思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

6月11日「反原発シンボジューム&デモ」・三井環

2011-05-30 | メール・往復書簡
以下は、市民連帯のmlです。
(三井環さんは、元大阪高等検察庁の公安部長です)



三井環です。

6月11日反原発シンボジューム&デモの詳細が決定しましたのでご連絡いたします。
「市民連帯の会」の皆さまのご参加を是非お願いいたします。

☆シンボジューム☆
◎日時:6月11日(土)午前10時20分~午前11時30分
◎場所:四谷区民センター
(地下鉄丸ノ内線「新宿御苑前」駅徒歩5分)
    東京都新宿内藤町87番地/℡03-3351-3314
◎出席者:国会議員、ジャーナリスト5・6人(確定次第連絡)
◎主催者:「市民連帯の会」

☆デモ☆
◎日時:6月11日(土)集合13時 集会13時30分 デモ出発14時30分
◎場所:東京・芝公園23号地
   (東京タワー下・地下鉄三田線「御成門駅」5分)
◎デモコース(予定):芝公園→新橋→東電本社前→日比谷公園(流れ解散)
※雨天決行、参加費無料、どなたでも参加できます。
※「市民連帯の会」の皆さんは「市民連帯の会」の横断幕に集合して下さい。
◎主催者:原水爆禁止日本国民会議

☆呼びかけ団体☆
市民連帯の会(代表 三井環)03-3844-8722/原水爆禁止日本国民会議03-5289-8224/
プラトニウムなんていらないよ!東京03-5225-7213/原子力資料情報室03-3357-3800/
日本消費者連盟03-3238-9035/ふぇみん婦人民主クラブ03-3402-3244/
たんぽぽ舎03-3238-9035/福島老杤原発を考える会/その他一般市民

お問い合わせは三井環事務所(下記)までお願いいたします。

〒110-0015 東京都台東区東上野6丁目1番4号イワツキビル201号
       TEL03-3844-8722 FAX03-5827-3132  siminrentai@goo.jp
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警察庁と検察庁の組織犯罪。国会からの厳しい監視を。

2011-05-28 | 社会批評

冤罪に次ぐ冤罪。
警察官が、被疑者を監禁してウソの証言を強要する(深谷選挙違反事件)。
検察官が、一旦「クロ」と決めたら、検察庁のメンツを守るために起訴する。無実の証拠があっても有罪=無期懲役を求刑(テレビ朝日のザ・スクープ)。

テレビや新聞で伝えられる連続の冤罪。犯人にされて、一生を棒に振った人を思うと悲しみと憤りで身体が震えます。

警察の代用監獄という拷問所のような施設、法を恣意的に用い、検察庁という組織を守るために、また自らの出世のために、罪のない人を罪人とする。

いままで幾度も国連や世界人権団体から批判され、改善勧告を受けても改善しないわが日本の警察庁と検察庁は、「確信犯の役所」であり、「反人権団体」でしかありません。このような組織を主権者の税金で運営している国家とは一体なんなのか? ソフィスティケートされた「北朝鮮」でしかないでしょう。

市民・国民や、主権者に選ばれた政治家を強制的(暴力的)に取り調べ、犯罪者にする。このような【権力犯罪】(行政権力による独裁)を防ぐのは、ほんらい国権の最高機関である国会の役目のはずです。

国会内に強い調査権と罰則権をもった「行政監視」の専門機関を設置することが急務です。行政機関を国民の目線で厳しく監視し、民主主義(主権在民)を守る砦をつくらなければいけません。

武田康弘
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参議院 行政監視委員会 「原発」参考人質疑ーー大島九州男

