思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

いま日本に一番必要なのは「自由」です。中学校は洗脳機関なのでしょうか。

2011-07-30 | 社会思想

いまの中学校には、生徒の自由はまったくありません。
部活動では、指導教師の言う通りですし、入学式も卒業式も、運動会も文化祭も、みな学校側=教師が決め、生徒は従うだけ。

自分の頭で自由に考え、自由に対話し、自由に決める=そうであってはじめて自己責任という意識が生まれるわけですが、そのようにして個人を個人にするという思想がなく、学校は、ただ受験と部活のためにあるのです。

個人の輝き、個人の羽ばたき、個人の自由な思想の深まりと広がりを育てるという考えは、完全に消え失せ、まるで子供は自動機械のようです。既成の価値観に従わせ、受動性を身につけさせる。批判せず、上手にやる、逆らわないーそういう子どもをつくる教育では、人間は人間になれません。愚かの極みです。

しかし、現代は、哲学まで保守主義の現状維持思想(笑えない笑い話)。これでは出口なしです。「受動性の言語ゲーム」という思想に染まり、哲学までもが既成の権威(ハーバード大や東大が偉い!)に頼るというテイタラクです。

現代の日本の中学校は、既成秩序に従うだけの去勢した子どもをつくる機関でしかないー35年間子どもと共に生きてきたわたしは、強くそう思います。
いまの日本に一番欠けているのは【自由】です。近代市民社会が成立している国で、「公共的自由―意見表明の権利」がこれほどない国は、世界のどこにもないでしょう。

中学時代に深い洗脳(上位者に従うだけ)を受けた日本人は、会社でも役所でも、自分の頭で考え、自由に意見を言う力を持ちません。【公共的自由の欠如】、これが現代日本の最大問題なのです。

必要なのは「自由」と「民主主義」です。上下倫理を廃し、民主的倫理に従い生きる。これが何より先に求められるはずです。

武田康弘


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コメント


よしくんぱっと(2011年07月30日 06:03)

そのような日本に縛られない自由が重要な一方で、そのような日本に縛られる自由というのもあってよいと思います。
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ちゃぼ(2011年07月30日 09:48)

> よしくんぱっとさん

論旨を外してます。自由とは言い換えれば、主体性を持って選択可能ということ、自由がないというテーゼに対してはコメントは意味不明です。

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タケセン(2011年07月30日 12:45)

公共的自由(=学校・会社・役所・地域・団体などにおける意見表明)がなければ、民主主義は内容としては始まりません。

日本は、敗戦後、民主制国家として再出発することを決め、国際的な約束としました(主権在民の新憲法の制定とサンフランシスコ講和条約)。

民主主義社会成立の基本条件は、互いの自由を承認・尊重し、それに依拠してルールを決めるということです。

それを可能にするためは、各自の主体性を育てる民主教育=「自分で考え、自由対話をし、決定する」が不可欠であり、それ以外の選択肢はないのです。

学校、教育委員会、文部科学省、政府は、民主主義を国是とする限り、それに反する政策・言動をとることは、ほんらいできません。そのことを明晰に自覚しないから、混乱が生じ、対等性・自由に基づく豊かな人間性が育たないのです。

「受験主義」(内申書という脅しに屈する人間をつくる)と「部活主義」(上下倫理を植え付ける)で金縛りにし、公共的自由を元から奪う教育は、根源悪でしかないというのがわたしの主張ですが、よしくんぱっとさんは、言語上の形式論理で、それ以外の選択も可能だ(=縛られる自由があってもよい)と言うに過ぎず、中身がありません。


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(林)
2011-07-30 19:26:52

武田先生

武田先生のご意見に心から賛同いたします。

物言わず、物考えず、その結果、東日本全域で3.11以降、莫大な被害、損害を受けながらドイツやフランス等のような大規模なデモも起こらず傍観する無関心層が巣食う日本社会。
また、
孫正義社長が日本で事業をしていなければ、脱原発気運すら起こらなかったでしょう。

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ありがとう (武田康弘)
2011-07-31 00:36:29

賛同のコメント、ありがとう。
林たけしさんは、ベストセラーとなった『ふざけるな校則』の著書ですものね。

確かに孫さんは、素晴らしい人間であり、経営者です。「国民栄誉賞」以上に値しますね。

コメント (13)

「政治哲学」・「公共哲学」とは、羊頭狗肉の見本。

2011-07-28 | 恋知(哲学)

国家とは何か
政治とは何か

それに答えるのに、西洋哲学者の名を羅列した政治哲学などまったく不要、というより無意味です。
答えは簡単。一言で、互助システムです。
互いの自立を助け合うシステムが民主主義国家であり、そのための条件整備を行うのが政治です。それ以上でもそれ以下でもありません。

わたしが、ハーバード大学のソフィストと呼ぶサンデル教授をはじめ、その太鼓持ち、千葉大学の小林正弥教授らの「政治哲学」「公共哲学」は、過去の哲学者の著作からその政治・公共に関する考察・発言を拾い出し、政治思想の「事実学」をつくるのみです。政治思想の書物を整理して並べるという単純作業でしかなく、哲学的考察(本質に向けて原理的に思考する)とは無縁ですが、これに哲学という名をつけるのですから、詐欺行為としか言えず、知的退廃という他ありません。

個々人の実存レベルにおける生々しい人間的な生を、政治次元や公共次元に限定して語り、それに哲学という名をつけて権威づけるのは、極めて政治的(政治主義)な態度です。人間の生の意味と価値を追求する(五感で感じ知り、心に想うところから白紙に戻して考える)という「主観性の知」を豊かに開発するエロース溢れる哲学の作業を、客観主義的な事実学に貶める哲学は、もちろんまったく哲学ではありません。

まさに羊頭狗肉の見本。


武田康弘

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山本太郎が見た福島の現実ーこどもたちを救えー(拡散希望)

2011-07-27 | 社会批評
山本太郎が見た福島の現実

必見です。拡散を

60km離れた福島市の恐怖の現実。

内部被爆の実態。

ウクライナのセシウム基準の2倍~数十倍の日本の官府の基準。
コメント

バンアレン帯の内側から放射線を出すのは、生命体にとって許されない行為です。

2011-07-26 | 社会思想

地球の地表から上空2000km以上(20000kmくらいまで)にわたり、バンアレン帯と呼ばれる放射能帯がありますが、それは、磁場によってとらえられた「太陽宇宙線・太陽風(プラズマ)・太陽以外から宇宙線」です。

よく知られているように、そのバンアレン帯のおかげで、わたしたち地球の生命は、生存・繁栄することが可能となっています。高い放射線の飛び交う宇宙空間は、生命にとっては極めて危険な場所ですが、地球磁場がそれを防いでくれているのです。

ついでに言えば、スペースシャトルや宇宙ステーションと呼ばれる活動は、地上から500km以内で行われていますので、バンアレン帯には入りません。もし入るなら長時間の活動は不可能です。人間が乗った宇宙船がこの放射能帯を超えたのは、アポロ計画で月を往復した時だけですが(月までの距離は38万km)、短時間で通過したので(25分間くらい)、人体への影響はなかったと思われます。

更についでの話ですが、宇宙ステーションを地球外から見れば、ほとんど地表にくっついているほどです。地球を直径13センチの円として書けば、宇宙ステーションの軌道は、その円を書いた鉛筆の芯の太さ(0.5mm)でしかありません。

