思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

今日言われる日本独自の神社信仰なるものは国体思想・国家神道によって歪められたもの (古林治)知らない人ばかり

2023-05-28 | 学芸

 白樺教育館ホームページより。

日常にあふれる「民主制」を阻む装置、
    そのひとつ「神社のお話」  

  元号、皇族への敬語、天皇称号の乱用、初詣や神棚の推奨、天皇を讃える国歌・「君が代」、国家神道と結びつけられた祭日、偏った歴史教科書、等々・・・
民主政」を阻む装置、「国体思想の刷り込み」装置は21世紀になってもそこら中、日常の中にあふれています。 「神社」も実はそうした装置の一つであると自覚することは大事です。
洗脳されないために。 

 以下の論考は、私(古林)がFacebookに載せたものです。転載します。 


 
上は北斎の「富嶽三十六景」から 三重塔が見える。 下は歌川広重の相州江之島弁財天開帳参詣群衆、参拝客で賑わう、かつての霊場 江ノ島の姿。歌川広重、19世紀。画像:東京国立博物館
「江の島神社」は明治の廃仏毀釈の後に作られたもの。 その前は、およそ1050年にわたって金亀山与願寺(よがんじ)という密教系の寺だったようだ。 祀られている弁財天は、もとはインドのヒンドー教の女神・サラスヴァティ(創造神ブラフマーの奥さん)で琵琶のような楽器・ヴィーナを抱えている。 サラスヴァティは仏教を守護する神として取り込まれ、中国に渡り、そしてこの国にやって来た。 習合の塊だ^m^
 
こちらは江戸時代の鶴岡八幡宮寺の様子。
仏教色の濃い堂塔は破壊され、看板からは「寺」の文字が削られた。なにしろお寺だったからね。
僧侶たちは全員、路頭に迷うか神官になるかを迫られ止む無く神官になった。

僧形八幡神像も主祭神のひとつだったはずだが、焼却されたのか叩き売られたのか不明である。(習合の典型である)僧形八幡神像は明治政府によってもっとも嫌われていたのでおそらく焼却されたのだろう。
ごく最近、筑波の椎尾山薬王院で修復された像が、鎌倉八幡宮寺から勧請された僧形八幡神像であることが判明した。室町時代のものである。これが八幡宮寺にあった主祭神の僧形八幡神像にちかいものなのかもしれない。 
 
最近、椎尾山薬王院で再発見された僧形八幡神座像。
室町時代、鎌倉八幡宮寺から勧請されたものと考えられている。 
廃仏毀釈の折、住職が自ら頭をたたき割って首と胴体を保存したのではないか、と推測されている。
廃仏に狂奔する役人たちを誤魔化すためだ。
八幡宮寺から勧請されたということは、鎌倉にあった僧形八幡神もこれに近い姿であったのではないか、と想像する。  撮影:古林
 
宝暦5年(1755)ころの筑波山中禅寺の様子。
廃仏毀釈によって、一部の神社を除き、ほぼすべて破壊焼却された。

仁王門は隋神門と名を変え、辛うじて残された。
ただし、仁王像の代わりにヤマトタケル云々の新しい像が置いてある。
本堂のあったところには、今は筑波山神社拝殿が、その左側にあった三重塔のあとには社務所ができている。
中禅寺は法相徳一による創建(9世紀初め)以来、1100年近く続いた寺である。 が、現在、神社があたかも太古の昔からあるように語られているのである

天皇家ゆかりの碑や水戸劇派天狗党ゆかりの碑などがそこら中にある。昭和以降もそれは続いている。
主祭神のイザナギ、イザナミが正式に認められたのは、大正時代になってからのこと。 東国の古代に朝廷の神々がいるわけがなかろう。ここは蝦夷の国なのだ。 筑波男(お)の神、女(め)の神が崇められていたのである。
詳細は以下で。

筑波山で起きた廃仏毀釈とその後
 - 現代に生き続ける国家神道 -

《神社の歴史と今日的意味》  
2023年1月11日 古林 治   

 年末年始を迎える度、いつか気になる「神社」について簡単に記そうと思っていた。
ブラタモリの「江の島編」がきっかけで書くことにした。
だいぶ時間が経ってしまったけど (*´▽`*)
少々長いのでご容赦。 

 私たちが日常聞く、神社のさまざまな由緒は、中世以降に書き加えられたものが多い。
中には、明治、大正期に書き加えられたものも少なくない。
筑波山神社のイザナキ、イザナミが正式に主祭神となったのは大正時代だ。

