2013/10月発行
自殺しようとしているところを救った縁で結ばれた喜十とおそめは、店の前に捨てられていた赤子を養子に迎え、親子3人で静かで幸せな家庭を築こうとするが、招かざる客・北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵の手下のように使われて…。
「古手屋喜十為事覚え」の第2弾。
落ち葉踏み締める
雪まろげ
紅唐桟
こぎん
鬼
再びの秋 計7編の短編連作
落ち葉踏み締める
父が他界し、一家を支えるため、蜆売りになった新太に、母親のおうのは、産まれたばかりの末弟・捨吉を、何処かに捨てて来なければ川に流すと、とんでもない事を言い出す。考え倦ねた末に新太は、蜆を買って貰った事のあるおそめの優しそうな顔を思い出し、日乃出屋の軒先に捨吉を置き去りにするのだった。
やがて捨吉をねたに日乃出屋から幾許かの金を引き出そうとするのを知ると、新吉はおうのを手にかけ、自らの幼い命を絶つのだった。
雪まろげ
仙人に連れられ、幽界に行った過去があると口走ってしまったため、お店を首になり、学者・平塚円水の下男として住み込みながら、幽界話を円水に語る鶴吉始め、あちこちで不可思議な経験を持つ者の噂が広まっていた。
そんな幽界騒ぎの探索を命じられた上遠野平蔵は、喜十を誘って山くじら屋の音助の話を聞き行く。
真実か否か…それは雪まろげのようにいずれは消えてなくなる、そんなものに未練を残して何になると喜十は思う。
紅唐桟
喧嘩沙汰でしょっぴいた勇吉という若い男が、身形に相応しくない、高直な舶来物の紅唐桟の紙入れを持っていた。持ち主を捜し出したい上遠野とその手下の銀助は、布物を扱う喜十に無理矢理それを託す。
折しもおそめが、伯父・上総屋次左衛門が伏せっていると聞き、本所石原町に出向いていおり、捨吉を背負ったまま、喜十は袋物屋を訪い、下谷広小路の町医者・山崎尚安の妻・おりくに辿り着く。
長崎留学中の尚安馴染みの遊女だったおりくは、尚安を追って江戸に出て来たが、既に尚安の気持ちは離れ、心に空いた穴を埋める事も出来ず、直に長崎に戻るおりくに、喜十は、江戸で自立する道もあると勧めるのだった。
こぎん
安行寺の本堂の縁の下で、行き倒れの男が見付かった。男の身元を調べる手掛かりは、見慣れない縫い取りのある半纏のような野良着だけである。
上遠野平蔵より日乃出屋軒先に吊るし、見知った者を探す手伝いを頼まれた喜十。上遠野よりの頼みがそれだけで住む筈は無いと懸念するも、案の定、男の身元を知る者が現れるのだった。
鬼
額に瘤のある女が、くたくたに着古した衣装を求めて日乃出屋にやって来た。聞けば、息子の伝吉が皮膚の病いで擦れていたまないようにとの事。おそめは、売り物ではないがと、喜十の古着を差し出す。
一方、皮膚病の伝吉が気掛かりな喜十は、町医者の赤堀甚安に相談し、診察の段取りをつけるも、上遠野平蔵が追っている、近頃大伝馬町界隈で起きている、犬猫殺しが伝吉の仕業ではないかと当たりをつけていた。
おてつの瘤、伝吉の皮膚そして心の病いを、喜十は癒す手助けをしようと奔走する。
再びの秋
日乃出屋の前に捨てられていた、捨吉を養子にして1年が過ぎた。喜十はふと、哀れな最期を遂げた捨吉の長兄・新太を思い出し胸が痛む。
そんな矢先、日乃出屋の様子を伺う少年が目に入り、新太ではないかと思うも、その弟の幸太であった。
聞けば、引き取られた叔父の家で虐待を受けた上、心の支えにしていた妹たちが養女に出されたと言うのだった。真意を確かめるため、その叔父が住む押上村まで出向いた喜十は、おうめとおとめの妹2人は吉原に売られた事を悟ると同時に幸太を安じ、連れ帰えり、日乃出屋の丁稚にすることに。
事情を知った上遠野は、おうめとおとめを見付け出し、喜十に身請けして面倒をみろと告げるのだった。
この主人公の喜十は、正義感が強い訳でも実直な人でもない。増してや見てくれもお世辞にも並みとも言えない容貌。おおよそ、ヒーローには縁遠い人物なのである。
なので、面倒事は真底嫌。慈善の心も有る訳ではないのだが、かといって非道な訳でも情がない訳でもない。
言うなれば、どこにでもいる至って平凡な人物なのである。が、なぜか上遠野平蔵の手先のように扱われ、事件に首を突っ込むことで、厄介を背負い込むこともしばしば。
前作からの変化は、出来た母親・おきくが鬼籍に入り、捨て子・捨吉を養子に迎え、日乃出屋の顔触れが代わった。ここで幼児を用いたことで、宇江佐氏の持ち味がまたまた発揮され、物語のアクセントになっている。
やはり母親だけあり、宇江佐氏の描く子どもの描写は、目に浮かぶような愛らしさがにじみ出ているのだ。
登場人物の魅力が倍増した事で、物語の幅が広がった。単に子どもの愛らしさだけではなく、どこか冷めながらも、慣れない子育てに奔走しながら、親として成長する喜十の姿も興味深い。
さて、今シリーズ。いきなり、「これぞ宇江佐ワールド」と言わんばかりの、切なさ・ほろ苦さを胸に刻む、「落ち葉踏み締める」から第2弾がスタート。
そして、「再びの秋」でも、これまた宇江佐氏ならではを十分に堪能することができ、「古手屋喜十為事覚え」シリーズが更なる飛躍を遂げたと言える。
シリーズ物は、回数を重ねるうちにトーンダウンしていくパターンが多いが、宇江佐氏の作品は、そのほとんどがレベルアップしているのが素晴らしい。
第1弾を超えるお勧めの1冊。
実は、このシリーズには余り入れ込みはなかったのだが、今回読んで、普通の人間の抱く、普通の善悪の感情など、深い部分を感じ入った。
主要登場人物
日乃出屋喜十...浅草田原町古手屋の主
おそめ...喜十の妻
捨吉...喜十・おそめの養子
上遠野平蔵...北町奉行所隠密廻り同心
銀助...岡っ引き(上遠野平蔵の手下)
留吉...伊勢屋の大工
赤堀甚安...東仲町の医者
赤堀百合江...甚安の娘、助手
伝吉...日本橋大伝馬町酒屋・掛川屋の奉公人
おてつ...日本橋大伝馬町大工宅の女中、伝吉の母親
新太...捨吉の長兄、業平蜆売り
幸太...捨吉の次兄
おうの...捨吉の実母
おてる...捨吉の長姉
おうめ...捨吉の次姉
おとめ...捨吉の三姉
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