話を戻しますが、放射線は、生命体にとって致命的なダメージを与えますので、バンアレン帯の内側でだけわれわれは生きられるのです。それを、事もあろうに内部から放射線を出す(核爆発や原発)というのは、自殺行為であり、野蛮極まる技術というほかありません。わたしは、小学校高学年(1965年ころ)より天文少年でしたので、1958年に発見されたバンアレン帯に興味を持ち、それだけではありませんが、それを含めて私たちが奇跡的とも言える環境の中ではじめて生きられるのだ、ということに深く感動していました。

繰り返しますが、地球は、宇宙空間に対して閉じているからこそ地表の安全は保たれているのです。内部から大量の放射線を出すというのは、ほんとうに愚かな行為としか言えません。人間も生命体である限り、自然エネルギーと化学反応によるエネルギーのみを用いるべきで、放射線を大量に出す核反応によるエネルギーを用いてはいけないのです。これは、他の生命体への責任を含めて言えることです。

放射線は、レントゲン診察やがん治療などに、微量に局所的に使うにとどめ、エネルギーとして多量に放出することは許されません。これは地球に住む生命体の条件なのだ、わたしはそう確信しています。

武田康弘

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「札付きの差別主義者ー石原都知事に怒鳴った!」ー山口二郎さんに全く同感。

2011-07-24 | 社会批評

今朝の東京新聞、本音のコラムに山口二郎(北海道大学教授・政治学)さんが、『女性の時代』という題で書いていますが、わたしも全く同じ思いです。

「私も、サッカー日本女子代表チームの奮闘には理屈抜きで感動した。勝負を捨てない気力と体力にはただ感服するばかりである。・・・・・
 遅れているのは政治の世界である。少なくとも参議院の比例代表の名簿には男女半数を義務付けるというくらいのことをしなければ、政治は変らないのだろう。・・・
 ひとつ腹が立ったのは、なでしこジャパンを持ち上げた石原都知事のご都合主義である。彼のやに下がった顔を見て、女性を讃えるのは、今までの女性蔑視発言を撤回し謝罪してからにしろ、とテレビに怒鳴った。
 ついでながら、オリンピック招致になでしこジャパンを利用しようなど、笑止千万である。・・札付きの差別主義者が都知事を務めるような都市で、オリンピックが開かれるはずがないではないか。」(山口二郎)


まったく、この石原慎太郎という小心ゆえに権力を使って自分の思想(ウヨク的・復古的な男権主義=国家主義)を実現させようという民主的倫理に反する政治家には、強い公共的な怒りを覚えます。



武田康弘
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旧社会主義国の秘密機関のような日本の検察庁―頭も心もイカレテいます。

2011-07-22 | 恋知(哲学)

わが国は、戦後66年も経とうとしているのに、いまだに民主主義という思想を理解せず、上下倫理に縛られて民主的倫理に従えず、よき楽しき人間関係を築けません。

ひとえに「正しい」教育が行われないためです。
「自分の頭で考え、みなと対話し、自分たちで決める」という何よりも大切な教育の基本がなく、何事も紋切型の正解を要求するのみ、という今の教育では、高得点者ほどバカになってしまいます。

そういうバカの集まりが官僚と言えますが(「東大病」患者は丸覚え+パターン知の機械的頭脳の持ち主でしかないが、自身はそれを自覚せず、頭がいいと思い込んでいるーなんという悲喜劇!)、愚劣な試験の象徴=「司法試験」の合格者が集まる検察庁は、ほんとうのことは何も見えず、何も分からない人たちの集合のようです。冤罪につぐ冤罪ですが、何の反省もありません。頭も心も腐っています。

今朝の新聞にありますが、東電OL殺害で、DNA鑑定が出ても「有罪を確信している!」とは意味不明もいいところで、崩壊した旧社会主義国の官僚組織と瓜二つですが、このような底までイカレタ組織は、一度、完全に解体して、主権在民の民主主義思想に基づき作り直すほかありません。人事をオープンにすること・民主的に選考する制度をつくることは、そのための絶対要件です。

少しそれますが、わたしが23年前(1988年)に企画し、実現させた竹内芳郎さん(哲学者でベルグソン・サルトル・ポンティらの邦訳者でもある)の我孫子市での講演会は、最近になって注目されているようで、昨年は上智大学、今年は慶応大学の入試問題(小論文)にもなっているようですが(講演文が、筑摩書房より本になっていますー『ポストモダンと天皇教の現在』の巻頭論文)、
内容は、日本の試験主義+管理教育への痛烈な批判と大学教育の酷さで、石をパンだと思ってよろこんでいるのが「優等生」だ、書かれています。

この講演会は、わたしが、現・消費者庁長官の福嶋浩彦さんと共につくっていた『緑と市民自治』(我孫子市全域に新聞折り込みで配布・4万部)において、竹内哲学の解説と共に大きく宣伝し、朝日新聞にもお願いして記事にしてもらい、近隣の市民の皆様に参加をよびかけたのでした。
ここで語られている内容は、23年たったいまもなお新鮮で、おおいに読まれるべきものでしょう。「官治主義」から「民主主義」への転回の必要を思われる方は、ぜひお読み下さい。なお、教育についての考えは、当時、竹内氏とわたしは日常的にお付き合いしていたために、ほとんどが重なっています。

また、マスコミの実態は、この講演文でも具体的に指摘されていますが、
今年5月8日に、日本の歴史上はじめて、国会(参議院行政監視委員会)が超党派で「最高検察庁」に行政視察に入ったにもかかわらず、その場に取材に来ていた朝日新聞も読売新聞も記事にすらしない(おそらく最高検察庁から書かないように依頼されたため)のは、竹内芳郎さんも指摘するように、戦前から変らずで、集団同調主義(=普遍的な原理を持たない)ゆえのフヌケ・テイタラクと言うほかありません。人間としての、ジャーナリストとしての誇りを持て!です。また、検察官も人間としての良心があるなら、内部告発をすべきですし、検察の起訴を追認するだけの裁判官の責任は、さらに重いはずです。みな目を覚ましなさい!


武田康弘
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手と足をつかうこと、全身で知ることが哲学です。

2011-07-20 | 恋知(哲学)
情報知、本読み、を否定する訳ではありませんが、
それらが生きて意味をもつためには、
手を使い、足を使うこと、全身で生き、働く実践が何より大事。
五感をふるに使って、心身全体による会得を目がけるのが、ほんとうの知です。

教育が進むと、言葉で済ます、言葉に逃げる、言語で誤魔化す、という人が増えますが、
それでは、ほんとうのことは何も分からず、何もつかめないはず。これは、原理です。
足が地についた、有用な知はなく、
深い納得、現実の人間の生を支える知は得られず、
ただ、言語ゲーム・論理ゲームの中で、オタク化するだけですが、
まだそのことを深く知る人がいません。

全身で知る、全身で生きる、のびのび豊かに、が何より必要。
心と頭と体のすべてを使った認識でなければ、よきものは何も生みません。
受験知を崇拝する東大教は、東大病患者を生み、「健康・自然・ふつう」という人間の最高の価値を奪います。哲学とは、全身で感じ知り、心に想うところから考える営みですから、東大病ではできません。だから、現代の大学には哲学がないのです。


武田康弘
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「集団疎開裁判」へのご協力のお願い-佐藤昌子←拡散希望

2011-07-19 | メール・往復書簡

福島県の佐藤昌子と申します。

 原発事故から悪夢のような4ヶ月が過ぎました。
皆様からの心温まるご支援、心より御礼申し上げます。

 「集団疎開裁判」へのご協力のお願いと、欧州放射線リスク委員会(ECRR)議長のクリス・バスビー博士来日公演のお知らせのため
メールいたします。重複をご容赦ください。

