しろくま日記

読んだ本の感想を記録してみたいと思います。
なんだか忘れてしまうので。

ながい坂 上・下 山本周五郎著 新潮文庫

2018-11-16 | 日本小説
前にも書きましたが、本書、個人的にとても評価の高い作品です

山本周五郎作品は父親が好きだったこともあり、小学校高学年頃からちらちら読んでいました。

「武家もの」「人情もの」の時代小説短編が代表的な作品ということになるんでしょうが、長編もNHKの大河ドラマになった「樅の木は残った」や、連作短編になるかと思いますが黒澤明が映画化した「赤ひげ診療譚」などもそれなりにポピュラーです。

他、黒澤明監督の「椿三十郎」の原作が「日々平安」、最近でも2000年に「雨あがる」が映画化されたりと多くの作品が映像化されています。

なお「赤ひげ診療譚」はとても好きで中学生から高校にかけて何度となく読み返しました、最近では10年前くらいに読み返したような....。

そんなこんなもあり「私的日本小説番付」では「赤ひげ診療譚」「大関」です。

以下「文学賞メッタ斬り!」の直後ということでその辺の話題です。

「山本周五郎」文学賞嫌いですべての賞を辞退していたようです。
直木賞(17回)も辞退しており、現在まで唯一の直木賞辞退者だそうです。

まったくの余談ですが...。
前述の関連で「直木賞受賞作」wikipediaで眺めていましたが一貫性がないように見えます。

作品に関わらず文壇の「中堅どころ」の大衆小説作家に授賞する賞と思えばある程度納得いくラインナップなのですが...。
・第85回(1981年上半期) - 青島幸男「人間万事塞翁が丙午」
・第86回(1981年下半期) - つかこうへい「蒲田行進曲」

「ベストセラー」でしょうが....「作家」としてはどうだったんでしょう?。
この辺に受賞させるなら筒井康隆あたりに受賞させてもと思うのですが....。

その一方で当時20代で「大衆小説作家」と思えない山田詠美(第97回(1987年上半期)「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」)が受賞しています。

山本周五郎賞の方は第1回の山田太一「異人たちとの夏」がちょっと「???」ですが受賞者・受賞作のラインナップ見ると一貫性があるように見えます。(全体的にミステリー色かなり薄め、SF色は皆無なのは残念ですが...)

第7回(1994年)の久世光彦「1934年冬-乱歩冬」などはTVライターの久世氏ですが渋い作品です....。
そもそも文学賞嫌いだった人の名前を「わざわざかぶせる」いうのもどうかというのもありますが....。

さて本書、1964年6月-66年1月まで週刊新潮に連載されていた作品。

1967年2月に著者は亡くなっていますので最後の長編作品となります。
解説にもありますが「集大成」といってよい作品であり、精神の「自伝」ともいうべき「思い」をありったけたたきこんだ作品です。

私が本書を初めて読んだのは20代中盤から終わりくらい(20年くらい前)かと思います。

典型的なビルディングスロマンなのですが当時の私には響くものがあり本作品が私の中の一部に今でも確実に残っているのではないかと思っています。

良くも悪くも「思い」が過剰気味に入り込んでいる作品ですので好き嫌い分かれるかもしれません。
私も「小説」として客観的に評価すると「赤ひげ診療譚」の方が上だと思っていますが、不思議な魅力のある作品で折につけ読み返したり、人に勧めてきたりしています。

最近勢いで会社の若者に本書勧めてしまったので改めて読み返しました。(10年ぶり)

読んだのは手持ちの新潮文庫 旧版です。

内容紹介(裏表紙記載)
上巻:
徒士組という下級武士の子に生まれた小三郎は、八歳の時に偶然経験した屈辱的な事件に深く憤り、人間として目ざめる。学問と武芸にはげむことでその屈辱をはねかえそうとした小三郎は、成長して名を三浦主水正と改め、藩中でも異例の抜擢をうける。若き主君、飛騨守昌治が計画した大堰堤工事の責任者として、主水正は、さまざまな妨害にもめげず工事の完成をめざす。
下巻:
異例の出世をした主水正に対する藩内の風当たりは強く、心血をそそいだ堰堤工事は中止されてしまうが、それが実は、藩主継承をめぐる争いに根ざしたものであることを知る。”人生”というながい坂を人間らしさを求めて、苦しみながらも一歩一歩踏みしめていく一人の男の孤独で厳しい半生を描いた本書は、山本周五郎の最後の長編小説であり、周五郎文学の到達点を示す作品である。


今回の再読も「巻を措く能わず」で一気に読んでしまいました。
特に前半の主人公が勉励刻苦を重ね成長、成功していく部分は読みやすいので速かった....。

あらためて自分が「ベタな成長小説」好きなんだなぁと認識しました。
(三浦綾子の「泥流地帯」などもこのパターン???)

一方で私的には「山本周五郎は永遠」なイメージがあったのですが、今回読み直して「さすがに古いかなぁ」と感じる部分はありました。

江戸時代的(戦前的?)価値観、道徳観が前提となっているんですが、特に「女性観」などは今の時代と相いれないかなぁと感じました。

また「殿様」に対する盲目的「忠義」、硬直的身分制度などもなにも説明なく「すー」っとは入っていきにくいかもしれません。
(会社の若者からもそんな感想....)
説教くさいのもどう受け止められるか....価値観を押しつけているわけではないんですけどね。

その他、今回読み直して改めて思ったこと。

前から思っていましたが「善悪」「正しい・正しくない」は「見方と立場の問題」がテーマ。
主水正及び藩主と対立する側も一生懸命やっているので....。
価値感の相対化なわけですが…これがひたすら繰り返されます。
飽きる人は飽きるかもしれません...。

これまた「人間とは?」をびたび自問していますが...まぁ答えはないですよねぇ、これまたしつこく繰り返されます。

連載小説ベースなので「連載しているうちに都合が変わったのかなぁ」という感じで内容がつながっていないところがある。
代表例は冒頭出てくる江戸からきた信田氏、結局ほとんど登場せず終わっています。
事件に対して主人公の視点と「別の動きがある」というようにしたかったんじゃないかと思うのですがまぁ真意は謎ですね。

ただ主水正が城代家老になる、滝沢兵部が堕ちた上で最後に救済される。
「つると主水正は結ばれる」辺りの設定は書き出しから決まっていたのかなぁという気がします。
ただ滝沢兵部は救済されるか???なまで堕ちるわけですが...最後の救済はちょっと書き込み甘いかなぁと感じました。
作者も最後の最後迷ったのかもしれません。

その一方で最初小三郎の「師」として「凛」としていた谷宗岳の壊れっぷりは見事です。
上巻で死んでしまうかなぁとか持ち直しそうな感じもあったのに...。

こちらの方は当初の想定になく、筆の流れで壊してしまったのかなぁという感じです。
人間壊れると持ち直せないというのを滝沢兵部と対応して表現したかったんですかねぇ。
小三郎=主水正も老いれば変わる可能性もあることの暗喩でしょうか...。

師筋の米村青淵、小出方正も巻を追うごとに衰えてますし...。

その辺の師匠に対する態度も冷たい主水正ですが、肉親に対する「冷たさ」は異様だなぁ...と感じました友人・妻(愛人)にもそれなりに冷たいのですが肉親=親・弟に対する冷たさはすごい。

儒教道徳としては「忠」とならぶ「孝」の部分まったく欠落しています。

立身出世しても情に流されないためには必要な冷たさかもしれないのでしょうかねぇ。
または「完璧」な人間などいないということでしょうか?
もしくは山本周五郎自身「肉親」と何か葛藤があったのでしょうか?

