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うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

さらば深川~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月24日 | 宇江佐真理
 2000年7月発行

 一話毎に、レギュラー陣によって主人公が変わり、そこに伊三次が絡む手法は、一作目から同じであり、そしてほぼ隔話で伊三次が主役となっていくのだが、読み手を混乱させない進行は相変わらず素晴らしい。
 また、どの話においても瞬時に読み手を引き付けさせる季節感も、見事な冴えである。それは着る物であったり、空模様であったり、草木であったりと。

因果堀
 お文の紙入れを掏った女は、岡っ引きの増蔵とは縁浅からぬ間柄だった。
 スピンオフで、岡っ引きの増蔵の過去を紹介していると同時に、凄腕の巾着切りの直次郎が、愛すべくキャラとして登場。
 わたくしは、このシリーズの中で、直次郎がいっち好きなキャラである。粋な黒の着流し、男前でありかつ凄腕。それでいて、お姐言葉。愛らしく憎めない。
 増蔵の静かで深い思い。お見事。
 また増蔵と留蔵がどうも混乱していたが、これにてはっきりと区別を付ける事が出来る。

ただ遠い空
 女中のおみつが留蔵の手下の弥八と所帯を持つ事になり、お文(文吉)の元には、喜久寿の仲立で、おこなという訳ありの娘が女中としてやって来た。
 単なる女中の交代ではなく、おこながどこまで全うなのか。信用して良いのか否かをはらはらさせられ、活字を追う目を止められなくなる。

竹とんぼ、ひらりと飛べ
 美濃屋の内儀おりうは、その昔愛惚れだった侍との間の、産み落とすと直ぐに養子に出された娘を捜していた。弥八はその娘がお文じゃないかと言う。
 これまで触れられなかった、お文の過去が一気に明るみになる。

護持院ヶ原
 辻斬りの下手人として疑いを抱かれている秋津源之丞は、本多甲斐守の御小姓組である岸和田鏡泉の庇護を受ける。その岸和田鏡泉は幻術を扱う恐るべき存在だった。
 残忍な殺人犯である秋津源之丞だが、付き合いを始めれば人懐こい面を見せたりと、人は一方的な気質だけではないと、多角的見地から人間像を描く宇江佐さんの眼力を讃えずにはいられない。

さらば深川
 伊勢屋忠兵衛の世話を断ったお文(文吉)の元に、伊勢屋の奉公人が住まいの普請の取り立てにやって来た。時を同じくし、伊勢屋の名を使った騙りが頻発。事実の解明に伊三次は紛争する。
 そして悪い事は重なるもので、お文の住まう蛤町が火事に見舞われる。
 伊三次とお文。如何してここまで艶っぽく描けるのか。見事なまでの男女の仲を思い描く事が出来る作品。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...深川芸者
 おみつ...お文の女中、弥八の妻
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 
 龍之介...友之進の嫡男
 松助...不破家中間
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下、留蔵の養子
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 喜久壽...お文の朋輩芸者
 直次郎...掏摸
 お絹...すっ転びお絹、掏摸
 信濃屋五兵衛...材木問屋
 伊勢屋忠兵衛...材木仲買商
 おこな...お文の女中
 おりう...美濃屋のお内儀
 茂作...駕籠屋
 おさき...茂作の娘
 岸和田鏡泉...本多甲斐守の御小姓組
 秋津源之丞...岸和田鏡泉の小者
 藤助...詐欺師


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雷桜

2012年03月23日 | 宇江佐真理
 2000年4月発行

 映画を先に観てしまい、どうにも「???」だったので、読むのを躊躇っていたが、宇江佐さんのほかの作品を読み進めるうちに、これは、映画の脚本のせいではないのか? 宇江佐さんの世界を映像で現し切っていないのではないか? 宇江佐さんの情緒的な表現は活字でなくては伝わらないのではないか? と思い手に取ってみたところ、全く思っていた通りで、宇江佐さんの原作は別物で、登場人物や背景の描写が視角的に伝わる映像よりも、勝った文章である。
 映像にすると言う事はこういう事かと改めて感じた作品。