2011-05-26 | 社会批評

以下は、23日の原発をめぐる参議院行政監視委員会の参考人質疑の模様です。
筆頭理事の大島九州男さんのブログです。



参議院 行政監視委員会

2011年05月23日 | Weblog今日は、私が筆頭理事を務めさせていただいている、行政監視委員会で、原発問題をとりあげさせていただきました。


まずは、その参議院のホームページで見ることができるライブ放映が、
アクセス集中のため、システムダウンしてしまったこと、お詫びいたします。


それだけ、国民の皆さんの関心が高い議題であったこと、そして、その間にシステムダウンしたホームページに代わって、
USTREAMでライブで審議を見ることができたのですが、そのアクセス数が時間を追うごとに増えていって、
私が質問をさせていただいた時点では、17000件を超えていたこと、
それだけ、関心の高さ、そして審議の内容の充実を数字で表していただけたのだと思います。


グーグルの検索ワードも参議院が4位と、非常に高い国民的関心を示していました。


ご参加いただいたのは、原発の専門家でいらっしゃる、小出参考人、後藤参考人、
地震学の専門でいらっしゃる石橋参考人、そして、代替エネルギー提案者として経済界から孫正義参考人、
この、素晴らしいメンバーのご協力で、時間も30分延長するほど忌憚なく原発問題の真実にせまりました。


内容は順次、詳しくご報告させていただきたいと思いますが、各参考人のご意見の要旨は以下の通りです。


小出参考人: 福島原発の事故終息を最優先課題として、反省と検証、今後の在り方はそれからだ。そのくらい、水蒸気爆発を含め、事故の拡大の危険性はある。
       広島の原爆に使われたウランは800g、原発一基につきウランは1トンに上る。これは、原発一基に、原爆1000~2000発を内包する計算である。
       ウラン埋蔵量は石炭の数十分の一という資源としても貧弱なもの。
       原発の再処理は2050年を迎えても不可能。
       政府は、真摯な情報開示をお願いしたい。国民の信頼は、正確な情報の提示にこそ基づくものである。

後藤参考人: 安全のためには、決して関係者の利害が絡んではいけない。政府、関係各業者の利権が長きにわたってエネルギー政策に大きな障壁を築いてきた。
       人はミスをするのが当たり前、機械は故障するのが当たり前、という前提に立って、起こりうるミスは当たり前のファクターであると認識しなければならない。
       これをカバーするのが技術であるが、人災の部分がある。それは、たとえば自然エネルギーである風力関連に関しても管轄が原子力保安院であるということから、行政の原子力推進、原子力ありきの姿勢が窺えた。

石橋参考人: 日本は、世界一原発に適さない国である。地震大国であり、本質的な安全は原発の排除しかありえない。
       2009年の政権交代を機に原発政策を中止して欲しいという要望は提出していた。今回の事故は、原発を推進してきた、また、とめることができなかった不作為の大罪である。
       事故調査委員会を含め、国内の有能な人材を活用すべきだ。海外の人材はその後でいい。
       次はどこが危険かと言えば、天変地異はどこで起きてもおかしくない前提があるが、原発は古い順に危ない、敢えて言うなら若狭が危ない。        

孫参考人:  原発に代わる代替エネルギーとして休耕地を利用した太陽エネルギー発電システムの合法的設置、自家発電の全量買取、ピークシフトのための電力料金体系の構築が急務である。
       自主的に測定しているのは政府が測定しているγ値においてはおおむね同数値だが、その他α値、β値も測定しており、合わせると被ばく量は政府発表数値の二倍になる。内部被ばくが懸念される。


というものでした。


私も長年反原発の立場を貫いており、今回は手痛いという言葉では表しきれない痛恨の事故を負い、忸怩たる思いで日々を過ごしています。

また、3月にニューヨーク出張をして、環境自然保護のNPOを率いる、ディビッド・ロックフェラー氏と会談をかさね、また、その後もロックフェラー氏と連絡を取り合っている中で、
化石由来資源の火力発電によるCO2排出削減のために、原子力は有望であったが、代替エネルギー、とりわけ自然エネルギーへのシフトは火急の命題であるとの認識で合意しています。


今回の行政監視委員会の審議内容は、ともすれば政権見解とは異なる見解を示すこととなるやもしれぬ中、
私は、国会議員として、国民の幸福と利益を守る立場として、真実の追求と、情報の提供を最重要課題と心得て、あえてこのような参考人の皆様にご意見を拝聴させていただけるようお願いした次第です。

