拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

『Eclectic』/小沢健二

2007-07-17 15:52:27 | アルバムレビュー
せっかく書いたのでブログに載せておこっと。

『Eclectic』小沢健二(2002.2.27)


1「ギターを弾く女」★★★
そっと吹かれるフルートと軽快なコンガに、静かで重いビートが絡み、ひっそりと始まる。そして1分5秒頃、「これ本人!??」と衝撃を受けるであろう、「ラブリー」とか絶対歌わなそうな小沢の、囁きのような声が…。消えそうな程か細い小沢の声に、幻聴のように絡むコーラスが悩ましい。無敵なまでにポップなメロディーを歌うかつての小沢はここにいない。ちなみに「ギター」は女体の比喩らしい。

2「愛について」★★★
ピアノが不穏なメロディを奏でる、ねっとりした楽曲。かなりセクシーな歌詞だが、このアルバムではこれくらい当たり前。「愛 火遊び ゆっくり 燃やしてみたい」と囁かれるフレーズが耳に焼き付く。

3「麝香」★★★★★
アルバム中最もキャッチー。シンセの鳴り方が耳に気持ち良い。小沢の声の変化への違和感も、この曲辺りから無くなってくるのでは。「愛の火の煌めき 踊る月夜の前に~」の部分は小沢史に残る名フレーズ。情景が浮かび上がりまくる…。歌詞と曲とのハマり具合は半端じゃない。まさに小沢マジック。ちなみに某所では当時サビの「動く動く」が「うんこっこうんこっこ」に聴こえる、と話題に。

4「あらし」★★
遠くの方で他人事のように鳴ってるようなピアノが印象的。「あらし」というタイトルだが荒々しい感じは無く、スローテンポ。遠く離れた場所から嵐の様子をこっそり眺めてるみたいな感じ。

5「1つの魔法(終わりのない愛しさを与え)」★★
雨上がりの爽やかさを感じる可愛らしい曲。曲調的にはかつての小沢に一番近いか。なんとなく『球体の奏でる音楽』や「夢が夢なら」辺りの頃の小沢を彷彿とさせる。歌詞も爽やか。大人っぽすぎる歌詞が続いたのでここで小休止という感じか。

6「∞(infinity)」★★★★
タイトルは歌詞の「向かい合わせの鏡 向かい合わせの広がり」からだろう。小沢の声に、合わせ鏡のように女性コーラスがそっと絡む。外国人女性による日本語コーラスなので発音が変だがこれがまた良い。歌詞のシチュエーション的にこの曲が一番エロだろうか。何しろ「美しい革の匂い」「悩ましく重い痛み」…SMである。重いビートとスリリングな旋律に乗って、小沢何処へ行く。

7「欲望」★★★
これまたセクシーな音と歌詞。赤裸々に欲望が歌われる。ギターとシンセが何ともムーディー。まぁ、結構ありがちな音色だと思うけど。

8「今夜はブギーバック/あの大きな心」★★★★
スチャダラ抜きであの名曲をリメイク。ラップ部分は当然無く、部分的に歌詞が差し替えられ、新たなフレーズが加えられている。「ダンスフロアーに華やかな光」→「今夜フロアーに華やかな光」。とにかく歌声が当時と全く違うので、全くの新曲だと思っても構わないだろう。この曲、意外と現在の邦楽チャートにも収まりそうな気がする。ていうかこういうの流行って欲しい。

9「bassline」★★
「愛について」のリプライズ。タイトル通りベースラインを強調させ、約7分の原曲を3分弱に短縮再生。原曲の魅力を効率的に、さらに濃厚に抽出したような曲である。まぁ、構成が違うだけだが…。

10「風と光があなたに恵むように」★
「1つの魔法(終わりのない愛しさを与え)」のリプライズ。原曲で印象的だった「パパラッパ パパラッパ…」という微かなコーラスをフィーチャーしたインスト。「愛について」はアルバム内で重要な曲なのでリプライズされるのはまだ解るが、なぜこの曲まで…曲数稼ぎか?まあ、これが無いと物凄く閉塞感に満ちたアルバムになってしまうだろうけど。

11「甘い旋律」★★
鋭いシンセとスパニッシュなギター、か細い小沢の声と絡み付いてくるような女性コーラスで構成。このアルバムの歌詞のテーマは「浮気」だろうか。物凄く親密で濃密な、秘密の関係を歌った曲が多いがこの曲はそれの極地。

12「踊る月夜の前に」★★★
「麝香」のリプライズ。「また曲数稼ぎ…」とつっこみたい所だが「麝香」自体名曲なのであまり気にならない。夢からフっと目覚めるような、濃密な小沢ワールドからフワっと帰還してくるようなエンディング。



総評★★★★
前作から5年半のインターバルを置き小沢が放った、2002年に発売された4th。ここにはかつての王子キャラの面影は無い。何よりも歌唱方が激変。平井堅や小田和正の声を、か弱くした感じだろうか。とにかく声量が無いが、それを緻密に作られた音でカバーしている感じ。
元相方の小山田とは正反対で、曲よりも圧倒的に詞の良さを評価されてきた「言葉の人」小沢。今作でもその魅力は健在。谷崎潤一郎みたく、淫靡で文学的な世界を堂々披露。しかし今作では、他人のメロディーをパクりまくってきた過去の作品とは違い、自分のメロディーをしっかり確立させた感がある。「小山田に対抗したのか!?」と思わせる緻密なサウンドは緊迫感と中毒性がバリバリあるが、「麝香」などは意外とDAMなどのカラオケ機器でもかなり忠実に再現されていたりする。
アルバムを出す度に作風をガラっと変えて来た人ではあるが、今回ほど激変したことはかつて無かった。しかし小沢のアイドル性に惹かれたのではなく、彼の音楽を本気で愛聴してきた人なら受け入れられるだろう。根本は何も変わってない。ある意味「裏『LIFE』」。ジャンル的にはR&Bに属するのだろうが、声量が全く無いので、R&B好きの耳を満足させることはないと思われる。
この4年後彼はインストアルバムに走ってしまい、最大の武器だったはずの言葉を捨て去ってしまったため、小沢の歌詞を楽しめる現時点では最後のアルバム。