主水正の妻「つる」の見事なツンデレぶりは相変わらずよかった...。
下巻の重めな展開を明るくしています、こちらは随所に伏線はっていましたし。

エンターテインメント的には、藩主の謎をミステリータッチで解いていくという面もありますが、これまた今どきの人にはピンとこないだろうなぁ。

江戸時代でも藩は「血」ではなく、結び付けられた「縁」でつながるイメージなのでここまで「血」の部分には違和感なかったんじゃないかなぁとも思いますし。

等々いろいろ書きましたがいろいろ考えさせられる小説であることは間違いなく、また10年位後に読み返すことになると思います。

最後に。
冒頭、先代城代家老の滝沢主殿のことばとして紹介される「正しいだけがいつも美しいとはいえない、義であることが常に善ではない」まぁ当たり前といえば当たり前の言葉なのですがこれをどう受け取るかは人それぞれですね...。

↓中高…でなく忠孝、チュー公…日本語難しいですねぇ???よろしければ下のバナークリックいただけるとありがたいです!!!コメントも歓迎です。
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文学賞メッタ斬り! 大森望・豊崎由美著 PARCO出版

2018-08-26 | 評論エッセイ等
大森望氏のことは「日本SF作家クラブ入会否決事件」のことなどで興味を持っていて(コニー・ウィリス作品の翻訳やSF関係の各種文章などももちろん)豊崎由美氏との対談形式での共著の本書の存在も認識していてちょっと気になっていました。
(豊崎氏の方は全然存じ上げませんでした。)

そんな中、今年春先に立ち寄ったブックオフで本書が200円で販売していて購入しました。

このブログ見ていただくとわかると思いますが、わたくし国内外問わず「最近」の文学事情に疎いのでちょっと「勉強しておきたいなぁ」というのもありました。

もっとも本書は2004年3月発刊なので、ほぼ2003年の国内文学ー文学賞事情が語られています。
15年前.....ですが私にはかなり新鮮な作家、作品が多く参考になりました。

文学賞事情も15年でかなり変わっているとは思いますが、その辺追いかけてないので特に問題なしです。(笑)

「文学賞メッタ斬り!」は本書を皮切りにシリーズ化され2012年まで5冊発刊されたようです。
最後の方はネタ切れ気味とのうわさもあるようですが、本書は最初なだけあり小気味よく二人の対談形式で進んでいるように思います。

好評だったのでシリーズ化されたんでしょうねぇ。

内容紹介(amazon記載)
文学賞って何? 文学賞をとると本は売れるのか? 文学賞とれば一人前か?? どの賞をとると偉いのか? 芥川賞や直木賞からメフィスト賞や星雲賞、さらに地方の文学賞(坊っちゃん文学賞やらいらっく文学賞など……)に至るまで、有名無名含め50を超える国内小説の賞について、稀代の読書家二人が徹底討論。小説好きの読者にはたまらない、文学賞ガイド。


最近(15年前ですが...)の作家、知らないとは思っていましたが見事に出てくる作家知らない...。
(もちろん古い人は何人かは知っているのですが)

あらためて自分の文学事情の疎さに気付かされました。

大学の1年後輩で本好きな友人がいて、私とは異なりいわゆる主流の文学事情に詳しくたまに本周りの話をすると馬鹿にされるのですが...。
まぁ読書時間も限られらていることでもあり今の古めな本を読む傾向を改める気はあまりありません。

いつかは今時な本も読みたいとは思うのですが....。

本書に紹介されている2003年頃の本を読むのは10年後くらいでしょうかねぇ。
現在(2018年現在)の文学は....生きているうちに読めるのだろうか?

さて本書ですが2003-2004年の日本の純文学系・エンタメ系の文学賞の歴史やら受賞作、審査員まで大森望氏と豊崎由美氏の独断で論じています。

豊崎氏はどちらかというと純文学系(本当は海外のスリップストリーム・メタフィクション系のニュー主流文学的なものがお好きなようですが)、大森氏がエンタメ系という役割分担のようです。

豊崎氏もエンタメ系ついていっていますが、大森氏が純文学も含めいろいろ読んでいるのに感心しました。
いっていることがすべて正しいわけではないんでしょうし、毀誉褒貶ある方のようですが才人ではあるんでしょうね。

内容の方は選考委員の石原慎太郎氏、宮本輝氏やらの巨匠をぼろくそにけなしたりと割と言いたい放題ですが....まぁご愛敬ですかねぇ。

2003年辺りといえばスマートフォンこそまだ登場していなかったかと思いますがインターネットやら携帯電話(i.モード?)やらが普及しだし「文学」というか「出版」そのものの先行きが不透明になり出した頃かと思います。

「文学賞」も何やら「高尚」なものの側面もありますが、本書にも書かれている通り出版社の販促の側面もあります。

本書のように権威を茶化してみたり、主観で受賞作を平易に語る本が読まれることで現代日本文学に興味を持つ層が少しでも広まり、出てきた作品を「読んでみようかなぁ」と思う人が増えればいいのではないか。

私も本書を読んで何人か、何冊か読みたい本が出てきましたのでそういう意味では成功かと思います。

ただ買うのがブックオフというのが出版文化に貢献していないような気がして....ちょっと反省です。
言い訳するとサイクル早すぎてすぐ絶版になってしまうのですけど....。

以下各章感想など。

〇純文学新人賞の最高峰は本当に芥川賞なのか。
村上春樹、島田雅彦(この辺はさすがに知っています)に上げ損ねたこと批判。

選考委員の石原慎太郎、宮本輝(この辺も知っています、宮本輝作品は読んだことがないですが..。)批判と作品評というところ。

綿矢りさの「蹴りたい背中」を推していましたが本当に受賞して本書末で「緊急対談」開かれています。
「蹴りたい背中」も未読ですが、金谷ひとみの「蛇とピアス」(これまた未読)とともに芥川賞を最年少で受賞したときのニュースは覚えています。
芥川賞と直木賞の文学賞としてのポピュラーさは書かれている通り別格ですね。

「蹴りたい背中」読みたくなりブックオフで探しました。

綿矢りさ受賞後も何作か出しているようですが...「蹴りたい背中」以外あまり見当たらない。
村上春樹や島田雅彦辺りと比べるのは...酷ですかねぇ、まぁ芥川賞らしいといえますでしょうか。

あとちらちらブックオフの文庫棚で見かける吉田修一氏が純文学の作家であることを知ったのが意外でした。

他お薦めの吉村萬壱の「クチュクチュバーン」(文學界新人賞)舞城王太郎を読んでみたいなぁと思いました、あと奥泉光(聞いたことなかった...)

「芥川賞」も新人賞ですからその作家の成長性には当たり外れありますよね。
また「超有名賞」ですから冒険もしづらいでしょうし...。
そんなこんなで村上春樹級は外れちゃったんでしょうね。。

〇エンターテインメント対決!直木賞vs山本賞
直近直木賞受賞の村山由佳「星々の舟」批判。

純文学の芥川賞(文春)に対しての三島賞(新潮)ということでエンタメでの直木賞(文春)に対し山本賞(新潮)を対峙させての対談。

直木賞の方が保守的、またタイングを外しがちとの評価。
宮部みゆき「理由」浅田次郎「鉄道員」など遅すぎとのこと。

私のイメージでは最近の「直木賞」はある程度売れて定評の定まったエンタメ作家への表彰という感じで「作品」そのものをアクチュアルに評価していないのでは?という感じなので「それを言ってもねぇ」という感想。

石田衣良、吉田修一、伊坂幸太郎、舞城王太郎などの名前が出てきてエンタメと主流文学の境界論が交わされていましたが現代日本文学(15年前?)の主流はこの辺の人たちなんでしょうかねぇ。

前述の大学の友人と5、6年(もう少し?)前に本のことで話をしたとき「今はエンタメが主流ですよ!」などと言われて単行本を見せられた記憶があります。

文庫、それもブックオフで買っているようでは波には乗れないでしょうねぇ...。

なお私の個人的評価はなんとなく山本賞受賞作品の方が読みたいなーという感じです。
純文学の方は...よくわかりません。

〇文芸誌主催の新人賞、えらいのはどれ?
純文学誌主催の新人賞比較。
正直いって私にはついて行けませんでしたが...。
「文學界」減点しにくい作品への傾向。
「群像」ダブル村上へ上げている点評価。
「文藝賞」はヤマッ気あり、場の雰因気を読む「アイコ16歳」とか」
「すばる文学賞」トンガっている。
というような評価。

エンタメ系新人賞は「短編」でもあり受賞後活躍する人少ない。
受賞後も活躍しているのは時代小説作家と石田衣良くらい?。

そういえば石田衣良も読んだことないです。
名前は知っていて気になってはいるんですけれどもねぇ。

最後の方で豊崎氏が「新人賞読む価値ない、同じお金出して単行本買うなら新海外の一線級の作品読む方が良い」ということでガルシア=マルケス(1928年生)イアン・マキューアン(1948生)の名前を挙げていました。

「百年の孤独」くらいは読んでいないと「小説読んでいます」といえない気がしてきました。
マキューアンは知らなかったので記憶しておきたいと思います。

〇選考委員と選評を斬る!
「もう1作見たい」と6回言われ続けた島田雅彦のことやら、渡辺淳一、石原慎太郎、宮本輝批判やら選考委員と選評を論ずる章、津本陽の選評が朴訥としていてかわいいなどなど。

山田詠美の選評は褒めていましたが....。
私の中では島田雅彦含め「今時」の作家なんですが、15年前にすでの選考委員の立場なんですね。(いまや大御所か?)