雷桜
 隠居してた榎戸角之進は、往年の思い出に捕われ旅に出た。その途中の茶店で、狼女と呼ばれている、お遊の名を耳にする。
 瀬田村を巡る島中藩と岩本藩の抗争に巻き込まれたお遊は、瀬田村の名主の娘であったが、何者かに赤子の内にさらわれ、瀬田山山中で育った娘である。
 そんな野性味のある屈託ない娘と、癇癪持ちで短慮な 清水家の当主の斉道との恋心を、落雷を受けながらも蘇生し、見事な花を咲かせる1本の桜の大木に謎り、情感をそそらせる。
 この演出には、やられた! と脱帽せざるをえない。なぜなら、将軍家の若様(斉道は将軍家斉の十七子の設定)と、百姓娘の恋だけでも、十分に物語には成りうるところに、生命の息吹を持ち出し、別れのシーンやそのたで効果的な美しさを表現している。
 また、恋、御家騒動に加えサスペンス色もあり、全編あっと言う間に読み終えてしまった。
 本を閉じ、脳裏に浮かんだのは、桜の大木は、さわさわと吹く風に抗う事無く花びらを舞わせていた。

主要登場人物
 お遊...瀬田助左衛門の娘
 清水斉道...御三卿清水家当主
 榎戸角之進...清水家用人
 瀬田助左衛門...瀬田村名主、お遊父親
 助次郎...瀬田助左衛門の次男、お遊の兄
 助太郎...瀬田助左衛門の嫡男、お遊の兄
 お初...助太郎の妻
 吾作...瀬田家の下男
 傘五郎....瀬田村組頭
 正次...瀬田村出身で江戸の油問屋に奉公、助太郎の幼馴染み
 寅吉...正次の兄
 鹿内六郎太...島中藩馬廻り
 山中善助...島中藩馬廻り



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おちゃっぴい~江戸前浮世気質~

2012年03月22日 | 宇江佐真理
 1999年12月発行

町入能
おちゃっぴい
れていても
概ね、よい女房
驚きの、また喜びの
あんちゃん 計6編の短編集

 人間描写は何時もの通りに優れているが、宇江佐さんの作品集としては珍しく、切なさではなく明るさが心に染みる清々しい下町の人情物6編。

町入能 本石町
 朝な夕なに江戸城の富士見櫓を仰ぐ、大工の初五郎はは、千代田の城にはひとかたならない思い入れがある。そんなある日、大家の幸右衛門に先導され、甚助店の店子たちは城で催される町入能を観に行ける事になった。
 城へ入る為の装束を持ち合わせない店子たちが、大家の用意した貸衣装で出掛けるシーン。芝居そこそこに城内で舞い上がる店子たち。店子同士の人情などが搦められた笑える下町物で、さらっと読む事が出来る。

主要登場人物
 初五郎...大工
 おとき...初五郎の妻
 花井久四郎...浪人
 みゆき...花井の妻
 幸右衛門...大家
 
おちゃっぴい 浅草御蔵前
 浅草御蔵前の札差駿河屋のひとり娘お吉は、手代の惣助との縁組みに腹を立て足袋裸足で飛び出した。追い掛けて来た惣助をまく為に飛び込んだ水茶屋で、菊川英泉という絵師に出会い、そのまま葛飾北斎の元を訪った。
 英泉に粋な台詞、振る舞いが“江戸っ子風”を実に良く現している。宇江佐さんは後にも絵師物を何編も書いているが、どれも粋な男前に仕上がっている。
 また、英泉との出会いでお吉が成長する様を描いたビルドゥングスロマンである。
 
主要登場人物
 お吉...札差駿河屋のひとり娘
 嘉兵衛...お吉の父親
 お玉...お吉の継母
 惣助...札差駿河屋の手代
 菊川英泉...絵師
 お栄...葛飾北斎の娘、絵師