この行政監視委員会が国民の皆様の多大な関心をいただいたことで、これからこの審議内容をもとに、早急に解決するべき問題を宿題としていただきました。
行政を監視する立法府としての義務をしっかり果たしていきます。


国難を乗り越えるために、国民の平和で安全な生活を取り戻すために、与党・野党、行政・立法、そんな垣根を乗り越えて、私は、皆さんに一票をいただいた国会議員として、死力を尽くしてがんばるつもりです。


3時間超の長丁場ですが、ぜひ、ごらんください。ちなみに、私の質問は、2時間43分18秒あたりから始まります。

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

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東大教授vs京大助手―「倫理的かつ学問的腐敗」と「暗闇を照らすともしび」

2011-05-25 | 社会批評

放射能の人体に与える影響を研究してきた京都大学の「良心の科学者」たちは、万年助手(名称は、2007年から呼称がかわり「助教」に変更となった)として学界から冷遇されてきました。

参議院で一昨日、参考人として真実を話した小出裕章さん(優れた放射線研究者・62歳)と共に活躍する今中哲二さん(60歳)は、やはり「万年助手」として冷遇されてきたひとりですが、昨日の東京新聞「こちら特報部」では「暗闇を照らすともしび」としてその活動を紹介しています。

毎日ようにテレビに出て脚光を浴びる東京大学工学部の教授たちは、東電から多額の寄付をもらい(寄付講座という名目で)、経産省や東電と一体化して、お金と地位のために魂を売り渡し、現場調査で真実を追求するという科学者の基本すら放棄した人間であることに比べて、「万年助手」である彼らの倫理性・学問性の高さはまさに「暗闇を照らす光」と言えます。

東京新聞のデスクメモの欄には、以下のようにあります。

「原発事故は社会の本質を可視化させた。都市と過疎地、巨大資本と被ばく労働者といった差別構造、政官業学の癒着もそうだ。もうひとつ。今中「助教」の皆さんの存在が知られた。俗世間からの冷笑をはねのけてきた潔い生き方。暗闇を照らすともしびに映る」

俗世間的成功―金と地位を獲得するために魂を売り渡す人生を歩む人間を偉いとして厚遇する国は、滅びます。いまからでも遅くありません。良心―内面の真実につく生き方をはじめようではありませんか。なんのために生きるのか?どう生きるのか?


武田康弘

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わたしと参議院調査室との関係ー総務と行政監視と山下栄一委員長。

2011-05-24 | 社会思想

わたしは、2008年1月のパネルディスカッション=「公共哲学と公務員倫理」のパネラーとして討論して以降、参議院調査室と深い関わりを持ち、今日に至っていますが、

そのキッカケとなったのは、2007年の11月に、当時、参議院法務委員長で、後に行政監視委員長となった山下栄一議員が、公務としてわたしの主宰する『白樺教育館』を訪れたことにはじまります。公務員倫理や哲学教育の重要性に注目していた同氏が、シリーズ『公共哲学』(東京大学)の最高責任者・金泰昌氏とわたしとの【公共哲学をめぐる論争】(京都フォーラム発行の『公共的良識人』紙上で30回。後2010年8月に東大出版会より『ともに公共哲学する』として刊行)に注目されてのことでした。

それが、参議院調査室との関係を生む端緒となりましたが、はじめは、総務委員会調査室(室長は、高山達郎さん)、次は行政監委員会調査室(室長は、西澤利夫さん)でした。私は、議論として、論文として、講義として、「民主主義」(対等・自由な立場で内容的な議論をしてルール社会をつくる実践)のもつ意味と価値を鮮明にするために努力し、哲学的基盤を民知という視点から明示しましたが、それがいろいろな場面で思わぬほどの力を発揮することとなりました。その内容について分かりやすくまとめたのが、 『公共をめぐる哲学の活躍』です。昨年10月に書いたものですが、ぜひご覧下さい。