なお私的には山田詠美は昔数作読みましたが苦手気味、島田雅彦は数作読みましたが、合う合わない激しい感じ

〇傾向と対策の砦、江戸川乱歩賞
エンタメ系の新人賞で圧倒的知名度の「江戸川乱歩賞」ですが小説好きから見ると「つまらない」?全体的にレベルは高いがトガッた作品が取ることがない。
占星術殺人事件」やらの人工的な設定(名探偵とかとか)の本格ミステリは軒並み落とされている。

「選考委員がよく知らない世界のことをリアルに描きつつ-あるいは描いているように見せつつ-その興味で小説をひっぱって、そこに殺人事件が絡む」というような受賞作の傾向があるようで昔から応募者は対策とっていたようです。

栗本薫(「ぼくらの時代」24回)は狙って書いたと発言(関口苑生「江戸川乱歩賞と日本のミステリー」)高橋克彦(「写楽殺人事件」第29回)が徹底的に傾向と対策を練って応募したのも有名な話とのこと。

岡嶋二人(「焦茶色のパステル」28回)の片割れだった井上夢人の「おかしな二人 岡嶋二人盛衰記」にも傾向と対策を二人で考えるシーンが書かれているそうです。

岡嶋二人と高橋克彦の乱歩賞受賞作品共通点が前出の「江戸川乱歩賞と日本のミステリー」に下記の通り書かれているそうです。
・まず自分の熟知している世界が描かれている。
・死者が三人ぐらいいる。
・土地がかなり離れたところで、いろいろな事件が起きる。つまり場所が東京だけというように限定されてはおらず、むしろ広がる傾向がある。
・何らかの図版が入っている。
・小説とは別の自分の本音がある。ストーリーとは別の、主人公の苦悩が描かれている。
上記対策すれば...「江戸川乱歩賞」が取れる.....かもしれません。

首藤瓜於「脳男」第46回の受賞につき「変わる」といわれていたようだが...変わらない。
(「脳男」は話題だったので読んだような記憶があるのですがよく覚えていません)

なお受賞作で一番売れたのは藤原伊織「テロリストのパラソル」(41回-直木賞も受賞)だそうです以降部数出る作品はあまりない?

乱歩賞読む人にお薦め(20代へ)豊崎氏 福井敏晴「Twelve Y.O.」(第44回)大森氏 仁木悦子、「写楽殺人事件」「焦茶色のパステル」

〇ミステリ系老舗新人賞はどうなっている?
「横溝正史賞」パッとしない。
比べると江戸川乱歩賞すごい、直木賞作家排出率高い。
「サントリーミステリー大賞」やっぱり大したことはない。
垣根涼介はブレイクしそう。⇒まぁしましたね。
等々

〇ホラー小説大賞とホラサスの底力
ホラーブーム、江戸川乱歩賞のような存在感
ホラーブームそういえばありましたね...いまはどうなんだろう?

坂東眞砂子・篠田節子・恩田陸 和製モダンホラー御三家。
この辺は今でも活躍していますし遺産は残っているんでしょうね・

〇注目度NO.1メフィスト賞から≪ファウストへ≫
メフィスト賞、講談社ノベルズの賞。
大森・豊崎両氏ともお気に入りのよう、選考委員がいない編集者が選ぶ賞だから面白くなった?
気になった作品
・森博嗣「すべてがFになる」(1回)
・舞城王太郎「煙か土か食い物」(19回)
・西尾維新「クビキリサイクル」(23回)
・清涼院流水「コズミック」(2回)関連して麻耶雄嵩「夏と冬の奏鳴曲」(超弩級の怪作。
・殊能将之「ハサミ男」(13回)
・石黒耀「死都日本」(26回)日本沈没をやり直す作品。

「鮎川哲也賞」本格向け安定している。
近藤史江「凍える島(4回)、同時応募作貫井徳郎「慟哭」最終まで残る。
加納朋子「ななつのこ」(3回)

私感ですが、東京創元社はミステリー、SFともに真面目に取り組んでいるイメージありますね。
昔東京創元社の編集とかやったら楽しそうだなぁと夢想したことがあります。(実際やったら大変なんでしょうけれど)


〇続々登場!新興エンターテインメント新人賞の勝ち組は?
・NEXT賞 方向性わかりにくい。
・KAPPA-ONE 本格推理
・日本ミステリー文学大賞新人賞名前が大きいが
・「このミステリーがすごい!」大賞 評論家が評価

〇世界文学に最も近い?ファンタジーノベル大賞
スリップストリーム・メタフィクション・マジックリアリズム小説好きの豊崎氏お気に入りの賞ですが...。

第25回(2013年度)を機に一定の役割を終えたとして賞を休止していたようです。
(2017年再開。)

私は大賞作では佐藤亜紀「バルタザールの遍歴」(3回)銀林みのる「鉄塔 武蔵野線」(6回)読んでいます。
私の中でも「いい賞」なイメージがありますが...。

佐藤亜紀は新潮社ともめにもめたようですが、銀林みのるも以降作品発表していないですし、なんんだか「育てない」「育たない」と微妙に「変わった作家」が取る賞のイメージがあります。

本書発刊あたりでは西崎憲「世界の果ての庭」(14回)、粕谷知世「クロニカ 太陽と死者の記憶」(13回)が大賞とっていてお薦めだそうです。

大賞は取っていませんが 高野史緒、小野不由美、恩田陸、北野勇作など活躍している作家が優秀賞を取ったりしているようで、なまじ大賞取らない方が???

日本の小説はあんまり読まないけど海外文学はすごく読む人にお薦めとのこと。
もっとも豊崎氏いわく「国書刊行会≪文学の冒険≫シリーズの磯崎純一編集長によれば3000人しかいない。」そうですが...。

〇ようやく夜が明けてきた?SFの賞事情
日本SF大賞のこと。
有名な「太陽風交点」事件の紹介、早川と徳間の対立。
ジャンル外作家の作品、漫画でもゲームでも映画でも受賞できる。
SF冬の時代のことなど。
「小松左京賞」角川春樹の直観、本格SF
「日本SF新人賞」ライトノベルより。
「星雲賞」と日本SF大会のこと。

個人的見解ですがSF系の賞微妙ですね...。
日本SF大賞、ジャンル系の「小説」に限るか、ファンタジーノベル大賞になるような境界線の作品までにしていけばいいような気がします。
例えば押しも押されもしない「大作家」宮部みゆきの「蒲生邸事件」に授賞する意味がよくわかりません...。
評論や映画に上げるのも論点ずれるような.気がします、別途「賞」設ければいいのになぁなどと思います。
まぁ受賞作ほとんど読んで(見て)いない私が言うのもなんですが。
読んだことがあるのが第8回(1987年) - 荒俣宏 「帝都物語」(8回)第18回(1997年) - 宮部みゆき 「蒲生邸事件」、庵野秀明 「新世紀エヴァンゲリオン」(18回)第21回(2000年) - 巽孝之編「日本SF論争史』」(21回) 最相葉月 [星新一 一〇〇一話をつくった人」(28回)「シンゴジラ」(37回)まともなジャンルSFの受賞作読んでいない(笑)

〇ベテラン作家対象の文学賞の違いってなに?
「讀賣文学賞」ベテラン作家へのご苦労様賞。
「谷崎潤一郎賞」作品選び素晴らしい、昔の日本の小説何読んだらいいか悩んだら受賞作。
「吉川英治賞」エンタメ系ご苦労様賞。
「日本推理作家協会賞」本格には厳しい。
「泉鏡花賞」唯一SFに授賞している。個性的な文学賞、ファンタジーノベル大賞の後狙える賞はこれくらい。
等々。
上記、日本推理作家協会賞は微妙な気がしますが他はベテランに贈る賞は安心感ありますね。

〇新文学賞の提案、地方賞で文学賞甲子園!
いっそ文学賞を甲子園形式で競わせてみては?との妄想と併せて地方文学賞の紹介。

〇第百三十回芥川賞・直木賞受賞結果を緊急対談
芥川賞「蹴りたい背中」「蛇にピアス」、直木賞: 江國香織「号泣する準備はできていた』、京極夏彦『後巷説百物語』「号泣する準備は出来ていた」について。

・巻末付録'03~'04年版・文学賞の値うち
 福田和也の「作家の値うち」に倣い文学賞受賞作品を採点点数高い作品(どちらかが80点以上つけている)書いておきます。
大森氏と豊崎氏で調整していないらしいので評価が違うのが楽しいですね。
「本格小説」はブックオフで買って持っていますが未読です。
「アラビアの夜の種族」は日本SFのベストとしていつかは読まなきゃと思っています。
「終戦のローレライ」は大森氏によると史上最大最強のガンダム小説らしいので1stガンダム世代の私としてはいつか是非読みたいです。
福井晴敏後に「機動戦士ガンダムUC」も書いてますしね。
 「アラビアの夜の種族」古川日出男日本SF対象 大森氏92点 豊崎氏76点
 「本格小説」水村美苗讀賣文学賞 豊崎氏83点
 「容疑者の夜行列車」多和田葉子 谷崎潤一郎賞 豊崎氏84点大森氏66点
 「吾妹子哀し」青山光二 川端康成文学賞 豊崎氏86点、大森氏66点
 「スタンス・ドット」堀江敏幸 川端康成文学賞 豊崎氏86点大森氏66点
 「終戦のローレライ」福井晴敏 吉川英治文学新人賞 大森氏81点、豊崎氏61点
 「ハルビン・カフェ」打海文三 大藪晴彦賞 大森氏84点豊崎氏58点


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メモリー上・下 L.M.ビジョルド著 小木曽絢子訳 創元推理文庫

2018-08-19 | 海外SF
「天空の遺産」に続いてのヴォルコシガン・サガとなります。

本書の発刊は「天空の遺産」の直後、1996年となりますが時代設定は「ミラー・ダンス」の直後マイルズ29歳となります。(作中で30歳の誕生日を迎えます。)

‘12年ローカス誌オールタイムベストSF長編65位、1997年のヒューゴー、ネピュラ、ローカス三賞に輝く作品です。(とりあえずここにたどり着くためにヴォルコシガン・サガを読んできました)

これまた現在絶版なので、ブックオフで探し出して入手済みでした。(上下とも108円!)