 福島に住む私たちが、今もっとも恐怖に感じているのは内部被爆です。
私も子を持つ親として、子供や若者の内部被爆が心配でなりません。
スーパーには復興の名の下『地元野菜』ばかりが並んでいます。
地元産以外の野菜を口にするのはとても困難な状況です。

怒りと絶望感が広がる中、
福島県郡山市で
小中学生を持つ親達14名が
郡山市に対し、年1ミリシーベルト以下の安全な場所で教育を実施すること
を求めて仮処分を申請しました。
学校ごとの疎開を求める「集団疎開裁判」です。

 郡山市をはじめとする福島県内の子供たちの多くは、
すでに外部被曝だけでも1ミリシーベルトを超えており、
尿からはセシウムが検出されています。
普段と変わらない生活を送る子供達を見ていると、胸が痛み、私達大人の責任を強く感じます。一刻の猶予もありません。
個人での避難だけでは子供達を救えません。

 裁判をサポートしていただいている、クリス・バスビー博士の緊急来日が実現し、各地で講演会を開催することとなりました。
欧州放射線リスク委員会(ECRR)では、
原子力推進の立場の(ICRP)よりもはるかに厳しい基準(一般公衆では10倍厳しい年0.1ミリシーベルト)を設けています。

「集団疎開裁判」の詳細及び、クリス・バスビー博士の公演日程については、
下記ブログに紹介されています。
講演は、7月17日(日)東京から始まりますが、
突然の連絡で申し訳ありません。

 http://fukusima-sokai.blogspot.com/2011/07/ecrr1721_11.html

会津若松講演のチラシは下記のサイトです。

 http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/110713Aizulecture.doc

 ECRR基準を広く伝え、裁判に勝利することは、
安全神話を振りまき、経済復興だけを優先して県民を危険にさらしている
県や国の政策を替える力となり、脱原発にも繋がると信じています。

 世界初となる「集団疎開裁判」への署名、クリス・バスビー博士公演費用
のカンパのご支援を心よりお願い申し上げます。

 お手数ですが、署名用紙は下記よりお取り出しください。

 http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/Signature.pdf

ふくしま連帯ユニオン宛てにお送り頂いてもかまいません。

 ふくしま連帯ユニオン
   〒963-8041 郡山市富田町下小次郎木32-1

         メール rentaiun@gmail.com

         FAX 024-973-7529
         TEL 024-973-6794

 短期に多くの署名を集める必要があります。
メールをお知り合いの方々に転送いただければありがたいです。
子供達を救うために皆様のお力をお貸しください。
心よりお願い申し上げます。

 佐藤 昌子(元パナソニック電工裁判原告) 福島県郡山市在住

コメント (2)

鳥肌ー震えー涙。なでしこジャパンに感動!

2011-07-18 | その他
サッカーを見て感動で涙したのは、はじめての経験。

ドイツとの試合、そして、アメリカとの決勝戦、言葉にならぬ感動ーよろこびで、全身に震えがきました。

スポーツで涙したのは、オリンピックのフィギアスケートで、荒川静香さんの演技を見たときがはじめてでしたが、

それとは質が異なり、ストレートに勝負・闘いのスポーツで、これほどのよろこびがあるとは、われながら驚きでした。


いまから、今日の講演会(「柳宗悦の思想、その面白さ」)の準備です。午後3時から我孫子駅北口のショッピングセンター「エスパ」の中にある「市民プラザ」でやりますので、お近くの方はぜひどうぞ。
いや~、気合が入ります。


武田康弘
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明日、わたしの講演会ですー「柳宗悦の思想のおもしろさ」

2011-07-17 | 白樺文学館

明日、午後3時から4時30分まで、「柳宗悦の思想、その面白さ」という講演会をします。講師はわたし武田康弘です。
柳に興味をもつ高校の先生方からの依頼です。
場所は、我孫子駅北口「エスパ」内の市民プラザ(「会議室」)ですので、お近くの方は、買い物がてらにぜひどうぞ。

詳しくは、こちらを。

武田康弘
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「渋谷教育学園渋谷校」の教育に関する議論

2011-07-16 | 教育

以下は、以前のブログ「田村哲夫氏が運営する渋谷教育学園渋谷校とは。古林 治」に対するコメントです


とても素晴らしい学校だと思います (イジメを許さない学校ですね)
2011-01-31 22:38:04

イジメられる側を責め立てて隠蔽しようとする学校がほとんですが、渋渋という学校は、イジメを絶対認めない勇気のある学校だとわかりました。最後までイジメをやめさせようとした副校長先生も無念だったでしょうね。
渋渋の魅力について改めて実感しました。
どうか、人に迷惑をかけないよう、姪さんの教育、頑張ってください。

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いじめ? (古林 治)
2011-02-01 19:40:35

私が『渋々物語 ― 田村哲夫氏が運営する渋谷教育学園渋谷校』を書いたのは個人的な恨みからではまったくありません。
田村氏がこの国の教育行政を主導する立場(地位)にあり、その考え方に大きな問題あり、と考えているからです。実名を含め、具体的な話を出したのは、議論が必要になることを期待してのことです。
異論、反論があることはよいことですが、問題は内容ですよね。議論して互いの考えを深めていくことが大事です。
私もまた公開の場で議論することを希望します。受験が終わる3月であれば、私の方はOKですヨ。
―――――――――――――――――
appreciate (なしむ)
2011-03-04 05:47:08

たいていの学校の保護者の方は
ご自分の関わった学校についてネガティブな
情報を語ろうとはしません。
なんであれこのようにご自分が体験された
ことをオープンにして問題としてみなで
共有しようとする姿勢には拍手を送りたい
です。
手の中にある問題をすべてテーブルに広げて
お互いそれを認め確認した後、共通認識を
つくり上げていく、その作業を怖がっては
ならないのでしょう。
――――――――――――――――

4月2日(土)に公開討論会を (タケセン)
2011-03-05 00:51:13

わたしも全く同感です。
みなさまの都合がよろしければ、誰でも参加Okの討論会を開いたらよいと思います。
渋谷学園のご協力が得られるならば、学校内で開催、それが無理であれば、白樺教育館で。
春休み中の土曜日=4月2日はどうでしょうか?
――――――――――――――――

Unknown (Unknown)
2011-04-15 01:34:39

へぇ…
渋渋てそんな学校なんですか?
私が通う分には全然そのように感じませんが…
公立小あがりの私からみたら入学初日からいい学校と思いましたよ
なんたってイジメがない!
小学校でさんざイジメ抜かれたのに
渋渋みんな優しい人だった
天国は渋谷にあるのかと思った

そりゃ勉強は大変だけど
ここに書いているようなことは
今のところ、経験してない
鬱病?いないよ?みんないきいきしてる
範囲が中1で高1をやるったって
それはほんの一部に過ぎない
逆に高1の授業の一部に中学生の内容があるとも聞く
実際はどうなのかはまだ高1じゃないから分からないけど…

私にはここに書いてあることが嘘であってほしいと思ってる
だって私の大好きな学校だから

最後に、
私に文章力などそういったものは全くありません
ですから、何を言っているんだ?と思った人もいるかも知れません
ごめんなさい
また、この内容は私個人の意見です
あまりあてになさらず、参考になればと思います
――――――――――――――――