白樺教育館ホームページ

武田康弘
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「エネルギー政策の転換を 参院委で識者が脱原発訴え」(中日新聞)

2011-05-24 | 書評

【政治】
エネルギー政策の転換を 参院委で識者が脱原発訴え
2011年5月23日 23時24分

 石橋克彦神戸大名誉教授や孫正義ソフトバンク社長ら「脱原発」を主張する識者4人が23日、参院の行政監視委員会に参考人として出席し、国のエネルギー政策の転換などを訴えた。

 委員から、津波対策後に再開を目指す中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の耐震性を問われた石橋氏は「大丈夫なんて全く言えない。浜岡は、地雷原でカーニバルをやっているようなもの」と再開に強く反対。浜岡1号機が運転を開始した1976年から「東海地震」の可能性を指摘しており「地盤の隆起で敷地がでこぼこになる可能性がある。海水の取水管や防波壁が壊れて役に立たないかも」と強調した。

 100億円の義援・支援金を寄付するほか、全国各地に太陽光発電所の建設を計画する孫社長は「国内の休耕田と耕作放棄地の2割に太陽光発電を設置すれば、原発50基分をまかなえる。今は農地転用の規制で不許可となるが、仮設置を認めたらどうか」と政策転換を促した。

 京都大原子炉実験所の小出裕章助教は「高速増殖炉は68年に計画が持ち上がって以来、10年ごとに目標が先延ばしにされ、いまだ実現していない。永遠にたどり着けないであろう施策に、すでに1兆円を投じた責任を誰も取らない」と原子力行政の行き詰まりを指摘した。

 福井県選出の委員からは「原発銀座」と言われる同県の現状への質問も。石橋氏は「若狭湾は地震の活動帯。海底活断層がたくさん見つかっており、大津波の可能性はある。非常に危険なのは間違いない」と話した。

(中日新聞)

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経産省の東京新聞排除(懇談への「出入り禁止処分」)は、憲法違反です。

2011-05-23 | 社会批評

以下の記事は、【経済産業省という行政権力による支配】を象徴するものですが、これは、「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という憲法15条に反する行為であり、許し難いものです。関係者を国会に呼び、質疑することが必要です。民主政治の基本です。



「枝野批判」オフレコ発言をすっぱ抜かれ、今度は東京新聞記者を「出入り禁止」にした経産省の「醜態」
(2011年05月20日(金) 長谷川 幸洋 「ニュースの深層」 )


upperline
 東京電力・福島第一原発の賠償案をめぐって、細野哲弘資源エネルギー庁長官の「オフレコ発言」を14日付け当コラムで紹介したところ、経済産業省の成田達治大臣官房広報室長が私の「上司」に抗議電話をかけてきた。その件は17日付け当コラムでお伝えした。

 いずれの記事も大きな反響を呼び、ツイッターでは前者に1000、後者には2000を超えるツイートをいただいた。多くが「面白い」と評価してくれたようで、応援メッセージもたくさん受け取った。1人で強力な役所を敵に回す記事は、読者の支持がなければ続けられない。この場を借りて厚くお礼申し上げる。

 今回もその続報である。

 私は18日付けの東京新聞でも『私説』という署名入りコラムで細野長官の発言内容を紹介した。

「経済産業省・資源エネルギー庁は歴代幹部の天下りが象徴するように、かねて東電と癒着し、原発を推進してきた。それが安全監視の甘さを招き、ひいては事故の遠因になった」と指摘しつつ、細野発言について「自分たちがどちらの側に立っているか、率直に述べている。まあ正直な官僚である」と書いた。

 すると、経産省はまたもや思いもよらない方法で「反撃」に出た。

 東京新聞の経産省クラブ詰め記者に対して、事務次官など幹部との懇談に出席するのを禁止したのだ。いわゆる懇談への「出入り禁止処分」である。

 当事者である私自身に対しては、これを書いている19日午後7時現在に至るまで、経産省はいっさい接触しようとしてこない。私との接触を避ける一方、先のコラムで紹介したように「上司」に抗議電話をかけ、それでも効き目がないとみるや、今度は取材現場で働く記者に懇談出席禁止の制裁を加えたのである。(長谷川幸洋)