れていても 米沢町
 米沢町の人参湯の二階に集う、薬種問屋丁子屋の菊次郎は、店の借財の為になり田家の娘おかねと祝言を挙げなくてはならない羽目に陥る。だが、そのおかね、お世辞にも奇麗とは言い難く、増してや菊次郎には思いを寄せる女筆指南のお龍がいたのだ。
 家業と恋の板挟みの菊次郎だったが…。
 「れていても、れぬふりをして、られたがり」。このこの川柳、それぞれの最初に「ほ」をつけて読むところからタイトルである。
 男兄弟がおらず、姉とばかり遊んでいた菊次郎の言葉遣い、「あん」、「いやん」が、淡々とした会話の笑いのアクセントになっているようだ。
 思わぬ結末が、お気楽な“江戸っ子”を現しており、明るく楽しい気持ちで読む事が出来た。

主要登場人物
 菊次郎...薬種問屋丁子屋の嫡男
 菊蔵...菊次郎の父親
 お龍...女筆指南
 佐竹玄伯...医師
 与四兵衛...薬種屋鰯屋の嫡男、菊次郎の友
 備前屋長五郎...貸本屋
 善兵衛...小間物屋えびす屋の隠居、菊次郎の仲間
 豊吉...人参湯の三助、菊次郎の仲間
 おかね...なり田家の娘

概ね、よい女房 本石町
 実相寺泉右衛門とおすまという、武家とその女中の夫婦が幸右衛門の甚助店に越して来た。温和な泉右衛門に反し、ずけずけと物を言い、小言の多いおすまに店子たちはうんざりする。
 町入能の続編。
 店子たちはおすまに腹を立てるが当人はお構いなし。今ではこのおすまのような人を見掛ける事は少ないが、僅か半世紀前には、「いたいたこんな人」。と読み進めるうちに、おすまの悲しみが募る。
 話自体は下町物だが、大人になればなるほど奥の深さが感じられる作品ではないだろうか。

主要登場人物
 実相寺泉右衛門...浪人
 おすま...泉右衛門の妻
 初五郎...大工
 おとき...初五郎の妻
 お紺...甚助店の住人
 幸右衛門...大家

驚きの、また喜びの 神田相生町
 外神田界隈を縄張りとする岡っ引き伊勢蔵は、娘の小夏に思い人がいるようで落ち着かない。そんなある正月、小夏が、鳶職の龍吉と楽しそうにじゃれ合うのを見てしまう。そして二人は一緒になりたいと切り出すのだが。
 大好きなシリーズ(後に一作)である。新たに話を切り出して欲しいと切に願って止まないところ。
 脇役ではあるが、龍吉の父親の末五郎の男っぷりには、まいってしまう。こういう人を元祖男前と言うのだろう。

主要登場人物
 伊勢蔵...岡っ引き
 おちか...伊勢蔵の妻
 小夏...伊勢蔵の娘
 龍吉...鳶、か組の火消し
 末五郎...龍吉の父親、鳶、か組の纏持ち
 勘助...か組の頭

あんちゃん 米沢町
 薬種問屋丁子屋の菊次郎は、なり田家の娘おかねと祝言を挙げたが、相も変わらず人参湯通いは続けていた。何時もの顔触れの中に見掛けない林家庵助という男が加わったのは、そんな折りである。
 「れていても」の続編。
 極上の花嫁衣装の似合わない娘もいなかったと、おかねの嫁入りシーンは最悪である。慕っていた菊次郎と添へ、嬉しさで笑顔を向けるおかねの綿帽子を引き下げ、顔が見えないようにする菊次郎。おかねには可哀想だが、大笑いのシーンである。
 おかねは、飽くまでも脇役なので、彼女の心情描写はないが、菊次郎側の見解だけで笑ってしまうのだ。
 また菊次郎と与四兵衛の友情もテーマとなっており、二人の独特な言葉遣いがこれまた面白い。

主要登場人物
 菊次郎...薬種問屋丁子屋の嫡男
 おかね...菊次郎の妻 
 菊蔵...菊次郎の父親
 林家庵助...謎の人物(おかねの兄)
 なり田家常吉...おかねの父親
 与四兵衛...薬種屋鰯屋の嫡男、菊次郎の友
 備前屋長五郎...貸本屋
 善兵衛...小間物屋えびす屋の隠居、菊次郎の仲間
 豊吉...人参湯の三助、菊次郎の仲間
 佐竹桂順...医師(「れていても」では、確か玄伯だった筈)