人権侵害はどちら? (渋渋の卒業生)
2011-07-10 21:45:12

おそらく古林氏の姪っこさんと同じ期の者です。貴方のメールを読み怒りが湧きました。理由は簡単。貴方のメールには事実誤認が多いからです。
第一に、田村氏の校長講話について。
講話では生徒に自慢ばかり、とのことですが、全くの誤りです。
国連の話をされることはありますが、事実と感想を述べられているにすぎません。
また、エリート意識を植え付けられるとありますが、それは貴様の勝手な妄想だと思われます。私は、卒業して様々な渋渋外の友人が出来ましたが、優越感などかけらもありません。
第二に、M先生について。彼は京大出身ではなく、また東大を勧めることはしませんでした。事実、成績が優秀な友人が一橋大を目指すと言ったところ、彼は熱心に受験指導にあたっていました。
これ以外にも誤りをあげればキリがありません。
人権侵害をしているのはどちらでしょうか?
このコメントを見ている方はもうわかるはずです。
ただ、一般論として、低学歴の人間が古林氏の発言に賛同するのはわからない気はしないでもありません。
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Unknown (在校生)
2011-07-11 00:41:02

あなた様は、どうやら偏見ばかりの
歪みきった人間のようですね。
上のコメントにあったように、嘘ばっかり!
こういう人は、社会に悪影響を及ぼすので、
いっぺん死んでみたらどうです?
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反・公共的言説 (武田康弘)
2011-07-11 22:47:47

わたしは、このブログの主です。

卒業生の方のコメント
「ただ、一般論として、低学歴の人間が古林氏の発言に賛同するのはわからない気はしないでもありません。」には、
なんとも歪んだ受験主義の思想を感じますし、

また、在校生の方の、
「いっぺん死んでみたらどうです?」という結語も、とても公共的言説にはなっていないと思います。

「渋々」という学校(わたしは知りませんが)は、こういう方が多いのでしょうか?気持ちが悪くなりました。
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『人権侵害はどちら?』への応答 (古林 治)
2011-07-12 11:08:38

タケセンさんの場を借りてコメントします。

渋々の卒業生さん

率直なご意見ありがとうございます。
事実誤認が多いとのこと。間違いがあれば訂正します。
M先生の出身校については姪の勘違いの(当時生徒の間で流布されていた話をそのまま受け入れた)ようです。教えていただければ訂正します。

M先生について誤解があるようですので一言します。
私は、いい人、悪い人、という議論をしていません。むしろMさんは生真面目で誠実な方だと思います。
ただし、そのこととは別の話として、Mさんと体育教師Aさん(既退職)が、『いじめ』の嫌疑で、姪と(いじめられたと学校が判断した)もう一人の生徒を長時間軟禁状態にして詰問し、怒鳴りちらしたことは事実です。
これで、『いじめの事実はなかった。』だけで終わりにするのは誰が見てもおかしいと思うでしょう。まずは謝罪するのが社会常識では?
でも、その話はもうよいのです。謝罪を求めた時、すでにMさんは謝罪したのですから。
むしろ、謝罪の場にいた教頭も副校長も何も言わなかった(謝罪しなかった)こと、軟禁時に同席した(謝罪の場にいなかった)体育教師Aさんは結局謝罪しなかったことには驚きです。

校長講和について誤認とありますが、これは解釈の問題で誤認ではないでしょう。少なからず、自慢話と受けとめた生徒たちがいたことは事実ですから。ではなぜ、そう受け止めたのか、そのことについて考える方が建設的に思えます。
何かを紹介するとき、必ずそこには動機があります。その動機に沿って、内容を説明するのが自然です。もし、話の内容に説得力がなければ、単なる紹介というのはあり得ず、どこかほかに動機があると解釈する方が自然ではないでしょうか。その動機が『自慢することにある』と解釈した生徒たちがいた、というのが事実でしょう。
もし、解釈の違いを問題にするのであれば、大いに議論する価値はあるのでは?
遊びに行くのに海がいいか、山がいいか?などと授業でディーベートするよりは遥かに意味のある議論です。

『彼(Mさん)は熱心に受験指導にあたっていました。』
同感です。誰もがそう思っていることでしょう。
私が問題にしているのは、次の点です。
生徒が受験を気にするのは当然で、その受験に対して教師が熱心に取り組むのは自然です。ですが、教育の中心が受験指導になってはいけないのではないでしょうか。教育=受験知なのでしょうか。
これは渋々に限りません。今、全国にある中高一貫校が陥っている【教育の荒廃】だと私は見ています。
そして、受験知教育を推し進める田村哲夫氏自身がこの国の教育行政に影響を及ぼす立場にいることが、件の文章を書くきっかけにもなったわけです。

『一般論として、低学歴の人間が古林氏の発言に賛同するのはわからない気はしないでもありません。』
私は、このコメントにとても強い違和を感じます。
【低学歴】とはいったいどのような学歴の人たちを指すのでしょうか?
文面から見ると渋々の生徒たちは【高学歴】になる人たちなのでしょうか?

生きた対話の場へ (古林 治)
2011-07-12 11:12:25

在校生さん

匿名で、公の場で、こうした発言を残すと、『在校生さん』自身の品位をおとしめることになります。
具体的に何がどうおかしいのか、それを不特定多数の人たちに向けて説得力を持って説明することが大事です。
生きた対話の場に自分を投げ込むこと、そのように努力されてみてはいかがでしょうか。
授業でやるディーベートは言葉の喧嘩に過ぎず、他者を説得するためのものではありません。現代版ソフィストを生むだけです。
それよりはるかに意味のある訓練になります。

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Unknown (荒井達夫)
2011-07-13 00:21:59

「受験知は客観知による支配=人間性の否定、権威主義、エリート主義、思考停止を招き、豊かな民主制社会を阻む最大の要因と化しています。」(古林さん)

「一般論として、低学歴の人間が古林氏の発言に賛同するのはわからない気はしないでもありません。」(卒業生さん)

「いっぺん死んでみたらどうです?」(在校生さん)

古林さんの指摘は、まさにそのとおりでしょう。
――――――――――――――――――

Unknown (卒業生2)
2011-07-15 00:36:19

この卒業生さんの意見は、
説明不十分だと思います。
低学歴=ダメ、高学歴=正しいという二元論で捉えるから「教育の弊害」みたいな批判を浴びるのでしょう。
しかし、みなさん。高学歴だから何がいいのでしょうか。年収?地位?欲しい人はそれらを追い求めるために受験勉強をがんばればいいし、いらない人はやらなければいい。需要がある限り、詰め込み型の進学校も必要だと思います。嫌な人は公立に行けばいいのです。越境入学も出来るのですから選択肢は多いはず。今の教育体制は極めて選択可能で民主的なものだと思います。
あと、在校生さんの発言。確かに古林氏の話の事実誤認(ともすると妄想)の多さに腹が立つのはわかります。多くの渋渋生を傷つけ、そして教職員の名誉も毀損されついます。これを見てるまともな人なら在校生さんのような気持ちを抱くはず。しかし、死んだらどうです?ではとても渋渋生、いや人間として恥ずかしい。君はここにある数々の渋渋に対する虚構
、妄想を垂れ流している人と等しく、渋渋を貶めてることになるのです。どうか理解されることを祈ります。
―――――――――――――――――

具体的内容での批判を (古林 治)
2011-07-15 20:22:06
自称”卒業生2”さん

『確かに古林氏の話の事実誤認(ともすると妄想)の多さに腹が立つのはわかります。』
具体的な例について触れずに、事実誤認(ともすると妄想)というレッテルを張って相手を貶めるのは不当です。
卒業生さんの指摘、Mさんの学歴以外、私は同意しませんでしたが、少なくとも例を出して批判してくれた点は自称”卒業生2”さんより真っ当に思います。