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構造的腐敗ー検察庁という巨悪の実態(テレビ朝日のザ・スクープ)

2011-05-22 | 社会批評

今日、テレビ朝日で14時より90分間、「検証ー検察の大罪」が放映されました。

内容は、驚くべきもので、無罪を承知の上で、犯人に仕立て上げる検察官の異常な心理=現実が赤裸々に暴かれました。

大物を落とすことによる出世と快感。
ストーリーをつくり、脅迫的な取り調べで虚偽の自白に追い込む手口。
検察官に狙われたら最後、ウソの証拠をつくられて逮捕されてしまうという現実。

それらが、みな検察庁のもつ構造的な問題であることが、元検察官の懺悔と謝罪を通して浮き彫りにされました。

検察庁を監督すべき法務省が人事において検察官に支配されている現状は、民主主義の危機です。検察権力による独裁にストップをかけられるのは、主権者の代行者である国会のみです。国会議員の方々の奮起に期待します。これは超党派で取り組まなければならない極めて深刻な問題です。


武田康弘
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明日(23日)は「原発」での最高の布陣による参考人質疑・参議院ネット中継は13時より。

2011-05-22 | 社会批評

明日23日
参議院の行政監視委員会で「原発事故と行政監視システムの在り方」というテーマで、参考人質疑が行われますが、
参考人は、小出裕章さん(京大原子炉実験所助教)、後藤政志さん(原子炉格納容器設計者)、石橋克彦さん(地震学者)、孫正義さん(ソフトバンク社長)という豪華メンバーです。

ネット中継は、13時からですが、これほど重要な質疑はないはずですので、公共放送ーNHKは中継すべきでしょう。

武田康弘


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民主的倫理―お金を支払うこと。

2011-05-21 | 恋知(哲学)

民主的倫理の現実的な基盤は、お金を払うことです。

民主的倫理においては、先に述べたように、「個人と個人の関係」「個人と個人の約束」が最も価値の高いものです。
それを現実的・実際的に言うと、知り合い、友人、恋人、師弟・・などの近しい関係にある場合でも、仕事・サービスを依頼したのならば、その対価を支払うことです。
相手に甘えて、自分から依頼したサービスや仕事に対してもお金を払わないことは、よい人間関係(=対等で深く豊かな人間の関係)を育てず、一方通行の貧しい人間関係しか生みません。

個人間では、感情的には甘えることは許されますが、倫理次元(独立した人間同士の関係性)においては、甘えることは許されません。民主的な倫理意識をもって生きることは何よりも大切ですが、それを現実のものとするのは、支払うことなのです。

なぜならば、個人と個人の関係の中では、どこからお金がくることはなく、さまざまな費用(時間・労力・種々の維持費など)は、すべて個人が負担する他ないからです。支払われなければ、仕事・サービスを提供する側は、一方的な負担を強いられてしまいますが、それでは、人間のよい関係性(民主的倫理)は、育ちません。互いに助け合い、互いに広義の利益を得ることができるように努力し合うのが、楽しく、悦びの多い人生を拓くキーなのですから。


武田康弘
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23日に原発問題で参考人質疑ー4人の豪華メンバーです。

2011-05-18 | 社会批評

5月23日に参議院の行政監視委員会で「原発事故と行政監視システムの在り方」というテーマで、参考人質疑が行われます。

参考人は、小出裕章さん(京大原子炉実験所助教)、後藤政志さん(原子炉格納容器設計者)、石橋克彦さん(地震学者)、孫正義さん(ソフトバンク社長)という豪華メンバーです。


NHKは公共放送ですから、テレビ中継をすべきです。

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東大病に侵された歪んだ社会だからこそ、恋知と民主倫理の生を貫く。