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深川恋物語

2012年03月21日 | 宇江佐真理
 1999年9月発行

下駄屋おけい
がたくり橋は渡らない
凧、凧、揚がれ
さびしい水音
仙台堀
狐拳 計6編の短編集

 深川で繰り広げられる6つの話である。年齢性別の多岐にわたる視線からの話のどれもが切なく胸を打つ逸品集。個人的には「凧、凧、揚がれ」によどみない涙を流した。

下駄屋おけい 佐賀町
 太物屋伊豆屋のひとり娘おけいは、幼馴染みで下駄清のひとり息子巳之吉に思いを寄せてるが、当の巳之吉は郭通いの果てに家の金を持ち出し勘当同然の身の上。更には家格が違う事からおけいは巳之吉を諦めて嫁に行こうと決め、下駄清の下駄職人彦七に最後の下駄を注文する。
 おけいの一途な思いが巳之吉を動かし、また、水面下で静かに二人の仲立をする彦七の思いが、清々しいラストへと繋がる。

主要登場人物
 おけい...太物屋伊豆屋のひとり娘
 巳之吉..下駄清のひとり息子
 彦七..下駄清の職人(口が利けない)

がたくり橋は渡らない 相川町
 花火職人の信次は、己を振ったおてると刺し違えようと、懐に匕首を偲ばせおてるの塒へ向かったが生憎の不在。そこで、片腕の不自由な錺職人忠助と出会い、彼の半生に耳を傾ける。
 身を以てどん底から這い上がった忠助、おみの夫妻に、頑だった信次の心も次第に溶けていくのだ。ラストで信次がおてると擦れ違うシーンは微妙な男女の揺れを見事に描いている。
 
主要登場人物
 信次...花火職人
 忠助..錺職人
 おみの..忠助の妻

凧、凧、揚がれ 冬木町
 凧師の末松の元には、町内の子どもたちが集まり凧造りに余念がない。そんな光景を小窓から覗き込む小さな娘おゆいの姿が合った。西瓜の絵柄の凧を揚げたいとおゆいは凧造りに励むが…。
 子どもたちに囲まれたほのぼのとした中にも、おゆいの切実な思いが切なく描かれ、6編中唯一のミステリータッチにもなっている。

主要登場人物
 末松...凧師
 おゆい..米問屋越後屋のひとり娘
 おしげ..末松の妻
 正次..末松の次男、米問屋越後屋の手代

さびしい水音 伊沢町
 絵を描くのが好きなお新は、大工の佐吉と所帯を持ってからも、筆を持つ事を忘れなかった。片手間に絵を描く事に理解を示していた佐吉であったが、お新の絵が版元に認められ一躍女流絵師として名が上がると、生活も一編。豊かになった暮らしとは裏腹に二人の間には溝が出来始める。
 誤解が解けた時には、佐吉は引き戻せない生活に入っていた。互いに相手を好いていながら後戻りの出来ない状況を小名木川に架かる橋を絶妙なシチュエーションに使っている。また、佐吉の揺れる思いが臨場感に溢れている。

主要登場人物
 佐吉...大工
 お新..佐吉の妻、絵師
 貞吉..佐吉の兄
 お春..貞吉の妻 

仙台堀 今川町
 乾物問屋魚仙の手代久助は、温和な性質な為に、気難しい主の料理屋紀の川の御用達にされている。その紀の川の娘おりつとの縁組みを持ち掛けられるが、久助は魚仙の娘のお葉に心を引かれている。だが、そのお葉の思い人は、おりつの兄の予平を慕っていた。
 深川八幡祭りなどを背景に、人物像を引き立たせる効果を使ながら、四人それぞれの思いが、複雑に絡まり合う様子を現している。

