古い時代この道は坂下茶屋町から和泉河原経て来る道と合わさって青津山崎船場を経て喜多方にいたる湯殿山参拝の大事な道でした。
どなたさんか知りませんけど蔦や柴の藪に隠れていた道しるべを藪を綺麗に苅り払って下さってよく見えるようにして下さいました。嬉しいことです
碑の正面は碑の表面はボロボロに崩れて文字はよく見えませんでしたけどようやく次のように判読しました
碑の上に「向」
右青津ヲ経テ慶徳に至ル
左當村ヲ経テ坂下ニ至ル
なおその道標の側面はかすかに大正九□ 青年団□□と読み取ることが出来ます。
藪にかくれてみんな忘れてしまっていた道しるべを誰もが見ることができるようにして下さった方、史跡を大事になさる立派な方なんですね。感謝しなければならないと思います。
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