内容紹介(裏表紙記載)
上巻
特命作戦の遂行中、マイルズは低温蘇生の後遺症による発作を起こし、救出すべき捕虜を死なせかけてしまう。だが彼は発作の一件を隠して機密保安庁に報告し・・・・・・結果、イリヤン長官から最悪というべき処分を受けた。失意のあまり館にひきこもるマイルズ。時まさに、青年皇帝の婚約話がもちあがり、周囲が慌ただしさを増すなか、新たな危機が―長官の身を思わぬ異変が襲ったのだ!
下巻
脳内の記憶チップが機能不全を起こし、記憶が混乱し暴れ出すイリヤン長官。彼に面会を求めるが、機密保安庁に拒まれつづけたマイルズは、なんと皇帝直属の聴聞卿という特権的な地位を手に入れる。それでも事実究明は困難をきわめた。やがて彼は、ひとつの手がかりにたどりつくが・・・・・奇怪にもそれをみつけた場所には、出入りしたはずのないマイルズの入室記録が残っていたのだ!

「ミラー・ダンス」ほどではありませんがちょっと重い展開です。

「ミラー・ダンス」はマイルズのクローンの弟マークの視点で書かれていましたが、本作は30歳を控え生来の障害に加え低温蘇生の後遺症も抱えることになったマイルズ視点での自分探しの物語となります。

これまで登場した人物も多数出てきて「青春」の終わりを迎えるマイルズの「人生の目的」探しを彩ります。

横軸に皇帝グレゴールの婚約、イリヤンを傷つける陰謀とその犯人探し、などを絡めて感動の涙あり、ハラハラドキドキあり、ちょっとした笑いありで楽しく読める作品となっています。

読後感はシリーズを通して読んできた人にとって感慨深いものになるかと思います。
ということで本作読む方はここままでのヴォルコシガンサガ読んでから読むことをお勧めいたします。

「天空の遺産」でセダガンダから贈られたメリット勲章も地味に小道具として出てきたりします。
この辺も知っていれば「ニヤリ」と出来ますが、多分知らないと「???」かと。

余談ですが...。
子供(小4)の夏休みの宿題の読書感想文の指導をしていて、ちゃんと筋を追って感想書くのは「大事かなぁ」と感じました。
ということで以下めずらしくわたしなりに筋見直しての感想です。(多分毎回は無理...)
出来がいいかはわかりませんが...。

17歳でデンダリィ自由傭兵艦隊を設立し(「戦士志願」)、20歳でバラヤー帝国士官学校を卒業し13年デンダリィ艦隊提督として、10年近くバラヤー士官として無我夢中で活躍してきたマイルズも本作で30歳を迎え、自らの「青春」の終わりを認識せざるを得ない状況となります。

冒頭の自らの後遺症による言い訳しようのない作戦行動指揮中の失敗。

10年以上かけて築いた副官かつ恋人エリ・クィンをはじめとする艦隊の部下たちからの信頼が揺らぎ、その上自らの障害をまだなんとか隠し通そうとする...。

実は確固たる自信を持った「自分」を確立していないので「いけない」とわかっていてもその事実を隠してしまう...。

幼馴染で初恋の人、エレーナにも去られマイルズの「青春」の終わりも暗示されます。

この時点でのマイルズの言葉「欲しいのは・・・・・・自分の天明なんだろうと思う。できるかぎり自分らしくある。または自分らしくなるってことだ」。
自分が何者か?何をしたいのか?どうなりたいのか?わからないまま無我夢中で進んで来てある程度自負できる成功体験と、信頼出来る仲間を得たマイルズが「居場所を失う」危機に陥ります。

失意のマイルズは父母がいなくなってがらんとしたバラヤーのヴォルコシガン館に帰り、しばらくして機密保安庁長官のイリヤンに呼び出されます。

そこで待っていたのは証拠を完璧に固められて言い訳しようのない厳しい糾弾と「医療退役」と...これまでマイルズに期待しその成長を楽しみにしていた「イリヤンの泪」。

何ものかになるための「すべて」であったバラヤー軍での「出世」というか「名誉」幼少時から30年の周りの期待を喪います。

抜け殻のようになって家で酩酊するマイルズを励ます従兄弟のイワンには大尉の徽章が光り中尉で除隊したマイルズはさらなるショックを受けます。
イワンからは「イリヤンの後任にマイルズを当てようとしていた」という話も聞き自分のやったことの結果の大きさを改めて認識します。

イワンの他、旧友のガレーニ大尉(「親愛なるクローン」で出てきます)からの慰めもあるなんとか生きていこうという気になったマイルズはあらためてヴォルとしてのヴォルコシガン家に目を向けます。

といった中皇帝とバラヤーが過去征服し微妙な関係にあるコマール出身のライザの婚約。

自分の周りが色々変化していく中で。「自分は何をなすべきか?」迷えるマイルズはヴォルコシガン領へ旅立ち「喪の山」(「無限の境界」収載)の舞台となったシルヴィー谷へ再訪し嬰児殺しの被害者であるレイナの墓を訪れようとしますが、墓のあった場所はダムとなり水没していました。
「ここも変わっている..」という思いを抱きながらも立ち寄ったマイルズが出会ったのは「旧知」の人々。

「旧知」といっても10年ぶりに訪れたシルヴィー谷です、12歳だった村長の息子ゼッド・カラールは22歳となり、レイナの父レム・クスリクは村長に、母ハラハは教師として村人たちのために献身して働いています。

この辺読んでいて不覚にも涙腺ゆるみました...「喪の山」読んでないとこの辺もでしょうね。

ハラへ自分の現在の境遇と苦悩を打ち明けるマイルズ。
ハラの言葉「さきへお行きなさい。ただ進むだけです。」

マイルズの中で「何をするべきか」答えは出ませんが「軍で活躍する」という意味での「英雄」ではなくとも「やるべきこと」勇気を持ち行う人たちの姿を見て心の中で何かが変わります。

ヴォルコシガン館に帰還したイワンに「デンダリィ隊に逃げ出さないの?」と言われても以前とは違う感情を持ちます。

そんな中イリヤンの不調が伝えられ「恩師」イリヤンをなんとか助けようとします。
しかしマイルズが機密保安局を去った後にはイリヤンの後継者最有力候補であり機密保安局のナンバー2であるハローチが何故かマイルズの関与を拒み対立関係となります。

「なんとかしなきゃ」という思いで、今までもらった数々の勲章(セダガンダから授与のメリット勲章含む)をつけ皇帝へ直談判するマイルズ。
結果、皇帝からバラヤーでは皇帝の代理として調査事項には全て関与出来る立場の臨時聴聞卿に任命されます。

再びハローチの前に聴聞卿として姿を表したマイルズはイリヤン問題解決に向け「すすみだし」輝き・ひらめきを取り戻していきます。(こに辺りはいつものパターン)

脳内に埋め込まれた記憶チップを破壊され苦しみ悶えるイリヤンとの再会の場面は泣かせますが...これもまたまぁ紋切り型ですかねぇ。
謎解きはミステリータッチですが謎解きミステリーほど厳密ではない感じです。

ということでマイルズの働きによりイリヤンは命を取り止め、イリヤンはヴォルコシガン館へ引き取られます。
チップを除去され人々から恐れられていた「完全記憶」を喪い40年間努めた機密保安庁の職も失おうとしているイリヤンですがマイルズの叔母(イワン)の母アリスとの仲が進展したりと淡々としています。

マイルズとイリヤンはヴォルコシガン領で会話し、改めてマイルズは自分の動機を自問します「自分のアイディンティが自分の動機?飢え」

チップ破壊の操作が進展しヴォルコシガン館に帰ったマイルズに家母からも、「機密保安庁をクビになったら逃げ出して提督になるかと思った」と言われ自分のアイディンティティに悩むマイルズ。