 ちなみに、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出てくる鎌倉八幡宮は中世鎌倉時代、頼朝の命で僧侶によって建てられ、江戸時代初期にはさらに多くの堂塔が建造されて巨大な寺院群となっていた。
もともとが「八幡宮寺」なのだが、明治になって『寺』の文字は削られ、仏塔は破壊、移築、焼却の憂き目に遭い、仏像の類は焼却されるか、たたき売られるなどして多くの貴重な宝物類は散逸した。
ともあれ、八幡宮に祀られるカミサマも多様である。が、そのうちの一つ、仏教色の強い「僧形八幡神」は徹底的に排除されてしまったことは言うまでもない。

 神社は、中国から入ってきた仏教(道教、儒教との混淆)の影響を受け、同時にそれへの対抗もあって、抽象的な存在だった神の人格神化、定住化、視覚化が進み、社(神社)が形成された。
つまり、国家形成のために太古からある自然信仰を仏教(+道教、儒教)の思考、様式を利用して取り込んでしまったのである。だからその意味では、神社は最初の国家主義の象徴であり、端から神仏習合・混淆であり、創建は古くとも7世紀、多くは8世紀以降のことになる。

 ただし、「神社」も「神道」という語もずっと後、中世に作られた語である。当時、書き残された「神道」とは「じんどう」もしくは「しんどう」と読まれ、神を祀る営み一般の意だと言われる。
つまり、古来の信仰も道教も一緒くただったのだろう。 

 伊勢神宮は天武・持統朝期に創建されたが、最初の天皇である天武・持統夫婦とも実は道教〈神仙思想〉狂いと言われ、神=「天界の高級官僚」になれると信じていたようだ。
天武の和風諡号(しごう)は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひと)である。瀛は道教における東方三神山の一つ瀛州(えいしゅう/残る2つ蓬莱、方丈)のことであり、「真人」とは天界(神仙世界)の最高位の官僚(神仙)のことである。 修練によって人間も神(天仙の格下の神仙である地仙や尸解仙(しかいせん))になれると信じていた。人神不分離の考えはここから来ているのかもしれない。 

 こうして神社創建が始まった。しかし、ほとんど(特に地方で)は朝廷の命にもかかわらず、神社は作られなかった。 「神は形のないもの」だったからであり、創建や維持管理のための費用を出したくなかったからであろう。 

 平安中期から朝廷による中央支配が弱まり天皇称号が消え中世に入ると、人々は皆自由な発想を始める。仏教・道教に記紀神話とを融合して自由な物語創作がブームとなった。
これは中世日本記と呼ばれるが、多くの神社はこの中世日本記というブームの中で作られたのであろう。ちなみに、最初の神道書なるものは僧侶によって書かれたのである。
こうして、さらに習合が進み、インドや中国の神さま、道教の神さま、日本古来の神さま、それに仏さまに観音さままで何でも神社の御祭神となっていった。 これが八百万の神々の由縁であり、わが国の伝統と呼ばれ、長らくその形をとどめていたと考えられる。 

 幕末、光格の時代に「天皇称号」が800年以上ぶりに復活し、明治に入って再び強力な政治的意図が入り込む。 

 神仏分離令により、もともと習合状態であった神社仏閣内の仏塔・仏像・経文は破壊焼却され、習合色の強い寺は神社に変えられ、由緒も書き換えられ、御祭神はすり替えられ、量産された鏡の御神体があちこちに配され、後の国家神道(万世一系神の国、国体思想)につながるように再編された。
つまり、明治になって神社という歴史と伝統は、国民を国体思想に染め上げるための洗脳装置に変えられ、国家主義の象徴になっていったのである。 ただし、今度は仏教・道教を介してではなく、儒教(朱子学)に強く影響された水戸学、平田国学、津和野国学とキリスト教という一神教を介在して再編され、父権的要素満載の新国家宗教となった。

 こうして生まれたのが天皇現人神、万世一系の物語というイデオロギーを支える今日の神社である。
国民は生き神である天皇の赤子として位置づけられ、個人という存在は認められない時代を迎えることになる。 

 敗戦後、国家神道解体のため国家管理であった神社は宗教法人化された。一宗教法人として認知され、ほとんどは神社本庁のもとに組織化された。
だが、明治政府によって再編された神社の実態がそれ以前に戻されたわけではなく、内実はそのままであり、中にはさらにエスカレートして国家神道まっしぐらの神社もある。 

