帰りの地下鉄でメールを受け取る、
「水野晴郎さんが亡くなったよ」と。
今では映画評論家という人種をTVで見かけることは
あまり無い。
映画は放送されていても、「解説者」は居なくなって久しい。
小さい頃たくさんあった「ナントカ・ロードーショー」では
淀川さんの名調子が記憶に残ってるが、
その次の世代として水野さんは解説者として活躍し、
「史上最大の作戦」「夕陽のガンマン」などの邦題も
彼がつけたという。
最近はTVで見なくなって
映画「シベリア超特急」シリーズで
自らの製作・監督・脚本・主演をこなし、
出来の微妙さでコアなファンも獲得していた。
少し前にTVで見たとき「老けたな」と感じたが、
人のよさそうな笑顔は変わらなかった。
名古屋駅のシネマスコーレという小さな映画館で
「シベ超」シリーズの公開があったとき、
挨拶で話している姿も見ているが
そのときの映画にかける情熱は
やはり映画好きには嬉しいものだった。
自分はブログで何を表現してるのか、
もしかしたらこの文を目にした人に
ほんの一瞬でいいから、自分の文章の中に何かを感じて
もらいたいそんな気持ちがあるからなのか。
好きでやってるとは思いつつも
それでも誰かの目に触れてもらえたら
嬉しいのだ、
あの日、スコーレの小さな劇場で
自分の映画を熱く語る水野晴郎さんも
映画好きの僕らに確実に何かを残してくれたのだ。
soramove
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「いやあ!映画って本当にいいもんですね」
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「水野晴郎さんが亡くなったよ」と。
今では映画評論家という人種をTVで見かけることは
あまり無い。
映画は放送されていても、「解説者」は居なくなって久しい。
小さい頃たくさんあった「ナントカ・ロードーショー」では
淀川さんの名調子が記憶に残ってるが、
その次の世代として水野さんは解説者として活躍し、
「史上最大の作戦」「夕陽のガンマン」などの邦題も
彼がつけたという。
最近はTVで見なくなって

映画「シベリア超特急」シリーズで
自らの製作・監督・脚本・主演をこなし、
出来の微妙さでコアなファンも獲得していた。
少し前にTVで見たとき「老けたな」と感じたが、
人のよさそうな笑顔は変わらなかった。
名古屋駅のシネマスコーレという小さな映画館で
「シベ超」シリーズの公開があったとき、
挨拶で話している姿も見ているが
そのときの映画にかける情熱は
やはり映画好きには嬉しいものだった。

自分はブログで何を表現してるのか、
もしかしたらこの文を目にした人に
ほんの一瞬でいいから、自分の文章の中に何かを感じて
もらいたいそんな気持ちがあるからなのか。
好きでやってるとは思いつつも
それでも誰かの目に触れてもらえたら
嬉しいのだ、
あの日、スコーレの小さな劇場で
自分の映画を熱く語る水野晴郎さんも
映画好きの僕らに確実に何かを残してくれたのだ。
soramove
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