主要登場人物
 久助...乾物問屋魚仙の手代
 予平..料理屋紀の川の嫡男で板前
 おりつ..料理屋紀の川の娘、予平の妹
 お葉..乾物問屋魚仙の娘 

狐拳 門前仲町、三好町
 深川の芸者上がりのおりんは、材木問屋信州屋の竹次郎の後妻である。その竹次郎の連れ子である新助が、吉原の振袖新造の小扇に入れ揚げ家業を疎かにしている事に一計を巡らせ、小扇を落籍させて新助の女房に据えようとするが。
 宇江佐さんの作品には、芸者や振袖新造が良く登場するが、春をひさぐ商売の彼女たちを陥れる事なく、温かな眼差しで見据えているのを感じていたが、この作品はそれが最も如実であるように思えた。
 大店の若旦那と遊女の恋、親子の情念を明るい笑いで締め括っている珍しい作品ではないだろうか。

主要登場人物
 竹次郎...材木問屋信州屋の主
 おりん..竹次郎の妻
 新助..材木問屋信州屋の嫡男
 小扇..吉原大黒屋の振袖新造

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紫紺のつばめ~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月20日 | 宇江佐真理
 1999年2月発行

 「幻の声~髪結い伊三次捕物余話~」から約2年。伊三次が帰って来た。前回よりも更に内容が濃くなり、読み進めていくうち一編ごとに、目が滲んでしまうくらいのせつない内容である。
 髪結い伊三次捕物余話シリーズ最高傑作と言えるだろう。
 下記「」内に一文を引用したが、日本の四季の美しさを文字でここまで現す事が出来るのかと、目から鱗であった。
 宇江佐さんの文章には、日本語の情景美や忘れていた(または知らなかった)奇麗な表現が多いのも特徴である。

紫紺のつばめ
 「甘酒色の月が東の空にぼんやりと浮かんでいた」。から始まる。この情景美にまずはがんと頭を打たれた思いである。
 お文(文吉)に、伊勢屋忠兵衛からは囲いものにならないか再三の誘いがあったが、以前先代の世話になっていたお文はそれを拒む。すると忠兵衛は見返りなしでお文の世話をしようと申し出たのだった。
 折しも童女の勾引しが横行。その現場で、伊三次はお文が伊勢屋忠兵衛の世話になっていることを知る。
 伊三次とお文の別れが、胸にずんと込み上げる。言葉が足りないが為に生じた誤解が次第に大きく膨らんで取り返しのつかないものとなっていく様が描かれている。

ひで
 「初夏の深川は空の色が縹色に蕩けて見える」。
 大工の棟梁、山屋丁兵衛の髪結いの依頼を受けた伊三次。そこで、幼馴染の日出吉に再開するも、日出吉は丁兵衛の娘と添う為に板前を辞め大工修行に入っていた。
 日出吉の苦悩と伊三次の憤り。そしてラストの深川八幡祭りのシーンは幻想的に描かれ、圧巻される。

菜の花の戦ぐ岸辺
 「神無月の江戸は、そろそろ暮れめいている」。
小間物問屋糸惣の隠居を久しぶりに訪った伊三次だったが、その晩、惣兵衛が何者かに殺害され、あろう事か伊三次に嫌疑が掛る。
 身に覚えのないところではめられていく伊三次。その結末は、惣兵衛の思い出の景色中で静かに締め括られる。
 お文の伊三次を思う気持ちがクローズアップされているが、それよりも番屋を解き放たれた折りの伊三次の啖呵に思いが募った。

鳥瞰図
 
 先の糸惣の隠居殺しの一件から、不破友之進との信頼関係が崩れてしまった伊三次だったが、不破の妻のいなみに髪結いを頼まれる。
 折しも、いなみの実家が離散する原因となった日向伝左衛門が江戸に出て来ていると噂を聞き…。
 いなみの行動を、身を以て守る伊三次の男気が如実に現されている。

摩利支天横丁の月
 
 江戸市中の娘が失踪する事件が続いていた。そんな折り、お文の女中であるおみつが失踪。
「そのままおみつは深川には戻らなかった。翌日も、翌々日も」の記述が胸を打つ。
 おみつへの弥八の思いがクローズアップされた作品。

 5本共、切なく胸が苦しくなる話しだが、決して重々しい終わり方ではなく、前を向いて歩き出す江戸の人々の様を、登場人物の言葉を通して知る事が出来る。
 特に、伊三次とお文の掛け合いの言葉の中に狂おしい思いは感動もの。


主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 お文(文吉)...深川芸者
 おみつ...お文の女中
 