 神社は歴史と伝統の象徴であるかのごとく思っている人は多いが、その意味はまるで異なってしまった。明治政府の意図が深く浸透し変質してしまった神社を単なる習俗と軽んじて誰も問い返さないのは非常に危険である。侮ってはいけない。
今の神社の姿が日本古来の伝統・信仰を現わし、万世一系の天皇の国・神の国だという空気感(国家主義の土台)が知らぬ間に、刷り込まれていくのだ。
伊勢神宮(アマテラス)を頂点とする序列化された神さまたちの存在は、私達人間社会の序列化も当然視することになる。 

 洗脳は深刻だ。 現在の自民党国会議員はほぼ全員、神道政治連盟所属であり、今日の神社の在り様を全面肯定支援していることをお忘れなく。 

 そういうわけで、私は政治的意図にまみれた神社にはあまり近づかない。
気持ち悪さが先立つのである(*´▽`*)
ちなみに、ブラタモリ『江の島編』に登場する江の島神社も、よくそばまで行く筑波山神社も明治になってから作られたもの。いずれも国家神道敷衍のための存在であったし、いまなおそのような存在である。
タモリさん、突っ込みが足らんよ! 

 明確な自覚がないと皆、知らぬ間にあのおぞましい国体思想に取り込まれてしまう。
要注意! 

 ちなみに、「神仏習合・混淆」は明治政府による造語であり、あたかも、本来は神道と仏教が別のものとして存在したかのような倒錯をもたらしてしまう。
神仏分離を本気でやれば、神社そのものは消え失せ、残るのは太古からある自然への畏敬の念だろう。
今日言われる日本独自の神社信仰なるものは国体思想・国家神道によって歪められたものなのである。 

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「心理学」での人間の対象分析は、人間存在への冒とく   石谷 真さんとのfb対論

2023-05-27 | 恋知(哲学)

fb談議

誰であれ、自分の頭の外には出られない。人間は、自他共に「対象分析はできない」という原理中の原理を踏まえている人は、意外と少ない。自己の内に他者を取り込もうと必死になる。不遜の極みだが、自覚がない。よい関係性をつくるには不可欠な前提だ。(武田康弘)

武田 康弘
「心理学主義」が横行し、人間は主体者であることを忘れ、意識を対象物とみる完全に逆立ちした思考を身に付けてしまった現代人は、自分で自分を追い込んでいく。
20世紀にサルトルが現象学的存在論の試みー『存在と無』の第3部で対象認識ではない実存的精神分析の方法を提示したのに、21世紀の精神医学でもこれを学ばないー学べない状況が続く。知的退廃もいいところ。元からアウト。
ーーーーーーーーー
これ以上言う事は私にはありません。大賛成です。

ーーーーーーー
石谷 真

人間は、自他共に「対象分析はできない」ということの、説明をお願いします。

対象分析が、心理学主義というなら、意識を対象物とみることが、なぜいけないのか、いや、できないと言い切るのか、説明が欲しいです。
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武田 康弘

石谷 真 さん、人間はどこまでも主体者なので、対象にはできないわけです。主体者同士(対象を措定する者同士)は、互いの生の憧憬や欲望を知り合い・語り合うことにより了解するほかなく、客体(対象)にはできないのです。

したがって科学としての心理学は本質的には成立せず、人間精神の意味は、ただ存在論としてだけ知りうるのです⇒現象学的存在論。
ーーーーーーーー

石谷 真

これは主体者と言う言葉を拡大解釈してると思います。武田さんは、ボクにとって客体です。これは、ボク以外の全ての人が、客体です。

例えば、話し合うことができるためには、言葉が通じるか?話し合う意思が、相手にあるか?それを想像しないとできない。それは自分と同じでは無いからです。主体者同士と言うのは、欺瞞です。主体者と客体です。気づいているかどうか?振るのは、ボクが、客体が、気づいていないと考えるからです。対象にできないのでは無く、対象にして欲しくないだけではないですか?
ーーーーーーーー

武田 康弘

対象にすれば、「対象となった人」が捉えられるだけであり、生きた主体者は消えてしまいます。人間はいない。
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石谷 真

武田 康弘 様

主体者が、生きているかどうかは、対象にするかどうかとは、分けないと。例えば鏡を見て、自分の顔を知ることは、ここのヒゲ剃れてい無いとか、言うことは、生きているかどうか、とは関係無いです。鏡の対象にしたからと言って、人間はいなくならない。対象にしたヒトの見せ方を指摘しても、人間を、否定していません。ボクにはこう見えるよ。それで良いのではないですか?