『高学歴だから何がいいのでしょうか。年収?地位?欲しい人はそれらを追い求めるために受験勉強をがんばればいいし、いらない人はやらな ければいい。需要がある限り、詰め込み型の進学校も必要だと思います。嫌な人は公立に行けばいいのです。越境入学も出来るのですから選択肢は多いはず。今の教育体制は極めて選択可能で民主的なものだと思います。』
高学歴がいけないとか私はまったく言ってません。
「オレ、京都大学の小畠先生んとこで古生物学やるんだ。」とその昔、恐竜にのめりこんでた私の息子が小学校2年のころ言ってましたが、これって健全です。
自分のやりたいことが明確で、そのために手段として特定の大学の特定の学科(教授)をめがけるのは真っ当でしょう(結局行きませんでしたが)。
年収?地位?欲しさのために特定の大学をめがけるのが善いことなのでしょうかね?
相当歪んだ人間を生み出してしまうと私は思いますが、そうした生が善いことだと皆さん思いますか。
そのような生を選択せざるを得ない状況にまでしてしまったのは、私たち大人の問題ですが、だからと言って、そのような教育をさらに推し進めることに私は強い異を唱えます。
田村氏はその代表と思えるのです。
また、広がる格差社会が問題になっていますが、過大な格差は自由で平等な社会、民主制の社会を破壊してしまうのです。
その意味で、この受験知教育というテーマ、大いに議論する価値があると私は思います。

ついでに言えば、震災後の日本人(一般市民)は世界中で大絶賛です。
礼節と公共性を大事にする人々だ、というわけです。
片や、権力を手にする人々(政治家、官僚、東電、マスコミなど)についてはボロボロです。
受験知エリートのみじめな姿が今回の震災、原発事故で露わになりました。
前例のない(正解のない)事例に対してはまともに対応できない受験知エリートたちを生み出してきたのがこれまでの教育=受験知であることは間違いないでしょう。
もういい加減、やめましょうよ、こんな愚かなこと。
と私は思います。


なお、最後になりますが、こうしたブログへの書き込みはやはり記名を前提にするべきだと思います。
そのことによって責任ある言辞を生み出し、たとえ考えが違っていても発展的対話の可能性が生まれます。
匿名を前提にした場合、他者への配慮は薄れ、自省を伴わない攻撃のみに終始することも少なくありません。最悪は成り済ましによって対話の場を破壊し、対話者らを傷つけることも可能になります。
できれば、実名での投稿をお願いします。
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Unknown (荒井達夫)
2011-07-15 21:00:31
「低学歴=ダメ、高学歴=正しいという二元論で捉えるから「教育の弊害」みたいな批判を浴びるのでしょう。しかし、みなさん。高学歴だから何がいいのでしょうか。」(卒業生2さん)

?????
そんな議論はしていないでしょう。
論理的思考力に欠ける方が卒業生では、学校も苦労しますね。

「受験知は客観知による支配=人間性の否定、権威主義、エリート主義、思考停止を招き、豊かな民主制社会を阻む最大の要因と化しています。」が、古林さんの主張であり、それに対して「一般論として、低学歴の人間が古林氏の発言に賛同するのはわからない気はしないでもありません。」と「渋渋の卒業生さん」はコメントしたのです。ですから、そのコメントは、まさに古林さんの指摘どおり(人間性の否定、権威主義、エリート主義、思考停止)である、と私は述べたわけです。

「低学歴はダメで、高学歴は正しいのか」「高学歴は何がいいのか」という問題ではありません。論点を外しては議論になりません。さらに、具体的根拠を示さず、「虚構、妄想を垂れ流している」と非難する行為は、誹謗中傷になります。「卒業生2さん」は、議論の仕方をゼロから勉強し直すべきでしょう。
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教育と学歴 (投稿初心者)
2011-07-16 00:09:39

ここでは、教育の在り方が取り上げられているのだと思います。
良い教育とは何かを考える場合、学歴は関係ありません。
学業に関する経歴の意味である「学歴」には、本来、価値の高低といった概念はないはずです。
渋渋の卒業生さんは、最後に「低学歴」という言葉を使っていますが、この場合「偏差値が低い」などランク付けの意味合いが込められているのではないでしょうか。
そうであれば、「偏差値等ランクの低い学校の人間が」と書いた方が、誤解がなくなると思います。
しかし、そうした発想をすること自体が問題であって、まさに教育が正して行くべき対象です。
仮に現在の教育によって、そのように考える人間が生み出されているとしたら、教育そのものの改革が必要だと思います。

卒業生2さん、話題と関係ない事柄を、前提なしに唐突に出すのはルール違反です。
もし仮に、社会人が会議の場で同じような行動をとれば、失笑を買い無視されてしまうでしょう。
このブログの場でも同じだと思います。

コメント (5)

■ 「反原発」オピニオンリーダー中部大学武田邦彦教授は3.11以前はバリバリの「原発推進」派だった!

2011-07-14 | メール・往復書簡
以下は、「市民連帯ML」への山崎康彦さんの投稿です。


今や最強の「反原発」オピニオンリーダーの一人となっている中部大学武田邦彦教授は、実は今年3月11日の福島原発事故発生まではバリバリの「原発推進」派であり「自然エネルギー反対」の急先鋒であった証拠が見つかりました。

ブログ「たかしズム」様が2010年8月20日収録の東京電力関連会提供のラジオ番組を公開されています。

http://takashichan.seesaa.net/article/214156058.html

ラジオ番組:クロストークエネルギー「環境問題の嘘を見抜け」

      製作:電気新聞

      提供:電力中央研究所、三菱重工業、東電工業、東電設計、東電環境エンジニアリング

番組は以下のURLで聞けます。

http://ht.ly/4zf3r

武田教授はこの番組の中で「日本に一番良いのは原子力エネルギー」「風力や太陽光は自然を破戒する」と「原発推進・反自然エネルギー」の主張を声高に主張されています。

武田教授の3.11以前の「原発推進」の主張と3.11以降の「反原発」の主張は真逆となってりますが、教授は何の説明も釈明もしていません。

武田邦彦教授の3.11以降の「反原発」の主張の中には有益な情報が多くあり多くの読者に影響を与えていますが、所詮は「変わり身の早い」「無節操」な学者なのでしょうか?

40年間一貫して「反原発」を貫いている京大原子炉研究所小出裕章助教の生き様と比較すれば、どちらが本物かがすぐわかります。

(終わり)
コメント

学校、会社、役所、国家に意思はありません。「国家の利益」など、どこにも存在しません。

2011-07-08 | 恋知(哲学)

学校の意思などあるはずがありません。
会社の意思などあるはずがありません。
役所の意思などあるはずがありません。
国家の意思などあるはずがありません。

当然ですが、組織や団体に命はなく、それらは「システム」に過ぎません。意思をもち、口をきくのは、個々の人間だけです。

アメリカという国や日本という「国」が考えたり口をきくのではなく、その国の住民・市民・国民の「一般意思」がその国の考えとなるのですから、国家の意思など存在せず、国家の為など存在せず、国家の利益など存在しません。

国民の集合意思や、国民の為や、国民の利益ならありますが。

その国の権力者や軍人や金品の亡者たち、また、国家主義というイデオロギーにとりつかれている者たちが、自分たちの利益(幻想的な利益を含めて)を「国家」の名を語って正当化しようとする詐術が一般に横行していますで、いつの間にやらみな洗脳されてしまうのです。

「国家の利益」というものは、どこにも存在しません。あるのは、個々の人間の利益であり、また、住民に共通する利益(国民全体の利益)です。学校・会社・役所・国家の為などという言い方は、人間の思考を麻痺させる麻薬に過ぎないのです。
目を覚ましましょう!


