日本で日常的に飲まれている牛乳のほとんどは、超高温短時間殺菌法(UHT)によるもの、つまり120~135℃・2秒間などの方法である。一方、低温殺菌によるもの、つまり63~65℃・30分間の殺菌方法による低温殺菌牛乳も数%程度のシェアがあり、少しずつではあるが割合を増やしてきている。なかには72~85℃・15~40秒間という方法もあり、これも「低温殺菌牛乳」として売られているようだ。
大きな違いは賞味期限と、それから製造時の経済性(30分より2秒のほうが時間もお金もかからない)だろう。
殺菌効果については、生乳そのものでない限り、衛生基準がある現在はコンマ数の違いを云々することにはあまり意味がない。栄養の吸収されやすさなどについても、それぞれの立場から異なった結果がでているから、本当に検証せず言及することは軽率である。
味も当然重要だが、慣れ親しんだUHTの方を好む人もいるから、一概に優劣を語ることはできない。したがって、私がここで味について言うことはあくまで主観的な意見である。
私は、10年程度前は、低温殺菌牛乳こそを旨い牛乳だと思っていた。その後、我が家では、『日本の牛乳はなぜまずいのか』(平澤正夫、草思社)との出会いから、さらにノンホモジナイズドの低温殺菌牛乳、つまり製造段階で加圧して均一(ホモ)にしない牛乳を飲み始めるようになった。東毛酪農の「みんなの牛乳」である。今は、これが私の体験上いちばん旨い牛乳の位置を占めている。
ノンホモの場合、放っておくと上下分離して上に「クリームライン」ができる。ここだけを取ってクリームとして使えるし、ノンホモなので小さくされていない分子どうしがさらにクラスターとなりやすく、要は自宅でも振り続ければバターができる。私は、ビンの開けたてを振らずに注ぎ、旨いところを頂くというエゴイスティックなこともしている(別に残りがまずくなるわけでもない)。どうもノンホモであれば、製造段階で機械にへばりつくなどの弊害があることも、ホモ牛乳が多いことの理由らしい。
『幸せな牛からおいしい牛乳』(中洞正、コモンズ)によると、牛乳のイメージは「牧場」であるが、実際には日本の多くの牛乳は、牛舎に押込められて不自然に人工授精され、輸入飼料を与えられている乳牛から生産されている。そして搾乳後は経済合理性至上主義により、製造され、流通される。
中洞氏が主張していることは、①牛乳は日本という気候風土にあった方法で不自然・危険な方法ではなく生産されるべき、②乳脂肪分至上主義(濃い方が売れる)はおかしい、③安全で旨い牛乳を作れば安売りはできない(しかもマージンが取られる)、といったことだ。実際に、乳脂肪分が3.5%を切る生乳を供給する酪農家は、そうでない場合の半額程度の卸値で引き取られるそうである。また、スーパーでも、広告の目玉商品として、客寄せのため原価割れでも販売していたりする。
『幸せな牛からおいしい牛乳』(中洞正、コモンズ)他により作成
このような経済合理性に基づく大量生産・大量流通により、安価に消費者が牛乳を飲めるのであるから、一概におかしいというわけにはいかない。しかし、不健康な牛から牛乳を搾り取り、酪農家がコスト的に窮々とし、安全性や旨さを犠牲にするあり方は、やはり歪んでいる。大規模乳業メーカーのモラルハザードなども、起こるべくして起こった事件なのだろう。
すなわち、なるべく地産地消のスローフードに近いもの、そして国内ではあるがフェアトレードの概念を働かせるべきだということになる。
中洞氏は、さらに、環境容量の思想にまで到達している。つまり、生鮮食品であるから、不自然に遠距離輸送・長期間保存を行うことは必要最低限にとどめ、安全性を優先させ、さらに穀物輸入を通じて貧困地域の間接的な抑圧を回避するには、日本国内の酪農は一定の条件を満たしたものに限るべきとする考えである。
「中洞牧場」の課している条件は、放牧する牛は1ha内に2頭以内(=50アール/頭)、輸入飼料は使わず天然の植生を活用する、といったものである。なお、東毛酪農が他の酪農家から仕入れる基準は、牛1頭あたり10アール以上の牧草地+10坪(=33m2=0.33アール)以上の運動場とされており(『日本の牛乳はなぜまずいのか』、平澤正夫、草思社)、単純比較はできないが、中洞氏の条件は相当に厳しいものだ。
我が家で購入している「みんなの牛乳」(東毛酪農)、さらにまだ飲んだことはないが「四季むかしの牛乳」(中洞牧場)は、スーパーで購入できる普通のUHT乳や低温殺菌牛乳に比べて相当高い。産地直販や、生協などを通じての共同購入には難しい点もあるだろう。しかし、とにかく低温殺菌ノンホモ乳は旨いのである。安全かつ日本(間接的に海外)の環境を害していないのであればなおさら良い。
まずはどちらの本も面白いので、一読をおすすめする。
ところで、榎本牧場(埼玉県)に遊びに行って話を聞いたときのこと。「低温殺菌牛乳が一番旨いですが、さらに絞りたての牛乳のほうが旨いです。しかし、商品として提供できないので、あなたがたは飲めません」・・・心底羨ましいと思うのだった。
右端は「なのはな生協」のチラシ、「夫」は私(笑)