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第371回 思いつきがもたらした災禍

2020-05-22 | エッセイ

   全体としては概ね進歩・発展してきたように見えながら、いやというほどの失敗を重ねてきたのが人類の歴史・・・なんてちょっと構えて書き出してしまいました。

 「とてつもない失敗の世界史」(トム・フィリップス 禰宜田 亜希訳 河出書房新社)には、戦争、外交、政治、テクノロジーなどいろんな分野での失敗例が満載です。それぞれに興味深い中で、個人の思いつきや思い込みが、地球環境や生態系に重大な影響をもたらした(もたらし続けている)事例2つをご紹介することにします。

 1949年に成立した毛沢東の新中国には取り組むべき重要課題が山ほどありました。中でも、人民の食糧確保、そしてそのための農業生産性の向上が急務でした。
 そこで、1958年後半から全面的に展開されたのが、国のリーダー主導で始った四害駆除運動です。まずやり玉に挙げられたのはネズミ、蚊、ハエです。

 ネズミはペストを、蚊はマラリアといういずれもやっかいな病気を媒介しますから、まぁ理解できます。3つ目のハエは、もっぱら鬱陶しいからという理由で、駆除の対象になりました。ここまでで止(や)めておけばよかったんですが、4つ目になんとスズメが標的になって、大きな災禍をもたらすことになります。

 目の敵にされた理由は、スズメは人の大事な食料源である穀物を食らうから、というものです。一羽のスズメが1年間に食する穀物は、4.5kgほどといわれます。100万羽のスズメが駆除されれば、6万人分の穀物が確保される計算です。

 主席による命令一下、人々は、巣をこわし、卵を割り、銃で撃ち殺しました。また、鍋や釜を打ち鳴らして、スズメを木から追い払って飛び疲れさせて息絶えさせるなど、ありとあらゆる手段が動員されました。その結果、なんと1億羽のスズメが殺されたと推計されています。人民パワーによる大勝利・・・のはずでしたが、すぐに恐るべき結果が待っていました。

 スズメという天敵がいなくなって、イナゴが大発生したのです。一匹一匹は、うんと小さい個体ですが、一日に自分の体重分くらいの穀物を食べるとされています。それが数をどんどん増やしながら、空を覆わんばかりの大集団となって移動し、地上の穀物を食べ尽くすのですからたまりません。

 1959年から62年にかけて中国で起こった大飢饉の原因はいろいろある中で、このスズメ駆除によるイナゴの大発生も大きな要因のひとつとされています。生態系というのは、いろんな連鎖と微妙なバランスの上で成り立っていますから、目先の害だけに目を向けて対策を講じても、とんでもない結果を招くことがある、というのが教訓です。

 さて、もうひとつは、あるアメリカ人の思いつきが、今日まで続く大災害もたらしている例です。

 ニューヨークにユージン・シーフェリンという裕福な薬の製造業者がいました。彼の夢は、外来種の鳥をアメリカの空に羽ばたかせるという奇っ怪で、迷惑千万なもの。ヒバリ、ツグミなどを放ったものの成功せず、1890年3月に、セントラルパークで放ったのが、60羽のムクドリです。さらに翌年、40羽を放ちます。可愛げな名前とは裏腹に、ふてぶてしい面構えをした日本では馴染みが少ないこんな鳥です。

 さて、ニューヨークの厳しい冬を乗り越えていきのびたのは、そのうち32羽だけだったとされます。でも、それらは逞しく増殖し、10年もしないうちにニューヨークではありふれた鳥になっていました。1920年には国の半分の地域で生息し、1950年にはカリフォルニアまで進出、現在では、北米全体で2億羽が生息しているというのです。

 そのムクドリがもたらしている災禍はというと、毎年、何百万ドル相当の小麦、ジャガイモなどの作物を台なしにしています。もとからいた鳥たちを追い払い、真菌感染症やサルモネラ菌のような人間にも家畜にも害を及ぼす病気を媒介したりもする「害鳥」です。
 
 「この大陸で最も金がかかり、もっとも有害な鳥」(ニューヨークタイムズ紙)、「間違いなく北米で最も厄介者」(ワシントンポスト紙)(いずれも、同書から)というのも頷けます。
 大局を見誤った駆除、そして、外来種の無神経な持ち込みーそれらが引き起こす重大な結果にあらためて慄然としました。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。

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