武田康弘


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コメント

そういう意味では (卑怯者) 2011-07-08 14:33:24

「韓国の国家行政機関の一つである国家報勲処は、韓国、中国、日本、米国の小中学生計2,400人を対象にインターネットを通じて国家観や歴史観などを問うアンケート調査を実施したところ、「もし戦争が起きた場合、国のために闘うか」との項目で、中国が最高の74.8点だったことが分かった。2位は韓国で56.3点。米国は49.7点、日本は最も低い29.3点だった。」

日本は健全な国のようですね。
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Unknown (いちみん)
2011-07-08 15:39:49

何をおっしゃりたいので?

政治体制が違えば「国のために戦う事」は健全な事にも不健全な事にもなり得ますよ。
「国のために戦うか?」を考える時には、その国の政治体制とともに考えるのが筋です。

前提のすべてをすっ飛ばして、国のために命を投げ出す事が健全か不健全か???
答えられないですし、議論する意味がありませんよ。
当然、ココに書き込んでも何の意味もありませんよね?

もう少し‥‥少しで良いですから、書いてある内容の意味を考えてから書き込むことをお勧めします。

簡単に言いましょう。
"おべんきょ"しませんか?
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理解できません (投稿初心者) 2011-07-08 22:57:00

私たちの社会は、各人が各人の自由を尊重する、そうすることで自分の自由も確保される。こうした前提に立って成り立っているのだと思います。お互いの自由を尊重するために自らルールを設け、ルールに添って生きていく、ルールにのっとった社会を営んでいるのです。だからこそ武田さんは、ルールの延長線上にある行政府や立法府、司法などの機関が、システムに過ぎないにもかかわらず、意志があるかのように語られるのはおかしいと言っているわけです。

至極当然で、まったくそのとおりだと思います。

しかし、卑怯者さんは、「そういう意味では」と話しを続けられて、アンケート調査の結果を紹介されていますが、意味が解せません。武田さんは「国家(機関)に意思はない、国家の利益もありえない、あるのは国民全体の利益だけだ」と主張しているのです。

このことと「国のために闘う」と答えた人の割合が少ないから「健全な国のようだ」という説明はつながらないと思います。

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Unknown (荒井達夫)
2011-07-09 12:07:57

「そういう意味では」、以下の国会質疑がすばらしい哲学問答になっていると思います。


参議院 行政監視委員会 2010年04月12日

○風間昶君  
 まさに、今日の我が国というのは主権在民の民主国家でありますから、公務員というのは戦前の天皇の官吏ではなくて全体の奉仕者であるということはきちっと憲法十五条にうたわれておりますし、先ほど大臣も一人一人が国民全体の奉仕者として職務遂行していくということを、憲法十五条をお述べになられたとおりでございまして、だから、政府及び官というのは全国民に共通する社会一般の利益、いわゆる公共の利益を実現するためにのみ存在しているというふうに、これまさに国家公務員法でも九十六条で規定されているところでございます。ところが、先ほどから話がありますように、この非民主的な人事慣行であるキャリアシステムあるいは天下り、もういまだに戦前からの官イコール公イコール国という概念で、観念で行政が運営されているという状況が蔓延して、結果的に、国民に対して公務の民主的で能率的な運営を保障するという国家公務員法の目的、これ第一条にありますけど、これが妨げられているというふうに私は認識せざるを得ないと思っています。だから、この主権在民ということをきちっと徹底することが大事だというふうに思っていまして、この認識をやはり大前提に置く必要があるんではないかというふうに思いますが、仙谷大臣のお考えを伺いたいと思うんですけれども。

○国務大臣(仙谷由人君)
 風間委員と基本的な認識を共有しているというふうに今実感をしました。

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「主権在民」の仕掛け人として (武田康弘) 2011-07-09 13:16:57

【主権在民】の仕掛け人のわたし(変な言い方で失礼!・笑)としては、国会議員の多くの方が人民主権・国民主権という意識を明晰にしている様を見ると、とても嬉しくなります。

敗戦後、7人の民間人の憲法研究会の草案が元になってできた『日本国憲法』、その最大の柱である象徴天皇制=【主権は天皇ではなく国民にある】(この象徴天皇制のアイデアは、7人の憲法研究会メンバーのひとり・杉森孝次郎によりますが、彼は、石橋湛山と同じく早稲田大学で田中王道からデューイの思想を学んだ哲学徒です)という大転回を明晰に意識することが何よりも大事である、というわたしの主張(=2008年の1月に行われた参議院調査室主催のパネルディスカッションー「公共哲学と公務員倫理」において、わたしが、東大出版会のシリーズ「公共哲学」の最高責任者である金泰昌さんに対する批判として打ち出したもの)は、ほんらい義務教育で教えられるべき内容ですが、この原理中の原理の認識が表層的でしかない(言葉として知っているだけ)ところに、日本社会・国家の混乱の深因があるのです。

主権者とは関係ないところで、東大法学部卒のキャリア(受験競争の勝者に過ぎない人間)が仕切る国家は、民主主義とは無縁の「官治主義」でしかありませんが、そのために日本国家は機能不全に陥っているのです。
主権は住民・市民・国民にあること、官僚は主権者へのサービスマンであることを深く知らねば、何事も始まらないのです。

『大日本帝国憲法』の天皇主権から、『日本国憲法』の国民主権への大転回は、まさに市民革命に匹敵する出来事だったのです。みなが肝に銘じる必要がありますね。

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Unknown (荒井達夫)
2011-07-09 16:02:12

こちらをお読みください。
http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/88dbbcc46c8c162edcc0410f68234fb2
コメント (6)

田中角栄氏の「経世会」と岸信介氏の「清和会」ー露骨な検察庁の差別

2011-07-07 | メール・往復書簡

再び、山崎康彦さんのメール(市民連帯ML)をご紹介します。
興味深い分析だと思いますので。ただし、「日本は米国の植民地」という規定は妥当ではなく、「保護国」(ウォルフレンの言葉=概念)というのがよいでしょう。


■ 田中角栄氏の「経世会」と岸信介氏の「清和会」

私は7月4日付けの記事で小沢一郎元民主代表の「無罪」は確定したと書きました。

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/dfb1ed86bb0e432e232d10bf11fc2b92

その根拠は、東京地裁登石郁朗裁判長が陸山会土地購入事件」の公判で検察が申請した石川知裕衆院議員ら元秘書3人の供述調書計38通のうち12通 を「信用できない」と却下したからです。しかも却下した供述調書の中に石川議員らが「小沢元代表に報告相談した」と「小沢一郎氏の共謀」を裏付ける供述調書が含まれていたからです。

検察官役の3人の弁護士は「東京第五審査会」の二度の「起訴相当議決」を受けて小沢一郎氏を「共謀容疑」で「検審起訴」しましたが、その根拠は石川議員と池田元秘書の「小沢元代表に報告相談した」との供述調書だったのです。

根拠が裁判所によって否定された以上、検察官役の3人の弁護士は「検審起訴」を直ちに取り下げるべきなのです。


▼ 小沢一郎氏の「師」は田中角栄元首相

田中角栄元首相が作った「経世会」の主だった政治家は軒並み検察に強制捜査を受けて失脚しています。
以下のリストをご覧ください。



(田中派)田中角栄 逮捕 ロッキード事件(←東京地検特捜部)