 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 いなみ...友之進の妻
 
 松助...不破家中間
 留蔵...岡っ引き(京橋/松の湯)
 弥八...留蔵の手下
 伊勢屋忠兵衛...材木仲買商
 増蔵...岡っ引き(門前仲町)
 
 正吉...増蔵の手下
 
 緑川平八郎...北町奉行所隠密廻り同心
 大沢崎十郎...いなみの実弟
 
 おとせ...おみつの母
 
 喜久壽...お文の朋輩芸者


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室の梅~おろく医者覚え帖~

2012年03月19日 | 宇江佐真理
 1998年8月発行

 医者の家系に産まれた三男の正哲は、死人の検証を行う“おろく”医者である。“おろく”とは、“南無阿弥陀仏”の六字を文字って死人の呼び方である。その正哲、図体がでかく容貌魁偉で自分の親からさえ、半鐘泥棒と言われるほどである。医者として死人の下手人推理にも関わる正哲。
 その正哲の妻は、一回り年下の小さな産婆のお杏。図らずも人の死と生に関わる夫婦の日常の物語である。

おろく医者
 大川に上がった娘の“おろく”には、身投げよりも先に首を吊った痕があった。
 正哲がお杏を嫁に迎えた件の説明が巧い。本当は、色気のある大人の女の方が良かったと…。そして、お杏が飯を巧く炊けないので、言うのが面倒だから自分で焚く。この辺りで、正哲の鷹揚な人柄が忍ばれ、藤樹zん物に感情移入が出来る。
 また、下手人推理の見事さも見落とせない。

おろく早見帖
 紀伊国平山村に住む華岡青洲のところへ、教えを請うために出向いた正哲だったが、“おろく早見帖”なる書き付けを残していた。この書き付けを元に、お杏が下手人推理に挑む。
 自殺か密室殺人かを証明する為に、自ら厠の掃き出し口から外へ出ようと試みたお杏。この時の描写が見事に描かれている。

山くじら
 紀伊から戻った正哲は、山くじら=獣肉(ももんじ屋)通いにはまる。店先で見掛けたしおたれた親子の様子が気になるが、ついやり過ごしてしまった。後に生所から子どもの腑分けを依頼され、その“おろく”が、あの時の子どもだった事に衝撃を受けた正哲。
 正哲の後悔と子どもの死が、涙を誘う一作。

室の梅
 茅場町の植木市でお杏は、室で育てた小さな梅の木の鉢を買った。間もなくしてその梅を買った店に押し込みが入り、店の人たちが皆殺しにあう。お杏は、身重の身体で事件解決に乗り出すが。
 悲しい結末が夫婦の絆を深め、じんわりと胸が詰まりなが物語はこの夫婦の数年後へと飛躍する。

 全編を通しサスペンス、ミステリー仕立ての中に、人の情を盛り込んでいる。この作品で特に感じたのは、宇江佐さんは女性の心情、立ち居振る舞いばかりでなく、男性のそれをも見事に書き分けている事だ。
 惜しむらくは、後編が描かれない結末に終わっているところである。

主要登場人物
 美馬正哲…検屍医者
 お杏…正哲の妻、産婆
 風松…岡っ引き、お杏の幼馴染
 深町又衛門…北町奉行所定廻り同心
 美馬洞哲…正哲の父、八丁堀の町医者
 美馬玄哲…正哲の長兄、姫路藩酒井家藩医
 美馬良哲…正哲の次兄、松前藩出入りの医者
 おきん…正哲の母
 お弓…風松の妻
 おすが…風松の母で、酒の小売商い「二の倉屋」の女主人
 

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銀の雨~堪忍旦那為後勘八郎~

2012年03月18日 | 宇江佐真理
 1998年4月発行

 下手人に対して寛容な事から、北町奉行所定廻り同心、為後勘八郎は堪忍旦那と呼ばれていた。だが、それに意を唱えるのが、潔癖で真っ向から正論をぶつける若き見習同心の岡部主馬である。
 若故の残酷さを露にする主馬が、次第に人として成長を遂げるまでを追っている。

