★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第522回 オオカミを復活させる話

2023-05-05 | エッセイ
 関西人にとって、シカは比較的身近な動物です。小学校の遠足の定番である奈良公園に行けば、放し飼いにされている可愛いシカに触れたり、エサをやったりした経験のある人は(私も含めて)多いです。
 そのシカですが、森林にいる数が増えすぎ、森の木や植物などに大きな被害が出ている、というのです。問題となりだしたのは、1980年代頃からで、2009年度の年間推定被害額は70億円にのぼるといいます。

 そこで、シカの天敵であるオオカミを再導入(一度絶滅した動物を人間の手で地域に復活させる)ことで、森や生態系を守ろうとの大胆な提案をする人物が現れました。
 「たけしの面白科学者図鑑 ヘンな生き物がいっぱい!」(新潮文庫)で、ビートたけしさん(以下、「タケシさん」)と対談している丸山直樹氏(農学博士 日本オオカミ協会を設立、会長に就任。以下、「先生」)がその人です。話の流れを追いながら、その主張に耳を傾けてみましょう。

 日本では、かつて、北海道にエゾオオカミが、本州、四国、九州には、ニホンオオカミが生息していました。ニホンオオカミの剥製です。

 いずれも20世期初頭に絶滅しています。先生によると、それは明治政府が方針として取り組んだものだ、というのです。
 もともと、西欧諸国ではオオカミは嫌われ者でした。家畜を襲うという習性に加えて、動物を人間の下に置くキリスト教的世界観の中で、魔物的イメージが定着していました。赤頭巾ちゃん、三匹の子豚、などの童話でも悪役ですし、オオカミ男なんてのもありました。
 文明国に早く追いつきたい明治政府として、オオカミが生息している国というのは、どうも人聞きが悪いです。欧米の価値観、宗教観に合わせて、熱心に取り組み、絶滅という目標を達成したというわけです。

 天敵がいなくなっても、しばらくは、シカが劇的に増えることはありませんでした。ハンターが狩をしていたからです。しかし、ハンターの高齢化、後継者不足というのは、時代の流れもあり、避けられません。1970年代には50万人以上いた狩猟免許取得者は、対談時点で、10万人を割り込んでいる、という数字を先生は挙げています。冒頭に述べたような被害の実態もあり、いよいよオオカミの導入へと話は進みます。とはいえ、生態系への思わぬ影響、人を襲う危険性などを心配するタケシさんへの先生の説明です。

 まず、オオカミは、頂点捕食者(生態系のトップ)にいるということです。他の動物をやたらに襲って食べ続ければ、エサとなる動物がいなくなって、困るのは自分たちですから、ネットワークの中の個体数は、自然とコントロールされるというのです。
 そして、家畜への影響です。広いエリアに放牧される羊が頭に浮かびます、日本で飼われているのは約1万頭(半分が北海道)ということなので、そう心配することも・・・との先生の口ぶりですが、ヨーロッパでのこんな対策の例を挙げています。
 ピレネー犬という成犬になると50kgくらいになる大型犬を、小さい時から羊と一緒に育てます。自分を羊だと思い込んでいますが、オオカミが大嫌い。オオカミが来ると「仲間の」羊を救うべく、猛然とオオカミを襲うというのです。なかなか巧妙な対策ですね。

 さて、タケシさんもしっかりツッコミを入れていますが、人間を襲うことはないのでしょうか。
 先生によれば、オオカミは、警戒心が強く、人間を非常に怖がっていて、みずから近づくことはない、というのです。北半球には20万頭のオオカミがいますが、人を襲ったというニュースはないといいます。KLM航空の機内誌に、アメリカの多姓動物保護団体が出した宣伝広告を先生は引用しています。
「犬は毎日人を噛んでいる。「人間の友」オオカミは人を噛まないのに「人間の敵」だとされている」(同書から)考えてみれば確かにそうですね。
 でも、と先生はクギを刺すのを忘れません。オオカミが復活して、たまたま人里に出てきたオオカミがいても、「絶対にエサをやってはいけない」ということです。う~ん、親切なオジさん、オバさんとか、子供たちが「可哀そう」なんて言いながらエサをやりそうです。苦労して他の動物を襲わなくてもエサが簡単に手に入れば、どんどん人里に降りてきて、人に近づく可能性があります。そして、人に慣れたオオカミは、人を怖がらず、子供とか高齢者を襲うようになることも十分に考えられます。生態系の頂点にいる(らしい)人間が、ルールを守って、その動物と向き合うことが大前提の対策だとわかりました。

 生態系をイジるということになれば、思わぬ影響も想定されますから、先生の提案に諸手を上げて賛成、というところまではいきません。でも、おかげで、動物と人間のかかわり、生態系のことなどへの理解を深めることができました。皆さんはいかがでしたか?
 それでは次回をお楽しみに。