(経世会)竹下登  失脚 リクルート事件(←東京地検特捜部)

(経世会)金丸信失脚逮捕 佐川急便献金・脱税(←東京地検特捜部&国税) 

(経世会)中村喜四郎 逮捕 ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)

(経世会)小渕恵三 (急死)(←ミステリー)

(経世会)鈴木宗男  逮捕・下獄中  斡旋収賄 (←東京地検特捜部)

(経世会)橋本龍太郎 議員辞職(死亡) 日歯連贈賄事件(←東京地検特捜部)

(経世会)小沢一郎  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

(経世会)二階俊博  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

(旧亀井派)中川昭一(死亡)ローマ朦朧記者会見(←世界銀行総裁ロバート・ゼーリックが仕組み、篠原尚之財務官と

財務省国際局長玉木林太郎 、越前谷知子記者が関与したとの説)


一方岸信介元首相が作った「清和会」の政治家は誰も検察の捜査を受けることなく「安泰」です。
以下のリストをご覧ください。


(清和会)岸信介    安泰

(清和会) 佐藤栄作   安泰

(清和会)福田赳夫   安泰

(中曽根派)中曽根康弘 安泰

(清和会)森 喜朗    安泰

(清和会)三塚 博   安泰

(清和会)塩川正十郎  安泰

(清和会)小泉純一郎  安泰

(民間) 竹中平蔵   安泰

(清和会)尾身幸次   安泰

(清和会) 安部晋太郎  安泰

(清和会) 福田康夫   安泰

(麻生派) 麻生太郎 安泰

(清和会) 中川秀直 安泰

(清和会) 町村 信孝 安泰

▼ なぜこれほどまでに露骨に色分けされているのか?

「経世会」の政治家は汚職や金権にまみれていたために検察の強制捜査を受けたのでしょうあ?

「清和会」の政治家達は清廉潔白だったために検察の強制捜査は受けなかったのでしょうか?

これほどまでに露骨に色分けされたのは汚職や金権の問題ではなく「清和会」をつくった岸信介元首相と「経世会」をつくったの田中角栄元首相の「米国との関係」に根本原因があるのです。

「清和会」をつくった岸信介元首相と米国との関係は、対等や従属どころではなく彼はCIAに金で雇われた米国の利益代理人=エージェントだったの です。

日本の大手マスコミはこのこ事実を一切報道しませんが、岸信介元首相がCIAに雇われたエージェントであったことは情報公開された米国務省資料や米公文書館資料ですでに証明されています。

このことは、ピューリッツア賞を受賞したティム・ワイナー・ニューヨークタイムズ記者が書いた『CIA秘録上』(文藝春秋社)の第12章「自民党への秘密献金」に詳しく書かれていますのでぜひお読みください。

他方「経世会」をつくった田中角栄元首相は、1972年夏電撃的に中国を訪問して「日中国交正常化」を実現しまた米石油メジャーの独占支配に抗し日本独自のエネルギーや資源の確保に向けて積極的に「日の丸外交」を展開しました。

すなわち「経世会」は「国益派」政治家の集まりであり「清和会」は「米国の利益」を第一に考える「エージェント政治家」の集まりなのです。

戦後間もなくGHQが闇物資の摘発を専門にする舞台として創設した東京地検特捜部は、米国が「米国の利益」を損なう政治家と判断した「国益派清和会」の政治家をターゲットに「強制捜査」を仕掛けて政治家を抹殺してきたのです。


▼ 日本は米国の「植民地」

戦後の日本は見かけは独立国ですが実体は「米国の植民地」そのものであり多くの国民はその事実に気付いていません。

日本人が営々として築いてきた富は米国と日本人エージェントに収奪され続けてきたのです。

日本人の生活は破壊され人権は侵害され続けてきたのです。

米国は米国の利益を第一に考える「清和会」の政治家を代々日本の首相=植民地総督に据えてきました。

田中角栄氏や小沢一郎氏のように、「米国の利益」を破壊する危険な政治家が国民の広範な支持を受けて首相となり反米的な独自政策を実行し始めたと たん、米国はCIAや公安警察が集めた個人秘密情報を基にして東京地検特捜部に「国策捜査」を指示し逮捕・起訴・有罪にして政治生命を断つのです。

東京地検特捜部が仕掛けた2009年3月の「西松建設政治献金事件」と2010年1月の「陸山会土地購入事件」と大手マスコミによる「小沢バッシ ング」は「国民生活が第一」「米国との対等な関係」「官僚支配排除」「東アジア共同体」を主張する小沢一郎元代表の政治生命を断つ目的だったのです。

日本の大手マスコミはCIAの支配下にありますので東京地検特捜部の「国策捜査」に全面協力し「世論誘導」して何も知らない国民をだますのです。

小沢一朗元民主党代表に対する検察による二度の「国策捜査」と大手マスコミによる異常とも言える「小沢バッシング」は、米国と日本人エージェントの「小沢つぶし」と「民主党政権転覆」があったのです。

昨年6月2日の鳩山首相と小沢氏の突然の辞任によって民主党政権を乗っ取った菅首相率いる民主党Bグループは凋落著しい「清和会」にとって代わって今や「米国の利益代表」となっています。

「賢明なる国民」は米国の「植民地」状態の日本を「真の独立国」にするために売国的な日本人エージェントを全員退場させなければならないのです。

(終わり)

山崎康彦

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コメント

保護国。東大病が蔓延した八百長の国 (林) 2011-07-07 22:16:29

山崎様、武田先生

九州電力のやらせメールしかり、検察問題といい、一体何なんでしょうか?

幼少の子どもたちを育てる友人らは、次の音楽に合わせた映像、「東大の輩は、将来の被爆訴訟に向け絶対に忘れまい」と申しております。
是非、ご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=ETaDN13Je3Y&feature=relate

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知、勉学そのものを変革しないと・・・ (武田康弘) 2011-07-07 23:43:27

林さん

ここまで「八百長」だと言葉もないですが、義務教育に始まる今の「勉学」自体が八百長(ただの事実の羅列ー意味を問うことをしない暗記競争とパターン知を身につけさせる洗脳教育)ですからね。
受験勝者の東大生が頭がよいと皆が思っているので、この八百長を暴く者がいないのです。「知」とは何か?を大元から問い直し、根源的変革をする以外に問題解決の可能性はありませんよね。
知の変革=意味論・本質論を開始せよ!



コメント (2)

【YYNewsプラス】■ 小沢一郎氏の「無罪」は確定した!

2011-07-05 | メール・往復書簡

以下は、市民連帯MLー山崎康彦さんのメールです。


【YYNewsプラス】■ 小沢一郎氏の「無罪」は確定した!


