2006年5月発行
薬種屋の主であった与平が、店を息子たちに譲って隠居後に、路地裏で開いた「聞き屋」家業。他人に話したい事を抱えている人は存外にいるもので、与平の前で重荷を下ろす人もいる。だが、そんな与平自身にも人には言えない秘密があった。
聞き屋与平
「聞き屋与平」の客に、父親に変わって一膳めし屋で働き、下の兄弟を育てるおよしという若い娘がいる。ある日、そのおよしが、父の拵えた借財の為に吉原に売られると知った与平は、借金を返済しおよしを茅場町の仁寿堂出店で雇い入れるのだった。
店を閉めた後、机と腰掛けを通りに持ち出して店開きする「聞き屋与平」。物語の時刻は夕暮れから夜半である事から、周囲の景色は闇夜に行灯の薄暗い灯りと想定されるが、そこはやはり宇江佐さんであって、独自の美しい言葉で季節感や相手の様子を描き分けている。
どくだみ
拾った巾着の中に母親の手作りらしいお守りが入っていたので、何とか持ち主を探したいと、千蔵という男が「聞き屋与平」に相談を持ち掛けるが、この男、表向きは床店の主であるが、裏では巾着切りの元締めをしているのだった。
章毎に中心となる話はあるが、「聞き屋与平」を訪れる客はひとりではなく、主題となる話と直接の繋がりはないのであるが、関連性を持たせているのが特徴的かつ計算されており、深みを出している。
人の心に潜む善悪を題材にしている。
雑踏
日本橋の生薬屋うさぎ屋に婿養子に入っている、次男作次の夫婦仲が良くないと聞き、与平は作次に会いに行く。話を聞き、与平は両国広小路に仁寿堂の床見世を構え、作次に任せるのだった。
「白い覆いを掛けた机に青白い月の光が射していた」。この美しい表現の中、夫婦とはを問う章になっている。
開運大勝利丸
近頃評判の「開運大勝利丸」を、作次の床見世で売る事になったが、与平は賛成し兼ねていた。そんな折り、町医者中野良庵から「赤膏」という薬の処方箋を貰う。
表向きは町医者だが、裏の顔は押込みであった中野良庵。彼が最期に見せた優しさを踏まえ、人が最期に守る物は何か。大切な物について考えさせられる章である。
良庵の情婦のお梅との話の後のラスト6行が、心に響いた。
とんとんとん
与平を付け狙っていた鯰の長兵衛が、息を引き取った。ついに秘密を守り抜いた与平だったが、今度は付け火をされる。そしてその顔は先代の女将おうのだった。
冒頭から与平の秘密を暴こうと近寄っていた岡っ引きの長兵衛。ついに与平の口から明かされる事はなかったが、恐らく死期を悟ったであろう長兵衛が「ご隠居。後生だ。冥土の土産に明かしてくんねェ」。と言うシーン。このひと言で、鯰と渾名され評判芳しくない岡っ引きながらも、真実を追究するプロ根性を供えた人物であることを伺わせた。
夜半(よわ)の霜
富蔵とおよしの祝言が挙げられた。だが喜びも束の間、およしの実母のおまさが、仁寿堂に集るようになったのだ。およしは離縁を口にする。
与平の最期の客は、女房のおせきだった。おせきの口から出た内容とは…。与平が40年間抱え続けた秘密だった。
おせきが明かす40年前の与平の秘密。恐らく「聞き屋与平の」の小さな机の前で、頭を付き合わせるようにして話し合う長年連れ添った夫婦の、互いが口に出来なかった真実に対し、与平の心境描写が見事に描かれている。
「昨日と同じ夜が今日も続く。だが昨夜と今夜は確実に何かが違う」。与平の跡を引き継いだおせきのこんな心中で物語は終わる。
話を聞くだけといった設定ながら、かなり奥の深い物語であった。こうして書くに当たりかいつまんで目を通したが、是が非でも再読したい一冊である。
主要登場人物
与平...米沢町薬種屋仁寿堂本店の隠居
おせき... 与平の妻
藤助... 仁寿堂本店主、与平の長男
おさく...藤助の妻
作次... 日本橋薬種屋うさぎ屋の婿養子、与平の次男、後に両国広小路の仁寿堂床見世主
おなか... 作次の妻
富蔵... 茅場町仁寿堂出店の主、与平の三男
徳市... 米沢町の按摩
鯰の長兵衛...両国広小路の岡っ引き
およし...一膳めし屋の女中、後生薬屋の女中
源次...鳶職、火消し「に組」の頭
千蔵...両国広小路髪結床千店主、おさくの父親
中野良庵...八丁堀の町医者
お梅...良庵の情婦
