~みたいに道をあけてくれた。

そして店を出たときがもっとヒサン(?)だった。小泉さんを待ってるハゲタカたちの期待でランランとした目が一斉に僕らに向けられた。「店員の方々に丁重なお見送りを頂いている冬吾さん」というアンバランスで彼らの目は点になってた。そしてハゲタカたちは、はっきりと心のなかでつぶやいた、「スッポンが時をつくる」(=世にあるはずのないことの喩え)、と。

僕も同感だった。


Mosquito

2006-08-25 00:15:12 | 時事
サンダルを履いて出かけたからだろう。右足の人差し指の上の外側が蚊に喰われた。この場所は、掻いてもかゆみが思うようにとれない。不愉快である。

以前自然食食材店で人体に無害な蚊取りマットを買った。部屋中掃除して窓を開け放っておくと、知らないうちに蚊が入り込むから、そいつのスイッチをONにしておく。するとしばらくすると、ボタっと落ちてくる。

時々読んでいた本の頁に落ちてくると驚かされるが、なんかやっつけた気がして心地よい。特にその前の晩かなんかに蚊に睡眠を邪魔され夜中に格闘したときなんかは格別である。

こんなときアメリカ南部はよかった、と思う。蚊を食べる蚊がいて、蚊に気分を害されることはなかった。連れて帰ってきたらどうなっていただろう、とはよく思う。

そう、今日のテーマはである。

驚くなかれ、アメリカ東部には、Eastern equine encephalitis(東部脳炎)のウイルスを運ぶ蚊がいる。Bostonglobe によると、8月22日夜Massachusetts南東部42万5千エーカーに空中散布した。

これが第2ラウンドで、第1ラウンドは、その2週間前(8/8and9)に16年ぶりに行われたが、計画していた60%しか除去できず、脅威がぬぐえなかった。今回の第2ラウンドは、前回の2倍の面積に3日間にわたり散布する(した)。

それからその病は、EEE(Eastern Equine Encephalomyelitis: 東部ウマ脳炎)という名もあるが、八月最後の2週間が最もそのウイルスが活動し、すでに2名感染している。

感染者の3分の1が亡くなり、半分はその後も神経性の副作用が残り、治療法はないから長い闘病生活も余儀なくされる。おそろしい病気である。

散布する薬品はAnvilで、飲み水など食糧に関係するところには散布しないが、蚊の神経系統に作用して除去するらしい。

環境団体はEEEの最悪の場合を考えて反対もないというが、最初のスプレイで蚊以外の虫なども死んでいたらしいから不安は残る。

またひとつのジェネレーションが約2週間なので、そのウイルスが動物に感染している場合、最終的に3~4週間後に脅威が出てくることになるから今回の第2ラウンドでも完全に安全になるかはわからない。

更に恐ろしい情報は、ある検査で、今年の蚊がEEEのウイルスを保有している確立は昨年の2倍であること(昨年の感染者は4名)。

またEEEだけでなく、Boston では、West Nile virus もみつかっているという。

Boston などに行く方は要注意です。

Katrina 28

2006-08-24 21:53:19 | 時事
今年8月3日から17日にかけて行われたGallup 世論調査によると、現在被災者が必要としている上位は、経済援助(27%)、家の修繕もしくは確保(11%)、更に仕事の斡旋である。生活の基盤中の基盤がないというわけである。

そのなかでまず触れたいのが住宅の確保と修理。需要が高いだけに、当然大きなビジネスになり、Washingtonpost (8/9) によると、FEMA を介してまた不正な取引が行なわれている疑いがある。

問題になっているのは、業界最大手の4つの建築会社、Bechtel Corp., CH2M Hill Cos., Fluor Corp. そしてShaw Group Inc。昨年9月に入札なしでKatrina 被災者向けの住宅供給を請け負ったときも非難轟々だったが、8月8日に、FEMAが「公正に13の候補から選んだ」という、将来の災害時に備えた6社にも選ばれていた。the watchdog group Taxpayers for Common Sense(スゴイ名前)のvice president、Keith Ashdown は、「前から決まっていたみたいだな、金とコネがなけりゃ仕事はもらえないらしい(意訳)」と述べた。

