
一話毎に、レギュラー陣によって主人公が変わり、そこに伊三次が絡む手法は、一作目から同じであり、そしてほぼ隔話で伊三次が主役となっていくのだが、読み手を混乱させない進行は相変わらず素晴らしい。
また、どの話においても瞬時に読み手を引き付けさせる季節感も、見事な冴えである。それは着る物であったり、空模様であったり、草木であったりと。
因果堀
お文の紙入れを掏った女は、岡っ引きの増蔵とは縁浅からぬ間柄だった。
スピンオフで、岡っ引きの増蔵の過去を紹介していると同時に、凄腕の巾着切りの直次郎が、愛すべくキャラとして登場。
わたくしは、このシリーズの中で、直次郎がいっち好きなキャラである。粋な黒の着流し、男前でありかつ凄腕。それでいて、お姐言葉。愛らしく憎めない。
増蔵の静かで深い思い。お見事。
また増蔵と留蔵がどうも混乱していたが、これにてはっきりと区別を付ける事が出来る。
ただ遠い空
女中のおみつが留蔵の手下の弥八と所帯を持つ事になり、お文(文吉)の元には、喜久寿の仲立で、おこなという訳ありの娘が女中としてやって来た。
単なる女中の交代ではなく、おこながどこまで全うなのか。信用して良いのか否かをはらはらさせられ、活字を追う目を止められなくなる。
竹とんぼ、ひらりと飛べ
美濃屋の内儀おりうは、その昔愛惚れだった侍との間の、産み落とすと直ぐに養子に出された娘を捜していた。弥八はその娘がお文じゃないかと言う。
これまで触れられなかった、お文の過去が一気に明るみになる。
護持院ヶ原
辻斬りの下手人として疑いを抱かれている秋津源之丞は、本多甲斐守の御小姓組である岸和田鏡泉の庇護を受ける。その岸和田鏡泉は幻術を扱う恐るべき存在だった。
残忍な殺人犯である秋津源之丞だが、付き合いを始めれば人懐こい面を見せたりと、人は一方的な気質だけではないと、多角的見地から人間像を描く宇江佐さんの眼力を讃えずにはいられない。
さらば深川
伊勢屋忠兵衛の世話を断ったお文(文吉)の元に、伊勢屋の奉公人が住まいの普請の取り立てにやって来た。時を同じくし、伊勢屋の名を使った騙りが頻発。事実の解明に伊三次は紛争する。
そして悪い事は重なるもので、お文の住まう蛤町が火事に見舞われる。
伊三次とお文。如何してここまで艶っぽく描けるのか。見事なまでの男女の仲を思い描く事が出来る作品。
主要登場人物
伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
お文(文吉)...深川芸者
おみつ...お文の女中、弥八の妻
不破友之進...北町奉行所定廻り同心
いなみ...友之進の妻
龍之介...友之進の嫡男
松助...不破家中間
留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
弥八...留蔵の手下、留蔵の養子
増蔵...岡っ引き(門前仲町)
正吉...増蔵の手下
緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
喜久壽...お文の朋輩芸者
直次郎...掏摸
お絹...すっ転びお絹、掏摸
信濃屋五兵衛...材木問屋
伊勢屋忠兵衛...材木仲買商
おこな...お文の女中
おりう...美濃屋のお内儀
茂作...駕籠屋
おさき...茂作の娘
岸和田鏡泉...本多甲斐守の御小姓組
秋津源之丞...岸和田鏡泉の小者
藤助...詐欺師