捜査の進展とともにハローチはマイルズへ接近していき、マイルズを機密保安庁へ復職させデンダリィ艦隊も再度任せ大尉への昇進も提案します。

マイルズの何より望む涎ものの提案に大興奮するマイルズですが、遅ればせながらハローチが犯人とわかり提案は賄賂だとわかり犯人がハローチであることに気付きます。
(読者はガレーニを逮捕したあたりではまぁ犯人はハローチだろうと気付くとは思います)

マイルズが「ぼくは・・・・・・自分自身になることを選ぶ」と選んだ結論は...。
ハローチの誘惑に乗らず逆にハローチを罠にかけて捕えます。

ハローチの尋問は皇帝グレゴール自ら行われ、機密保安庁に30年勤めてもまだまだ居座りそうなイリヤンに対する複雑な思いとともに自分を飛び越えてイリヤンの後継となりそうなマイルズへの嫉妬が語られます。

マイルズへ提示した「餌」のことも語られグレゴールはマイルズへ「何故乗らなかった」のかを尋ねます。
答え「心からの望みと引き換えることのできないものはただ一つ、心そのものです」。

その後色々ありますがマイルズが聴聞卿に推挙されるにあたり聴聞卿4人との対面し「なぜ賄賂になびかなかったのか?」と聞かれ、答えは「わたしの名前とわたしのからだを持った誰かが生き残るかもしれませんね。もはやそれは、わたしではないのです。それはわたしとは・・・・・・あまり似ていない人間になるでしょう」
父アラールからマイルズへ「君が生き延びて成長し、とうとう自分自身になったことを喜んでいる。それじゃ加齢とともに前進する力を失っていないんだね、きみは」

今後の人生、ネイスミス提督を消し去りバラヤーの聴聞卿として生きていくことを決めたマイルズはネイスミス提督の盟友クインとも対面し別れを告げます。

マイルズ=ネイスミス提督として生きた13年間、生死の境をさまよう大冒険を重ねてきたわけですが、イリヤンやハローチのように機密保安庁一筋で生きてきた人びと、クィンのように宇宙でしか生きていけないと決めた人たちと比べると「逃げ道がある」という点でどこか「大人」になりきれないところがあったんでしょうね。

大人になりきれないマイルズが上司になるのに頭に来るハローチの気持ちもわからないではないですが...。

いくら自分のアイディンティティを確立していても「心」がなければなにごとも成せないということを象徴的に見せているんでしょうね。

といってもマイルズには何回もか親しい人に進められている通り、バラヤーとの縁を切り、ネイスミス提督としてクィンと宇宙を住みかに暴れ回るという手もあったかと思うのですが...。

作戦遂行時には手段を選ばないマイルズですが「バラヤー帝国」としての大義名分がないと「動けない」という祖先から受け継いだ貴族ならではの「考え方」になってしまうんでしょうかねぇ...。

冒険を重ねて30歳で家に帰ってくる貴族の息子を描いているということではいろいろ書き込んでいますが保守的な話ではありますね。

ヴォルコシガン・サガは本作の後も聴聞卿としてのマイルズを描く作品が書かれていますがが、「体制」と「非体制」を揺れ動く「青春期」を描く作品は本作が最後かと思います。

本作以後のマイルズにも興味はありますが....まぁ読むのは大分先かなぁ。


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天空の遺産 L.Mビジョルド著 小木曽絢子訳 創元推理文庫

2018-08-16 | 海外SF
「SF」ヴォルコシガン・サガに戻りました、

本作の時代設定は「ミラー・ダンス」から6年ほど遡りマイルズ22歳。
遺伝子の使命」とほぼ同時期となります。

ただ発刊順は「ミラー・ダンス」(1994年)の直後、1995年となります。

時代設定では「ミラー・ダンス」の直後にあたる「メモリー」が1996年発刊ですので間にはさまれた形です。

「ミラー・ダンス」「メモリー」ともに割と重めな展開ですので、本作のように後に直面する大変な事態を知らないマイルズの大活劇を書いておきたかったんでしょうかねぇ、本作ではマイルズ大活劇がシンプルに楽しめます。
なお本作に「ネイスミス提督」としてのマイルズは出てきません、その辺の話が好きな人には物足りないかもしれません。

こちらも現在絶版のためamazonで古本で購入。

内容紹介(裏表紙記載)
敵星セタガンダ帝国の皇太后が急逝し、マイルズがバラヤー代表として派遣された。だが行く先々でトラブルを引きあてる彼のこと、今回も······。遺伝子管理によってセダガンダを支配してきた皇太后は、帝国のゆきづまりを察知し、密かに大きな睹けに出ていたという。そしてその死に乗じて銀河を揺るがす陰謀が。後宮に残された美女たちのため、彼は厳命を破って単独行勤に出るが?


まぁ内容紹介どおりの展開で、いつもどおり厄介毎に巻き込まれるマイルズとその協力者(いやいやながらも)の従妹イワンとの珍道中と事件解決の物語となります。

バラヤーの宿敵セダガンダのホート貴族 美女ライアンに立場をわきまえず恋してしまい、ついつい肩入れして事件に巻き込まれつつ機知と行動力を生かして事件を解決し悪人を退治。

マイルズとホート貴族の美女ライアンはほのかに「引かれあう?」感じながらも立場の違いは乗り越えられずで結局結ばれず。

美女ライアンはセダガンダ皇帝の皇后に選べれ(もっとも基本遺伝子を通じて交配するだけの結びつき)、皇帝はマイルズの働きに感謝し皇太后葬儀の式典でセダガンダの最高位のメリット勲章を授け、一同唖然。

ストーリー概略書いてみるとこんな感じかと思いますが・・・。
見事なまでにベタな騎士道物語の展開です。

ライアンが最後にマイルズにブレスレットを渡す所などなんともベタベタです。(笑)

読んでいるときにはそれなりにいろいろ工夫を凝らしてあって楽しいんですけれども...。

解説によるとセダガンダのゲム貴族とホート貴族の関係は平安時代の日本を参考にしているとのことです。
ゲム貴族=武家、ホート貴族=皇族・平安貴族階級という仕組み。

ホート貴族の女性は美しく着飾り皇帝のおめがねにかなうことを競い合い、ときにはよく働いたゲム貴族に褒章として与えられ結婚することもあるという設定。

もっともホート貴族の女性は「お飾り」だけでなくホート貴族の遺伝子を操りどのような子孫を残していくかを決める立場にあり中長期的な権力の実権を握っています。

ヴォルコシガン・サガ、シリーズでは頻繁に遺伝子関係の話が出てきます。
遺伝子で「決まる」もしくは「決められる」運命と、それに抗うマイルズやその他自由意志で運命を「変える」もしくは「変えたい」人たちというのが一貫して流れるテーマなんでしょうね。

あと違和感のあったのがこの後(時代設定的には)マイルズは「無限の境界」でセダガンダの無道な捕虜収容所からの脱出作戦を指揮・成功させるわけわけですが...。

その無慈悲かつ非人間的なセダガンダ人のイメージと本作で描かれる割と和やかなイメージがかみ合いませんでした。
まぁ本作の方が発刊がかなり後(「無限の境界」は1989年ですから6年後)ですからその辺のご都合主義はしょうがないんですかねぇ。
シリーズものは最初の悪人がだんだんいい人になる傾向がある気がします。(宇宙戦艦ヤマトのデスラーとか...)

「SF」的仕掛けをつかったハラハラドキドキをお約束の範疇で楽しむにはいい作品だと思いました。

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同時代ゲーム 大江健三郎著 新潮文庫

2018-08-14 | 日本小説
本作まぁ普通に考えると「SF」ではないのでしょうが....。

1979年の発刊で、発刊当時世間的に不評であったため、本作を高く評価していた当時日本SF作家クラブの事務局長の筒井康隆が本作に受賞させようと「日本SF大賞」を創設したという話があります。(wikipediaー日本SF大賞)結局第一回は小松左京が強く推す「太陽風交点」が受賞しましたが、第二回は井上ひさしの「吉里吉里人」が受賞と、ジャンルとしての「SFにこだわらない」姿勢は貫かれた感じです。

「太陽風交点」の受賞はその後早川と徳間の抗争の基になっていますし、「吉里吉里人」に受章させるくらいなら、もっと他の作品を評価した方が後のSFの発展につながったような気もするので成り立ちからこの賞ジャンルSFにとってどうか?という気がしますが...。

と余談はともかく、昨年後半日本SFに凝ったからみもあって前述のような展開にも興味を持ち本書を手に取りました。

あとは大江健三郎くらい多少は読んでいないと、小説について「偉そうな(?)こといえないなー」という感もありましたー(大江作品は「万延元年のフットボール」を昔読んだだけ、こちらは世評も高いですが私も読んでとても面白かった記憶があります。)