私は以前から小沢一郎元民主党代表をターゲットにした検察による一連の国策捜査と大手マスコミによる「小沢バッシング」は、戦後日本を支配し利権と特権を享受してきた米国支配層、自民党清和会、霞が関特権官僚、大手マスコミ、財界などの既存勢力が政権交代を実現して「国民生活が第一」「米国との対等な関係」 「官僚支配打倒」「政治主導」「コンクリートからヒトへ」「東アジア共同体」を唱え る「革命家」小沢一郎氏を政治的社会的に抹殺する目的で仕掛けた戦後最大の「政治謀略」であると主張してきました。

【関連記事】

「検審起訴」攻撃は米国からの独立を目指す「小沢民主党政権」阻止の「戦後最大の政治謀略」

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/72a82c3d55f911d36dd88e49fa88c3a7

▼ 風向きが劇的に変わってきた

私の主張は「ネット世論」の方々には支持されましたが、大手マスコミが支配・操作する「マスコミ世論」には無視されてきました。

しかしここにきて風向きが劇的に変わってきたことを感じます。

その根拠の一つは、「陸山会土地購入事件」の公判で東京地裁登石郁朗裁判長が検察が申請した石川知裕衆院議員ら元秘書3人の供述調書計38通のうち12通を「信用できない」と却下したことです。

しかも却下した供述調書の中に石川議員らが「小沢元代表に報告、相談した」と「小沢一郎氏の共謀」を裏付ける供述調書が含まれていたのです。

東京地裁登石郁朗裁判長は石川議員や池田元秘書が検察官に供述した内容は「検察官による誘導あるいは強制があり信用できない」と判断して証拠採用しなかったのです。

そもそも小沢一郎氏が「起訴」されたのは、検察による通常の「起訴」ではなく「起訴」出来なかった検察が謎の秘密組織「東京第五検察審査 会」を使って二度にわたり「起訴相当議決」を出させた上で検察官役の弁護士3人に小沢氏を無理やり「検審起訴」させたことから始まっています。

検察官役の弁護士3人が「検審起訴」した最大の根拠は、今回裁判所が「信用できない」と証拠採用しなかった石川議員と池田元秘書の「小沢元代表に報告、相談した」との供述だったのです。

「検審起訴」の根拠を失った検察官役の弁護士3人は、直ちに小沢氏への「検審起訴」を取り下げるべきなのです。

もしも裁判を続けたとしても小沢氏の「無罪」は確定していますので時間と税金の壮大な無駄になります。

もしも裁判を強行した結果「無罪」となれば、検察官役の弁護士3人のみならず、二度にわたって「起訴相当議決」を出した「東京第五検察審 査会」の審査員全員と審査補助の2人の弁護士そして情報公開を一切拒否してきた「検察審査会事務局」の責任者は、莫大な損害賠償を請求されることになります。

風 向きが変わったと感じた第二の根拠は、小沢一郎氏の追い落としの中心メデイでニュースのトップで「政治とカネ問題を抱える小沢一郎氏」と必ず紹介して「カ ネに汚い金権政治家」のイメージを植え付けてきたNHKが「裁判所、特捜部の取り調べ批判」と「小沢有利」の報道を開始したからです。

以下はNHK記事の転載です。

▼ 裁判所 特捜部の取り調べ批判

7月1日 NHKNews

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110701/k10013916931000.html

民主党の小沢元代表の政治資金を巡る事件で、起訴された元秘書らの主な供述調書のほとんどが証拠として採用されないことになりました。

決定の中で裁判所は、「心理的圧迫と利益誘導を織り交ぜながら、巧妙に供述を誘導した」と指摘し、東京地検特捜部の取り調べを厳しく批判 しまし た。

この事件で、収支報告書にうそを記載した罪に問われている衆議院議員の石川知裕被告(38)ら小沢元代表の元秘書3人は、裁判で無罪を主 張し、検察は起訴の内容を認めた捜査段階の供述調書38通を証拠として採用するよう求めていました。

それについて、東京地方裁判所はこのうち12通を「信用できない」として、証拠として採用しない決定をしました。

NHK が入手した決定文の中で、裁判所は、石川議員の取り調べを担当した検事が、「特捜部は恐ろしいところだ、何でも出来るところだぞ、捜査がどんどん拡大していく」と脅すような言葉を述べる一方で、「調書にこれぐらい書いて も、小沢さんは起訴にならないから」と安心させるような言葉も伝えていたと認めました。

そのうえで、「威迫とも言うべき心 理的圧迫と利益誘導を織り交 ぜながら、巧妙に供述を誘導した」と指摘し、特捜部の取り調べを厳しく批判しました。

今回、証拠として採用されなかった供述調書の中には、石川議員らが 「小沢元代表に報告、相談した」などと供述した調書も含まれています。

裁判所の決定は、ことし秋にも判決が言い渡される見通しの石川議員らの裁判だけでな く、今後の小沢氏の裁判にも影響を与える可能性があります。

一方、検察は、調書に対する評価が不当だとして、近く東京地裁に異議申し立てを行うことを検討しているということです。検察幹部の1人は、「客観的に見て、収支報告書にうその記載があったことは間違いないので、無罪 になることはありえないと思っている。バタバタしてもしかたがないので、淡々と判決を待つしかない」と話しています。

元秘書らの弁護団の関係者は、「自分たちも驚くほど検察の調書が採用されなかった。検察が主張したかった内容はすべて削られたと言える。裁判長の怒りのようなものも感じる」と話しています。

(転載終わり)


▼ 裁判所の危機感


日本では検事が起訴した刑事事件の有罪率は99.9%です。

世界的に見てこの異常な有罪率を許しているのは、日本の裁判所は検察の支配下に入ってしまっているからです。

しかしながら、さすがの裁判所も今回の検察による供述調書が全くデタラメでありここで黙認したら「日本の司法」そのもが国民の信用を失う という相当の危機感があったからだと思います。

一度は政権交代に成功したがその後米国支配層と検察と大手マスコミを代表とする既存勢力に抹殺されかかった小沢一郎氏は、「ネットメディ ア」を駆使する「賢明なる国民」と共に当初の「革命」を実現できる状況にようやくなっってきたのだと私は思います。

山崎康彦

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小沢氏の件 楽観視には異議 (林) 2011-07-05 18:58:43

山崎様へ

それでも楽観視には少々?でございます。
小沢氏は元福島県知事同様、「この国にとってはよろしくない存在」とされており相手方の今後の反駁を危惧します。同時に、
弘中弁護団が近い将来、明確なケリを付けて下さることを願う一人です。

また特捜部は東電幹部には動いていないようですが、
脱原発、検察批判で知られるジャーナリスト
岩上氏、上杉氏が小沢氏同様、狙われているようです。(明大シンポより)
http://shiminnokai.net/sympo0623.html

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流れが変わる (武井繁明)

主要供述書を不採用に導いた要因は様々あると思いますが、村木厚子さんが、特捜の取り調べで完全否認を貫き、公判でも無罪を揺るぎなく主張してこられたことも大きな要因だと思います。
検察特捜の苛酷で杜撰な取り調べは、一部では周知されていましたが、村木公判で日本中で知るところとなり、隠そうにも隠すことができなくなってしまったこと。
こうなると、早めに保険をかけるのが権力で、裁判所も例外ではないと思います。
少し穿り過ぎでしょうか(苦笑)

それはそれとして、山崎康彦さんも「風向きが変わった」と仰っていますが、小沢問題の報道とちょうど同じ頃、池田香代子さんが、「メディアの原発報道に対する姿勢が一斉に変わった」と驚き、評価していました。
もしかしたら、大震災を契機に、このままでは日本は崩壊してしまうという圧倒的な危機感から、大きな流れの底に変化が現れたのかもしれません。

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大元から変えないと、おしまい(武田康弘)

「もしかしたら、大震災を契機に、このままでは日本は崩壊してしまうという圧倒的な危機感から、大きな流れの底に変化が現れたのかもしれません。」 (武井)

うん、そうですよね。

テレビでは、大食いを争い、自分だけが贅沢三昧の暮らしをする醜い「セレブ」を成功者ー偉い者のように紹介する。
これほどバカげた世の中がかつてあったでしょうか?

まったく同じことですが、「丸暗記とパターン知」競争の勝者を頭がいいとする「東大病」(教)という集団精神病。
これを治癒しないと、日本は根元から腐り、倒れます。

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