ーーーーーーー

武田 康弘

ぼくにはこう見える、でよいですが、

それでは心理学にはならないのではないですか?

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石谷 真

武田 康弘 様

ボクにはこう見えるよ。は、カウンセリングの基本です。だから心理学です。

具体的には、こう見えると伝えることで、相手の反応を見る。眉間に皺が寄ってますね。とか、ニコニコしてますね。とか、そういうことです。主観で観るので、笑って無くてもニコニコしてますねとは、言います。オドオドしてるように見えます。とも言うので、正しいかどうかとは、別ですが…。まぁ心理学とは、本質を探る技の様なものというボクの解釈です。

ーーーーーーーー

武田 康弘

カウンセリングが必要な人には、その人に寄り添ってあげる人が必要なのは分かりますが、

心理学という一個別科学があり、それにより人間存在のありようが分かるはずと考えるならば、明らかに誤謬と思います。人間存在は「主観性の知」により掬い取るようにしか知れないですし、互いの憧憬・欲望を分かり合うことで了解するしかない、と考えます。

ーーーーーー

石谷 真

武田 康弘 様

カウンセリングをメインにした、心理学の考えでは、対人関係を重視します。つまり関係論です。

心理学は、分析する場合もありますが、いろんな考え方があるので、コミュニケーションの訓練としても、使えるケースもあるのです。

後、人間存在のありようが分かるとか、言う前に、楽天的に考えさせる方法とか、生き辛くない生き方とか、方法論を考えさせることもあり、心理学全否定ではそれはそれで生き辛いと思います。

ひとつ例を出せば、例えば、他人が、あなたの噂話をしています。その噂話は、良い話ですか?悪口ですか?というのがあります。

多くのヒトが、悪口と考えます。特に心理的に落ち込んでるヒトは、悪口と考えます。

でも心理学としては、これはフラットに考えないといけない。噂話=悪口という考えにクサビを打ち込みます。方法論としては、噂話=良い話と仮定した方が生き易い。そういう意味で心理学に良い面があります。

ーーーーーーーー

武田 康弘

心理学の善用は結構なことですので、異論はありません。

「心理学という一個別科学により人間存在のありようが分かるとするのは明らかに誤謬」ーそれがわたしの見解です。最初のとおり、人間を対象認識で分かるとする構えは、哲学(人間存在論)の原理上、ありえませんので。


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石谷 真

サルトルのイマジネールの副題は、想像力の現象学的心理学です。存在と無の実存的精神分析を推奨するなら、心理学ということで、全否定するのではなく、対象認識で分かる部分、例えば医学的なこと、とか、人間存在論の原理にこだわる意味がもう一つよく分からない。

街中で、ブツブツ言ってるひとは、やはりおかしいとか、心理学の原理もあるのです。

ていうか、サルトルの実存的精神分析が、優れていると思う点は、武田さんにとって何ですか?現象学的心理学と、一般的な心理学の違いとは?

ーーーーーーー

 

武田 康弘

現象学的、という意味は、従来の心理学とは根本的に異なるという意味です。サルトルが青年期、現象学との衝撃的出合いにより、実存的回心を起こしたのです。

いま、外出(とわの会での恋知講座)するところですので、詳しくはまた後で。

 

武田 康弘

現象学を方法論として踏まえたサルトルは、対象認識により分かる人間心理は、対象となった人間の心理でしかない、と看破しました。

「浄化的反省」という作用がないと、いつまでも反省意識の地平に留まってしまい、非反省的意識(フッサールの言葉では純粋意識)を顕在化させることができません。

自己正当化の底意を取り払って、反省を浄化させるには、各自の根源的選択が何かを探りださないとなりませんが、その目的は、人間の諸行動の意味を解読することです。出発点は、生活世界の具体的経験です。

対象分析(相手を客体として扱う)ではなく、寄り添い、語り合うことでしか意味の解読はできないのです。

ーーーーーーーー

 

石谷 真

武田 康弘 様

寄り添い、語り合いこと、は、カウンセリングに近いですね。

対象分析を、どうやら、狭く捉えている様に思われます。

フロイトはどこまでも、精神科学に拘りましたが、多くの心理学者は、それ程、拘ってはいません。

それよりも今、流行りの、解決させるための認知療法とかが、精神科学的なのかも知れない。
ーーーーーーー

 