もちろんそうした疑いが生じる理由はある。もともとこの4社が引き受けた仕事は全部で、4億ドルの仕事だったが、現在では、34億ドルにつりあがっている。また、10月にFEMA の新しいDirector R. David Paulison は、きちんと入札して決めると宣誓したのに、仕事の一部しか入札になっておらず、また春には、FEMA は小さな36の会社に仕事を振り分けたのはよかったのだが、問題の4つの会社の仕事だけはそのままにして莫大な利益を得ている。FEMA側は、価格が高騰したのは、需要が高いというだけだと説明しているがどうだろうか。

ただ新しいFEMAのDirectorは、それなりに改善はした。Washingtonpost(8/20)によると、命令系統の見直し、一日の被災者登録数を20万に拡大(昨年の2倍)、より経験豊富なスタッフの配備、200台のバスの配備などが挙げられている。政府およびFEMAへの国民の信頼度は、Kaiser Family Foundation 世論調査によると半々だから、とにかくこれからにかかっているっていうんで、Paulison も、「我々のどうやるかにかかってることはわかっている。やってはじめて信じてもらえる」とのコメントが載っていた。

なんとなく前向きになっている気がしませんか?

それから読んで気持ちが明るくなったのが、Bostonglobe のKatrina's Heroes と題する記事。一記者として3月、5月にNew Orleansにいった感想が主だが、とにかく市民の力がすごいことを強調していた。洪水で緑のなくなった地に芝生を植え、助け合って家を修理し、教会ほか助け合うコミュニティーができているという、やっぱり人間っていいなってな話。とにかく29日で1年が経つわけだが、前向きにやるしかしょうがないよね。

さて前向きといえば、Katrina 被災後で一家ごとAtlanta に移り、Van でカキ氷みたいなの(=Snowballという)を売ってる26歳男性の話(NY Times 8/24)。同記事によると、やはりこういうひとは多いらしい。もちろんみなうまくいっているわけではなく、Houston はいまだにKatrina が通り過ぎてないみたい、とあった。ちなみにNew Orleans から移り住んだ地域別人数は、こちら

追伸1:Mississippi州連邦判事が、保険会社側に立って、今回の洪水でダメになった住宅の賠償をする必要がないといった(NY Times 8/16)。

追伸2:これまでのKatrina記事。 123456789101112131415161718192021222324252627

機密

2006-08-23 00:16:39 | 歴史
Washingtonpost によると、冷戦下のアメリカが旧ソ連に武器を長きに渡って供給していた事実をBush 政権が秘密にしておこうとしていたことがわかった。

情報の出所は、George Washington University内にある非営利目的の研究図書館であるthe National Security Archiveによるレポートで、Minuteman, Titan II といった大陸弾道ミサイル合計数に関する情報を国防総省とエネルギー省が国家安全保障機密事項として公の文書から除外しようとしている。そのレポートをまとめたWilliam Burrは、「これほど不正な隠蔽はない」と述べている。

冷戦時、アメリカは旧ソ連との情報戦(核兵器およびミサイルの数を調べる)にかなりのお金を人間を費やしていた。同時に自国の兵器数はオープンにして抑止力とした。1971年3月9日にアメリカが持っていた戦略爆撃飛行大隊30、Titan 大陸弾道ミサイル54、Miniteman 1000の数字がこの1月に書き換えられた模様である。

この記事の締めくくりは以下。

「情報を機密にするのは、慎重な扱いが必要だからじゃない。誰かが機密だといったからだ。21世紀にはいって数年経つのに、合衆国はいまだにどうやって機密方針をどうするかについて適切に理解していない。政府は依然としてこの問題をきちんとなおすことができていない。」

僕はこの記事を読んで上のような感想より、組織というものの持つ多ベクトルを思った。ドイツも日中戦争が始まったとき、世界最新鋭の武器を同盟国日本の敵である中国に売ってもうけていた。ヒットラーいわく「ばれるまでは続けよう」だった。