その角を曲がって
 料理茶屋“よし川”の孫娘・おみちは、親しそうに裏店へ出入りをしている。何の為なのかを探るうちに、裏店に住む男とおみち母娘の過去が明らかにされる。
 この段階では、為後勘八郎、岡部主馬、勘八郎のひとり娘・小夜の人物紹介が主になる。父を思う娘の切な気持ちが溢れているが、それは未だ序章。ページを捲る度に切ない思いに掻きむしられる。

犬嫌い
 見廻りの途中で立ち寄る“紅塵堂”は、岡っ引きの鈴木八右衛門の妻女・月江が切り盛りをする店でもある。二人の間には、ゆたと言う娘がいるが。
 鈴木八右衛門の過去とゆたとの繋がり。また、黒犬に噛まれる事件が勃発する中、主馬と相愛の干鰯問屋の娘・おりせに疑念が浮かび上がる。

魚棄てる女
 しじみ売りの梅助は、橋の上から干物を投げ捨てる女の姿を見掛ける。また、浪干物を売っいる浪人・唐沢郁之助と知り合い親交を深めるうちに二人の因縁に気付いていく。
 しっとりとそしてゆっくりと進む大人の愛を子どもの視点から描いている。

松風
 臨時廻り同心、岡部主水が吉原から身請けした妾を屋敷内に住まわせると噂に上る。時を同じくして、御米蔵に抜け荷に加担しているとの噂も。
 主水は切腹して果てるが、一子・主馬の先行きを案じた勘八郎は、主馬を娘婿に迎えようと話を切り出す。
 一気に急展開を迎えた話に、息を飲む。主水の苦悩と、それを案じる小夜の乙女心が大きく擦れ違い、既に目頭を押さえながらでなくては読み進める事が不可能。
 双方の言い分、思いが実にリアルである。

主要登場人物
 為後勘八郎...北町奉行所定廻り同心
 小夜...為後勘八郎の娘
 半吉...岡っ引き
 
 鈴木八右衛門...岡っ引き、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂主(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 月江...八右衛門の妻、薬種屋も兼ねる古道具屋紅塵堂女将(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 ゆた...八右衛門の娘(「三日月が円くなるまで」に登場)
 
 岡部主馬...北町奉行所見習同心
 
 岡部主水...北町奉行所臨時廻り同心(主馬の父)
 
 ひさ...主水の妻


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泣きの銀次

2012年03月18日 | 宇江佐真理
 1997年12月発行

泣きの銀次
 岡っ引きなのに、死人を見ると大泣きしてしまう“泣きの銀次”。それは、暴漢に襲われて殺された妹のお菊の屍を前にした時から始まった。
 この事をきっかけに、小間物問屋の跡継ぎの座を捨て、裏長屋暮らしの岡っ引きになった銀次。この事件の一年前から猟奇的な殺人事件が発生していた。
 それから十年、全身黒ずくめの若い女の死体が大川に上がった。十年前の妹殺しとの関わりを探るうちに浮かび上がったのが、叶鉄斎という侍。
 そんな中、銀次の実家坂本屋が賊に襲われ、母のまつを残して家族が殺される。銀次は、岡っ引きを取るか、実家の主に収まるかの選択も余儀なくされていく。
 銀ちゃんは、髪結い伊三次のような男前でもなく、チビでどちらかと言えば、格好良くはない主人公。そして、みっともないくらいに鼻水を啜り上げて大泣きもする。
 そんな銀次シリーズの面白さは、銀ちゃんの心の声にある。呟きの台詞が実に面白く、声を上げて笑った程だ。
 宇江佐真理さんの作品には、「もう止めて」と言葉に出してしまう程に悲壮なシーンが多々あるが、それを涙で洗い流した後、受け止める強さも銀ちゃんの魅力である。また、そんな悲壮なシーンを情景として浮かび上がらせる文章力も宇江佐さんの文章の魔術である。
 銀次シリーズは現在まで三作品あるが、徐々にではなく二作目には子持ちの中年となって老いていく主人公は珍しい。
 