2011-05-14 | 恋知(哲学)

エリート言われる人、社会的地位が高く、高収入を得て豊かな生活をしている人で、ほんとうの意味で優れた人間、真面目に生きている人間は誰もいないのではないか。

疑問を感じず(感じることを許されず)、受験勉強だけに精を出し(精を出すように誘導され)、机上の勉強だけをしてきた「暗記知&パターン知人間」。ほんとうのことは何も分からず、しかし、ソフィスティケートされ、自他を騙(だま)すことに長けた人間の一群が、日本のトップに居座る。「東大病」という精神の深い病。「東大教」という愚かな宗教。

人間として生きるための最大の価値=倫理。儒教のような上下倫理ではなく、民主制社会に生きる人間の倫理=民主的論理をもたない輩が、一番偉い人である社会は、不健全・不健康の極み。

わたしは、お金と地位のことだけしか考えないテイタラクな人間が跋扈する社会だからこそ、善美に憧れ、民主的人間=魅力ある人間として生きることにますます努力したい。右であれ左であれ、日本出自のものであれ欧米出自のものであれ、専門家のいうことであれ、職業哲学者のいうことであれ、わたしは、深い納得が得られなければ、イエスとは言わない。それがほんものの恋知(哲学)精神。それを支える生が、民主的倫理。


武田康弘
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才能ではなく、存在。それは倫理。

2011-05-13 | 恋知(哲学)
自分の隠れた才能を探し、「才能」を開花させよう、させたい、と考えるのはダメ。
自分の「存在」のよさを開こう、花咲かせよう、咲かせたい、と考えるのが幸福への唯一の道。

特定の力・能力をもった人間を目がけるのではなく、
人間としてのよろこびの生を開くにはどうしたらよいか、と考える姿勢が何より大事。
そのための条件を整備し、創意工夫を重ねることが、内的充実を生む。
同じに見える日々は、実は「創造する日々」なのだ、ということが分かると、はじめて人生は色づき輝く。

外からの刺激で光る、一時の快感をつなぐことで輝く、のではなく、
存在の内部からの光、内側から色づく魅力、それがないと、「私」は闇の中。

そして、存在を色づかせ輝かせる条件は、実存的倫理・民主的倫理の実践のみ。
人間の存在とは、イコール 倫理的存在のこと。



武田康弘
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国会でいま、素晴らしい活動が行われていますが、マスコミは一切伝えません。最高検察庁への行政視察

2011-05-11 | 社会批評

参議院の「行政監視言委員会」は、連続してすばらしい活動をしています。
昨日(5月9日)は、最高検察庁への行政監視に入りました。日本の政治史上はじめてのことで、ビッグニュースのはずですが、事前にプレスリリースまでしてあるのにマスコミは一切伝えません。おそらくは、検察庁の意向をくんで、事実を隠す作業に協力したのでしょう。官僚権力にへつらうマスコミの姿は、あまりにもミジメです。

以下は、視察した議員のブログです。国会議員24名というかつてない最大規模での視察ですので、明日以降、他の国会議員の方のブログも注視し、ご紹介します。

こういう活動こそが、真の民主主義であり、主権者の代行者=ほんらいの国会議員の仕事です。日本国憲法41条にある通り、国会は国権の最高機関なのですから、行政機関をきちんと監視する必要があるわけです。官僚が治めるわが国を民主主義の国家にしたいものです。行政監視委員会を中心に、国会議員のみなさんの活躍に期待しています。

武田康弘



委員会視察で最高検へ

行政監視委員会の視察で、最高検察庁に行きました。
同委員会では厚生労働省の局長が冤罪で逮捕・起訴された「郵政不正事件」など検察の不祥事をテーマに審議を続けています。委員会としては検事総長を参考人として国会に招へいしましたが、検察側が拒否したため、委員会所属参議院議員が最高検に乗り込んだ形、とも言えます。
この日の質疑でも、委員側から「なぜ、国会に出席しないのか」「その判断はだれがしているのか」など厳しい質問が出ましたが、笠間治雄検事総長(写真下)はきちんと答えませんでした。
真の「検察改革」が実現するため、引き続きチェックして行く必要があると感じました。