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薬種屋の主であった与平が、店を息子たちに譲って隠居後に、路地裏で開いた「聞き屋」家業。他人に話したい事を抱えている人は存外にいるもので、与平の前で重荷を下ろす人もいる。だが、そんな与平自身にも人には言えない秘密があった。
聞き屋与平
「聞き屋与平」の客に、父親に変わって一膳めし屋で働き、下の兄弟を育てるおよしという若い娘がいる。ある日、そのおよしが、父の拵えた借財の為に吉原に売られると知った与平は、借金を返済しおよしを茅場町の仁寿堂出店で雇い入れるのだった。
店を閉めた後、机と腰掛けを通りに持ち出して店開きする「聞き屋与平」。物語の時刻は夕暮れから夜半である事から、周囲の景色は闇夜に行灯の薄暗い灯りと想定されるが、そこはやはり宇江佐さんであって、独自の美しい言葉で季節感や相手の様子を描き分けている。
どくだみ
拾った巾着の中に母親の手作りらしいお守りが入っていたので、何とか持ち主を探したいと、千蔵という男が「聞き屋与平」に相談を持ち掛けるが、この男、表向きは床店の主であるが、裏では巾着切りの元締めをしているのだった。
章毎に中心となる話はあるが、「聞き屋与平」を訪れる客はひとりではなく、主題となる話と直接の繋がりはないのであるが、関連性を持たせているのが特徴的かつ計算されており、深みを出している。
人の心に潜む善悪を題材にしている。
雑踏
日本橋の生薬屋うさぎ屋に婿養子に入っている、次男作次の夫婦仲が良くないと聞き、与平は作次に会いに行く。話を聞き、与平は両国広小路に仁寿堂の床見世を構え、作次に任せるのだった。
「白い覆いを掛けた机に青白い月の光が射していた」。この美しい表現の中、夫婦とはを問う章になっている。
開運大勝利丸
近頃評判の「開運大勝利丸」を、作次の床見世で売る事になったが、与平は賛成し兼ねていた。そんな折り、町医者中野良庵から「赤膏」という薬の処方箋を貰う。
表向きは町医者だが、裏の顔は押込みであった中野良庵。彼が最期に見せた優しさを踏まえ、人が最期に守る物は何か。大切な物について考えさせられる章である。
良庵の情婦のお梅との話の後のラスト6行が、心に響いた。
とんとんとん
与平を付け狙っていた鯰の長兵衛が、息を引き取った。ついに秘密を守り抜いた与平だったが、今度は付け火をされる。そしてその顔は先代の女将おうのだった。
冒頭から与平の秘密を暴こうと近寄っていた岡っ引きの長兵衛。ついに与平の口から明かされる事はなかったが、恐らく死期を悟ったであろう長兵衛が「ご隠居。後生だ。冥土の土産に明かしてくんねェ」。と言うシーン。このひと言で、鯰と渾名され評判芳しくない岡っ引きながらも、真実を追究するプロ根性を供えた人物であることを伺わせた。
夜半(よわ)の霜
富蔵とおよしの祝言が挙げられた。だが喜びも束の間、およしの実母のおまさが、仁寿堂に集るようになったのだ。およしは離縁を口にする。
与平の最期の客は、女房のおせきだった。おせきの口から出た内容とは…。与平が40年間抱え続けた秘密だった。
おせきが明かす40年前の与平の秘密。恐らく「聞き屋与平の」の小さな机の前で、頭を付き合わせるようにして話し合う長年連れ添った夫婦の、互いが口に出来なかった真実に対し、与平の心境描写が見事に描かれている。
「昨日と同じ夜が今日も続く。だが昨夜と今夜は確実に何かが違う」。与平の跡を引き継いだおせきのこんな心中で物語は終わる。
話を聞くだけといった設定ながら、かなり奥の深い物語であった。こうして書くに当たりかいつまんで目を通したが、是が非でも再読したい一冊である。
主要登場人物
与平...米沢町薬種屋仁寿堂本店の隠居
おせき... 与平の妻
藤助... 仁寿堂本店主、与平の長男
おさく...藤助の妻
作次... 日本橋薬種屋うさぎ屋の婿養子、与平の次男、後に両国広小路の仁寿堂床見世主
おなか... 作次の妻
富蔵... 茅場町仁寿堂出店の主、与平の三男
徳市... 米沢町の按摩
鯰の長兵衛...両国広小路の岡っ引き
およし...一膳めし屋の女中、後生薬屋の女中
源次...鳶職、火消し「に組」の頭
千蔵...両国広小路髪結床千店主、おさくの父親
中野良庵...八丁堀の町医者
お梅...良庵の情婦
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