まずは、昨日の日記をお読みください。
「私は理想の世界を追い求めています。そこでは人種や国の差はなく、武器もない。肉体的なものと精神的なものが結びつき、芸術によって『永遠』に触れることができる道を求めているのです」
クレンツィスは、インタビュアーにそう言い放ちました。聞き手の城所さんは、目が点になり、ぶっ飛びましたが(笑)、聴き進めるうちに、その芸術的信念に「心から同意できる」と思うようになったと言います。ベルリンでのインタビューです。
昨日午後便で届いた『レコード芸術』2016年3月号の【特別取材from Berlin】テオドール・クルレンツィス ききて・文=城所孝吉--を読み、わたしは、CDで聴く彼の演奏とピタリと重なる思想に興奮・感動しました。アテネ生まれのアテネ育ちのクレンツィス、古代アテナからの人類文明の最良の遺産をみるおもいです。
以下、抜粋してご紹介します。抜粋、強調、まとめは、武田の責任です。
「私の旅は、真実を求める旅です。普通の音楽大学に入って、制度化された道をたどるのは退屈だと思いました、そこでムーシン(ソ連・ロシア)に会い、【俗世にまみれてはいけない】という考えをもつようになったのです」
「私には、華麗なオペラのディーヴァが人を泣かせることはできるとは思いません。農村の老人が一本弦の楽器を弾いた方が、ずっと心を打つのです。この純粋なつつましやかなサウンドこそが、われわれの本来の血です。【音楽大学でピカピカに磨き上げられたアカデミックなサウンドは、ジュースにすぎません】」
「ストラヴィンスキーが考え、私も同じ意見なのは、モダニズムは土着文化に根差し、フォルクローレ(民族的音楽)に反映されている、ということです。日本の農村にも、お寺や神社の祭りや儀式(リチェアル)がありますよね。そこで行われていることの方が、都会のモダンさよりずっとモダンなのです。【都会のモダンにはファンタジーがありません】。
「ドビュッシーやラベルが、モダンということになっていますが、実は人工的なのです。例えば、私の祖母は、毒キノコから毒を抜く伝統的な方法を知っていて、平気で料理します。彼女は鳥と語り合い、庭の3本の木に名前を付けて呼んでいます。これこそがモダンです」
「中世の音楽は、私はやろうとしていることの端緒です。フォーブルドンと単旋律音楽は、音楽の始まりであり、核心なのです。古楽のよいところは、ロマン派がつくり上げた人工性を剥ぎ取る助けになるところです。化粧をしない顔の美しさというものがある。実際、化粧をしない方が美しい人が多いのです」
「古楽器とその響きを使うことにより、作曲家の思想と空間の感覚を知る助けが得られるのです。作品にたいしてフレキシブルに反応できるなら、音楽はより生き生きとしてきます。どのような響きにすればよいかが、分かるのです。…【ロマン派の教育を受けてきた人には、それができません。彼らは書かれた音符しか弾くことができない】のです。」
「ロマン主義は、私にとって重要な分野です。一番重要かもしれない。でも、人々がこの言葉から連想するロマン主義ではありません。甘ったるく、ロマンティクなロマン主義ではない」「ロマン主義は革命です。ロマン主義は、精神的なものが肉体的なものを超えようとする試みです。・・ロマン主義とは、現実を超えて精神に達する道です」
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「音楽ビジネスの制度に従った、もの分かりのいい指揮者の普通の受け答えはしない」というクルレンツィスは、「永遠性に触れるのが芸術の目的」であると宣言します。
【シニカル(冷嘲的)な現実主義】が支配し、競争主義=勝ち負けの思想に洗脳され、人間であることの価値が著しく損なわれている現代社会にあって、その現実に真正面から立ち向かい、今まで聴いたこともない桁違いの名演を提示する彼は、世界を変えてしまうのかのようです。
クルレンツィス指揮・ムジカ エテルの演奏は、音が、音楽が、比較を絶して生きています。音だけで感動するほどに「生きて」います。引き込まれて鳥肌が立ちっぱなしになります。この【生きている】ということと、【根源的】で【自然性】に富むことがクルレンティスの際立った特徴です。だから、その感動は、心身全体を理屈抜きで揺るがすのです。抗しがたい魅力の塊で、なんとも言い難い深く大きなよろこびに心が満たされます。
すばらしいインタビュー記事を書かれた城所孝吉さんに感謝ですが、一つ、「肉体よりも精神をというのが彼の願いなのか?」というのは、誤解を生じさせますので、訂正をお願いします。クルレンツィスは、肉体的と精神的との統一を目がけていると思われます。それは、古代アテナのソクラテスの思想と重なります。弟子のプラトンによる「アカデメイア」の主祭神はエロースでした。
モーツァルトのダ・ポンテ台本の3つのオペラの練習風景がyoutubeにあります。12分ほどですので、ぜひご覧ください。
武田康弘