かがや健

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最高検察庁での不思議な話

活動レポート / 2011-05-09 22:42:57

今日、参議院行政監視委員会の視察で、最高検察庁に行ってきました。

行政監視委員会では、今国会の重要監視案件の一つに「検察不祥事問題」を取り上げています。これまでも、2月に大阪地検を視察して現地調査を行い、さらに4月には村木厚子さんを参考人として委員会にお呼びして事情を聴取。とりわけ、村木さんからの聞き取りでは、①調書作成のための特捜部検察官とのやり取りの多くが、新聞にリークされていたこと、②全く事実と異なる調書が数多く作成されたこと、③最高検による内部調査では村木さんへの聞き取りが一切、無かったことなどの問題が浮き彫りにされました。

今回は、最高検察庁を訪問して、検事総長から直接、今後の検察改革の取り組みについて意見を聞こうという趣旨で視察が行われたものです。

ただ本来は、前回、村木さんが委員会に参考人として来てくれたように、検事総長が委員会の招集に応じて、参考人として出席いただくべき話。私は理事ではないので、今回なぜ、わざわざ我々の方が大挙して最高検まで事務総長に会いに行かなければならなかったのだろう?と疑問に思っていたら、冒頭、その謎が解けました。

つまり、行政監視委員会として事務総長に参考人としての出席を要請したにもかかわらず、最高検側がそれを拒否していたのです。国民の代表者たる国会の要請を断るというのは、これは相当なものです。冒頭、「なぜ、断ったのか?」「誰の決定なのか?」という質問が矢継ぎ早に出されましたが、検事総長の回答は全く要領を得ず。「それでは、今度また出席を要請したら、誰が判断するのか?」という質問に、「私個人の判断では承諾出来ない」との回答が。

つまり、検察のトップである最高検察庁の検事総長は、国会への出席について自分で判断出来ないということなのです。いや、これは驚き。では誰の判断なのか?検事総長は結局、はっきりと答えを示してくれませんでした。ん~、全く不思議な国ですね、この国は。恐らくこれは、法務省の判断なのでしょうが、この辺は、今後また明らかにする必要があります。

そして、今後の検察改革についての最高検の取り組みについても、残念ながら今ひとつ、確たる信念と方向性が見えませんでした。と言うより、どちらかと言えば後ろ向きの回答だったと思います。取り調べの全面可視化の問題一つとっても、「いろいろと課題が多い」というフレーズが連発され、結局は部分的な可視化ぐらいでお茶を濁そうという目論見ではないかと疑ってしまうぐらいの歯切れの悪さでした。

行政監視委員会としては、今後も引き続き、検察改革の問題について監視を続けていく予定です。何と言っても、検察が国民の信頼を取り戻すためには、検察自身の自助努力と自力改革が不可欠。検事総長と最高検の今後の真摯な取り組みを要請します。

石橋みちひろ
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2011年05月09日 17時10分09秒 captain-kotoraの投稿
行政監視委員会視察

テーマ:ブログ

さて、今日は久々の議員活動、行政監視委員会の委員として、最高検察庁に視察に参りました。

大阪地検の不祥事(厚労省:村木局長冤罪事件)に端を発した、検察組織再生取組に関しての意見交換が主たる目的でした。

これまでも、委員会で再三にわたって「最高検事総長の出席要求」をしていたのですが、

回答は

「出席できません」

とのことでした。

委員からは、「何故出席できないのか?出席拒否は誰の判断か?」という質問が相次ぎました。

検事総長の回答は、

「私は行政のTOPであり、それを判断する立場にありません」

の一点張り。「では出席拒否の判断権者は誰か」との質問にも、

「私が判断できる立場にない、としか言えません」

とのこと…。

最高機関としての国会の権威はどこに行ってしまったのでしょうか…。政権交代以降、国会がないがしろにされている気がしてなりません。

国会法104条に違反するのではとの、末松信介委員長からの指摘もありました。

検察に関わらず、官僚組織に変革を促すことの困難さを感じる視察でした。


うとたかし
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民主的倫理とは何か。

2011-05-10 | 恋知(哲学)

