うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

鷺の墓

2012年12月12日 | ほか作家、アンソロジーなど
今井絵美子

 2005年6月発行

 瀬戸内の小藩である瀬戸藩(架空)の下級武士たちの悲哀を綴った短編連作集。

鷺の墓
空豆
無花果、朝露に濡れて
秋の食客
逃げ水 計5編の連作短編集

鷺の墓
 無外流免許皆伝の腕を買われ、藩主・松之助の警護の任務を命じらた保坂市之進だったが、そこで向けられる好奇な眼。そして次第に明らかになる実父の切腹と実母の謎。
 実母が藩主の側室に上がり、実父は腹を斬って果てる。どこかで読んだ。心当たりが…。よもや同じ本を手にしてしまったのか…。
 同氏著の「花あらし」収録の一編「椿落つ」だった。しかも「椿落つ」以前の保坂市之進の物語である。

主要登場人物
 保坂市之進...瀬戸藩馬廻り組
 保坂槇乃...市之進の祖母

空豆
 妻の路江亡き後、来栖又造の面倒を見てくれていた姪の芙岐が、副島琢磨の息子から弄ばれて妊娠しの果て自害した。意を決した又造は、姪の恨みを果たすことを決心する。
 収録作品中、一番心に残る物語であった。来栖又造のただ謝罪をといった一縷の望みも、軽輩者として無下にされてしまう、やり場のない碇。怒りや恨みを晴らすには一死を掛けるしかない悲しい結末に心打たれた。
 その風貌から「空豆」と誹られながらも、鷹揚な人柄の又造。こういった実直で大きな人間を無下にする社会は今も昔も変わらずといったところか。

主要登場人物
 来栖又造...瀬戸藩勘定方
 芙岐...又造の姪(又造の妻・路江の姉の娘)
 副島琢磨...瀬戸藩藩奏者番

無花果、朝露に濡れて
 牛尾家に後妻に入った宇乃は、仕立て仕事で家計を助けながらも平穏に暮らしていたが、夫・爽太郎が役目上の叱責から古文書図書方から郡方検見下役へ役替になり録も減らされてしまう。諸事から金策のに走るが、それは罠であった。
 大方の女流時代小説作家の手に掛かれば、宇乃は騙されにっちもさっちもいかなくなり、家庭崩壊。もしくは自害が妥当なストーリーながら、若かりし頃思いを馳せた保坂彦四郎を登場させ、人生のきびを思い出の中で切なく語り、現状は前向きな明日へと向かい爽やかに終わらせている。

主要登場人物
 牛尾宇乃...爽太郎の後妻
 保坂彦四郎...部屋住、保坂市之進(「鷺の墓」)の叔父
 牛尾爽太郎...瀬戸藩郡方検見下役
 牛尾幾之進...爽太郎の嫡男、宇乃の義理の息子
 牛尾惣太...爽太郎の次男、宇乃の実子

秋の食客
 念願の勘定方下役に役目換えとなった祖江田藤吾の拝領屋敷(「空豆」の来栖又造の屋敷後)に、藤吾の亡き父・藤兵衛を頼り、仕官の道を探さす浪人・高尾源太夫が訪った。だが、のらりくらりと日々を過ごし…源太夫の狙いは藩の重鎮・副島琢磨にあった。
 「空豆」での来栖又造のその後がこの章で口づてに語られる。大方の予想通りではあったが、「空豆」を暗く終わらせず、ここで結末をはっきりと伝え、かつ副島琢磨への決着を付けた。
 この章では、風体怪しい浪人者の高尾源太夫の不可解な行動が主軸であり、最後までその正体が明らかでないことから、今井氏の後の短編作品にも登場しそうな予感がした。

主要登場人物
 祖江田藤吾...瀬戸藩勘定方下役
 祖江田瑠璃...藤吾の妻
 高尾源太夫...大垣藩浪人

逃げ水
 保坂市之進の幼馴染みであった野枝が、嫁ぎ先から離縁され、実家に戻ってきた。訳は市之進の実母と同じく、政治の道具として藩主に献上される為、夫の孫右衛門が野枝を逃したのだ。次第に野枝に惹かれる市之進だったが…。一方、叔父の彦四郎(「無花果、朝露に濡れて」)は武士を捨てる覚悟を固める。
 締め括りは、第一話「鷺の墓」から数年後である。市之進の恋心と、決断。人生とは平穏に穏便にやり過ごしていれば、収まる所に収まるのではないか。案外見直なところに幸せはある。
 西国の小藩で分相応に、たおやかに生きて行こうとする静かな終焉である。

主要登場人物
 保坂市之進...瀬戸藩馬廻り下役(「鷺の墓」同一人物)
 犬塚野枝...備中松山藩御弓方組頭・吉田孫右衛門の元妻、瀬戸藩剣見方下役・犬塚家の娘
 犬塚力弥...孫右衛門・野枝の嫡男
 保坂槇乃...市之進の祖母
 保坂彦四郎...部屋住、保坂市之進の叔父

 実際に有り得たであろう、藩内の政治争いに、巻き込まれた下級藩士たちを描いた、連作となっている。激しさはないが、しっとりとした人間模様が描かれている。
 藤沢周平氏の庄内藩、海坂藩(うなさかはん)物を彷彿とさせると、各コメント等に記されている小藩の下級武士の日常物語である。





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