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「県政オンブズマン静岡(静岡県庁の光と闇)~よりよき未来のために~」管理人のブログ

注)teacupブログから移転の2022年5月以前の投稿には、文字コードの違いから多くの文字化けがあります。

真実と向き合う誠実さ

2008-09-12 00:12:06 | 静岡空港
国と県は昨日の公判でずさんな土地収用の実態(立木の収用漏れ)を認めた。
すべては拙速と無能から来たものだが、需要予測にしても同様であることが証明されたとも言い得る。
収用範囲の間違いと事業認定(需要予測等の適正)は別と主張するが、同じ主体の能力・信用の欠如という点では全く共通であるからだ。
空港幹部が「3月の開港時期は絶対遅らせることはできない」と話し、「円満に解決していく」(朝日新聞)と述べたそうであるが、高さ10mの障害物であれば、最悪2500m滑走路をあきらめ2000mで許可を受ければ現状の就航予定機材で問題はなく開港できる。
ただ、メンツ大事の上にあれもこれも欲しがる将軍様にはメンツを捨てて実利をとる選択はできない。1年以上もこの問題を放置してきた県空港部もメンツにこだわり未だに「伐採はあくまで地滑り対策のため」(中日新聞)などと詭弁を弄しているらしい。

真実を知りながら記者会見で空港づくりは順調であると言いきった自信家の将軍様のこと、部下でダメなら最後はおれが出張れば解決すると思っているのだろうが、取り巻きや茶坊主には通用しても、今や我々から見れば現知事に何の威厳も尊厳も感じられない。単なる無能な政治屋でしかないのにもったいつけて出張っても何にもならないことを知るべきである。
まして、土地収用という強権で足蹴にした者に自分に手柄をと要求する恥をまず知るべきだ。

これまで、こういう問題は闇に葬られてきた。
一部の為政者たちによって民主主義を偽装した強権発動によって失敗してもだれも責任を取らず、そのつけを将来世代に及ぶ国民が追ってきた。
しかもその証拠は残されず。

アメリカで過去の真実が明らかにされ、今に生かされるのは国立公文書館の存在が大きい。
語られた言葉は一瞬だが文書は永続する。闇に光を与える。
一方に不都合な真実であっても後世のためにも文書として残されなければならない。
公文書であればベストだが、行政に不都合な真実はなかなか残したがらない。
相手から求められても、公文書の開示決定通知でさえ知事名で知事の公印が押され日付と文書番号が入っているのに、誰がいつどのような権限で作った文書か分からないような形式不備の文書や、権限のない職員名での文書などでごまかそうとする。
もし今回の真実と誠実に向き合う良心と勇気があるならば、最高意思決定者による所要の形式をもっての解決過程の可視化はあってしかるべきだろう。