民主的倫理とは何か。
その探求は、人が生きる上で、最大の課題です。

わたしは「民主的倫理」の提唱者ですので、考えるところを少しずつ書いてみようと思います。みなさんで確認しながら進める必要がある仕事で、長い時間がかかると思います。

まず、最初に確認しなければならないのは、わたしとあなた、個人と個人の約束は何よりも大切で、それがゆらげば、民主的倫理は大元から崩れるということです。上位者とか組織者との約束よりも、裸の個人と個人の約束が「価値としては上位にある」という原則を知らないと、民主的倫理は成立しません。

形だけがよい=形式や様式が優先する生き方は、心の真実のない不幸な生といえますが、それは従来の古い倫理(上下倫理)が生み出すもの。
人の話し方を聞けば、その人が民主的倫理を身につけた優れた人か、体裁優先で自己中の人かはすぐに分かります。気張らず自由に、しかも、相手の存在(エゴではなく)に対しての愛=肯定と優しさをもつ話し方をする人は、真に倫理的価値の高い人です。それに対して、言葉は丁寧でも、相手の存在に対する愛=肯定のない人の態度は、反倫理のあらわれでしかないのです。

民主的倫理を身につけてはじめて人は、人をほんとうの意味で(内容そのもので)尊敬することが出来るようになります。心からの愛、心からの肯定、心からの感謝、それがない人生は、闇です。損得の計算、打算、戦略、作戦による人生には勝利の形があるだけで、不幸です。

まず、第一弾はここまでにします。以上は、核心中の核心だと思います。


以下は、数日前に、白樺mlに出したわたしのメールですので、ご参考ください。

武田です。

今まで何度も感じたことですが、
わたしが氏名を特定して出したメールに対して返信がないことがあります。
内容に賛成でも反対でも、また、よく分からない場合でも、返信することは基本的な社会常識=関係性のルールです。
「良くわからないので考えてみます」とか「賛同できます」とか「うまく言えないのですが賛同できません」とか「意味がよく取れないのでもう少しく詳しくお願いします」いう一言でもいいので、返信する。ふつうの社会人にとっては当然のことです。

わたしは、若いころから「革新」と呼ばれる人々と多くの交流をもってきましたが、どうも彼らの多くが、「社会人としての良識」(公共道徳)に従った行動を取らず、自分の気分や都合を優先してしまう困った性癖があることを感じてきました。既成社会に対する「批判」の根拠が、自分の気分や感情、都合が許さないからというレベルでは、まったく説得力を持たないのは、言うまでもありません。

何をするにしても大事なのは、まず、自分自身を「責任主体」にまで高める努力です。わたしは、「相手のことは考慮しないで、自分の気分や都合を優先するのが当然」という思想を感じるので、多くの学者や文筆家や運動家に対しては批判的な目を持ち続けてきました。でも、それでは、社会人として失格なのであり、とても社会批判などする資格を持ちません。

「よい・美しい」に憧れ、自分の言動に責任をもつこと。ほんとうに自由な言動をすれば、必然として責任は生まれますが、それこそが人間が人間としての「よさ」を持って生きることのはずです。芸術価値、宗教価値を超えて【倫理価値】は人間にとって最大の価値であり、だからこそ、わたしは「民主的倫理」を探り、それに従って生きる「民主的人間」を生むための基盤となる知=「民知」を提唱してきました。

堅苦しく説教じみた古い道徳、上下倫理に従うのではなく、エロース溢れる人間性を肯定したよき倫理=実存的倫理=民主的倫理を持とうではありませんか。自他の心身と頭脳の健康のために。ぜひ共に!

どうでしょうか?批判、異論、反論など含めて、ご意見をお願いします。

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