きぼう屋

生きているから生きている

年度末年度始

2008年04月03日 | 「生きる」こと
先週金曜日にIさんはホスピスへ
京都に着いたよ!
眼をしっかりとあけて
応答してくれました
ご家族と
病院の牧師と
前の前の病院の牧師と
いっしょに
讃美歌を歌います
すこし顔をうごかして
応答してくれました

Iさんは前の病院の牧師ですから
3代の病院牧師がそこにいました

そして
土曜日の
まだ日が昇るのをためらっているころ
Iさんは召されました

神を恨みます
あまりに早すぎます
彼の牧師としての働きが充実するのは
まさにこれからです

神が赦すことを信じるから
今回は思いっきり恨むというところから

わたしは
前夜式と告別式の準備にとりかかることができました

土曜日は
電話が鳴りっぱなしでした
受話器の向こうの涙が見えてくるほどでした

日本全国から電話が来ました

日曜日の朝
わたしは
Iさんの死を受け入れてないなあ
という明白な感触を持って
ふとんから出ました

朝の祈りは
死を受け入れられるように
という祈りと
Iさんにかかわったみんなへの慰めがあるように
という祈りがほとんどでしたが

しかし
祈りを終えたときに
死を受け入れられなくてもいい
と決断して
夜の告別式に向けた心身の準備を
いっきにすすめることができるようになりました

この決断のための祈りだったのだなあ
と思います

そして
朝の礼拝をふたつ
論理でも眼に見えない物質でもない
傷のあるからだを持つ復活のイエスと出会う
ということはいかなる恵みか
を分かち合いました

そして午後は
HさんとKさんの婚約式
夫婦の前提は成人であることであり
成人の前提とは「わからない」であり
わかったように思う瞬間に
そこでは孤独な自分しかいないということが起こるしかなく
だからそれは幼子であり
夫婦とは
その前提をわからないゆえの矛盾として置き続ける
からこその
新鮮さと驚きと
神の日々の創造を味わうこと
といったメッセージを
みんなで分かち合います


復活の主を覚え
午後に婚約を祝い

身体が喜びあふれるのを覚えます
そして
婚約式を終えて
Iさんのご遺体が教会に到着します

喜びあふれるからだが
同時に
痛みと悲しみとやるせなさを覚えます

あらゆる感情が入り混じり乱れる教会共同体というからだは
ただただ主イエスを信じるしかない瞬間を経験します

前夜式がはじまる30分前に
130の座席はすべて埋まりました
はじまるときは会堂に入りきれないほどの人となりました
300人を超える人が集まり
Iさんを覚えました

月曜日の告別式も
250人もの人が来られました

とてもあたたかい式となりました

えんえんと続く献花のとき
息子さんがずっとピアノを弾いてくれました
レクイエムってのは
こういうものなんだなあ

慰められました


火葬場から帰ってきて

ひとつ大切な面談があり
その方と一緒に
解放の道を探します

夜は
神奈川から鹿児島へと
この春に移る
妹の家族が
車で京都に到着

あちらは引越し準備と長旅で
こちらは人のさまざまな重荷に触れ
ぐったりしておりましたが
総勢7名のいとこたちは
(これがみんな男なのですが)
ものすごい勢いではしゃぎます

火曜日は
朝の祈祷会を終えて
祈祷会に来られたMさんも一緒に
ちょっと遅めの昼食を
キッチン・ハリーナで

なにしろ興奮のさめない7人のぼうずを
あたたかく見守ってくれる店といったら
ハリーナしか思いつきませんでした

そして夜は空くんの保育園時代の友達の
中華屋さんへ
ここもとても美味いのです
山椒のきいたナスの炒め物がなにしろ好きです
それを
わざわざ中国からかめで取り寄せている老酒と一緒にいただきます


お酒を身体にいれたことで
身体がやわらかくなるのを覚えました
ずっと緊張と疲労で硬いままだったようです

水曜日は
妹家族を見送り
いくつかの電話と机仕事をこなし
夜の祈祷会で
みんなで祈りました

気がつけば
とりなしの祈り(他者のための祈り)だらけの教会になりました
ありがたいことです

というわけで
ひさしぶりの記事となりましたが

おそらくこれからありとあらゆることが
どんどん思い返され
発見されるだろう
というような
そういう時を過ごしておりました

新年度
いっしょにぼちぼちいきましょう