主要登場人物
 銀次(銀左衛門)...岡っ引き、小伝馬町小間物問屋坂本屋の嫡男
 表勘兵衛...北町奉行所定廻り同心

 うねめ...勘兵衛の妻

 慎之介...勘兵衛の息子(習い同心)
 弥助...岡っ引き

 雨宮藤助...見習い同心
 
雨宮角太夫...雨宮藤助の父親
 政吉...八丁堀提灯掛け横丁小料理屋みさごの息子、銀次の下っ引き
 
伊平...みさごの主、政吉の父親
 銀佐衛門...銀次の父親
 
まつ...銀次の母親

 お菊...銀次の妹
 卯之助...坂本屋の番頭
 
お芳...女中
 弥助の娘
粂吉...手代

 辰吉...青物売り
 
おみつ...辰吉の妻

 与平...辰吉の息子
 音松...湯屋の主
 おりん(雛鶴)...酒問屋丸屋内儀




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幻の声~髪結い伊三次捕物余話~

2012年03月11日 | 宇江佐真理
 1997年4月発行

 宇江佐真理さんのデビュー作。現在までに十巻を数えるロングセラーにもなった記念すべき第一作でもあり、登場人物の絶妙な描写が素晴らしい。
 廻り髪結いの伊三次、その情人の深川芸者・お文(文吉)、伊三次が小者を務める北町奉行定廻り同心・不破友之進を軸に、取り巻く人々との人情や、環境と先行きなど、江戸で生きる者たちの日常を、人間をいきいきと描いている。
 また、捕物が主軸ではなく、事件に至までのまたは至った人の思いがメインであり、時代小説に疎い人にもすんなりと入り込める作品である。この三人それぞれの立場に立って読み直しても楽しめる。

幻の声
 日本橋の呉服屋の娘が拐かしにあい、大金が賊の手に渡った。下手人は彦太郎と分かりすぐ捕まったが、己が真の下手人であると名乗り出てきた駒吉という女に疑念を抱く伊三次と不破友之進。駒吉が命を張ってまで彦太郎を庇う訳とは。
 伊三次が駒吉の刑罰前日に、髪を結うシーンでの心配りが、女性作家ならではの視点で優しさに溢れた情景を醸し出す。

暁の雲
 魚花の亭主が、酒に酔い川溺れ死んだ。魚花の内儀はお文の姐さん分の元芸者である。堅気の女房に収まったおすみ(内儀)は、お文の目標でもあった。その亭主の死の真相が分かるに連れ、お文の心はざわめく。
 女の幸せとは、堅気になる事が幸せなのか。芸者だった華やかな過去を忘れられるのか。お文に問い掛ける。


赤い闇
 不破友之進の隣人・村雨弥十郎は北町奉行所の役人で例繰方の同心であるが、友之進とは性質も異なり、親しく言葉を交わした事もない。だがある日、弥十郎は妻女・ゆきの不信を訴える。ゆきを監視するうちに、友之進は己の妻・いなみの行動に疑念を抱く。
 真実とは…。ラストの弥十郎と友之進の別れのシーンは、読み応え十分。


備後表
 幼い頃に両親を失い、姉の嫁ぎ先で、辛い幼年期を送った伊三次は、幼馴染の喜八の母親・おせいを母親のように慕っていた。そのおせいの最期の望みを叶えようと奮闘する。
 たわいもない親孝行の話になりがちなところを、実に人の内面に入り込んだ作品に仕上げ、せつなさを醸し出す。


星の降る夜
 大晦日。お文と所帯を構える為に溜めた金子を何者かに盗まれた伊三次。その下手人は、伊三次が弟のように可愛がっていた弥八という男だった。弥八への憎悪を募らせる伊三次に、友之進の妻・いなみは、己の過去を語る。
 伊三次の苦々しい思いや、人として選ぶべき道を、主人公と一体化となり臨場感たっぷりに堪能させてくれ、また、自分であったらどっちを選ぶかを問い掛けられる。

主要登場人物
 伊三次...廻り髪結い、不破友之進の小者
 
お文(文吉)...深川芸者
 
おみつ...お文の女中

 不破友之進...北町奉行所定廻り同心
 
いなみ...友之進の妻

 留蔵...岡っ引き
 弥八
...留蔵の手下
 伊勢屋忠兵衛...材木仲買商


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