以下のホームページに内容の追記及び資料掲載をしました。
特設「下田市道の駅問題」
http://www.omb-shizu.sakura.ne.jp/profile1065.html
<追記した内容(その他詳細はホームページの方で確認してください)>
審査請求に対して、先日下田市長から弁明書の提出があり、1の文書について未だ「令和元年度から考えていた」ことを示す文書の存在について言及がなかったことから、以下2~5の文書が下田市が持参し説明した文書として存在する以上、候補地を検討したり実際この文書を起案した文書があるはずだから開示せよと主張した、市の隠蔽を指摘する趣旨の反論書を11月13日に提出してきました。
その反論書に添付した隠蔽に相当するものと主張した文書を以下2~5(1の打合せ記録とともに県が保有し開示された公文書)のとおり公開します。
特にP14(3の3枚目)を見ていただければ分かるとおり、下田市は稲梓区区長会が令和5年3月に本ページ冒頭図のIC近接区域での防災拠点整備を要望する以前に、複数地での比較検討のための検討段階の相談というレベルではなく、既に令和元年度から考えていた市の既成事実であるかのように装って図示した場所での防災道の駅整備に向けて障害除去を県農地局に相談するなど対外調整に実際に着手していたという事実は、川勝知事が議会に相談なく三島で文化施設の建設に向けて単なる検討を超えて国との具体的調整を進め「詰めの段階」などとうっかり述べたことが問題になっているのと同様で、執行機関としては行き過ぎた問題行動です。
しかも、世論や議会向けに区長会要望を後付けで出させ、これを受けて着手などと装うという、偽装アリバイ作り工作は知事より悪質です。もちろん市職員の振り付けに素直に従った区長会はいっそ市役所協賛会に名前を変えるべきでしょう。
1 令和4年10月24日の県の打合せ記録
2 下田市が持参した資料P1~11
3 同資料P12~15
4 同資料P16~18
5 同資料P19、20