武田 康弘

よいカウセラーは、実行しているのでしょうね。

人間関係は、【対象化したら終わり】です。【相互主観性をそのまま生きる】というのが幼い子からお年寄りまでとのわたしの人間関係の中心・土台で、基本的態度です。

なので、わたしを対象化しようとする人は、大勢いましたが、みな自然と縁がなくなり断絶しました。わたしは、その人個人を対象化しませんので(=それが存在論的に優れた態度)、今の世の多くの人とは、折り合いが悪いでしょう。でも、多くの支持者、とりわけ子供たちと、人生経験の長い高齢者にはとても信頼され、愛されています。ただし、こどもも成長して【一般化の海】に沈んでしまえば、わたしとの交際は終わります。

その人 個人を対象化しない=その人を概念化しない=言葉に閉じ込めないというのは、【恋知する実存者】の究極の基盤です。

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【白樺ヨガフィロソフィー第1回】福田 南さん(インド政府公認教師)が体験に基づき分かりよく深く。インドの道4分のビデオも

2023-05-18 | 学芸

第1回 白樺ヨガフィロソフィー クリックしてください。楽しさ満載です。
5月17日(水)白樺教育館




写真撮影は、わたし武田康弘です。

内容は、クリックしてください。よく分かります。インドで撮影のビデオもあります。


白樺ヨガフィロソフィーは、第二水曜を除いて、毎週水曜日午後1時30分より開催します。


 

 

 

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ノット・東響の【エレクトラ】=凄まじいカタルシス。私の71才の誕生日にサントリーホールで。写真

2023-05-15 | 芸術
以下は、昨日のfbです。

今日は、71才の誕生日でした。
サントリーホールに行き、凄まじいカタルシス=ノット・東響の【エレクトラ】を堪能しました。全編がクライマックスのような強烈な1時間半。最後の復讐が成就した場面では、全身に鳥肌が立ち、絶叫が最強音のオケと共に鳴ると、あまりの感動で力が抜けた。

ギリシャ悲劇を見事に音化したリヒャルト・シュトラウスの力量に感嘆すると共に、絹ずれのように美しい東響ヴァイオリンの強奏に見合う木管・金管・7台のティンパニーの正確で激しい演奏、ノットのこれ以上はない見事な指揮、内容はもちろんのこと、抜群の運動能力=身体の柔軟性と鋭敏さと指先までの繊細さには、惚れ惚れする。

凄い演奏会で、恐ろしいほどのカタルシス!!

※「エレクトラ」は、サルトルの最初の戯曲「蠅」でもあり、ドイツ軍の捕虜となった体験から創られました。
また、1914年雑誌「白樺」の1号2号で、ドイツで初演後まもなく好意的に紹介ー! 彼らの慧眼にもかつて驚きました。

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余談ですが、チケットの座席番号が、5列14番なのには唖然!!
さらについでに言うと、わたしのもっとも敬愛する20世紀最大の指揮者・オットー・クレンペラーも5月14日生まれ。
浄土真宗の開祖・親鸞も当時の世界暦=ユリウス暦で5月14日生まれ。縁があるでしょ(笑)親鸞は今年生誕850周年です。









 
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憲法を守るのは、公務員の義務ですが、守らせるのは、われわれ国民の責務です。

2023-05-03 | 社会思想

これからは直接行動が絶対に必要です。世の中悪すぎ。権力をもつ者たちの悪があまりも酷い。いま時間がある年寄りが多いのですから、官公庁やテレビ局や学校やらに直接出向き、批判すべきです。その行動は、【責任ある主権者の義務】なのです。戦わざる者食うべからずです。

 

憲法を守るのは、公務員の義務ですが、守らせるのは、われわれ国民の責務です。それが民主主義の土台・中心の思想です。
何も知らず、義務も果たさずでは、いまのインチキ政治家、愚かなマスコミ人に操られるだけの哀れな存在に堕ちます。主権者はわたし(あなた)です。官府ではありません。彼らはわれわれ主権者の代行者であり、サービスマンです。

変えるべきなのは、ソフト化させた天皇教=天皇制の1条から8条まで。
日本国民統合の象徴!!??ある人間がわたしを含む全日本人を統合するシンボル!!??
病気ですね。天皇シンボルはマッカーサーが入れたもの。裕仁と握手で、米軍と天皇家で日本人全体を支配し続けるためにですが、見事に全員洗脳に成功!!
お馬鹿な右翼と左翼。


武田康弘

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