本自体は「読まなきゃなー」という感があり10年位前に古本屋で入手済み。


内容紹介(裏表紙記載)
海に向って追放された武士の集団が、川を遡って、四国の山奥に《村=匡家=小宇宙》を創建し、長い〈自由時代〉のあと、大日本帝国と全面戦争に突入した!?壊す人、アポ爺、ペリ爺、オシコメ、シリメ、「木から降りん人」等々、奇体な人物を繰り出しながら、父=神主の息子〈僕〉が双生児の妹に向けて語る、一族の神話と歴史。特異な作家的想像力が構築した、現代文学の収穫1000枚。

とりあえずの感想としては....。
ものすごい「面白い」とは言えない作品でしたかねぇ。

本書は四国の山奥の<村=国家=小宇宙>の歴史を語るべく、父=神主ののスパルタ教育を受けた語り手「僕」が第一部ではメキシコから、第二部以降は東京から<村=国家=小宇宙>にいる妹へ向けて、<村=国家=小宇宙>の歴史をつづった書簡の形の形を取っています。

第一の手紙はプロローグ的なもの、、第二の手紙で<村=国家=小宇宙>(しつこいですが本の趣旨にそいます....)の神話的な部分が語られます。

神話の部分がかなり長く感じたのですが....(イメージ半分くらい)見直すと意外と短いんですね。
<村=国家=小宇宙>の「藩」からの離脱、創設の物語、創設者たる壊す人の不死性、巨大化したという伝説、それに対峙した女性オシコメの伝説などが語られます。

第三の手紙は江戸後期~幕末あたりなのでまぁ歴史とも民話ともつかない感じ。

第四の手紙は第二次世界大戦直前、第五の手紙が主人公の家族をめぐる話、歴史...というか近所のホラ話に近い感じ。

第六の手紙が僕と父=神主の関係外来者と「村」、外来者たるアポ爺、ペリ爺と国家権力とそれを守らない「村」のリアルなお話。
そして「神話」「民話」「歴史」「ホラ話」と実際の「僕」とみたところの着地点というお話かと思いました。

まぁ、つまらないということもなくそれなりに読めるのですが、全体的に「旧い」感じがしました。

wikipediaでも
本作”文化人類学者の山口昌男の著書を下敷きにして書かれている。”と記載されていますが、この山口昌男氏が著作を発表してるのが1970年代。

「民族学やら神話に隠された真の歴史を読み解く」というような話が世の中でそれなりに一般化しだした時代だったのかなぁと。

「騎馬民族国家」が1967年、70年頃は邪馬台国ブームでしたし、高木彬光の「邪馬台国の秘密」が1973年。
松本清張るが古代史に興味を持ちだしたのも70年代、80年代前半まではそんな話がはやっていたような記憶があります。(高木彬光「古代天皇の秘密」は1986年。)

私もその辺の話好きなので当時いろいろ読んだ記憶があります。
そんあこんなもあり新鮮味を感じないのかもしれせん。
(最近の流行りは信長辺りの頃のヨーロッパ陰謀説、幕末期の幕府の当事者能力見直しというところ?)

また本書「民話」「神話」を「本当にあった歴史」として叙述していくという意味で、パロディでありそういう意味では斬新なんでしょうが...。

パロディとしては筒井康隆や清水義範の作品の方が徹底していて今読んでも楽しめそうな気がします。(「筒井順慶」とか「蕎麦ときしめん」とか、今読んで本当に楽しめるかは読んでないので???ですが...)。

政治思想的なもの、父子関係、土俗的意識と都市文化の対立、第二次世界大戦の意味、戦後の時代転換といったテーマがうっすらとではなくかなり鼻につくように思われるのがなんだか1960年代的で当時(1979年)としてもちょっと旧く感じられたんじゃないかと思うのですが....どうなんでしょう?

冒頭記載の通り文壇の一部からは本作ずいぶん不評をかったようですが...。

ほぼ同じテーマでのちに(1986年)著者は『M/Tと森のフシギの物語』を執筆した(MはMatriarch=オシコメ、TはTrickster=壊す人を意味するようです。)くらいですからこのテーマそうれなりに入れ込んでいたんでしょうね。

機会があればこちらも読んでみたいところですが....ずいぶん先かなぁ。

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コンプリート・ロボット(短編集未収録作品)アイザック・アシモフ著 小尾芙佐訳 ソニーマガジンズ

2018-08-11 | 海外SF
アシモフのSF短編集ほぼ制覇したのですが....。

本書「コンプリート・ロボット」はアシモフのロボットもの31編を集めた短編集ですが、その中で5編だけ他の短編集に収載されていない作品が入っています。

すでに絶版となっており、古本もamazonで調べると8,000円超えと高価です...。
図書館で借りようかなぁ...とも思ったのですが他ならぬ「アシモフ」ですので大人買いしました。

この手のamazonで古本が高い本はブックオフ・オンラインの方が安めな傾向があり本書もそちらで登録していたら5,000円台の出物があったのでそちらで購入しました。



内容紹介(amazon紹介文より)
巨匠アイザック・アシモフのロボット短篇全集!
「サイエンス・フィクションを書いていたというたったそれだけの理由で、わたしは自分では知らずして——世界の様相を変えつつある一連の事象の発端をきっていたのである」<アイザック・アシモフ>
7冊の短編集と単行本未収録作から、巨匠アイザック・アシモフのロボットSF全31篇を完全収録。幻の本邦初訳作を含む、初のロボット短篇全集!


折角買ったので全部読むのが本来「筋」だとは思うのですが....。

ここ数年で未収録作品全作読んでいるので、分厚い(2段組572ページ)本書を読む気にならず未収録作5作のみ拾い読みしました。

よって本書全体を読んでアシモフのロッボットものを「これでもかと読んで」「どのような感慨をもつか?」という視点とは無縁の感想となりますので悪しからずです。

ただ...かなり古い作品もあるのでわざわざ分厚い(繰り返しですが...)「本書を買って読む」という行動をする人はかなり少ないのではという気はしました。(私も買ったけど読まなかったし)

ということで未収録作品5作、各編の感想です。

〇親友 A Boy's Best Friend 1975年 小尾芙佐訳(邦訳本書初出)
 月面でロッボットーマット(ロボット犬)ロバットと楽しい日々を過ごす少年への贈り物は...。

 ショート・ショート的な長さですが、少年とロバットの関係がよく書かれている作品です。
 「機械」の立ち位置を考え続けたアシモフの佳品という感じ。


〇物の見方 Point of View 1975年(初出伊藤典夫訳 SFマガジン1995年12月号)
 巨大コンピューター マルチヴァックの技師の13歳の息子が父親の職場を訪れると、マルチヴァックにある問題が生じていた。息子は「子どもならでは」の意見を。

これまたショート・ショート的な作品。
まぁ...ワンアイディアな感じ。

〇考える! Think! 1977年 小尾芙佐訳(邦訳本書初出)
女性研究員ジェニーはマイ-コンピューター=マイクを使い、思考を電子的に読み取る研究をしており、幹部研究員にその意義を説明しているとあるアイディアが出て...。

これまた短い作品、なんとなーくオチはわかったのですが...。(アシモフ好みのコンピューターの神化)なんでそうなるかがよく理解できませんでした。
主人公の女性研究員がアシモフっぽくて魅力的ではありました。

〇ほんとうの恋人 True Love 1977年 小隅黎訳 講談社「ミニミニSF傑作展」1983年
マルチヴァックのプログラム ジョーを使って技師ミルトンはこっそり自分の恋人探しをするためジョーを改良していくが....。

ショート・ショート。
まぁワンアイディアですね....。前掲の「考える!」とよく考えると同系列??

〇ミラー・イメージ Mirror Image 1972年 風見潤 「ミステリマガジン1977年4月」 
イライジャ・ベイリ、R.ダニールものの短編。
宇宙船で神経生物物理学の恒星間会議に出席するために移動中のスペーサーの名声高い老数学者と新進気鋭の若手数学者が新発見をどちらが思いついたかで意見が食い違いそれを調査することになったイライジャは学者のそばにいたロボットそれぞれに質問した。
最初は全く同じ答え(ミラー・イメージ)であったが食い違いを見つけ...。

「鋼鉄都市」「はだかの太陽」が1950年代の作品、第3長編となる「夜明けのロボット」が1983年刊行ですから、その間に書かれた短編です。
アシモフもイライジャのことは結構気に入っていたんでしょうね。
ダニールの方は....アシモフ未来史のなかで重要な役割を果たすキャラですからまぁ推して知るべしなんでしょう。

日本での初出が「ミステリマガジン」であることからもわかると思いますが、このシリーズの他作品同様「ミステリー」となります。
もっともアシモフの「学者」「学会」もの、好きの傾向ももよく出ている作品ですので必ずしもイライジャーもダニールも出る必要なかった気もしますが....。
解決の最後のところの「人間」のベテラン刑事ならではの洞察はイライジャならではですかねぇ。
楽しめました。