なんだか腹が立ってきた。思えば日本は維新以降戦争まで友好関係を持てた国があったろうか。ずっとやさしさには恵まれなかった。最初の李氏朝鮮の拒絶から、日本の戦後補償額(Wikipedia) を上からずっとみていくと、哀れというか不憫でならない。

今「フラトレス」を聴きながらだから余計悲しくなってるかも。それから最近亡き師が好きだった安岡章太郎を読んでいるのだが、恵まれなかったり後悔したりする主人公多いんだよねこれが。


追伸1:1996年12月26日に起こった、当時7歳のジョンベネこと、JonBenet Ramsey殺人事件の容疑者John Mark Karrがタイで逮捕されたわけだが、8月18-20日に行われたGallup 世論調査によると、この逮捕によって全米の関心はそれほど高まっていないことがわかった。
 事件以降、1997年11月、2000年3月、2006年8月とこの質問がされたが、62-37、58-42、61-38と「関心がある」方がほぼ6:4の割合で上回る状況に大差はなかった。
 また、容疑者Karr がいっていることが本当かどうかについては、「絶対に正しい」と「絶対に間違ってる」がそれぞれ5%、「おそらく正しい」と「おそらく間違ってる」が40と38で、アメリカ世論は、Karr の犯行については文字通り半信半疑ということになる。
 それからジョンベネの父親に同情が集まっている。

追伸2:イギリスでのテロ、11名逮捕(WashingtonpostNY Times)

韓流ドラマ

2006-08-22 13:53:40 | 雑談(ジョーク)
ここしばらくみていた韓流ドラマ『太陽に向かって』が、今日最終回だった。

全く韓国ドラマは背景は暗いし、一シーンのカメラアングルの数が少なくて状況が3次元でなく2次元でしかないし、音楽は貧弱だし、しかもプロットがメロメロメロドラマで、ストーリー展開がみえみえっ!

日本のトレンディドラマよりさかのぼること30年は古いんじゃないかと思う。

がっ、

泣けたぁぁぁっ

涙がとまらなかったぁぁっ
(涙がチョチョギレルとはまさにこのことっ) 

オイル高騰してんのにティッシュ使い過ぎたぁぁっ

追伸:早実の斉藤って、高校のときの僕にそっくり(突っ込みたい方はご自由にどうぞ)

アメリカの歴史見解 2

2006-08-21 20:56:39 | アメリカ
アメリカの歴史見解」では、NY Times によるものだったが、今回は、保守のTownhall から。

同記事による、靖国問題の紹介は以下の通り。

<戦時中若い兵士たちは、日本を発つとき、「靖国で会おう」といったものだった。日本の戦死者250万人の魂は、現在もあの神社にあると信じられている。1978年に14人の魂が追加されて合祀された。これは、戦争犯罪人の魂だった。合祀から1984年まで3人の首相が靖国神社を20回参拝したが、中国から抗議を受けることはなかった。しかし日本の最も重要な東アジアの隣国、中国と韓国両国とも、国民のアイデンティティの一部を1910年から45年の日本軍国主義の犠牲者としての経験によってまかなっている。まず間違いなくこうした国民のアイデンティティは政治的な選択である。>

全く異論はない。記事は更に中・韓の反日にいたる過程を書く。

<韓国では、左翼傾向があったため、日本が領土拡張主義を推し進めたことにして、日本の犠牲者であったという意識と、日本への憤りを国民のDNA に植えつけた。中国政府の選択は更に面白い。マルクス主義がだめになって、市場を中心とした反マルクス主義的な手段で経済発展を求めていくにはどうも矛盾しているようにみえる。そこで中国政府は、新たに正当化する手段を必要とし、それを日本帝国主義に反抗した思い出のなかに求める。実際多くの中国の反抗は、毛沢東の敵である蒋介石の軍隊によるものだった。そして毛沢東は、北京にある種の神社みたいなものをもってるわけだが、かれは日本の野蛮な占領軍よりはるかに多くの人間を殺した。>