「ミラー・イメージ」以外は短編集未収録なのもうなずける小品です...ので余程のアシモフマニアでなければ購入ではなく図書館の利用を薦めたいと思いますが、まぁ「この本1冊読み通したらどんな感想持つんだろう?」というのはちょっと興味があったりします。
この辺は老後の楽しみに~。

アシモフの作品その他にも邦訳されていて短編集に載っていないものはありある程度把握はしているんですが...。
どこまで読むかですね。
といいながらSFマガジンに載ったものは現時点で全部読んだんですが(その感想はまたの機会に(

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占星術殺人事件 島田荘司著 講談社文庫

2018-07-28 | 日本ミステリ
SFが続いたので、趣向を変えてミステリーを読みました。

本作、週刊文春の'12東西ミステリーベスト100で国内3位となっています。

1位が「獄門島」2位が「虚無への供物」ともはや古典と言っていい作品ですから、近年の作品としては最高の評価を得ている作品といえるでしょう。

本書は1981年発刊、江戸川乱歩賞の最終候補作に残った作品とのことで島田荘司氏のデビュー作となります。

”2014年1月イギリスの有力紙「ガーディアン」で本作が「世界の密室ミステリーベスト10」の第2位に選ばれた”りもしているようです(wikipedia
その他

本自体は数年前にブックオフで入手済み

近年改訂完全版も出版されているようですが....。
まぁオリジナル版でいいかなぁと。(どうなっているのかは気になりますが)

内容紹介(裏表紙記載)
怪事件は、ひとりの画家の遺書から始まった。その内容は「六人の処女炉から肉体各部をとり、星座に合わせて新しい人体を合成する、というもの。画家は密室で殺された。そしてー力月後には、六人の若い女性が行方不明!奇想天外の構想、トリツクで名探偵御手洗潔をデビユーさせた、衝撃的傑作。


かなり評価の高い作品なので期待の方もかなり高かったのですが....。

「おどろおどろしさ」と「トリック」の融合、個性的な名探偵といったところ、過去の事件を題材に解決不可能感を出す展開に感心はしましたが解決まで読んでみると「あれっ」という感は受けました。

それだけ明解な解決ではあるんでしょうが...。

最後の解決編の部分かなり引っ張っている気がします。

処女作=初登場の御手洗潔のキャラを表現したかったのかなぁとは思うのですが、あそこまで引っ張るとかなりの人が「こうなんだろう」というのが想像つくような...。

最初のおどろおどろしさと、不可能感に対して、動機のありきたり(不自然)感とトリックの単純さ感(これはいいことなのかもしれないですが)のギャップを感じました。

本作いわゆる「新本格」の勃興にかなり影響があったということになっているようなので、時代背景考えると当時としてはオリジナリティあったんでしょうが....。

松本清張の「東経139度線」で亀卜、鹿卜と組み合わせた理屈付け、高木彬光の「黄金の鍵」(昔読んだような記憶が...)を引いて小栗上野介と結びつけて東経138度48分線作品やら援用して過去作品のオマージュしたりと工夫している感は感じましたが、小説を根拠にしての推理はどうねんでしょう?

結局この辺はほとんど解決に関係のないミスリードなわけですが....。

「不朽の名作ミステリー」としてはどうかなぁなどとは感じました。

私の求める推理小説は細かいトリックよりも「やられた感」となんとも「怪しい情念」なのですが...それほど高い評価ではないかなぁ...。

小中学生のとき私がよく読んだ高木彬光はこのタイプな気がします、情念出すぎ感ありますが。

でもまぁ普通には面白いですし。私のようなミステリー門外漢にはわかる魅力もあるのでしょから是非ご一読を。


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ミラー・ダンス上・下  L.M.ビジョルド著 小木曽絢子訳 創元推理文庫

2018-07-07 | 海外SF
ヴォルコシガン・サガの続きです。

年代順で「親愛なるクローン」に続く作品となります。

続くといっても「親愛なるクローン」から4年がたちマイルズは28歳となっています。
その4年間マイルズはデンダリィ傭兵艦隊提督としてキャリアと成果を重ね、副長であり美貌の恋人であるエリ・クィンとの仲も順調なようです。

もっともそのため、バラヤー帝国の中尉である本来の「マイルズ」とのギャップが広がっているわけですが...。

「親愛なるクローン」の感想でも書きましたがビジョルドはこの「提督」としてのマイルズの絶頂期を作品にはしていません。(現在のところ)
あまりコンプレックスのないマイルズを書いても面白くなかったんですかねぇ。

なお本書は1994年発刊、1995年のヒューゴー賞を受賞しています。
ビジョルド、1991年「ヴォル・ゲーム」1992年「バラヤー内乱」でもヒューゴー賞(長編部門)を受賞しており長編部門3度目の受賞となります。
(その後本シリーズ作品ではない「影の棲む城」で2004年ハインラインとならぶ最多の4回目のヒューゴー賞(長編部門)を受賞しています。)

作家としても世間の本シリーズへの評価も最高潮の時期の作品といえるのではないでしょうか。
本自体はブックオフで上下とも入手済みでした。

内容紹介(裏表紙記載)
上巻:
マイルズの留守に乗じて傭兵艦隊に潜入した、彼そっくりの偽物---クローンのマーク。特命任務と偽って快速艇とコマンド部隊を手に入れ、ジャクソン統一惑星へ侵攻した。だがマイルズならぬ身、攻略にしくじり、進退にきわまってしまう。急遽あとを追って戦地に赴いたマイルズだったが、マークたちの救出作戦敢行のさなか、あろうことか敵弾の直撃を受けて・・・・・・マイルズが死んだ!?
下巻:
蘇生への一縷の望みを託して低温保管器に収められたマイルズの遺体が行方不明に。一体どこへ消えたのか?
マイルズの訃報は故国バラヤーにも伝えられ、彼の皇位継承権はマークが引き継ぐこととなる。 だが皇位への忌避感から、マークは全力をあげて遺体の捜索にとりくみ・・・・・・気密保安庁に先んじて手掛かりを得た彼は、傭兵艦隊の面々を率いて出航する。マイルズの奪還はなるのか?


解説で訳者宛てに著者から届いたコメントが紹介されていて「この本は、いままで書いた長編のなかでは最高のもの、芸術的な一遍だと、わたしは思っています。ほかのどの長編よりも緊密で複雑な構成を持ち、それぞれの挿話が中心テーマのヴァリエーションとして、ほかのすべての挿話に反映しているのです。」と紹介されています。

前述もしましたが、前作「親愛なるクローン」から4年、デンダリィ艦隊提督としての絶頂期の4年を過ごしたマイルズのもとに「棘」として忍び込んだマークによってちょっとずつ歯車が狂っていきます。

それも本当に「絶頂」にあるマイルズであれば防ぎ得たであろう「状態」が副官エリとの関係性、マイルズのちょっとした慢心、これまたちょっとずつ老いたイリヤン、アラール・ヴォルコシガンといったところのズレで...。

序盤絶頂にあるマイルズがマークの行動で転げ落ちていくさま、中盤マークのなんとも情けない行動が丁寧に描かれています。
なんだかつらくて...読み進むのがつらく、読むのに時間がかかりました。

それを「芸術的」といえばいえるかもしれませんが...。
まぁ本質的には「純文学」的な人間意識の深層に迫る作品、というようりは「人の変化」と「意志」を描いているエンターテインメント作品だろうなぁとは感じました。
マイルズの低温保存死体の行方探しはミステリー調ですしね。

「肯定できる」自分を探しもがく人(マーク)と、「肯定できる」自分の状態を維持するために無理をする人(マイルズ)の葛藤が軸で、「老い」やら「変わりゆく関係性」をアラールなどで背景として描かれ多層的には表現していて渾身の力で「芸術的」にしたいのは伝わってきました。

また本作は遅れてきた「マーク」の「青年期」が中心で、主人公は「マーク」になっています。

解説にも書かれていましたが、マークの目から見たマイルズの危うさ、がむしゃらに動いてきたマイルズの初めての「挫折」を通じた、マイルズ自身の青年期の終わりの気配を感じる作品です。

ここまでシリーズ通して読んでいると時間の経過」とともに変化する登場人物たちの姿がとても楽しめる作品かと思いますが...。
本作がシリーズ初読の人には面白み伝わりにくい作品だとは思いました。


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親愛なるクローン L.M.ビジョルド著 小木曽絢子訳 創元推理文庫

2018-06-23 | 海外SF
またヴォルコシガン・サガシリーズに戻りました。
(一応、'12年ローカス誌オールタイムベスト65位の同シリーズ作品「メモリー」にたどり着くために読んでいます)

本作は中編「無限の境界」で一万人の捕虜脱出作戦に成功したデンダリィ傭兵艦隊がそのためにセタガンダ艦隊に追い回され、地球に逃げ込んだという設定になっています。

よって本作は「無限の境界」の直後(マイルズ24歳)からの始まりです。
原書の刊行も中編集「無限の境界」の直後1989年、となります。

ただ日本での翻訳の刊行の順番としては「戦士志願」につぐヴォルコシガン・サガシリーズの2作目となっています。

日本での発刊順と原書の刊行順と物語上の年代が異なるので混乱するのですが....。
この後原書の発刊順でいくと
・1990年発刊「ヴォル・ゲーム」マイルズ20歳
・1991年発刊「バラヤー内乱」マイルズ出生前マイルズの父母の物語。
・1994年発刊「ミラー・ダンス」マイルズ28歳
・1995年刊行「天空の遺産」マイルズ22歳
・1996年発刊「メモリー」マイルズ29歳
となります。

現段階で私は「メモリー」まで読了済です。

本作読む前に「無限の境界」は読んでおいた方がよいですし、発行年は本書の後ですが前半部分は中編として出されていた「ヴォル・ゲーム」は話の流れ上読んでおいた方がよいかなぁと思います。

またマイルズの年代順では本書の後「ミラー・ダンス」になりますが、こちらはかなり「家族」的な色彩が強いので「名誉のかけら」と「バラヤー内乱」は読んでおいたほうがよいかと....。

と書くとややこしいですが...翻訳が出そろっている現在では読む順番は漠然と原書刊行順に読むのがいいのかなぁ...ですが。

私は本書の直後「ミラー・ダンス」を読んでいて、これはこれでつなぎが良かったので...まぁ人それぞれですかねぇ。
(「名誉のかけら」と「バラヤー内乱」もつなぎがよい)

なお本書も現在絶版のためamazonで古本を購入。


内容紹介(裏表紙記載)
ある時は辺境惑星の一介の中尉、ある時は極秘任務に就いた傭兵艦隊の提督---二重生活を送るマイルズは、隠密作戦を成功させたが敵に追われ、艦隊を引き連れて地球まで逃げてきた。だが運悪くTVレポーターに正体を悟られる。とっさの機転で「あの傭兵提督は、わたしの非合法なクローンなんだ!」とでっちあげたまでは良かったのだが・・・・・・想像もしない災難が 痛快活劇第2弾


翻訳の刊行が「戦士志願」の後、第2弾として出ているのがわかるマイルズの大活劇なのですが...。

前述もしましたがシリーズの構成としては「無限の境界」「ヴォル・ゲーム」を出してからの方がマイルズやマイルズのクローンである”マーク”(マイルズがつけた名前ですが)のコンプレックスやらが日本の読者にわかりやすかったかもしれません。

物語的にはバラヤーに征服されたコマールの反乱分子のセル・ガレン、その息子でバラヤー軍の武官として地球大使館に駐在するダヴ・ガレーニ大尉の葛藤。

クローンである”マーク”のコンプレックスと人権問題など一応いろいろ伏線は張っているのですが、基本マイルズがいつも通り機知とタイミングと運(?)で絶対絶命のピンチを乗り越えるシンプルな大活劇です。

ミステリータッチの序・中盤、終盤の敵・味方入り乱れての大活劇は安定的に楽しめはしますがちょっと間延び感はありますた。

もう少し短く絞った方が良かったような...。(「無限の境界」の中編があまりによかったための感想でもあります)

マイルズはここから「ミラー・ダンス」までの4年間、デンダリィ傭兵艦隊提督としての全盛期となります。

が...ビジョルドは本作の後の「ネイスミス提督全盛期」を作品として書いていません。

単純なマイルズの「冒険活劇」はもうあまり書きたくなかったんでしょうかねぇ。

とにかく本作活劇としてはとても楽しめる作品でしたぁ。

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慶應本科と折口信夫- いとま申して2 北村薫著 文春文庫

2018-06-17 | 日本小説
SFが続くと違うものが読みたくなるので本書を手に取りました。

北村薫の「いとま申して三部作」の第二部となります。

第一部の「いとま申して 「童話」の人びと」を読み終わった段階で本書が単行本で発刊されていたのは認識していました。
でも単行本を買うまでの情熱がなくで...文庫が出たら買おうと思いながら忘れていたのですが最近ブック・オフで見かけて購入しました。

購入したのが「無限の境界」を読んでいる最中だったので珍しく入手してから時間空けずにの「読み」となりました。

北村薫作品では「円紫師匠とわたしシリーズ」の「太宰治の辞書」も「文庫出たら買おう」と思っていたのですが、現時点でも未入手なのが気になっています。
(ぼちぼちブックオフで出ていますが新刊で買おうと思っています)
こちらは単行本は新潮からで出ているのに、文庫が創元推理文庫からというのがなんとも北村薫らしいというか....もしくはなにか出版界の事情があるのか....。

また本記事を書くためちょっと調べたら、どうやら4月に「小萩のかんざし-いとま申して3」が出ているようです。
本書を読むのに「いとま申して」を読んでからかなり経っていて(2015年に読んでいたので3年くらい)人間関係などを忘れていて入りこむのに大変だったので「早めに読んだ方がいいかなぁ」とは思うのですが....。
やはり単行本を買うまでには至らないかなぁです。

内容紹介(裏表紙記載)
昭和4年。著者の父・宮本演彦は慶應の予科に通い、さらに本科に進む。教壇に立つのは西脇順三郎や折口信夫。またたびたび訪れた歌舞伎座の舞台には、十五代目羽左衛門、五代目福助が・・・・・・。父が遺した日記は、時代の波の中に浮かんでは消えていく伝説の人々の姿を捉えていた。<本の達人>が描く小さな昭和史。


前述もしましたが前作を読んでしばらく経っいたので家族構成やらなにやら忘れていたので入り込むのに若干苦労しました。
本作単独でもまぁ問題ないとは思いますが「いとま申して」を未読だと入り込むのに苦労するかもしれません。

「いとま申して」の感想にも書きましたが、近親者の日記を基に、周辺情報を調べて書き込んだり、自身(この場合息子として)の所感を書き込んだ形は星新一の「祖父・小金井良精の記」と重なるところがあります。

「業績」中心でなく「生活」の視点から日記を書いた人物の行動やら考えを追っていくスタイルでしみじみ楽しめました。

本書中、”星新一「きまぐれ暦」より引用”という記述もありで、北村薫自身もある程度「祖父・小金井良精の記」を意識はしていたんじゃないかと推察しています。

小中学生時代まだ新作の単行本が発刊され読んでいた「星新一」が時代を帯びてすらりと引用されるということは....自分も年を取ったんだなぁなどと感慨深かったです。

お話の方は弟の死、卒論の苦労など山場の話はありますが、主人公かつ北村薫の父である宮本演彦の慶應本科での昭和初期の学生生活が中心に描かれています。

著者自身も序で書いていますがこんな形でとらえた作品はあまりないかと思うので、昭和初期やら歌舞伎やら民俗学やらが嫌いでない人は楽しめると思います。

私自身、昭和初期も歌舞伎も民俗学も詳しくはないのですが....嫌いではないので楽しめました。
民俗学については本書に登場し名著とされる「花祭」是非読んでみたいものです。

なお民族学に関する個人的所感ですが、最近地元の神社の祭礼の手伝いなどちらちらやっていて思うのですが、祭礼のスタイルやらは「人」につくので移ろいやすいのではないかなぁと思っています。

昭和初期辺りはまだまだ江戸辺りまでのスタイルが残っていたのでしょうが、それがそのまま中世・古代までさかのぼれるのか....疑問な気はします。
その辺は地名も言葉もですが....。(まぁ素人の所管です)
と言って「文書」により現れる「歴史」だけではなく、人々の「暮らし」や「伝承」に着目する民族学の必要性を否定するわけではないのですが...。
そういえば「君の名は。」の三葉の父親も民族学者でしたねぇ。
私も小学生頃民族学にちょろっと憧れ柳田国男の著作「遠野物語」やら「海上の道」などを背伸びして読んだのを思い出しました、当時の私には難しくて苦痛でした...、今読んだらどうなんだろう?


他、「歌舞伎役者」をめぐる考察などは芸談として楽しめますし、卒論のための「吾妻鏡」を古書店を回ってそろえる辺りの考察など、読んでいていろいろなことに思いをはせるような記述もあり楽しめました~。

また比較的「裕福な家庭」であった宮本家が財政的なひっ迫していく様が作品通じて背景として全般に流れており「どうなるのかなー」というはらはら感がありました。

といっても倹約しようとしながらもそれほど倹約するわけでもなく、ガッツリ働くことに現実感のない演彦青年、時代とその当時の裕福な家の青年の気分としてはわかります。

私も、単行本買えないわけではいのですが...ちょっとした倹約で買っていません。
他でずいぶん無駄遣いしているのにねぇ。(笑)

まぁ単行本買わないのはスペースと通勤時の読みやすさの問題もあるのですが。
「小萩のかんざし」は文庫が出たら早めに買おう。
三部通して読みなおしたいような気もします。

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