全く問題ない。しかし以下はどうだろう。保守だけに日本とはぶつからないようにしようという論立てである。ただ日本の右翼は眉をしかめるかもしれないが。

<靖国神社の隣にある美術館に次のように書いてある、「大東亜戦争が始まったのは、ニューディール政策が大恐慌を取り除くことができず、唯一、ルーズベルトに残った選択肢が日本に制限を課して戦争させることだった。合衆国経済は、戦争に突入するや完全に回復した。」これはあまりに不誠実だが、よく耳にする。何年もアメリカ人の小さいが声を発する共産党系アメリカ人、つまりアンチFDR推進者が大体こんなことをいっている。しかし小泉も安倍も靖国参拝のときこの美術館には行かない。>

そこ(字がでかいところ)に目をつけるとは思わなかった、とは思いませんか?歴史認識も結局日本の立場としては中・韓の主張を斥けながらどこでアメリカとの線を引くかということにあるわけだが、この線は思いつかなんだ。。。

それからもうひとつ思いつかなかったこと。

「近年中国の潜水艦や戦闘機が日本の領土に侵入してくるが、これは、中国が、戦時中の日本同様、政府が軍を統率できていないからじゃないか?」

というもの(ただしこれは日本からの発想として紹介されている、僕は知らなかった)。

そして記事は以下のように終わっている。

<アメリカ人は、靖国の議論にまどわされてはいけない。アメリカにも南部軍の旗を飾ることに比較的マイナーではあるが依然として辛らつな議論があるわけだが、アメリカ人は、国民的な記憶をつかった政治学がどんなに議論を呼ぶか知っているし、また、母国の兵が死んだ原因を褒め称えずに、戦死者を敬う問題というのを理解している。>

Race

2006-08-20 23:13:05 | 時事
以前NY Times に載ってた記事によると、SAT (大学進学適性テスト)がACT(米国大学入学学力テスト)と競い合ってアメリカの教育カリキュラムなどのコーディネイトをするようになったとあった。

なんというか商売なわけである。もちろん食べることがそれだけ大変だからである。

しかも移民問題でPreschool(通常5歳以下がいく)からEducation Race (Bostonglobe)が始まっているという。

同記事によると、Latino (アメリカ在住のラテンアメリカ人)の5歳以下の90%はすでにアメリカ市民で彼らのなかでの競争は厳しい。しかし本当に厳しいのは他の民族出身者との戦いである。

更に同記事によると、識字率は、幼稚園の段階で、

①アジア系79% ②白人74% ③アフリカ系アメリカ人59%

そしてLatino は、51%である。

この差は見た目以上に大きいらしい。識字率自体の差は一年生になるときになくなってほぼすべて99~100%になるが、1年生のときの文章読解力の以下の差につながる。

①アジア(62) ②白人(53) ③Latino(41) ④African Americans (34)

当然このPreschool の段階からの競争が商売のネタになる。

そしてSurvival Game のこの第1楽章は、大学まで続き、大学の格付けなんかが行われている(Expansione in Italy, Les Echos in France, America Economica in Latin Americaなどがある)。

しかし当然こういう風潮に対して、「これでいいのかっ?」というひとがいる。Bostonglobeによると、the University of South Africa のDerick de Jongh がこんなことをいったらしい。

"IMAGINE a world where harmony, equity, social cohesion, ethical conduct, a sustainable environment and a just society dominate the thoughts and minds of all leaders, business, government and civil society"
想像してみてください。調和や公正さ、みんなの団結、倫理的な行動、環境を破壊しない環境、公正な社会、こういったものがあらゆる指導者の思索と知性に著しい影響を与えるような世界を!」

ただし同記事によると、この言葉も大学のランキングをねらってのものらしい。

追伸1:タイトルのRACE(人種とレース)をかけました。

追伸2:NHK杯将棋 羽生三冠 対 田村六段。羽生には小手先のひらめきや奇をてらった手じゃ勝てない。本当の強者はいつも基本に忠実でシンプルだ。

追伸3:亀田大は1回KO勝ち 兄の興毅セコンド務める (共同通信) - goo ニュース